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【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

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【終焉の絆】禍つ大樹の歪夢

リアクション





【シャンバラの契約者と第三龍騎士団】



『樹化虚無霊、動きを再開と同時に散開。各蟲龍に各個接近。接触まで三十二秒』



 魂の共鳴によって一瞬硬直した戦場は、一気にその色を危機から優勢へと塗り替えていた。

「我等、第三龍騎士団はエリュシオン帝国の守りの要。シャンバラの者達の前で、無様を見せることは許さん!」
 通信を受け、襲来を再開した樹化虚無霊の群れに応じたのは、創龍のアーグラ率いる第三龍騎士団だ。
「接近を許すな。虚無例の攻撃範囲に蟲龍が入る前に、確実に仕留めろ」
「その身を盾にしてでも、蟲龍を死守せよ!」
 アーグラの指示に、ダイヤモンドの騎士は、部下たちへ激を飛ばすと共に先頭へと躍り出た。
 隊列を組んだ龍騎士達は、それぞれが神の名を持つ一騎当千の騎士達である。騎乗した龍を巧みに翻してあっという間に防衛網を再構築しなおすと、前線で樹化イコン達を受け持つ歌菜たち契約者と、蟲龍の間にもうひとつの厚い壁を生み出した。
 樹化虚無霊の巨大な体へと果敢に向かい、その剣が、槍が、一体一体へ無慈悲に降り注ぎ、接近を阻みながら確実にその命を削いでいく。
 その中でも、特に「帝国の盾」と称されるだけあって、ダイヤモンドの騎士の敷く鉄壁の守護は、あれだけの数の樹化虚無霊を相手に、その防衛線を後方へ殆ど下げることが無い。
「深追いはする必要は無い。一体に気を取られず、全体を見て動け」
 後方で指示を出すアーグラも、その戦いぶりに無謀さは見えないことに、とりあえずの息を吐き出した。
「後はこのまま……無茶なことを考えねばいいのだがな……」
 そんなことを呟く龍騎士たちの下では、そうして守られた蟲龍たちが、その鋭い爪を根へ突き立てて体を支えながら張り付き、その鋭い口を、名の通り蟲のように次々と突き立てて養分を吸っていく。
 
「蟲龍ね……どこの世界樹でも弱らせる事が出来そう。エリュシオンにとってはスゴイ力よね」

 そんな蟲龍たちの姿に、、ロッツ・ランデスバラットの操縦席で早期警戒管制システムWACS「スピニウェーベ」によって広域索敵中の天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、思わずといった様子で呟いた。
「新皇帝はきちんと戦うことを選んだ……ってわけね。エリュシオンにとってはいい事なのでしょうけれど、シャンバラにとってはどうなのかしらね」
 少し前まで、敵同士だった国だ。今はこうして歩調をあわせているが、今のパラミタ大陸中でやはり、最大の戦力を誇るのは彼らエリュシオン帝国であるのは間違いない。彼らが再び牙を剥こうとすれば、それこそこの蟲龍の力ならば、イルミンスールなど容易く枯らしてしまいそうだが、という彩羽の独り言を拾って「心配には及ばん」と苦笑がちなアーグラの声が応じた。
「この龍たちは、アールキング専用に生み出されたものだ。あくまで研究の成果……他の世界樹にとっては、ただの奇抜な龍でしかない」
「そう? でも、はいそうですか、と鵜呑みにはなかなかできないわね」
 研究の成果、というのなら、やはりイルミンスールも研究がすんでしまえば同じような龍を作り出すことが可能だ、と言い換えることもできる。それはアーグラも承知しているのだろう「さて」と苦笑する声が、肩を竦めた様子を伝えた。
「こればかりは信用に頼るほかあるまいよ」
 こちらが戦争を仕掛ける意思が無いと信じること、そして、シャンバラ側もまたエリュシオンからの信用を保つこと。それが果たされている限りは、と暗に含まれた言葉に彩羽は軽く目を細めた。
「……! 第二波接近中でござる!」
 そんな会話を断ち切るように、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)がモニターに映し出された敵影に声を上げた。先程に近い規模の樹化虚無霊の群れが、それぞれ集まってきつつあるのだ。
「来たわね……いくわよ」
「第一隊、第二隊。左右に展開し、中央へ誘導しろ!」
 彩羽の声に応じて、アーグラがあらかじめの打ち合わせの通りに隊を動かした。機動力と小回りの利く龍たちが樹化虚無霊の気を引くように縦横無尽に動き回り、旋回し、身を翻して一点へと帰還する。それにつられるようにして、樹化虚無霊が集った、いや、集わされた、瞬間。
「下がって、一気に片付ける!!」
 彩羽の合図で、一斉に龍騎士たちが散開すると、ロッツ・ランデスバラットはその晶術長距離ライフル、トラペゾヘドロンをその収束地点へと構えた。
「螺旋をくぐり、闇深き森より来たりて、夜に吼えるものよ。世界を穿て!トラペゾヘドロン!!!」
 詠唱が響き、急速に集中したエネルギーが、密集する樹化虚無霊に向けて襲い掛かる。一撃にしか使えないが、それだけの力がある超高出力の暗黒の光は、群れを成す樹化虚無霊を、一気に飲み込んで屠っていったのだった。



