リアクション
【3】 「なんでまた暴走してんのか知らねぇが、こいつは手柄を立てるチャンスだな」 国頭 武尊(くにがみ・たける)はサングラスをきらりと光らせた。 怪獣化した猫井 又吉(ねこい・またきち)の肩に、武尊はグラビティコントロールで乗っている。 「ばっちり奴を止め。ご褒美に少佐からパンツを貰うのだ。パンツは毛糸のやつを所望する!」 「注文つけてんじゃねーよ。んで、どうすんだ、とっととぶちのめすか?」 「まぁ待て。奴はただ者じゃない。じっくり奴の動きを見て、機会を窺うんだ」 「なるほどな。そんじゃまぁ他の連中のお手並み拝見といくか」 傍観を決め込んだ彼らの足元にはひとりの影。 忍び装束に身を包んだ紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、涼司の前に立ち、視線をぶつける。 ものぐさな目付きの唯斗だが、今日ばかりは少し違う。 その目に静かに火が燃えている。 「おーう山葉ぁ。大分調子良くなったみたいだな。んじゃ、悪いがもっかい病院送りになってもらうわ」 軽口を叩く彼を、涼司は一瞥する。 「考え直すんだな。病院に送られるのはお前のほうだ」 「言ってくれんじゃねぇか。まぁ確かに、今のテメェは俺よか何十倍も強いかもしれんがよ。けどなぁそれでも勝つのは俺だ。テメェはここで止める」 何故だかわかるか? と問いたげに涼司をまっすぐに見た。 「そーしねぇと泣く女が少なくとも2人いる……わかるだろうよ? テメェの嫁さんと花音だ」 「花音だと……?」 「本来は人様の家庭事情に首突っ込むなんざする気もねぇんだけど、今回は余計な事した下衆共がいるからな。気に入らねぇから全部まとめてぶっ潰して、テメェの目ぇ覚まさせてやるよ!」 鬼種特務装束【鴉】を起動させ、唯斗はマレフィキウムを発動。 無数の腕が見えるほどの乱打を放ち、奪った力を更に拳に乗せ、暴風の如く殴りつける……! 「ぐぅ……!?」 片腕で防御する涼司は、その怒濤の攻撃に徐々に後ろへ追いやられていく。 「殴れば殴った分だけ俺の力になる! こっちは命も全賭けだ! 半端な力じゃねーからな!」 小細工抜きの真っ向勝負! 男と男の意地のぶつかり合いだ! 「意地も無茶も貫き通して届かせたなら……俺の勝ち!」 「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」 「!?」 涼司はビルを振りかぶり、横一線、唯斗ごと大地を削ぎ取るように薙ぎ払う。 これには避けきれず、唯斗はビルの側面に全身を強打し、100メートルほど吹き飛ばされた。 がはっげほっと血を吐き出しながら、受け身をとり、再度襲いかかるビルを跳躍して避ける。 「……ちっ。とっとと目ぇ覚ましやがれ!」 眼前を阻むビルに一撃! 「お前を救った花音は何て言ったか思い出せ! お前が誰を選んで、今が在るのか思い出せ!」 絶叫とともに放った一撃で壁を粉砕し、ビル内部に飛び込んだ。 「そんなガラクタ振り回して遊んでるんじゃねぇ! テメェの背中にいるのが花音だってんなら使って見せろよ! お前の光条兵器を! お前が最初に手にした、契約の証を!」 部屋と部屋とを隔てる壁を破壊しながら、中を疾風のように素早く駆け下りる。 「そして聞けよ! お前が選んだ女の声を! わけのわからねぇ奴に踊らされて、大事な女の声すら聞こえねぇならお前は俺には勝てねぇよ!!」 ビルの反対側に位置する壁をぶち壊し、唯斗は涼司の目の前に飛び込んだ。 「……んなっ!」 魂を込めた鉄拳で、涼司の顔面を殴り抜く。 「この、大馬鹿がっ!!」 「よし、今だ!」 武尊の鬨の声で、又吉はビルに向かって突撃を始めた。 「あのビルを押さえ込め!」 「おう! ……って、え!? あ、あのビルを!? む、無茶言うんじゃねぇよ……?」 