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リアクション
★第二章・1「美しいとは」★
活気あふれた建設現場の声も、どこか遠い中継基地本部の会議室は、妙な沈黙に包まれていた。
議題は『“美しき”中継基地建設計画』について、だったが、決してアイデアがないから静か、というわけではない。
むしろ全員がたくさんの意見を持ち会議に参加しており、白熱した会議が始まるぞ。と、誰もが予感したその時、立ち上がった1人の男がいたのだ。
裏椿 理王(うらつばき・りおう)である。
彼はジェイダスの目を真っすぐに見て、こう言った。
「お姫様だっこさせてもらえませんか?」
誰もの目が点になった。……いや、ジェイダスだけは楽しげな顔をしていたが。
彼はまず、ジェイダスの言う『美しさ』について知りたいと考えた。それはつまり、ジェイダスのことを知る、ということであり、ジェイダスのことを知るにはデータが必要だ。なのでお姫様抱っこをする。……抱き上げることで相手のデータを読み取るのは、彼の得意とするところだ。
「よかろう」
抱き上げる前に理王は事情を説明したが、ジェイダスはあっさりと許可し、今に至る。
「なるほど。つまり美しさとは……」
そうしてジェイダスを抱き上げて、何か納得したようにうなづいた彼は、ジェイダスを降ろし礼を言った。それから何かをメモに書き込んでパートナーの桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)に渡し、屍鬼乃は渡されたそれをパソコンに打ち込む。一体何が打ち込まれたのかは不明だ。
パソコンの中には様々なデータ――運び込まれているアンテナ基地用機材や資材、予算から予測される性能値や信頼性などなど、たくさん詰まっており、そのデータから新たな情報を算出してアンテナ建設に役立てようとしていた。
場の空気を変えようと、咳払いをしたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)であった。
「とりあえず理王の言うとおり、美しさ、について確認しておきたいんだけど」
ルカはジェイダスへと目をやる。『“美しき”中継基地建設計画』を提唱したのは彼だ。彼の美について語ってもらう必要があるだろう。
「そうだな。君たちにとっての美とは何か、聞かせてもらおうか」
しかし帰ってきた答えは問いかけのようであった。……いや、問いかけなのだろう。ルカの質問の意図を悟った上で聞いてきたのか。違うのか。悠然と微笑んでいる姿からは何も読みとれない。
戸惑う面々の中で立ち上がった新谷 衛(しんたに・まもる)が、咳払いをしてから注目を集めた。
「うっうん! オレは『長い年を経るものは機能的な美しさがないといけない』と思うっすよ」
茶色の瞳をこれでもかと輝かせた彼女は、じぇいだっさん、とジェイダスを呼びながら力説した。
「文化遺産として遺された建物は、美しさの中にも計算された機能性があるんすよ、わかる? この美しさ!」
具体的かつ有名な建物の名前を挙げていけば、たしかに、と何人もがうなづいた。その反応に、衛の話にも力が入る。
林田 樹(はやしだ・いつき)と緒方 章(おがた・あきら)は、そんな衛の姿に苦笑いしつつ、絶妙のタイミングで資料を配る。例に挙がった建物建物の写真と、図面。
(ほお、これは中々)
図面を見て感心したのは設計担当として参加したダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
(なるほど、こんな利用法が……いや、それならばここにも)
ダリルは『必要な機能は押え、だが美観を損なう事無く』を念頭に置いていたので、衛の考えをよく理解できた。
「1つ、いいだろうか?
アンテナ塔はそうそう壊れてしまっては困る施設だ。今の設計も悪くないが、さらに頑丈にしたいと思っている。美観も大事だが、まずは根本をしっかりと作るべきだろう。すぐに壊れてしまえば、美しさもあったものじゃない」
言ってから、ダリルは自分の持ってきた設計図と衛の設計図を示す。今まで熱く語っていた衛の目が真剣になり、ダリルの設計図をじっと見つめた。
「あーっなるほど。地下に発電室っすか。しかも化学燃料発電機と機晶発電機の二種、ふむふむ」
「発電室には衛の設計にあるこの技術を応用して」
「地下室だったら、こっちの方が」
専門用語を交えて話しこみ始めた2人を見て、本郷 翔(ほんごう・かける)はジェイダスの様子を窺った。が、口を出す様子がないことを悟ると、また前に向き直る。
「では、設計図の修正と発電室の設計に関して、お2人に任せたいと思いますが」
異論は上がらなかった。翔は1つうなづいた後、話を進めていく。
「次は外装に関してです。
風景に調和が取れているものである方がいい、と私は思うのですが、みなさまはどう思われるでしょうか?」
そっと手を挙げたのは師王 アスカ(しおう・あすか)だった。
「ちょっと話が変わるのですが、外観を鉄骨だけの状態にするのではなく、他の素材も使って美しいデザインの壁をつくる、というのう提案します。
塔の補強にも繋がるし、断熱材も使って壁を建築すれば塔の内部を簡易施設として扱う事も可能になり、壁を作ることで外観のデザインもしやすくなるかと」
言いつつ、彼女はジェイダスを見た。できれば外観のデザインは彼にも手伝ってほしいな、と思っていたのだ。芸術に触れることで少しでも多忙な彼の息抜きになれば、と。
しかし相変わらず、ジェイダスは微笑むばかりで何かを言う気配はない。
(先ほどから何を考えておられるのでしょう。でも、なんだか楽しそう?)
疑問に思ったアスカだったが、彼が楽しいのであればそれでいいか、と口を閉じる。
「ほお、それはいいの。私は賛成するぞ」
まず同意したのは、樹だった。そして隣にいる章(あきら)を目で促す。章は「分かっている」と短く答えた後、すばやく経費を計算しなおす。
「設計図を修正とはいっても外の大きさに変更はないからね。壁作りに必要な資材とかかる費用は、だいたいこれぐらいかな」
「……そう、ですね。それぐらいならば大丈夫かと」
章が出した数値をじっと見た翔は、予算を思い浮かべながら、許容範囲内だと頷く。他に異論は上がらず、外壁を作り、中に施設をいれることで決定した。
問題は、ここから。壁のデザインだ。
翔は地味なものでもいいのではないかと考え、衛は『機能美』を声高く唱え、アスカはステンドグラスを使うのはどうかとアイデアを出しあった。
全員が、困ったように黙り込む。誰も、間違ったことは言っていないからだ。
ニルヴァーナの景色と見合った色合いもまた美しいし、とくに装飾せずとも心惹かれる魅力があるだろうし、ステンドグラスを飾り付けるのもまたキラキラと輝いて綺麗だろう。
――容易に思い浮かべられる景色がどれも素晴らしいがゆえに、彼らは悩んでいた。
(今良いナレーションが浮かびました。この場面はこれで行きましょう)
そうして真剣に悩み考える面々を、カメラを構えたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が撮り続けている。
何をしているのか、というと『“美しき”中継基地建設計画』のドキュメンタリーを作っているのだ。もちろん、許可はとってある。最初はぎこちなかったメンバーたちも、話が進むにつれてカメラを気にしなくなっていた。
ドキュメンタリーは、通信局が将来的にはできるらしいので、その時にでも流せたらいいな、と考えている。
(でもなかなか話が進みませんね。それだけ皆さんが真剣だと言うこと……私も、負けてられません)
重苦しい沈黙続く会議室で、ロザリンドはカメラ越しに全員の顔を見つめてごくりと唾を飲み込んだ。
アンテナ塔の話合いは、まだまだかかりそうであった。
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