 もちろん、龍騎士たちと連携して動いていたのは彩羽だけではない。
 トラペゾヘドロンの一撃から逃れ、分散した樹化虚無霊や樹化イコンに、契約者たちは奮闘している真っ最中だ。

「頼んだぜ、龍騎士さんたち……っと、こっちも来るぜ……!」
「了解、迎撃態勢に入る!」
 一寿のサージェント・ペパーより、ランダムの計測をダニーが各機へ通信と共に、最も近い位置の蟲龍の前に立ちはだかるようにしてスナイパーライフルで応戦するのと同時。最初から、防衛線を抜けてきた敵に応じるために下がっていた祥子もまた、接近する樹化虚無霊を迎え撃った。元はアンデットながら、今は樹化のおかげで物理攻撃も効いてくれるのが幸いだ。
 近付けば弾き飛ばし、襲おうとすれば逸らし、と両機が応じている間、 美羽とベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の駆るグラディウスも彼等と同じく、蟲龍たちの前へ飛び出すと、真紅のマントを閃かせ、樹化虚無霊を迎え撃った。
 最前線で戦っているイコン達と違い、機体こそ第一世代の旧型機ではあるものの、重ねられた改造とその武装によって、機動力こそ僅かに及ばない部分があるものの、単純な出力は現行機に引けをとらない機体だ。
 迫り来る樹化虚無霊の中でも、特に巨大な体へ向かっていくと、ライフルで接近を牽制しながら、新式ダブルビームサーベルでその巨体をなぞるように、高速ですれ違い、尾まで到達したところで一気に前方まで躍り出ると、身を斬られて動きを鈍らせたその頭へ、再び一刀を振り下ろした。
「……ッ、硬い、ですね……」
 与えたダメージをモニタリングしながら、ベアトリーチェが表情を苦くした。樹化されたことで、その硬さが増しているのだろう。確実にダメージは与えられているはずだが、樹化虚無霊のなかでも巨大なその一体は、それだけではその進攻を止めようとしない。蟲龍を狙ったその口をサーベルで打ち払って一度は下がらせたが、その調子では埒があかない。
「全力でいくよ!」
「はい!」
 美羽の合図にベアトリーチェが応じて頷いくと同時、彼女の腕に嵌ったヴィサルガ・プラナヴァハによって機体を覚醒させた。背中から三枚の光の翼を現したグラディウスは、その機体を翻すと一気に樹化虚無霊へと襲い掛かった。恐ろしいほどのエネルギーを喰う、超高出力ビームサーベル・デュランダルが、口を開いた虚無霊の喉元を貫き、そのままその側面を飛行するグラディウスに追従する。
 中心から喉、首を抉って頭頂へ。深々と抉る一撃に、断末魔の叫びを上げ、巨大な樹化イコンは落下して行ったのだった。



