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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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帝国への誘い

 強化人間のザルク・エルダストリア(ざるく・えるだすとりあ)が、砕音に近づいた。
「あなたは帝国に留まるべきではないですか?」
 砕音を見張っていた西側生徒の間に緊張が走るが、砕音本人は軽い調子でザルクに聞いた。
「どうして、そう思うんだ?」
「あなたは契約を破棄状態にする魔銃コントラクターブレイカーの使い手ですわ。
もし大帝と横山ミツエ(よこやま・みつえ)が仮にパートナー契約を結ぶ事になっても、あなたならば、それを解除できると思います。その為には帝国に残るべきですわ」
 砕音は、先の一言でザルクに厳しい目を向けた生徒の方を見る。安堵と気まずさで、視線をそらされた。
 ザルクは気にした風もなく、言葉を続ける。
「大帝があれほど執着するミツエには、何か重大な秘密があるのでしょう。大帝とパートナー契約に至れば、全てが手遅れになるかもしれません」
 実はザルクは、テレパシーで指示を受けて話をしていた。
 彼女に指示を出すのはジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)。紆余曲折あって、帝国からもシャンバラからも追われる身となってしまった為、ザルクを使節団に送り込んだのだ。
 遠く離れてザルクに指示を送るジャジラットは、ほくそ笑む。
(砕音か。キザで気に入らない野朗だが、奴が動いてくれれば俺に居心地のいい世界にしてくれるかもしれねえな)
 一方、砕音はザルクにすまなそうに告げる。
「コントラクターブレイカーは、神や神に等しい相手には通用しないよ。
 それに大帝を撃とうとしても、本人が撃たれたいと思っていない限り、大帝の力で自分の足でも撃ち抜く結果になるんじゃないかな」
「でもロイヤルガードは、あなたを警戒していますわ」
 ザルクの反論に、砕音は苦笑する。
「かいかぶられてるだけだよ」
 これには砕音を見張る一人、教導団の灰 玄豺(フゥイ・シュエンチャイ)大尉が突っ込んだ。
「貴様の事だ。どこからともなく謎のテクノロジーを召還して、ロクでもない事をしでかす恐れがある」
「俺って、どう思われてるんだ……」
 額を押さえた砕音に、ザルク(実際にはジャジラッド)は別の方向から説得にかかった。
「同じシャンバラ内でも色々と勢力争いがあり、それは地球にも通じると思います。教導団と葦原とを比べた場合、その影響力の差は歴然ではないでしょうか。教導団はシャンバラの守護者とまで言い放っていますから、アメリカが焦ってくるのもある意味自然な事だと思いますわ」
「アメリカ?」
 不思議そうに聞き返され、ザルクも同じように不思議そうに返す。
「アメリカとしては、横山ミツエの問題以外にも、このまま教導団主導のシャンバラが帝国を打ち倒せば、アメリカとして得られるモノが少なくなると考えているのではないですか?
 中国がバックの教導団には失脚して貰いたいと内心思っていて、帝国と通じたいと考えているのではないですか?」
 砕音はザルクが(実際にはジャジラッドだが)どうやら誤解しているらしい、と思い当たる。
 彼は元CIAだが、アメリカの国益の為に利用されて、CIAには恨み骨髄といったところだ。「アメリカの権益なんぞクソ食らえだ」と言いたいところだったが、砕音はザルクに笑いかけた。
「それは間違いだな。だが、良い間違いだぞ」
 いかにも教師が言いそうなセリフに、ザルクは首をかしげる。
 砕音はパンパンと手を叩いて、周囲の生徒に呼びかけた。
「いい機会だから、ちょっと社会科の授業するぞー」


 「授業」は要約すると、こうした内容だった。

 シャンバラ開拓やパラミタでの活動で、圧倒的なアドバンテージを持っているのは日本だ。その力の差たるや、日本とそれ以外の地球先進国(中国、アメリカ、ヨーロッパ、ロシアなど)すべてを合わせて、ようやくつりあう程度。
 なぜならパラミタ大陸が地球に現れた場所は、日本の領土内だからだ。パラミタと地球を行き来する手段も、日本のものである空京新幹線か巨大エレベーター天沼矛(あまのぬぼこ)しかない。
 それは、パラミタと地球の間で人や物資、資金を移動させる場合、必ず日本領を経由しなければならない事を意味する。そこには日本の関税や法律が適用されるのだ。
 もし日本がその気になれば、中国だろうとアメリカだろうと簡単に日干しにできる。パラミタのどこの国と手を組もうと、それは避けられない。
 それどころか「日本の国会で、どこかの国に不利な法律が可決する見込み」というニュースが流れただけで、その国の株価や通貨が暴落して経済危機となるだろう。
 日本以外の先進国は、日本の独断専行を止める為にも協力せざるおえない情況で、対立などしている場合ではないのだ。もちろん歴史的な対立感情などが消えるわけではないが、その為に国を転覆させる訳にはいかない。

 また対立感情という点から見れば、日本とは長い同盟関係を築いてきたアメリカは有利だ。御神楽環菜(みかぐら・かんな)がアメリカの証券市場を事実上牛耳っていた事で経済的結びつきも大きい。
 ヨーロッパやロシア、インドなどは独自の技術や資本をもってシャンバラ開発に協力する事で、日本と友好的な立場を得ている。
 対して中国はどうか。現在の主席は、日本よりの考えを持っているが、議会の多くを占めるのは反日派だ。彼らは自治区への弾圧も行なっており、ドージェの乱により一時的に力を弱めていたが、最近では裏で鏖殺寺院と結びついて勢いを増している。
 そうした中国反日勢力の中には、「日本が自国の領土だと主張する島々は、中国の領土かただの岩であり、パラミタは中国領である」といった主張をする組織まである。おそらくは中国と日本の関係破壊を狙う鏖殺寺院の計略だと思われる。
 結局、日本と歴史的な対立を抱え込む中国は、シャンバラでは前線に立って血を流す事で存在感を発揮するしかない、とも言える。


 シャンバラの学校でも、日本の力は格段に大きい。
 あまりに大きくて、多くの生徒は空気のように意識しない程だが、空気と同様にシャンバラ開発に不可欠のものとなっている。
 蒼空学園、百合園女学院、天御柱学院はほぼ日本の学校と言ってよい。
 先進技術や経済に優れた蒼空、財界やセレブの子女が通い政治的重要度の高い百合園、イコンなどの圧倒的な軍事技術を保有する天御柱。この三校を運用することで、日本はパラミタやシャンバラで何がどう転ぼうと、一定の立場を確保できる。
 西シャンバラの一般生徒の中には、百合園が東シャンバラの中核となっていた事で、まるで裏切者のように考える者もいるが、日本国内の識者からは「勇気ある行動」だとして、百合園の評価は上がっている。


「もっとも当の百合園生からすれば『日本の為にやったんじゃないわ』ってトコだろうけどな」
 砕音はしみじみと言う。
「ただ、これだけ強大な日本の力に脅威を覚えた組織や人々が、日本脅威論のもとに鏖殺寺院と手を組んだり、協力する事例が増えているようだ。
 それに、日本を乗っ取ろうと動いている鏖殺寺院組織もいるようだから、皆も十分に注意してほしい」
 そこで授業は終わりとなった。