「成せばなる! 男を見せろ!」 「ううう、ち、ちっくしょう!!」 スウェー、受太刀、歴戦の防御術、龍鱗化、全スキル活用で、又吉は襲いかかるビルを受ける。 しかし一撃が入った瞬間、目の前が真っ白に。意識がここではないどこかに吹き飛びそうになった。 「た、耐えろ! 耐えるんだぁ又吉ぃ!!」 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」 気合いの叫びとともに、意識を覚醒させ、ビルをがっちり捕まえた。 武尊は又吉の肩からビルに飛び移り、外壁を滑り降りるようにして、涼司のところに向かう。 ただ、その時飛び移ったのは武尊だけじゃなかった。 教導団の大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)兵長も、ロープを使ってビル内部への侵入に成功していた。 転がるように中に入った彼は、窓の外に見えるヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)に合図を送る。 「これより作戦を開始するであります」 その作戦とは……実は丈二も詳しく知らない。 ヒルダの考えた作戦なのだが、指示はビルに登って、涼司に接近しろ、とこれだけだ。 勝算があるんだかないんだかまったく判断出来ない作戦だったが、丈二はヒルダを信頼しているし、それに彼はこういう作戦となると俄然燃えるタイプなのだ。 自らの生死を厭わず戦場に送り出されるのは、一兵卒の誉れであり宿痾と信じている。 「これはとても危険な作戦なのでありましょう」 送り出す時、彼女が苦渋に満ちた顔をしていたのを覚えている。 だからこそ、ヒルダが土壇場で躊躇わないように一個の機械として作戦を遂行しなければならない。 「ここで会ったが百年目! 山葉ぁ!!」 先に辿り着いたのは、武尊だった。 Pキャンセラーを発動させ、契約者としての力を封じ、そしてすぐさまチェインスマイト。 「暴走すんのは勝手だが、おめーは独身じゃねーんだから、嫁さんの事も考えてやれよ」 ブライドオブブレイドで、上段から袈裟懸けにビルを持つ腕を、返す刀で太腿に一撃をお見舞いした。 生半可な攻撃では通用しないと踏んで、手足を断ち切るつもりの全力攻撃だ。 そのはずなのに……。 「痛ぇな! 腕が痺れちまっただろうが!」 「う、嘘だろ!」 断ち切るどころか、涼司は微動だにしていなかった。 唖然としていると、その時、ビルの中から丈二が飛び出してきた。 同時にヒルダが声を上げた。 「丈二! 山葉の唇を奪うのよ!」 「!?」 彼女はわざと涼司に聞こえるように言った。 彼はバイではないはずだから、男同士のキスは避けたいはず。キスを避けようと横を向くか、キスされた後に逃げようとして横を向くと考えての作戦だ。 「負(ふ)の感情に溺れている山葉には、腐(ふ)の感情で対抗するしかないよね!」 恐ろしすぎる作戦である。 そして恐ろしいことに、丈二はあっさり迷いなく任務を受け入れた。 「なんと凄惨な……これが死地へ赴く兵士の気持ちでありますね。任務を遂行するであります」 「迷いなさすぎるだろ!?」 狼狽する涼司をリードするように、丈二は接吻を迫った。 反射的に、倫理的に、逃げようとする涼司だが、ここで振り向いては元も子もない。 「花音……! 俺はこんなことでお前を失いたくはないっ!」 覚悟を決めた涼司は逃げない……むしろ自分からキスをする。 「奪われるぐらいなら、俺が奪う! 南無三!!」 「ぎゃああああああっ!!」 鬼神の如き戦闘力から繰り出されるキスはは愛を伝える手段ではなく、もはやただの破壊の手段。 丈二は頭蓋骨を打ち砕かれ、気を失った。 「お前も邪魔だ!」 「はうっ!!」 涼司の指先がバシィ! と額を弾くと、武尊は2kmほど彼方に吹き飛ばされた。 