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リアクション
【4】悪鬼羅刹……4
焚き火の前に座るメルヴィアを見つけたのは午前2時を回った頃だった。
彼女の護衛担当のシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は口をぱくぱくさせた。
「ちょ、なにしてんすか、大尉?」
「見てわからんなら、相当な無能だな。焚き火の前で時を浪費しているに決まっているだろう」
「ああ、眠れなくてボーッとしてるってことっすね……」
「これと言うのも、私の安眠を妨げる馬鹿の所為だ。奴らめ、シャンバラに戻ったら精神病院送りにしてやる」
「ああ……」
シャウラは焚き火の向こう、野営の真ん中あたりで棒に括られてる2人を見た。
目隠しされてうなだれてる姿はなんとなく『銃殺』と言う言葉を喚起させて不吉極まりない。
「まぁ安眠には温かいミルクなんてのがいいですよ」
手鍋にミルクを注ぎ、焚き火の上に張られたワイヤーに引っ掛ける。
シャウラは何気なく彼女に目を向けてみた。炎に照らされる彼女はどことなく雰囲気があり三割増しで美しい。
しかも、わざわざ寝間着から着替えたらしく、普段の大胆な衣装……けしからん限りである。
「ボディタッチは上官侮辱罪で軍法会議ものですよ」
「うっ!?」
音もなく背後に立ったユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)はポツリと言った。
「な、なにをいきなり……、俺をなんだと思って……」
「完全に今、獲物を前にした狩人の目になってましたよ」
「今回はちゃんと我慢する……」
難攻不落な女ほど燃えるが、彼女の私刑を受けるのも恐ろしい。欲望をグッと堪え、当たり障りのない話を振る。
「あのー……大尉はどうして軍に入ったんすか?」
「決まっている。己の才能を使うのに相応しい場所と思ったからだ。おまえは違うのか?」
「俺は行きがかり上軍人になったクチです。ご期待に添えなくて悪いっすけど、大層な志はないっすねぇ」
ミルクをカップに移し、メルヴィアに渡す。
「けど、経緯はどうであれ、引き金を引いたのも、この職に就いたのも自分の選択だし『今は』肯定してますよ」
「ヒヨッコの分際で悟ったようなことを言う」
「ははは、格好付け過ぎましたかね。惚れないでくださ……」
そこまで言って、彼女の目がまったく笑っていないことに気が付いた。
「何をへらへら笑っている、三等兵。調子に乗るなと私は言ったのだ」
「あ……その、すみません……」
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同時刻。
死霊術士ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)は野営から離れ、夜の散歩に興じていた。
月明かりに照らされる誰もいない都は、まるで母親の胎内にいるよう、深く包み込む闇がどこか愛おしい。
「この都市の夜は死の匂いがしていいね」
よく見ればあちらこちら、ピョンピョンと跳ねるキョンシーの姿がある。
ニコはその中の一匹に目を付けた。どういうわけか知らないが、服がビリビリに破れた女キョンシーだ。
ブリザードで氷付けにし、ゆっくりと観察する。
「さて、どんな術式で動いているのかな?」
無邪気な笑みを浮かべるニコ。アシッドミストの強酸で皮膚と肉を溶かし、彼女の中身を探検する。
……なるほど。どうやら自然発生のアンデッドのようだね。
霊的に乱れた場所で死んだ生き物だと穢れが入りやすくなって、こういうアンデッドが生まれる、と。
うーん、この地の要素を持ち帰ればもっと楽に地上で死者の国を作れるのかなー。
ただこの場所、相当な量の血が流れてるみたいだから、再現すると国ひとつ潰す気でいかないと駄目かも……。
「魂のない身体は、どんなに頑張って修復しても、ただの人の形にしかならないもの」
観察を終え、ニコは彼女の服を正してあげた。
「さびしいなぁ、こんなにたくさん人が死んだのに魂が留まってないなんて」
見上げた月に雲が差し陰る。
その時だった。キョンシーの目が紅く輝いたかと思うと、身体を覆う氷を力任せに砕いた。
「!?」
通常、彼らは硬直した身体でバランスをとりながら活動する。
しかし夜になり、穢れが強くなるとその制約から解放される……つまり、自在に動けるようになるのだ。
「……へぇ、こんなこともできるんだ。おもしろいね」
彼女はニコに向き直ると、拳法の型のようなものをとり、鋭い手刀を繰り出して来た。
ニコはあわてて光る箒で素早く上空に避難する。
ここは修行者の集まる場所、当然ながら命を落とすのも修練を積んだ武芸者が多い。
そう言う個体は生前体得した技を使えるようになるのだ。
「ちょうど丑三つ時か。穢れが一番濃くなる時間なんだね」