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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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横山ミツエ

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は教導団員として、エリュシオン大帝が横山ミツエをパートナーにする理由を探っていた。
 帝都ユグドラシルを歩くローザマリアの荷物には、目立つように大きく『乙』の文字が書かれている。
 今、彼女は表向き乙(ぜっと)王朝のご用達の商人として動いていた。
 ローザマリアにとり、情報集のベストの相手は龍騎士だった。
 しかし館周辺を警備する龍騎士には、帝国についた際に見られて、顔が割れている恐れがある。そこで街中を歩き回って龍騎士を探したのだが、さすがに偶然に道ばたで龍騎士と会えるほど龍騎士はたくさんはいない。そして分母となるユグドラシルの人口は、空京の倍の二百万人もいる。面積もそれに見合う広さがある。
 そこでローザマリアは、上流階級の知り合いがいそうな適当な人物に目を付けた。彼をヒプノシスで催眠状態にした上で、龍騎士に紹介させようと考えたのだ。しかし、ヒプノシスという技は相手を睡眠状態にするだけで、それ以上の効果は無い。
 眠りこんだ男を怪しまれないようにベンチに横たえさせていると、上杉 菊(うえすぎ・きく)真田 幸村から連絡があった。
 その名前通り英霊である二人は、転生前の知り合いである。
 菊は事前に、彼と挨拶を交わしていた。
「御久し振りです、信繁殿。息災で居られますでしょうか? 武田晴信が六女にして上杉景勝が室、菊に御座います。時を超え再びこうして信繁殿と同じ時代に見えた事を偶然とは思いません。私が輿入れした越後へ私を追うように信繁殿がやって参られた時の事は、昨日の事のように覚えております」
「あの菊殿でありましたか! まさか死後、異郷の地でまみえる事になるとは」
 幸村はさすがに驚いたようだ。そして菊の頼みを聞くと、快く引き受けた。
 菊はローザマリア達だけの情報収集には限界があると予測し、彼に協力を頼んでいたのだ。
 幸村は選帝神の白輝精から、それとなくツテのありそうな人物を聞き出していた。
 仕える龍騎士から交渉事などの秘書役を任されている、という従龍騎士である。



 ローザマリア達が紹介された従龍騎士と会ってみると、地球で言うなら、こじゃれた青年実業家といった雰囲気の青年だった。
 会う場所はローザマリアが選定したレストランである。
 小さなステージでは中空に浮かんだ楽器たちが、まるで奏者がいるように優雅な曲を奏でていた。
 従龍騎士は、彼女が目立つように置いた傍らのカバンに目をやる。
「そのカバンに描かれたマークを気にかけてるようだけど、なんのマーク?」
 その質問に、ローザマリアは脱力しそうになる。
「……ぜっと、と書いてあるのよ。乙王朝を象徴する文字」
「表意文字か。でも魔力は帯びてないようだね」
 彼は続けざまに、興味津々といった様子で漢字について質問する。

 それにはローザマリアに付き添って同席する、魏の武将の英霊典韋 オ來(てんい おらい)が答える。
「あたしは典韋。今でこそこいつの護衛をしているが、かつては曹操孟徳の衛兵隊長を務めていたモンだ。漢字の事なら、あたしに任せな」
 さりげなく乙王朝とも繋がりがあるようにアピールするが、従龍騎士はそこは気にした様子もなく、漢字に関する質問を連発する。
 典韋はさらに乙王朝に関する単語を織り交ぜて答えるが、そちらもスルーされた。
 どうも彼は、乙王朝やミツエに関して、たいして知らないようだ。多くの帝国民にとっては、シャンバラなどという辺境の豪族やその家臣など、まったく興味の無い事だった。
「ヨコヤマミツエ? えーと……シャンバラの代理女王って人かな?」
「違うわ。乙王朝の初代皇帝よ」
 ローザマリアが乙王朝について一通り説明すると、従龍騎士は不思議そうに聞いた。
「えーと、すると乙王朝というのは国家神もいないのに、口先だけで国なんて言ってるのかい? それじゃ子供のゴッコ遊びと変わらないじゃないか。あっ、そうか。だから大帝陛下とパートナーになって、御威光に預かろうってワケだな」
「それも違うわ。ミツエ様はパートナー契約に前向きではないようよ」
「なんで?!」
 従龍騎士は心底、驚いていた。目が漫画のようにまん丸になって、口も開いている。
 絶対的な存在である大帝を崇める彼らにとって、ミツエの拒絶はまったく意味が分からないようだ。
「逆に聞きたいわね。大帝はなぜ、ミツエ様と契約したがっているの?」
 従龍騎士は首をひねる。
「パートナー契約という未知の技術について解明する為、実践されようとなさっているんじゃないかな」
 しかし、それなら相手がミツエである必要性がない。ローザマリアにそれを指摘され、従龍騎士は天井を見上げ、腕組みする。
「そうだなぁ。……それこそ大帝陛下のツボに入って、お気に召したからかな。
 陛下は時々、びっくりするような人事をなさるけど、結局それはいつも大当たりなんだ。そういう大帝陛下のお力によるものじゃないかな」
 ローザマリアはずいと乗り出した。
「そのお力って、どういうものなの?」
「すべてを可能にする力さ。この世界は大帝陛下を中心に回っている。そういう事だね」
 従龍騎士は誇らしげに答えた。心から大帝を尊敬し、信頼しているのだろう。