「……まったく。あの時同様、最初からクライマックスってかい、山葉さん?」 風森 巽(かぜもり・たつみ)は以前、とある冒険で彼に助けられたことを思い出していた。 しかし、どうしたら振り向かせることが出来るのだろうか……ううむ、と唸っていると、 「ねぇねぇ」 「ん? ティア、何かいい考えでも?」 何か閃いたらしいティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)がそっと耳打ちした。 「……っていうのはどう?」 「なるほど。試してみる価値はありそうだ」 仕掛けはティアに任せ、巽は涼司の前に躍り出る。 「借りのある相手に、拳を向けるのは気が進まないが……これが貴公の本意ではない以上、ここで止める!! 変身っ!!」 変身ベルトの閃光とともに、巽は仮面ツァンダーソークー1へと変身する。 「蒼い空からやって来て、友の想いを護る者! 仮面ツァンダーソークー1!」 「お前も俺の邪魔をする気か! そこをどけぇ!!」 「青心蒼空拳、梅花!」 仮面ツァンダー、防御の構え。 雪原を抉りながら薙ぎ払われるビルを、ツァンダージャンプで回避し、懐に飛び込む。 「ビルはリーチも重量もありすぎる! 距離を取る訳には行かない以上、懐に飛び込むしかない!」 組み付き、ツァンダー変身ベルトを全壊覚悟の出力で光条ストーンフラッシュを浴びせる。 「あの時同様、損な役回りだが……例えベルトの光条エネルギー変換装置が壊れようとも……」 「光が……! レーシックした目に染みる……!!」 「ここで止めてみせる!!」 怯んだその刹那の間隙に、仮面ツァンダーは練った気を涼司の頭に叩き込んだ。 遠当て、閻魔の掌、その身を蝕む妄執の複合攻撃。その名も……。 「青心蒼空拳! 蒼空幻魔拳!」 「!?」 ダメージは強靭な肉体を持つ涼司にはほとんど皆無だろう……。 だがしかし、この技の真価は破壊にあらず。技を食らった彼の視界がぐにゃりと揺らぐ。 「これぞ蒼空幻魔拳。気の流れで脳を麻痺させ、幻を生み出す秘拳中の秘拳!」 もう涼司の目は仮面ツァンダーを追ってはいなかった。 まるで酩酊しているかのように前後不覚になり、ふらふらと明後日の方向に歩き出した。 「……で、出口に急がねば!」 その時、目の前に光が見えた。出口のよう……にも見えたが、それは出口ではない ティアが氷術でそれっぽく氷を彫刻して作った偽の出口だ。 「昔々の神様とか詩人さんとか出口間際で振り向いちゃってるし、もし出口の中に入ったら安堵のあまり振り向いちゃうんじゃないのかな?」 そして光術で照らせば、なんとも神々しい異界へのゲートの出来上がりだ。 光に吸い寄せられるように、涼司は偽の出口に入っていった。 「着いた……着いたぞ、花音」 『騙されないで、涼司さん!』 「!?」 ただひとつ、誤算だったのは背後の光が声を出したことだった。 『これは偽物の入口です! あなたを騙そうとして悪い奴らが何か企んでいるの!』 「……ひ、光が喋った……」 驚くティア。 「だ、騙されただと! くそ、どおりでなんか近いなと思ったんだ!」 「ティア、まずいぞ!」 「わ、わかってるよ、仮面ツァンダー! 絶対に振り返らせて! アーノルド!」 そう言って、シルバーウルフを涼司にけしかけた。 絶対に振り向いていけない場所で、振り返させることが得意な犬の名前を与えられたシルバーウルフは、涼司に噛み付き、なんとか振り返らせようと引っぱる。 けれど、彼は噛み付かれても反応せず、そのまま平然と偽の出口を踏み越え歩き出した。 「どけっ!」 腕のひと振りでウルフはきゃん! と空を舞った。 「ああっ! アーノルド!」 |
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