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リアクション
ひさしぶりの団欒
2025年春。
大きな事件も、行事もない普通の日の夜。
教導団、そしてロイヤルガードに所属するルカルカ・ルー(るかるか・るー)――本名『伏見流香』の家からいつにもまして、明るい声が響いている。
「ごちそうさま〜。まだ早いし、ゲームでもしようか?」
ルカルカが皿を片付けながら言うと、家族から「賛成」という明るい返事が返ってきた。
そう、今日ここに集ったのは、仕事仲間でも友人でもなくて。
ルカルカの地球の家族だった。
「あ、ダリルちゃんとこっちに来て」
夕食はルカルカのパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が作ってくれた。
ルカルカの家族がヒラニプラの観光をしている間に作り、皆が家に訪れてからもずっと別の部屋にいたのだが、家族団欒の邪魔をしたくなかったため、ダリルは今まで顔を出さずにいた。
ルカルカはトレーを持って訪れたダリルを家族の前に引っ張ってきた。
「彼が私の最初のパートナーで片腕のダリル。結婚式の時に会った事があるよね」
「ダリル・ガイザック。お嬢さんのパートナーで種族は剣」
ダリルはルカルカの家族を前にその一言だけ言い、片付けを始めようとする。
「初めまして、ルカルカの母で普通の主婦です♪」
ルカルカの母、伏見恵都はルカルカに自分をケイちゃんと呼ばせている。
職業はフリーランスの傭兵だが、無論この場でそれを言うことはなかった。
「初めまして、ルカルカの父で普通の公務員です♪」
ルカルカの父、伏見流星は、陸上自衛官だ。
恵都とは外国の戦場で敵として出会ったのだが、そのあたりの話は、ルカルカ達にも詳しく話してはくれない。
(いやいや、普通の主婦は、食後のお茶を持って着た俺の気配を察して、ノック前にドアを開けたりはしないだろ。何匹猫を被ってるのか……)
ダリルを見ながら、ルカルカの両親は愛想よく微笑んでいる。
「双子の弟の伏見一星です」
唯一、弟だけはまともな挨拶だった。
とはいえ、ダリルと同じようにクールな言い方で、あっさりしていたが。
「ん……もう、ダリル。その自己紹介は無いでしょ」
トレーに食器を乗せて、台所に向かおうとするダリルをルカルカは追いながら顔を覗く。
「あ、もしかして照れてる? 照れてるのね」
「……うるさい」
微妙に赤くなりながら、ダリルは食器を洗い桶の中にどぼんと入れた。
そんなダリルをちょっとかわいいかも〜などと思いながら、ルカルカはてきぱき片付けをして。
それから遠慮しようとするダリルを強引に誘い、夜の一時を楽しむことにした。
「ルカはスリーカード……うー、またケイちゃんに負けた。次こそは〜」
ディーラーならと了承したダリルも交えて、ルカルカと家族はポーカーをしていた。
今日は空京の街を軽く見て回り、それからヒラニプラに訪れ、教導団本部で手続きをして、見学コースを見たのだ。
母はとても楽しそうで、父は興味深そうに見ていた。
一星は、別段表情を変えなかったが、ルカルカに色々と質問を浴びせていたことから、内心とても楽しんでいたようだ。
明日はヴァイシャリーとイルミンスールを回る予定だった。
「イルミンスールの後に、キマクも行かなきゃね。イッセーにいい人、見つかるといいんだけど」
「契約の泉があってそこにいけば出会いもあるって噂だから、そこも行ってみるよ」
ルカルカも驚いたのだが、ルカルカの父と母は既に契約者になっていた。
弟、一星の契約相手も現在探しているところで、仲介業者の紹介相手とキマクで会う予定だった。
「ところで、ダリルさん、機械オタクで人形フェチってホントなの?」
ルカルカの母の問いに、カードを配ろうとしたダリルの手が止まった。
「話は色々と聞かせてもらっているよ」
ルカルカの父も意味ありげな笑みで、ダリルを見ている。
「いや、違……教導には機晶姫の団員が大勢いて、俺は機晶姫医師でもあるので」
「なるほど、機械人形フェチか」
父がうんうんと頷き。
「実は今も持ってるんでしょ? そのポケットの中に」
母はダリルの胸ポケットを指差した。
「持ってるわけな……!?」
自分のポケットに目を移したダリルは――携帯電話のかわりに入っていたものに気付く。
恐る恐る取り出してみると――。
「それ、空京で売ってたフィギアだね」
一星が目を逸らしてふっと笑う。
そう、箱入りの機晶姫アイドルのフィギアが入っていた。
「……ルカ、なぜこんなものが、俺のポケットに入ってる」
ダリルは真剣な目でルカルカに尋ねる。
「知らないわよ、ね、おとーさん、ケイちゃん」
ダリルが上着を着たのは、食後の洗い物が終わった後だ。
ルカルカとはずっと一緒に片付けをしていた……ということは。
(恐らくは“普通の主婦”か“普通の公務員”の仕業……)
「いいのよ、言い訳しなくても♪」
「そういう趣味も含めて、娘は信頼しているそうだからな」
にこにこルカルカの両親はダリルを見ている……。
「よーくわかったぞ、ルカが他人を弄り倒すのは……家系だな」
ビシッとダリルは隣のルカルカを手の甲で打つ。
「そんなあ、照れちゃうよお」
「褒めてないし」
ダリルが言い終わらないうちに、皆が笑い出す。
「さ、ダリル、カード配って!」
「……ああ」
ダリルは次第にルカルカの家族のペースにはまり、からかわれながらも一緒に楽しんでいくのだった。
ゲームが終わった後。
部屋に戻ろうとしたダリルは、ルカルカの両親に呼び止められた。
「娘をこれからも宜しく頼む」
そういったルカルカの両親は、これまで同様微笑んでいたが、それはからかうような笑みではなく、優しい笑みであった。
「本当は凄く頼れる特別な人だって聞いてたのよ。さっきはからかってごめんなさいね」
「無鉄砲で不注意な部分もあるので何かと心配が絶えない。君が参謀としていてくれるなら心強い」
母と父のその言葉に、ダリルは微笑して答える。
「俺は“ルカルカ・ルーの剣”ですから」
彼のその言葉に、ルカルカの両親は信頼を込めた瞳でダリルを見て、頷いた。
「母さん布団敷くの手伝って」
部屋からルカルカの声が響いてきた。
「ルカ、ケイちゃんでしょ。お客様に手伝わせるつもり?」
「あー、ゴメンゴメン。ケイちゃん手伝って、お願い」
言い直すと、仕方ないわねと、機嫌を直して母はルカルカのもとへ手伝いに向かって行った。
(明日も騒がしい一日になりそうだ。……それも悪くない)
思いながら、ダリルは明日の朝食の下拵えのために、キッチンへと向かった。