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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 出会ったときの忘れ物 ■
 
 
 
 パートナーとの出会いは、偶然の巡り合わせも多い。
 それが本当に偶然なのか、何かの力が働いたのか、どう捉えるかは人それぞれ。
 
 自分たちの出会いはどうなんだろう、と五月葉 終夏(さつきば・おりが)はしげしげと草原の精 パラサ・パック(そうげんのせい・ぱらさぱっく)の横顔を眺めた
 終夏が「となりの」と呼んでいるパラサ・パックは、日焼けしたような褐色の肌に、ぼさぼさの金髪が特徴の地祇だ。どこかの草原で生まれたと言っていたけれど、なるほど確かに、その金髪は秋の草原に揺れる草の風情に似ているといえばいえるだろう。
(パラサ本人は「トレードマークはピンと尖った耳と円らな瞳だぎゃー」とか言っていたけれど……)
 まあ、耳はその通りだとしても。
(円らな瞳、ねぇ……)
 そう言い切ってしまうには、少々……いや、かなり目つきが悪いように思う。
(円らな瞳っていうと、もうちょっと、くりっと可愛らしいというか、そういうイメージなんだよね。あ、でももしパラサがそういう目だったら……あはは、結構楽しいかも)
 そんなことを考えている終夏の視線に気付いたのか、パラサはぱっとこっちを向いた。
「どうかした?」
「ちょっと、となりのと出会ったときのことをね」
 円らな瞳の辺りを飛ばして、終夏はそう答えた。
「あのときのことを思い出すと、どうも、何かを忘れてる気がしてならないんだよね。何だと思う?」
「となりのが忘れたことを、パラサ・パックに聞かれても困るぎゃー」
「まぁそうだよね」
 当然だと笑いかけ、終夏はふと思い出す。
 そういえば、出会いが見られるとかどうとかいう話を最近聞いたような気がする。あれは確か……。
「そうだ。となりの、一緒に行って欲しい場所があるんだけど」
「別にいいけど、いったい何事だぎゃー?」
 怪訝そうなパラサを連れて、終夏は龍杜 那由他(たつもり・なゆた)のもとへと向かったのだった。
 
 
 
「水盤の水から視線を逸らさないで、出会いのときのことを思い出してね」
 那由他に言われ、終夏とパラサは神妙に水を覗き込んだ。
「時は数ヶ月前、場所は空京だったよね?」
「そうそう。となりのと出会ったのは空京だったよ」
 あの日、パラサは滅多に行かない空京の街が珍しく、ぶらぶらと見て回っていた。
 終夏はヴァイオリンの弦を張り替えようと、空京の楽器店に買いに来ていたところだった――。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 ウィンドウごしに何かが横切るのが見えたような気がして、終夏は顔を上げた。
 店の外に目をやれば、金の髪をぴょんぴょん跳ねさせながら男の子が走っていった。そのあとを、何とも柄の悪そうな大人が追いかけてゆく。
 大人がわめいている内容は聞き取れなかったけれど、憤怒の表情で手を振り上げている。対する男の子は、涼しい顔でひょいひょいと相手を挑発しながら逃げていた。
 助け船を出した方が良いかとも思ったけれど、男の子は随分と余裕そうだ。
 まあいいかと、終夏は手元の弦に意識を戻した。
 
 目当ての弦も見つかって、さて会計にと思ったところで、終夏は今度は弾きたかった楽譜を見付けた。
「あ、これこれ」
 楽譜を手にとって、ページをめくってみる。
 そうするだけで頭の中には曲が流れ、気分は浮き立った。
 けれど、またウィンドウの向こう側で動くものに、終夏の意識は楽譜から現実へと引き戻される。
(あの男の子……)
 外を走ってゆく男の子の跳ねる金髪に見覚えがある。弦を見ているときに逃げていった子だ。
 まさかまだ追いかけっこをしているのかとその後ろを見てみれば。
(あれ、違う)
 追っ手は明らかに先ほどの人とは違っていた。
(さすがに、ずっと追いかけられてるなんてことは無いか)
 毎回別の人に追いかけられているというのも変か、とは感じたけれど、まぁ何か事情でもあるのだろうと終夏は深くは考えず、そのまま会計に弦と楽譜を持っていった。
 
