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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(前編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(前編)

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【2】奇奇怪怪……2


 清泉 北都(いずみ・ほくと)は銃型HCでマッピングする最中、相棒が立ち止まっているのに気付いた。
 狼の獣人白銀 昶(しろがね・あきら)は振り返り、闇を見つめたまま固まっている。
「どうかしたのかい……?」
「しっ、ちょっと静かにしろ。なんだか嫌な気配する」
 かすかに漂う腐敗臭、とんとんと床を跳ねる音が、彼らの超感覚に触れた。
「あいつらだ! 追いついて来たぞ!」
 全員が戦闘態勢に入る……とその時、パイロンを護るように隻腕の少年が前に出た。
「仇討ちに燃える男、ね」
 隻腕の少年……日比谷 皐月(ひびや・さつき)はフッと笑った。
「どういう事情があるにせよ、仇討ちに手を貸す義理はねー。けど、相手が人を喰う化け物だってんなら、放って置く道理はねーよな。おまえもオレも化け物をどうにかしたい……なら、おまえに手を貸すのもやぶさかじゃあない」
「ツンデレ?」
 毒舌天使雨宮 七日(あめみや・なのか)はさらっと突っ込む。
「いや、別にツンデレじゃねーぞ。決して。断じて」
「……なんなんだ、おまえらは?」
「まぁとにかく、オレがあんたを護るって決めた以上、傷一つ負わせやしねーから、大船に乗ったつもりで居てくれ」
「ふん……素人に護られるとはオレも舐められたものだ」
「あ、こらっ」
 無視して敵に向かうパイロンを、あわてて皐月が追いかける。
「行けっ! 氷蒼白蓮!」
 彼の意志に鳴動して、傍らに浮遊する三櫃の棺が、パイロンの利き手と逆側に展開された。
 敵の動きに合わせ移動し、パイロンへの接近を妨げる。
 視覚の減退したキョンシー達は棺の存在を認識できず、次々に身体をぶつけ床に吹っ飛ばされた。
「へっ、すこしは素人のすることも役に立つだろ」
 そして、パイロンの後方は皐月が直接護衛する。付かず離れずの立ち回りで、降り掛かる攻撃を受け流す。
「わからんな……。オレなど護ってもおまえ達の得にはならんだろう」
「まぁあの大尉殿ならそう言うかもしんねーな。けど、人を助けるのに理由なんざいらねーだろ?」
「!?」
「背中の傷が剣士の恥なら仲間の傷はオレの恥だ。オレが傷付くのは我慢出来るが、仲間が傷付くのは我慢ならねー」
 熱く語られるその言葉に、パイロンは小さく吐息を漏らした。
「……思えば、師匠もそう言う人間だったな」
「へ? なんか言ったか?」
「……いや、無理はするな。おまえが倒れた時、悲しむ人間だっているだろう」
「ああ、当たり前だ! オレの死に場所にするにゃ、ちょっとここは……」
いえ、パイロンさんが思うほど皐月を惜しむ人なんていませんよ
ひでえ!
 折角、いい感じの流れが出来ていたのに、七日の無慈悲なひと振りで断ち切られた。
「と言うか、おまえも手伝えよ!」
「手伝う? 天使ですから傍にいるだけで癒されるでしょう?
ひでえ!!
