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リアクション
★第三章・4「期待と不安」★
短いようで長かった旅の折り返し地点。えぐられへこんだ地面を見れば、その時の衝撃がどれほどだったのか伺えた。
誰もがどこか感慨深そうな顔をしている中で、彼がついに仮面(実際にかぶっているわけではない)を脱いだ。
「フハハハ! このニルヴァーナ征服の鍵となる落下物は、誰にも渡さぬっ!
やれ、ヘスティアよっ!」
ずっと静かにチャンスを待ち続けたドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。この時のために高笑いを控えていたが、それももう解禁である。
「かしこまりました、ご主人様……じゃなかったハデス博士。周囲の車への妨害を行ないますっ!」
ヘスティアが命を受けて、ミサイルを構える。慎重に近づこうとしていた調査隊は、出遅れてしまう。
十六凪がヘスティアに声をかける。
「落下物の回収および鑑定は、僕に任せて下さい。ヘスティアさん、その間の皆さんの足止めは任せましたよ」
「フハハハ! 一番乗りはもらったあっ!」
ハデスは思い切りアクセルを踏んだ。キャンピングカーを改造でもしているのか。通常のキャンピングカーに出せない速度が出ている。
「ターゲット、ロックオン! 全弾発射します!」
ヘスティアが足止めをしている間に、十六凪は車を降りて落下物の傍へ。生き物の気配はしない。それでも慎重に近寄る。
「これが……西に落ちた光、ですか」
球の形をしたそれは、救命ポット、という言葉を彷彿とさせるものがあった。
唾を飲み込んだ後、十六凪はさらに近づいていく。
「なんだこいつらはっ?」
「ご主人様、ミサイルが効きません」
しかし後ろから聞こえた悲鳴のような声に、彼はハッとして振り返った。クレーターから上がり、彼が目にしたのは――巨大な、芋虫の群れだった。
濃い緑色の表皮は固い甲羅のようになっているらしく、ヘスティアのミサイルをはじいていた。口元らしき場所からは何本もの触手が見えた。
どこかで見たことがある虫だ。
そんな大群が、なぜなのかは分からないがこちらへと突撃してきている。取れる選択肢など、一つしかない。――逃亡、だ。
十六凪はキャンピングカーへと乗り込む前に、かがんで落下物の破片と思われるものをつかみ取る。
「くっ。我らの動きを読んでこのような罠を仕掛けていたというのか! 仕方ない。撤退するぞ」
そうして秘密結社オリュンポスは、巨大芋虫の群れを引き連れて去って行った。
「ええっと……?」
「……別に罠ではないんだが」
「とりあえず、無事だといいんだけど」
戸惑う鉄心と、ひそかにつっこむエヴァルトの声は、残念ながらハデスたちには届かなかった。
「なるほど。彼らは身をもってあの生物の危険性を我々に教えてくれたのだな」
「それは、違うと思うわよ」
ハーティオンのボケなのか天然なのか分からない発言には、鈿女がきっちりとツッコミをいれた。
◆
時間は少しさかのぼる。
「ターゲット、ロックオン! 全弾発射します!」
ヘスティアから放たれたミサイルによる攻撃を避けるために、キャンピングカーは急停止せざるを得なかった。
「うわぁっ」
しかしそうとなれば必然、車の天井でくつろいでいたものたちは振り落とされる。中でも完全に気を抜いていたセレスは、ろくに受け身もとれぬ姿勢で落下し
「ったく、しょうがねーなぁ」
途中で桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)に抱きとめられて事なきを得た。
「わ、わわわっな、なに」
だが助けてもらったとはいえ、男性にお姫様抱っこをされてしまったセレスは、顔を真っ赤にして言葉にならない声をあげていた。煉はそんな彼女の様子に不思議そうな顔して首を傾げた後、彼女を地面に下ろす。
「まったく、気をつけろよな」
「す、すまん……その助かった」
呆れたように言う煉は、しゅんとうなだれるセレスの頭を撫で、気をつけろよ、と声をかけてパートナーたちの元へと向かった。
が、
「煉! さっきのお姫様だっこはなんなんだ! あとでちゃんと話を聞かせてもらうから覚悟しろよな!」
「はあっ? 何を言って」
なぜか怒っているエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)に、煉は訳が分からなかった。助けを求めるように他のパートナーたちへと目をやる。
「ところで煉さん。先ほどのお姫様だっこは何だったのかな?」
「父様。あの人にだけお姫様だっこなんてずるいです。という事でボクにも……」
しかしエリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)と桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)もまた、むっとした目で自分を見ていると気づけば、煉に逃げ場はなかった。
「あのなぁ……って、なんだよ、あれ」
遠くに見えた土煙と身体を揺らす振動。ごごごっと響く音。巨大な――芋虫の大群が、こちらに向かっていたのだった。
あとはそこにヘスティアのミサイルが飛んで行ってしまい、あとは先ほどの通りだ。これで追及が逃れられる、と思った煉だが、乙女たちの心はそう甘くない。
ちなみにハデスたちは、芋虫たちの怒りが収まるまで、逃げ続けたらしい。
◆
とにもかくにも、いの一番に落下物へと駆け寄ろうとしたセリスを全員で必死に止め、
「皆が軽く調べるんで、指示してやってください」
リアの一言でなんとか納得してくれたことにホッとし、ようやく一息つけた。
改めて落下物を見て全員が思ったのは、救命ポットなのではないか、だった。
もしかしたら他にも無事なニルヴァーナ人がいるのか、と期待する者半分。出入り口が空いた形跡のないことから、もうすでに……そう意を決する者半分。
「じゃあ、行くよ」
美羽が道中とは違う緊張した面持ちで言った。ジャジラッドは、中にいる何かからいつでもセレスを守れるように傍に待機し、ベアトリーチェは得物を取り出して構えた。
全員が、セレスを守るように配置につく。
数度、美羽が深呼吸をし、球体の一部が開いた。そこにあったのは――。
◆
「羅針盤、か」
「の、ように見えるのですが、用途は不明です」
天音がジェイダスへと報告すると、彼は片眉を上げた。興味深い、と瞳が語っている。視線の先には、持ち帰ったもの――羅針盤のようにみえるもの、があった。
そう。やはり、あの中に人はいなかった。
本来ならば誰かが座っているだろう場所に、これだけがぽつんと置いてあったのだ。
「救命ポットの方は?」
「サイズと重量。また道中の安全を考えて回収は断念しました。後日、回収のために人員を派遣したい、のですが」
「ああ。許可しよう」
「ありがとうございます……あの、それでピアノの件ですが」
「その話ならばすでに手配している。学校の完成を楽しみにしておくといい」
ジェイダスの言葉を聞いて安堵した天音は、綺麗な礼を彼へと送り、退室した。
「誰が何のためにアレを落としたのか……非常に、興味深いな」
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