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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
 今日、ステージに立つ者たちの心境は、それこそ千差万別である。
 想い人に想いを伝えるため。
 これまでに起きた出来事を振り返るため。
 ……そして、明日への一歩を踏み出すため。
 彼らは、ステージへと立つのであった――。
 
 
「東と西、二つの国に分かれていたシャンバラが、一つの国になった事はとっても嬉しいよ。
 ……でも、ボクはロイヤルガードとして何一つ、建国に対して貢献出来なかった……と思う」
 
 出場者に割り当てられた控え室で、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がぽつり、と言葉を漏らす。
 ただ一人の傍聴者、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はカレンの言葉を否定するでも肯定するでもなく、黙って聞き入れる。
 
「なるべく誰も傷つかない様に、犠牲を出さない様にって考えてはいたけど、ただ状況に流されてただけだった様な気がする。
 どうする事が正しかったのかは分からないけど、きっと何か出来た事があったんじゃないかな……」
 
 シャンバラ建国に際しては、それこそ名も無き一生徒から各学校の校長、女王、そして国家神とそのパートナーまで、多くの人々が自らの意思を行動に変えて関わり合ってきた。
 時間によって姿を変える川の流れのように、刻一刻と変わりゆく状況の中、存在感を示すことが出来た者もいれば、流されないように付いていくので精一杯だった者もいる。
 シャンバラの建国という形は、成功と言って良いだろう。だが個々に見ていけば、成功を感じられた者とそうでなかった者が両方存在している。
 
「……でも、後ろを振り返るのはこれくらいにして、今すぐ前を向かなきゃ、とも思ってる。
 建国が叶ったとはいえ、エリュシオン帝国を始め、シャンバラにはまだまだ大きな苦難が待ってると思うんだ」
 
 カレンも、どちらかと言えば、後者に属していた。
 しかし、言葉を紡いでいくカレンの表情に、悲観めいたものは感じられなかった。
 
「新たな女王様をお守りする事はもとより、このシャンバラに住む全ての人達が笑顔でいられる様な未来を作る事。
 それが、ボクらロイヤルガードの努めなんじゃないかなって考えてる。
 ……ううん、例えロイヤルガードになってなくても、シャンバラの地に足を踏み入れた契約者として、きっとそう考えたと思う」
 
 まだ、東西それぞれに王国が存在していた時に設立された組織、ロイヤルガード。
 主君を守り、そして民の安全を守るその理念は、国が統一されても変わることはない。
 
「だから、この先に待ってるかもしれないシャンバラの危機に対して、悔いを残さない様に精一杯立ち向かいたい。
 例え少し遠回りの道を選択したとしても、それがシャンバラにとって良い方向に向かうなら、それでいいんじゃないかって。
 
 そのためにはボク自身、もっともっと魔法の腕も磨かなきゃいけないし、知識も身に付けないといけない。
 色んな場所を訪れて見聞を広めて、経験も積まないといけない。
 今以上に好奇心を持って、この世界に埋もれている未知の物を探し出さなきゃいけないよね」
 
 一通り言葉を紡ぎ終えたカレンが、身に着けていた魔法石の一つを外して、掌の上で転がす。
 これまで経験してきた冒険、現象、事件、そこには楽しいこともあったし、辛いこともあった。それら全ては宝石のように大切な物、手放すことは出来ない。
 だけど、どこかで踏ん切りをつけないと、ここから先には進めない。
 
「……だから、ボクはここまでの反省や後悔の念は一旦区切って、今日、前に進むための一歩を踏み出す事にしたいと思う。
 ジュレ、これ、預かってて。いつか、ボクが胸を張ってこの想いを受け止められる日まで」
 
 宝石に、ここまでの反省や後悔の念を閉じ込めて、カレンがジュレールに魔法石を差し出す。パートナーとして、最もカレンの傍に居る者として、ジュレールがそれを受け取った時、扉が叩かれスタッフの声が響く。
「そろそろスタンバイお願いします」
「あっ、はーい。……さ、行くよジュレ!」
 カレンが椅子から立ち上がり、身だしなみを確認して扉へと向かう。
 その後ろ姿を見つめながら、ジュレールが心に呟く。
(ロイヤルガードになり、多少は自省する事も覚えたようだが……。
 しかしただ前だけ向いて、自分の信じる道をひたすら突き進む姿は変わらぬか)
 
 人は変わる一方で、変わらないものもある。
 変わったものが、変わらなかったものが良いか悪いかは人によって異なるだろうが、ジュレールはそのどちらも好意的に受け止めようと思っていた。
 
 カレンが扉を開けると、ステージに立って歌っているであろう者の歌声が、スタジアムの歓声がここまで届いてくる。
 
(……我は、シャンバラに住む者の一人として言いたい。我がパートナーを始めこの地に降り立った地球人の多くは、自らの損得など省みず、シャンバラのより良き未来のために尽くす者達だ。
 シャンバラの民の中に、地球人に対して少なからず反感を持つ者がいる事は承知しているが、どうか皆を信じて、手を取り合って協力して欲しい。
 今回のシャンバラの統一が、その良いきっかけになると思う。
 多少の意見の違いはあると思うが、今こそシャンバラに住む者が一つになる時なのだ)
 