 今更ぶっちゃけるのもアレだが、正直、彼女はこんな探索行に興味などなかった。
 彼女の興味は自分の魔術とは異なる体系を持つ道術にある。
「実に興味深い研究材料です。あなたの使うその術を見学させて頂けませんか。出来れば、解説付きで」
 ずうずうしい申し出に、無論のことパイロンは眉をひそめる。
「対価と言う訳では有りませんが、仇討ちに微力ながら手を貸させて頂きます」
「……ふん、その目でしかと見ておくんだな」
 パイロンは袖を大きく払った。飛び出す無数の護符がキョンシーの身体に貼り付く。
 すると、キョンシーの動きがピタリと止まった。
こいつらは護符を貼られると身動きがとれなくなる
「ふむふむ……」
道士ならここから呪詛祓いで穢れを祓い、骸に戻すことが可能だ。また、屍鬼操術で操ることも出来る
「ははぁ、屍鬼操術とはなんですか?」
「陰陽術で言うところの『式神の術』だ。我らはこの術でキョンシーを使役することが出来る」
「なるほど。ちなみにキョンシーはこの方法以外では倒せないのですか」
五体を刻む、もしくは炎で焼却する。とにかく原型が無くなるまで損壊するしかない
「ふむ、それで次の質問なんですが、マテリアルとしての魂について意見を……」
 とその時、真横をヘルハウンドの群れが駆け抜けた。
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は暗闇に赤い瞳を輝かせ、敵の矢面に躍り出る。
「あんた達が呼吸を読むって言うなら、これでどう? これだけ標的が多いとこっちを狙うのもひと苦労よね」
 朱里の思惑通り、キョンシー達はヘルハウンドに振り回され、動きが散漫となった。
「さぁ今よ、衿栖」
「ええ、任せて……!」
 相棒の作った好機に飛び出す茅野瀬衿栖……だったが、不意に足を止めた。
 耳をつんざく叫びとともに血飛沫が上がったのだ。
 喉笛を断たれたヘルハウンドが1匹、また1匹と倒れていく。
「……っ!?」
 朱里も目の前の殺戮に身を強ばらせた。
 獰猛な獣と言えど、キョンシーの相手は荷が重かったようだ。
「何をしている。早く終わらせねばもっと死ぬぞ」
 固まったまま動けずにいる2人に、グラキエスは叫んだ。
 はっと我を取り戻した衿栖は、焔のフラワシを発現させ、敵に向かって駆け出した。
「すみません……、仇は取ります!」
 こちらの呼吸を辿るキョンシーに対する、衿栖の回答。
 それがフラワシだった。五感の衰退した彼らにフラワシを捕捉する術はなし。回避することは不可能だ。
「はああああああっ!!」
 フラワシの業火の直撃。キョンシー達は炎に焼かれながら吹き飛んだ。
「なるほど。フラワシなら一方的に攻撃出来ると言うわけか」
 グラキエスも焔のフラワシを発現させ、敵を焼き払う。
 それでも攻撃を乗り越えてくる個体には、金剛杵と銃の異種二刀流で対応。
 噛み付くキョンシーの口をヴァジュラで塞ぎ、怯懦のカーマインの銃弾を叩き込む。
「む……?」
 思いのほか銃弾が効いておらず、屍人はまだ大口を開けてジタバタしていた。
 とそこへ、衿栖のカタクリズムが放たれた。壁に叩き付けられる敵を、炭化するまで高熱で焼き尽くす。
 穢れがある限り、彼らは何度でも蘇る。戦う時は徹底して仕留めなくてはならない。
 ……あらかた片付くと、辺りは再びしんと静まり返った。
 衿栖は沈痛な面持ちで、倒れたヘルハウンドに慈悲のフラワシで治療を施す。
 しかし、致命傷を負った彼らはほどなくして息絶えた。連れて来たヘルハウンドはほとんど殺されてしまった。
「朱里……」
 彼女は一匹を抱きかかえうずくまっていた。
「迂闊だったわ……。相手の力もわからないのにこの子たちをけしかけるなんて……」
 凶暴な獣と言えど、自分の指示が死を招いたとあっては罪悪感を感じずにはいられない。
 と、その時だった。突然、ヘルハウンドがピクピクと痙攣を始めたのだ。
「もしかして、衿栖の治療が効いて……」
「違う!」
 パイロンが叫んだ。
すぐに離れろ! 穢れが入ったんだ! キョンシー化が始まっている!
 1匹、また1匹と起き上がり、ぐるるるる……と危険な唸り声を上げ始めた。
「そんな……」
「朱里、しっかり!」
 呆然とする朱里の手を引き、衿栖は駆け出した。
 新たな敵の魔の手から逃れるため、探索隊は走り、そして突き当たりの堂に飛び込む。
 すぐさま扉を閉めると、パイロンは扉に向かって無数の護符を放った。
「五行結界! 急急如律令!」
 貼り付いた札が封印を施す。
 しばらく向こう側から扉を破ろうとする音が続いたが、結界がこちらの気配を消しさると敵は去っていった。