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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

リアクション


【5】



 源 鉄心(みなもと・てっしん)は涼司の来た道を遡っている。
 目的地は、彼の持つ高層ビル、それがどこから持って来られたものなのかを調べに来たのだ。
「高層ビルがあったということは、我々の文明に近い形態で社会が存在していた可能性も高い。なぜこのような荒涼とした風景に埋もれるに至ったのかは不明だが……」
 後ろを振り返り、パートナー達に声をかける。
「視界も悪いし、時間の流れも妙らしい。迷子になったら、次、いつ見つけられるか分からないぞ」
「え? も、もう少しゆっくり歩いて下さい〜」
「こんなところで迷子はいやですの……」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)は鉄心の防寒服の右側をむんずと掴み、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は左側をむんずと掴んだ。
「寒いでござる……もう帰りたいでござる……」
 スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)は寒さに震えながら、帰り道を確認して、時々雪の上に目印を付けながら進んだ。
 しばらく進み、目的の場所に到着した。
 高層ビル群の遺跡があるかと思ったが、あるのは涼司が持ち去ったビルの一部だけだった。
「この荒野にビルがひとつだけ? どういうことだ? うーむ、とにかく調べてみるか」
「さぁ、ミニうさティーたち、探索のお時間ですうさ!」
 ティーはミニうさティーを呼び出した。一匹を懐炉代わりに抱っこする。
「こんなに寒いとあんまり見込み無いかもですけど……生き物が居たら教えて下さいね。お話が聞けるかもしれませんし……」
「あ、ティーったら自分だけ手柄を立てるつもりですね!」
 イコナは対抗してミニいこにゃたちを呼んだ。
「うさぎなんかに負けてはダメなのです! 先にお宝を見つけて、手柄を立ててくるのですわ!」
「……何を張り合ってるんだ……」
 ところが、はぐれるとなかなか会えないかも? と聞いた所為で、いこにゃ達は動こうとしない。
「うさぎに負けちゃいます。探して下さいよ〜。はぁ……すぷーお願い出来ます?」
「仕方が無いでござる……にゃぁ」
 スープはねことうさぎを一匹づつ懐に入れ、ふぅと暖かさにため息。
「ああ、ぬっくぬくでござる……」
 それからミニキャラたちを連れて、ビルの残骸の探索に出かけた。
 探索範囲が狭かったおかげで、小一時間ほどで調査は終わった。
 ただ、結果は芳しくない。データを引き出せそうな端末も、他の手がかりも発見出来なかったのだ。
 あっちこっちサイコメトリで調べ回った鉄心も肩をすくめるばかりで成果はない。
「見えるのは真っ白な景色、だけか……」
 壁から手を放して、呟く。
 長い年月、この地にあったため、雪に閉ざされる以前の記憶は薄れ、忘却の彼方へと消えてしまった。
 とその時、スープが何かを見付けた。
 そちらに行くと、そこはビルのエントランスにあたる場所だった。
 途中でねじきられた柱が残っているが……注目すべきは柱にかかった長方形の大きな板だ。
「スープ、ヴェイパースチームを」
「承知でござる」
 白く凍結した板を解凍すると、それがビルのフロアガイドであることがわかった。ただ……。
「どういうことだ……」
 現れたガイドにはこう書いてあった。
 {パラミタ一タカイビル、と。
「どうしてパラミタのビルがこんなところにあるでござる??」
「この世界、まだまだ謎は多いようだな……」
 鉄心は目を細め、空の遠くを見つめた。


