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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 13 研究者の心。
 
「…………」
 アクアは、返事が出来なかった。
 理解出来ない。
 本当に、攻撃を避けないとは。
 誰も彼も、ぬるいことばかり……。修理する? 仲直りさせる? 自分の身も顧みずに、ファーシーと私の間を繋げる?

 挙句の果てには、私の希望を叶えるために、『死』を選ぶ?

 挑発したのは自分だ。確かに自分だ。だが――
「人の為に自己を捨てるなんて……そんな人間が、そんな思考回路を持つ人間がこの世に居る筈がありません。
 人とは、自己中心的なものです。自分が可愛く、自分の欲望に忠実で、果てが無い。欲望の為には他人の命など度外視する。なんだかんだと理屈をつけて。私が関わってきた、数え切れない程の、事実、途中で数えられなくなった研究者達は、皆そうでした」
 馬鹿らしい。
 理解出来ない。
 混乱する。混乱する。
 頭の中で、バグが発生している。
 戯言だ。詭弁だ。騙されるな。でも……。
 ――『ファーシーも、最初から幸せなわけじゃなかった』
 その言葉が蘇る。それが、この連中によって……?
「あなたの言う通りですよ、アクアさん」
 そこで、人垣を割って彼女の正面に出たのはスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)だった。
フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)を担いでいる。すましているが、多少息が荒い。フリードリヒはスヴェンの上でじたばたしていた。
「てめー! こら! おろしやがれ!」
「先日のファーシーさんの気持ちが分かりましたか? 私としてもさっさと降ろしたい所ですが……しばらくそのままでいてください」
「つーか、ファーシーがあそこで寝てるじゃねーか! あっちだ! あっち行けスヴェン!」
「スヴェン、フリッツ……! ど、どうして……?」
 ファーシーの傍にいたティエリーティアがびっくりして近付いてくる、スヴェンは苦笑した。
「こちらでもいろいろとあったのですよ、ティティ」
 それから、アクアに向き直る。
「さて、正直、この状況に至る背景はよく掴めていませんが……なんとなく、普通の戦闘が起きた訳では無いこと、彼らが何か、あなたの心を開こうとしていたということ位は解ります」
「スヴェン……2人共、アクアさんと友達になろうとしたんです〜」
 少しおろおろと、ティエリーティアが説明する。
「なるほど、それで、先程の台詞ですか……」
 スヴェンは少し考え、アクアに言った。
「アクアさん、あなたの言う通り、人は『自己中心的』なものです。そして、私達の……彼等のやりたいことが『あなたと和解すること』なのです。だから、彼らの行為には何の不思議もないのですよ」
「…………」
「こちらの感情が、『自己中心的』な『同情』でも『自己満足』でも構わないでしょう? 貴女自身が迷惑と思わないのであれば、受け入れても悪くはない……。そう思う事は出来ませんか? 『自己中心的』に、考えて、ね」
「……貴方は、綺麗事ばかり並べ立てる訳ではないようですね……少し、屁理屈にも聞こえますが……」
 そう言ったきり、アクアは暫く黙っていた。
「ですが、理解出来ません。貴方は知らないかもしれませんが、私は彼等を殺そうとしました。ファーシーを騙しました。友人として再会を喜ぼうとする彼女を、傷つけたかったから。絶望させたかったから。ピノという娘を攻撃するように指示も出しました。その私と、どこから見ても敵である私と、一方的に和解したいと言う……、その理由が理解できません」
「……それは、あなたが多くの誤解をしているからですよ、アクアさん」
 そこで、志位 大地(しい・だいち)が前に出た。ティエリーティアの前に出てそっと護るようにしながら、いつもの柔らかい口調で言う。
「誰も、好きこのんで人と敵対しようとは思いません。まあ、個人的な利害が発生すればその限りではありませんが……、俺達にはその理由が無いんですよ」
「誤解……ですか、先程、機晶姫の彼女もそんな事を言っていましたね。私の持つ情報には、足りないことが多い……」
「5000年前に関することだけじゃありません」
 そして、大地は携帯電話を出した。
「あなたが殺したという研究者ですが……、俺は、戯れでアクアベリルなんて名前はつけないと思います……おっと」
 近付こうとして電撃の牽制を受け、彼は一歩引く。
「……触りはしませんよ。抱きつきもしません。安心して、この携帯画面を見てください。……近付いても良いですか?」
「…………」
 アクアは何も言わない。それを了承と取り、大地は彼女が確認出来る位置に携帯を持っていった。表示されているのは、少しファンシーなデザインの誕生石のページ。
 アクアマリン。
「……これが、何だというのです?」
「あなた自身に興味が無く、記号でしかないというのなら3号と呼びますよ。それで十分です。少なくとも、俺ならそう呼びます」
「……実際、ずっとそうでしたよ……それが?」
「3月の誕生石がアクアマリンで、それがベリル鉱石から出来るなんてことは普通知りません。ましてや、それを思いついてそう名付けるなんて、研究対象とはもっと別の意味での興味がなければありえないと思います。画面を良く見てください」
「…………」
 アクアの視線が画面に固定されているのを見て、大地は続ける。
「――アクアマリンの宝石言葉は自由と冒険、開放、人とのつながり、純粋、友情、愛、信頼、自信――
 あなたが彼にどう思われていたか……分かりませんか?」
「…………」
 アクアは思い出す。結生 遼との日々がどんなものであったのか。

