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リアクション
亡き妹の面影
「うーし! 到着だ」
「で、でか!? なんですかこのお屋敷は?」
天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)が足を止めた屋敷を前に、天空寺 サキ(てんくうじ・さき)がぎょっとした声をあげる。そこにあるは立派な門構えの由緒ありげな日本家屋だったからだ。
「あん? 何言ってんだサキ。前から家はでけーって言ってただろうが……お、母さんただいま!」
サキに答えている途中で門の脇に立っている母、天空寺 透の姿を見つけ、鬼羅は大きく手を振りながら駆け寄っていく。
「鬼羅ちゃんって本当にお金持ちだったんですね」
サキはそう唸ってから鬼羅の後を追った。
「お帰りなさい、鬼羅。あら……そちらがサキさん?」
柔らかな視線を向けてくる透はまるで動く日本人形だ。きりりと着こなした黒留め袖が一層その印象を強めている。
「綺麗なお母様ですね、初めましてサキと申します」
サキの挨拶によろしくと返事を返すと、透は2人を鬼羅の祖父、天空寺 蒐蔵の待つ道場へといざなった。
「あの糞オヤジはいねぇだろうな?」
「お父様は仕事で不在です」
「けっ、いなくて清々するぜ」
不仲な父が在宅していないことを喜びつつも、鬼羅は気持ちを引き締める。何せ道場で待ちかまえている祖父は、契約者となった鬼羅が全敗している相手なのだから。
道場に足を踏み入れるか踏み入れないかのうちに、豪快な笑い声が響く。
「かーかっかっか! 鬼羅や久しぶりじゃのぉ」
鬼羅より10センチは低い小柄な身体を道着に包んだ蒐蔵は、天空寺家を一代で大富豪へ築き上げた人物だ。今は当主の座を譲っているが、その勢いに陰りはない。70歳という年齢を感じさせない蒐蔵に、鬼羅は言い返す。
「よう、糞ジジイ! 相変わらず生きてたのかよ! あいっ変わらず元気だな!」
「そちらこそ、相も変わらずギラギラしおってからに」
サキと透に隅で見学しておくように言うと、蒐蔵は鬼羅に呼びかけた。
「さぁ! 挨拶はお仕舞いじゃ。鬼羅や、早うかかってこい!」
「よし! 今度こそ息の根を止めてやるぜ!」
蒐蔵に挑発された鬼羅は遠慮無くかかっていった。
が、端から見ていても2人の実力差は明らかで、鬼羅は蒐蔵にいいようにあしらわれている。汗を飛び散らせ、必死に挑む鬼羅と裏腹に、蒐蔵は涼しい表情を崩さない。
「鬼羅ちゃんのおじいちゃん、凄いんですね……」
そんな稽古を感心しながら眺めていたサキに、透が控えめに尋ねた。
「そのお面、少しよろしいですか?」
「え? このお面ですか?」
思わず、『自主規制』と書かれた面を押さえたサキだったが、相手は鬼羅の母親だし、と思い直す。
「しかたありませんね……どうぞ」
押さえていた手を放すと、透はサキの面をめくり素顔を確かめた。
「すごくそっくりなのですね。鬼羅に……いえ、双子の咲鬼に」
「双子の……?」
今まで鬼羅の口から聞いたことがなかったサキに、透は双子の妹の話を聞かせた。
「咲鬼は10年ほど前、鬼羅と外で遊んでいるときに車にはねられ亡くなったのです。その後からでしょうか、鬼羅が女装するようになったのは」
きっと、亡くなった咲鬼の面影を自分に残そうとしているのでしょうと、透は寂しげに微笑んだ。
「ただの女装癖の変態かと思ってましたが、そんな過去が鬼羅ちゃんに……」
改めて見直した鬼羅は、祖父のしごきに撃沈して道場の床に大の字に寝そべっている。
「あー、なんでなんだ? 勝てねぇ! ちくしょう、またオレの負けかぁ〜」
ぜぇぜぇと息を切らす鬼羅を見下ろしながら、蒐蔵は満足げに、
「まだまだじゃな」
とにんまり笑った。
「力だけはつけおったようじゃが、技術が追いついておらん。そんなではこの老いぼれにはまだまだ勝てんぞ!」
「チクショー! 今度会った時には必ず倒してやるから覚えておけ!」
「前の時もそんなことを言っておったがのぅ。かーっかっかっかっ」
倒れている鬼羅を残し、蒐蔵はさっさと道場を出て行った。透もサキに軽く会釈すると、蒐蔵について道場を去った。
サキはひっくり返っている鬼羅に手を貸して起きあがらせると、
「鬼羅ちゃん……」
と、まだ稽古の興奮を残している鬼羅の赤い瞳をのぞき込む。
「……過去にばかり囚われていてはいけません。未来に向かって歩いていきましょう」
双子の妹が自分と遊んでいるときに車にはねられたのはショックだっただろう。けれどそれに囚われたままでは前には進めない。その思いから出た言葉だったが、鬼羅は屈託なく笑って頷いた。
「当たり前じゃねーか! あーっはっはっは! オレは強さを求めて、これからも未来へ突き進むまでだ! サキに言われるまでもねーぜ!」
サキが言ったのは妹の咲鬼のことだったのだが、鬼羅はそれを今の祖父との闘いのこと、そして強さのことだと勘違いして答えたのだ。
次回こそはと闘志を燃やす鬼羅に、そうですねとサキは力なく相づちを打つ。
(鬼羅の未来はどこに繋がっているのでしょうね……)
これまで考えていたよりも、ずっと危ういところにあった鬼羅の過去を思い、サキは音なくため息をつくのだった。