 そうして落下していく樹化イコンの横をすり抜け、シュバルツ・dreiの操縦席へ収まるグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、その口元に薄く笑みを浮かべていた。
 自身の体のことがあって、生身では思うように戦えないグラキエスだが、イコンでならばそれを気にする必要が無い。思う存分にその力を振るえることに、我知らず歓喜が込み上げているのだ。
(おやおや、ずいぶん楽しそうなことだ)
 そんなグラキエスの横顔に、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)もまた、違う意味で愉悦に口元を緩ませた。
 エルデネスト自身は、グラキエスが傷を負い、血を流すところを眺められないイコン戦に物足りなさを覚えてはいるものの、コックピットに二人きりという役得はそれなりに満足感を得ているようだ。
 兎も角、そんな二人の機体は、その高機動性を生かして、縦横矛盾に戦場を駆け回っていた。一撃で粉砕するのではなく、エルデネストの見極めた相性の良さそうな敵を探し出しては急速接近し、ライフルによる銃撃でダメージを与えた所で、その迎撃が来る前に機体をワープさせて背後へ回りこんで、奇襲を仕掛けて回る。
「……来い!」
 撃破されず、ダメージの蓄積された機体が、そんなグラキエスを狙って接近をかけてくるのを更に回避し、一撃離脱を繰り返すこと幾らか。攻撃を受けた複数の機体が、逃さないとばかりにその機体を取り囲もうとした、瞬間だ。
 まるで踊るように両手の剣を振るって、僅かに周囲から隙間を作ると、ノイズ・グレネードを置き土産に一気に離脱した。炸裂したノイズ・グレネードの影響で、一瞬動きの乱れた樹化イコンたちは、次の瞬間には再び接近をかけたシュバルツ・dreiの剣が撃破していく。
「はは……っ、遅いな……!」
 一撃の後に、さらに二撃。ダメージの蓄積したイコンは一機、また一機と屠られて落下していく。それを無邪気とも言えるような純粋な愉悦の中に数え、グラキエスは再び機体をワープさせたのだった。
 
 そんな、無謀と紙一重の奇襲特攻を繰り返すシュバルツ・dreiからやや離れて、愛龍ガディに騎乗するアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は戦況を見守っていた。機動性に特化させた分、グラキエスの駆るシュバルツ・dreiは装甲の弱い側面がある。それをカバーする為に、最前線からは一歩引く形で、敵の接近を防ぐのがアウレウスが自らに課す役割だ。
 大型のイコンに比べて、小回りの利く体を滑り込ませ、同じく小柄であることを生かして接近しようとする機体へと突撃を仕掛けていく。

「主に集る小蠅共、この槍で薙ぎ払ってくれる!」

 