 楽器店を出た終夏の足取りは軽かった。
 弦を買うだけでなく、欲しかった楽譜まで手に入った。
 今日はなんて良い日何だろう。
 ヴァイオリンの弦を張り替えたら、さっそくこの楽譜を練習してみよう。
 つい早足になって家路を急いでいたそのとき。

 背中に衝撃を感じた。
「うわっ……!」
「悪いぎゃー!」
 ぶつかってきた男の子が謝る。振り返った顔をふちどる金の髪。あの子だ。
 また追われているのか。いや、今はそれどころではない。
 元気良く歩いていたのが災いしたのだろう。ぶつかった拍子に鞄は終夏の手をすっぽ抜け、空高くへと。
 あの中には今買ったばかりの弦と楽譜が入っている。
 そう思った途端、終夏は鞄の落下地点へと向けて飛び込んだ。
 理屈ではない。ただ大切なものを守りたいと、反射的に身体が動いたのだ。
 だが……。
「あ、あれっ?」
 無事に鞄を受け取った……のはいいけれど。
 どんっと誰かにタックルをかましてしまった。
「す、すみません!」
 慌てて謝ると、相手はいかにもやんちゃそうな風体の少年で。
「てめえら、グルだな!」
「えっと……」
 何、と聞き直す暇もなく、終夏の鞄を持っていないほうの手が引っ張られた。
「逃げろ!」
 男の子に手を引かれるまま、終夏は走り出す。
 走り出してから、どうやら自分はこの男の子を追いかけてきた相手にタックルをかましてしまったのだと気付いた。
「私は全く関係無いんだけど……と言ってももう遅いよね」
 ぶつかっただけならまだしも、一緒に逃げてしまっては、もう申し開きも出来なさそうだ。
 もしかして、最初かあるいは2回目か、この子が逃げているときに助け船なり出していたら、こんなことにはなっていなかったのかも知れない。
 いや、それとも不思議に結びあわされた縁が、二度あることは三度ある、の法則にのって終夏を捉えたのか。
「まいったなぁ……」
 呟いた終夏の心も知らず、
「ぶつぶつ言ってないで、足を動かすんだぎゃー」
 男の子はいっぱしに身につけたマントを靡かせつつ、終夏を引き連れて走っていったのだった。
 
 ■ ■ ■
 
「次々に3人に追いかけられるなんて、考えられないよね」
 水盤の中に見終えた出来事に、終夏は笑った。
「パラサ・パックは注意したのさ」
 空京で見付けたマナーの悪い奴らに、とパラサは答えた。
 1人目は空き缶をポイ捨てしてたから、それを相手めがけて蹴ってやった。
 2人目は列の割り込みをしたから、挑発して列から引き離してやった。
 3人目はタバコの吸い殻をポイ捨てしたから、それを背中に入れてやった。
「そうしたら怒って追いかけてきたんだぎゃー。たかがそれくらいで怒るなんて、器の小さい奴らだぎゃー」
 礼儀がなってないと憤慨するパラサの様子がツボに入ってしまって、終夏はひとしきり笑い……、
「あ、分かった!」
 自分が何を忘れていたのかを思い出した。
「あの時に買ったばかりのヴァイオリンの弦をどこかに失くしたんだった!」
 家に帰って、弦がないことに気付いたときのショックまで、ありありと蘇る。
「きっと逃げてるときに落としたんだよね。勿体ないことしたなぁ」
 今更ながらにぼやく終夏を横目に、パラサはそっと髪を縛っている紐に手をやった。
 
 ――あの後、パラサはマントに紐のようなものが引っ付いていたのに気が付いた。
 その紐がキラキラしてあんまり綺麗だったから、別の紐と一緒に編み込んで髪紐を作った。それが今髪を結んでいる紐だ。
 終夏に話そうか、と思ったがやめておく。
 とりあえず今は黙っておいて、そのうち何か代わりの品物と一緒に、お詫びがてらに話そう。
 まだ弦を惜しがっている終夏の様子をそっと眺め、パラサはそう決めたのだった。