 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は仲間とともに柱方面に移動していた。
 先頭はリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)、パスファインダーで険しい雪路を切り開く。
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は殺気看破で、奇襲を警戒しながら慎重に進んでいる。
「……どうも本隊のほうは山葉さんの件で大変そうですね」
「涼司かぁ。世知辛い話……オレ、縁もねぇしなぁ」
 シリウスは腕組みして唸った。
「まぁとりあえずオレたちはこのまま探索を続行だ。全員で涼司を止めに行くってのも引っかかるんだよな。なぁーんか上手い事この件の黒幕に動かされちまってるみたいで」
「その黒幕とやらが探索の妨害で山葉を操ったってこと?」
 サビクが眉を寄せる。
「断言はできねぇよ。けど、そうであるにしろそうでないにしろ、こっち側からこの世界の真相に迫ってみるのは悪くない手だと思うぜ。お前らも異論はねぇよな?」
 後ろからのろのろと付いてくる装甲装輪通信車に向かって言うと、中から教導団少尉のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が顔を出した。
「ええ。構わないわ」
 普段はほとんど半裸の格好の2人も、流石にこの寒さはこたえたようで服を着ている。
「しかし、荒涼としたところね。なんだか眠くなってきちゃったわ。ふわぁ……」
「それでも人間がいるって情報があったからね。どうにか彼らから話を聞けるといいんだけど……」
 そんなことを話しているセレンとセレアナに、
「ウゲンの野郎も何時の間にか消えちまったし、先遣で出会った奴らとも会えるとは限らないんだよな」
 シリウスはそう言って、遥か前方にそびえる柱に目をやった。
「まぁあれを目標に動くしかねぇか」
「……にしても、不安になる場所だね。迷子になったら、もう帰れなさそうだよ」
 サビクが言うとセレアナは微笑んだ。
「その点はご心配なく。コンピューターでマッピングを行ってるから、遭難だけはせずに済むわ」
「流石、準備がいいね」
「通信状況が良好と言っても、天候の悪化により電波が届かなくなる可能性も考えないといけないからね。往路よりもむしろ復路の確保をきちんとしておかないと」
 いい加減そうに見えるけれど、セレンの仕事は意外と手堅いのだ。
 秘めたる力で発動させたディメンションサイトをセレアナは使用し、進行ルートにおける地形情報を装甲装輪通信車のコンピューターに記録させている。
 また、通信車搭載のレーダーともリンクさせ、万一の場合に撤退出来るように準備は万全にしてある。
 勿論、籠手型HC弐式・Pにバックアップをとることもおろそかにしていない。
 その軍人らしい仕事ぶりに、シリウスも感心したようだ。
「へぇ。意外と真面目なんだな……」
「意外と、はいらない」
 随分移動したので、この辺りで一旦休むことにした。
 シリウスがクリエイト・ザ・ワールドで創造した小さなログハウスで束の間の休息をとる。
 だるまストーブを囲むように座り、お茶と携帯食料で凍えた身体を癒す。
「ようやくこの重くて厚ぼったくてイケてない服が脱げるわ」
 セレンが分厚いジャケットを脱ぐと、健康的な肌とビキニに包まれたバストがぷりんと顔を出したので、リーブラとサビクは目が点に。シリウスにいたっては飲んでたお茶をぶほっと噴き出した。
「な、な、なんだ、その格好! って、セレアナも!」
「私のはビキニじゃなくてレオタードだけどね」
「どっちにしろ、オカシイだろ! このクソ寒いのになんでんなもん着てくんだよ!」
「普段から身に付けてるものを着とかないと落ち着かないんだよね。それに女子たるもの、如何なる場所においてもお洒落を忘れちゃダメでしょ?」
「お前らの枠はお洒落さんじゃなくて、露出狂だろうが……ったく。風邪引くなよ」
 とその時、とんとん……と扉を叩く者があった。
「すまないけど、しばらくここで暖をとらせては貰えないだろうか?」
 訪ねてきたのは、見たこともない素材の防寒具を身に付けた女性だった。
 女は防寒具を装着したままストーブの前で手をすりすりして、はぁと安堵の息を吐いた。
「しかしこんなところに家があるとはね……この前通りかかった時にはなかったが」
「30分前に出来たばっかだしな」
「へぇ……まぁここでは突然何かが迷い込むのは日常茶飯事だ。今更、別に驚かないさ」
「……あら? あなたは前に柱の近くで会った……」
「ん? あまりよく覚えていないが……そうか、前に会ったか」
 サビクはリーブラを肘で突ついた。
「……ねぇ前に言ってたよね。もしかしてこの人、ボク達の知っている人なんじゃないかって」
「ええ。なんとなく……ですけど。でも調べてみる価値はあると思います」
 リーブラはタイムコントロールを女にかけてみた。
 ところがその時、ちょっとした異変が起こった。タイムコントロールを上手く制御出来ないのだ。
「……? どうした、リーブラ?」
「どうしたんでしょう……力が安定しません。こんなこと初めてです……」
 時間の不安定さ、これもこの光条世界による影響だろうか。
 怪訝な顔をする彼女をさておき、セレンは女に質問を始めた。
「ねぇちょっと聞きたいことがあるんだけど……あそこに見える柱は一体なんなの?」
「ああ。柱のことは、あたしも詳しいことは知らない。ただ、どうもあの柱の上には何者かが住んでいるようだ。どのような者かは知らないが、時折を柱を昇っていく姿を見かけたという噂を耳にする
「ふぅん。柱の上の住人、か……」
「他に質問があれば訊いてくれ。ただで暖をとらせてもらうのは忍びないからな」
「殊勝な心がけね。じゃあもう一個だけ。この世界にはどんな危険が存在するのか教えてもらえる?」
「ここでもっとも気を付けなくちゃならないのは時々、空から落ちてくる黒い塊さ」
 ひゅるるるるるるるーー……。
「そう、こんな風に風を切るような音が頭の上から聞こえてきたら用心することだ」
「?」
 そう言って、女がストーブの前から離れたその途端、天井を突き破って、黒い塊が落ちてきた」
 慌てて飛び退いた一同を前に、塊はぐにゃぐにゃと形状を変えて蠢き始めた。
「な、なんだこいつ……!?」
「見てな。こうしてこいつは何かに変わる。象になるか亀になるか、何になるかは蓋を開けてみるまでわからないけど……」
 塊は巨大な蜥蜴の姿に形を変えた。
「ただ言えるのは、こいつは敵だってことさ。気を付けるんだね」
 リーブラは身構え、蜥蜴の前に立つ。
 サビクは彼女の光条兵器に視線を向ける。
「大丈夫? この世界の変な影響は出てない?」
「ええ。幸い、わたくしの“オルタナティヴ7”に影響はありませんわ」
 そう言い終えるや、カッと目を見開く。
 蜥蜴の鋭い爪を左右に躱し、空気を震撼させるほどの闘気をとともにヴァンダリズムを繰り出す。
 大剣を横に一閃、危険な前足をズシャァァァッ!! という鈍い音とともに斬り裂き、返る鮮血を浴びる間もなく上に飛んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!!」
 狂ったように絶叫する蜥蜴の頭に剣を突き立て、背中にかけて滑り降りるように斬り裂く。
 尻尾を素手で引きちぎり、狭い小屋の中を激しくのたうち回る怪物を容赦なく解体していった。
 小屋の中が、鮮血と撒き散らされた臓物の放つ異臭で包まれた頃、蜥蜴はもの言わぬ塊と化した。
「は、派手に散らかしたな……」
 シリウスはうへぇ……と顔をしかめて、原型を留めない蜥蜴の残骸を指で摘んだ。
「……すこしやり過ぎてしまいましたわね」
「す、すこしぃ?」
 取り出したハンカチで顔に付いた返り血を拭いながら、リーブラは上品に微笑んだ。
 セレンはふと、思い出したように小屋の中を見回した。
「……あれ? さっきの人は?」
 気が付けば、女は煙のように姿を消していた。