 そんな、龍騎士たちにも劣らない動きで敵と相対するアウレウスの戦いを見ながら、レッサーダイヤモンドドラゴンに騎乗し、キリアナ達と肩並べていたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、負けていられないな、と目を細めた。
 体長がキロにも渡るような、巨大な樹化虚無霊の殆どは、美羽やグラキエス等の駆るイコンがその相手を引き受けているが、群れの中には、アウレウスが相対しているような、一回り小さなサイズの樹化虚無霊たちもいるのだ。
 巧みに防衛線を潜り抜けて来た、そんな虚無霊へ、蟲龍防衛の最後の砦として応じたのはキリアナと、その仲間達だ。
 蟲龍を守るために、樹化虚無霊へ向かうキリアナの隊の動きに、龍を並走させながら、コハクは対イコン兵器でもある蒼炎槍を翻し、その炎と共に繰り出される一撃で何とか接近を阻んでいた。
「流石に元アンデット……、そうやすやすと落ちてはくれないね」
「牽制もあまり効きしまへんようやし……一気に片してしまわんと、あかんようですね」
 キリアナがふう、と僅かに溜息を吐き出して、龍を翻させると、「プリンス・オブ・セイバーの再来」と称されるその腕前を披露しようとしあ、その時だ。
「! 後ろ!」
 コハクの声が緊迫を帯びて上がる。
 キリアナの後方上空から、落下するように防衛線を抜けた一体の樹化虚無霊が急接近していたのだ。コハクがドラゴンを翻そうとしたが、間に合わない。
「―――!」
 キリアナが、腰を浮かせて自身の剣の真価を解き放とうとした、が、次の瞬間。
 するりとキリアナの横を影が通り抜けたかと思うと、口を開けようとしていた樹化虚無霊の横っ面が、何かに激突したかのように弾かれた。
「よう、キリアナ、調子はどーよ?」
 目を瞬かせるキリアナが振り返ると、自身の騎乗しているエニセイの龍尾で、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)がひらひらと手を振っていた。
「本気モード出すには、ちっと早いんじゃねぇの?」
 状況にそぐわないのんびりとした口調に、キリアナは僅かに肩から力を抜くと少し笑って見せた。
「へぇ、そうどすな……まだまだこの戦局……長うかかりそうやさかい」
 その声に余裕が戻って来たのを感じて、唯斗もまた少し目を細めると、すれ違うように一瞬通り抜けていった二体の樹化虚無霊が、すぐさま身を翻して接近しようとしてくるのを見やって、挑戦的に笑った。
「さて、この状況じゃ、再会にお茶でも、とはいかねーみたいだし、さっさと片付けちまおうか」
 ぱしん、と手を叩いて気合を示すと、唯斗は龍から飛び降りると、蟲龍の傍へ着地してキリアナを一度見上げる。
「そっちは任せる。こっちは任せろ。ま、いつも通りだ……そんじゃ派手に行こうぜ」
 そう、低く声が言った次の瞬間には、唯斗は動いていた。
 落下した勢いで下へ潜った樹化虚無霊が、再び浮上し、その口を開いて蟲龍を狙って飛び込んで来るのに、突き出した拳の接触の瞬間に、その表面へエネルギーを集め、鬼種特務装束【鴉】で底上げされた威力を持って、再び横面を殴りつけた。強烈なインパクトに、樹化虚無霊の軌道が逸れ、大きな体が波打つように暴れた。上空でも、キリアナが自慢の剣技でその直撃を逸らしたらしく、抉られた体の一部がぼとぼととその上へ落下して二つの巨体がギャギギ、と嫌な音を立てて擦れてすれ違う。
 が、それでもまだ二体とも、戦意も薄れず蟲龍を狙ってくるあたり、やはり元がアンデットであるからか、退却や命を惜しむという思考は無いのだろう。
「ほんに、厄介な相手どすなあ……」
 キリアナが愚痴るように言い、剣を構えなおしたのを見て、唯斗は目を細めた。あの様子では、二体を纏めて片付けようとしているのだろう、見た目が細い美少女な割りに、時折こうして大胆な部分を見せる相手に、唯斗は少し笑って「なあ、キリアナ」と地上側から声をかけた。
「俺、お前の本気に勝つ為に一つ技を編み出したんだ。だから今回は任せとけ」
 この状況で、また本気モードの後にぶっ倒れられてもかなわんしな、と続く言葉に、キリアナが軽く頬を赤くしながら「それは言わんといてください」と漏らしたのを、唯斗は了承と受け取って、ふうっと深く息を吸い込んで意識を透明に張り詰めさせた。
 空気と時間が、意識の中で音と共に失われていくような、世界からの干渉が限りなく薄くなっていくその感覚の中で、その目に映るのはただただ敵だ。巨大な口が、蟲龍を襲うための障害である唯斗にむけて開かれ、突っ込んでくるその全身を威力として迫ってくる。それがまるで、止まっているかのように見える。
 樹化虚無霊にしてみれば、一瞬のことだっただろう。認識できたかどうかも、定かではない。
 【鴉】によって底上げされた拳に、集中されたエネルギーが、消えた、と感じるほどの速度――縮界の速度を乗せてその頭蓋へと叩き込まれたのだ。音の方が遅れてやってきたのではないか、と錯覚するほどの速度と衝撃に襲われた樹化虚無霊は、ぐらり、とその頭が傾いだと思った次の瞬間には、そのままナラカの底まで落下していったのだった。

「お見事」

 丁度同じタイミングで――もう一体の樹化虚無霊を切り刻み終えたらしいキリアナの声が降って来る。
 エニセイを降下させ、僅かにその視線が交差する瞬間、自然と二人はパンっとハイタッチを交わしたのだった。