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リアクション
背中合わせのベンチ
「Hi Dad、元気そうで何よりだわ」
ロンドンにて義父ウィリス・エドワード・ブレンダールと再会したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、そう言ってウィリスに笑顔を向けた。
「ローザも元気そうで良かった」
ロンドンに出張中だった為、タイミング良く再会できたのは何よりだった。
そう言ってウィリスは、ローザマリアの為に英国籍を取得したことを告げた。地球で活動するにあたって、国籍を持たないのは不便だろうとの配慮からだ。
骨折ってくれたことへの礼をローザマリアが述べると、それなんだが、とウィリスはちらりと時計に目を走らせた。
「これは私だけの力ではないんだ。この件に関して援助をしてくれて最大限貢献してくれた人がいてね。これからその、一役買ってくれた協力者に会いに行く予定なんだ」
「だったら私も会ってお礼が言いたいわ」
「実はローザがそう言うんじゃないかと思って、この時間を指定したんだ。相手の人にローザも一緒に行くことを連絡するから、少し待っていてくれ」
ウィリスが電話をしている間、ローザマリアはその協力者がどんな人なのかと考えた。
アメリカ海軍の関係者なのだろうけれど、ウィリスの口ぶりからみて、知り合いというのではなさそうだ。
やがて電話を終えたウィリスが戻ってくると、ローザマリアは早速尋ねてみた。
「これから誰に会いに行くの?」
「エルジェーベト・セレシュ・ヴェネーリン=バルトーク。英国南部のプリマス出身の、ハンガリー系英国人だそうだ」
「どんな人物なの?」
「以前は、舞台女優としてその業界では知らぬ者は居ないほどの人物だったと聞いている。ハンガリーの王族に近い貴族の流れを汲む人物らしい」
ウィリスの答えはローザマリアには意外なものだったけれど、何か裏で繋がりでもあるのだろうと、その時は特には気に留めなかった。
協力者が指定してきたのは、ロンドンのとある公園のベンチだった。
それも、背中合わせに設置されたベンチにそれぞれ互いの顔を見ないようにして……という条件だ。
「背中合わせ……顔を見られたくないということかしら?」
「舞台女優だったということが関係しているのかも知れないな」
「顔を知られているっていうのも大変なのね」
そんなことを話しながら向かったベンチには、もうすでに相手の姿があった。
俯き加減に座っているその人の服装は黒衣にヴェール。まるで喪服のようだとローザマリアは思う。
指定された通りにベンチに腰かけると、ウィリスがそエルジェーベトに礼を言うのにあわせ、ローザマリアも礼を述べた。
「いえ……お役に立てたのなら幸いです」
エルジェーベトはそう答えると、自分のこと、そして自分にもは娘がいたこと等を語り出した。
「その人は、自らが産み落とした愛しき結晶が、赦されざる存在であると知り、心身ともに打ちのめされました。そして彼女は思い悩み抜いた末、アメリカ合衆国ミシシッピー州パスカグーラに住む造船工の外叔父に、自らの愛の結晶を託したのです」
語る間、エルジェーベトの声は静かだったけれど、端々に熱いものが滲んでいるのが感じられる。
「その人は――今でも、たとえ赦されざることと分かっていても尚、自分の娘を愛し続けています」
そんな話を聞くうちに、ローザマリアの心に1つの疑念がきざしてきた。
もしかして……いやまさか、でも……。
ローザマリアが揺れ動いているうちに、話し終えたエルジェーベトはベンチを立った。そのまま行ってしまいそうになるのを、
「待って!」
と思わずローザマリアが呼び止める……と。
その人は一瞬だけ振り向いた。エルジェーベトの儚げな美しい容貌……それはローザマリアと酷似していた。もしや、という疑念が確信へと変わり、ローザマリアは立ちすくむ。
ウィリス自身も、何も知らなかったのだろう。エルジェーベトの容貌に目を見張った後、ローザマリアと見比べる。親子のように似た2人の姿を。
「さようなら――愛しき一輪の薔薇。最愛の聖母。ローザ……ごめんなさい」
万感の思いをこめて告げると、エルジェーベトは脇目もふらずに立ち去っていった。
「ローザ、あの人物は、まさか……」
「今更……私を捨てて、どうして赦せるというのよ!」
打ちひしがれて涙すら流れないローザマリアを、ウィリスが胸に抱く。
「……どうして!」
思いもかけずに突きつけられた残酷な現実に、ウィリスの胸に顔をうずめ涙を流さずにローザマリアは慟哭するのだった。