 歌に自信はなかったが、それでも、自分のこの想いだけは、歌を聴いてくれた人々に伝わって欲しい。
「ジュレ、どうしたの?」
 ひょこ、とカレンが外から顔を覗かせる。
「……なんでもない。すぐ行く」
 そんな想いを抱きながら、ジュレールがカレンから受け取った魔法石を大切に仕舞い、カレンの後を追った――。
 
 
「まずは、三人とも無事に年を越せる事はめでたい事だ。こうして、暢気に歌を歌って年を越せると言うのは、一時的にせよ平和になったと言う証なのだろう」
 ステージではカレンとジュレールの歌が披露される中、控え室では、集まった三人の『娘』たち、ヴィオラネラ、ミーミルを前に、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が口を開く。
「せやなぁ。国も一つにまとまったっつうことやし。
 うちらもまぁ、色々あったけど、ねーさんとちびねーさんと一緒におられるしな」
「ああ……父さんと母さん、それに兄弟が離れること無く一緒に過ごすことが出来る。旅の途中で親とはぐれた子供を何人も見てきたことを思えば、これがどれほど幸せなことなのか、身に染みて思うよ」
「はい……私も、色んなことを経験して、そして、こうしてみんなが一つの場所に集まって、仲良く暮らせることが、大切なものなんだって思うんです」
 三人がそれぞれ、平和であることの尊さ、大切さ、素晴らしさを口にしたところで、表情を引き締めたアルツールが再び口を開く。
 それは、決してお祭り騒ぎに浮かれることなく、娘にものを教える父親の顔であった。
 
「……だから、知っておいて欲しい。多くの生き物は互いに様々な形で競争をしている以上、その競争の最たる形である戦争はある意味『自然な事』だ。
 そして、平和という、戦争という名の競争を放棄した不自然な状態を作り維持するという行為は、戦争をするよりも遥かに辛く、苦しく、難しいという事を。
 ……理由は色々ある。だが一番の理由は、争いを止めよう、平和になっても平和を維持しようという想いを常に持ち続けなければ、平和を作り出し維持し続けられないからなのだろうとお父さんは思う」
 
 一般的に、何かを維持し続けることは、その何かを勝ち取ることとは違う。
 前者は長距離走のように、持続して力を出し続ける必要がある。後者は短距離走のように、力を集中して出す必要がある。
 そして、何かを勝ち取る場合は、勝ち取ったというゴールが存在するが、維持し続ける場合は明確なゴールがない。
 つまり、平和を維持し続けるために、人々は先の見えない道をただひたすらに、バテない程度の力で走り続けなければならないのだ。
 それがどれほど困難で、そして失敗し続けていることは、地球の過去を見ていけば自ずと証明される。
 
「この世から戦いが無くならない以上、戦うべき時は戦わなければならない。お父さんもお前達や祖国を守る為なら、自ら進んで武器を取るし、時には先に戦いを仕掛ける事だって厭わない。
 ……だが、どんな戦いも、いつかは止めなければならない時が来る」
 
 『生きたくない』(これは身体機能的な生死の他、精神的な生死も含める)生物がいない以上、他者と戦うことは無くならない(人間はこの、『生きたくない生物』を人為的に作ろうとしたが、結局失敗している)。
 だが、どこかで『落とし所を見つける』ことは、ある程度の知識を有していれば出来るはずである。
 
「……今は、まだ理解できなくてもいい。しかし、残念ながら恐らくまた近いうちに戦乱は起こる。
 できれば、今言った事を心の片隅にでも留め置いておくれ」
 言葉を紡ぎ終えたアルツールを、三人の『娘』たちが真っ直ぐに見つめ、はい、と頷きを返す。
 目覚めてまだ日が浅い彼女たちに、アルツールの言わんとしていることは完全には理解出来なくとも、彼女たちが『父』と認める者の言葉を忘れることは、少なくとも彼女たちの意思下では考えられないことだろう。
「すみません、そろそろスタンバイお願いします」
 扉の向こうから聞こえてきたスタッフの言葉に応え、アルツールが席を立つ。
 扉の前まで来た彼を、ミーミルの声が呼び止める。

「……お父さん、私、諦めません。
 今までも、これからも、大変なこと、辛いこと、いっぱいあると思います。
 だけど、諦めないで頑張って、少しでも皆さんの力に私はなりたいです」
「……ああ。お前達ならきっとなれるさ、そんな存在に」
 
 満足そうな笑みを浮かべて、アルツールが扉を開け、外に出て行く。
「ま、うちらもまだまだ努力が必要っちゅう話やな。
 来年も忙しくなりそうやで、ねーさん!」
「……そうだな。まだ私たちには、やらなければならないことがある」
 
 ネラの言葉に応えるヴィオラは、自らの目的を今再び思い起こす。それは、かつての自分たちと同じ境遇に、今もあるかもしれない者たちの捜索。シャンバラ以外の国の存在が明確になってきた今なら、より広い範囲を探すことが出来るかもしれないと考えていた。
(……その時には、ミーミル、また離れ離れになってしまうだろう。
 だが、お前なら大丈夫だろう。母さんを、頼んだぞ……)
 優しい眼差しで、三対の羽をふわり、となびかせ佇むミーミルを見つめるヴィオラ。
「……あっ、お父さんの歌が始まりましたよ」
 ミーミルの声に、ネラとヴィオラも耳を澄ませる。
 アルツールの故郷、ドイツで歌われていた民謡(軍歌としてアルツールは覚えていた)が、三人の耳から心へと染み入っていく――。