                           ◇◇

 研究所にて、ライナスは遼の日記を読んでいた。政敏が数冊持って帰った内の一冊。一番初めの日記から――。

「これが、非武装型、ねえ……。随分凶暴そうだが。おい、何かしゃべれ」
「…………(今度は、こいつですか……)」
「おーい、……だめだなこりゃ」
“アクアという機晶姫を実験体として預かった。『非武装機晶姫サイズM――試作モデル3号』。機晶姫の武装実験用にと寄越されたものだが、正直、少し厄介だ。これまでの経歴を見るに致し方無いことだが……感情が無い。俺は、こんな辺鄙な所でこれからこいつとやっていくのか?”
“純粋な実験体として扱われていたようだ。これでは仕方無いが……。まあ、実験をするには相手に妙な感情を抱かない方がやりやすいか”

「いい子にしてろよ、いい子に……いってえ! このクソ機晶姫、黙って俺の言う事きいてりゃいいんだ。……いや、それも困るな。つまんねー機晶姫……だから、いってえ!」
「…………(もう2度とそんなものつけません! 死になさい)」
「ぜえぜえ……やったぜ、付けた、俺は付けてやったぞ! これでお前は俺のものだ」
「……(また、実験の日々ですか……)」
“近付いたら攻撃される為、寺院から配給された絶縁可能な装置を頭部につけた。絶縁といっても、人体が自覚しないだけで電気は流れるのだが……、装置の特性は理解しているようだ。これで攻撃はしてこないだろう。……つけるまでに死にかけた。これで、今までの連中は匙を投げたのではないだろうか。だが……ここまで抵抗することは無いのにな”

「ピザ食いてえな……。ここまでは出前してくれねえよな……カップ麺好きだよな、こいつ……」
「…………(あなたがカップ麺しか出さないんです)」
“飯は食うんだよな……”

「……(捕まりましたね)」
「おい! 俺から逃げられると思ってんのか、おい! さっさと戻るぞこのクソ機晶姫!」
“煙草が切れて買いに行ってる間にアクアの奴、脱走しやがった。捕まえるのに丸1日かかった。ふざけんな”

「……カップ麺以外を所望します」
「あ、喋った。んじゃカロリーミイトを……」
「…………(…………)」

「お前の名前はアクア・ベリルだ。3月の誕生石のアクアマリンからとってみたぞ。いいか、アクアマリンは、ベリル鉱石といってな……」
「…………(これだから科学者は……鉱石についての薀蓄とか、はた迷惑なだけだとわからないのでしょうか。『3』で『3月』ですか。ひねりのない)」
“アクアを預かってから、そろそろ半年になる。だが、彼女はあれ以来喋らない。俺達の会話はカップ麺に始まりカロリーミイトに終わるのか……。それは兎も角、アクアに名字をつけてみた。アクア、と3、で検索して出てきたのがやたら俺にマッチしてて気に入った”

「おい、今日からお前でエネルギー充填の実験するからな、覚悟しとけよ」
「…………(好きにしてください)」
“どうもこいつは危なっかしい性格をしているようだ。シャンバラの情勢も怪しい。戦闘に駆り出された時に故障したりエネルギー不足になったら放置されるだろうし……、何とか、自力で戻れるようにしておきたいな。ライナスに話を聞いてみるか……”

                           ◇◇

「……あまり、良い思い出はありませんが。思い切り、自分の物は自分の物、私の物も私の物という態度だったかと。まあ、私のものなどありませんでしたが」
「…………」
 端的に思い出話をされ、大地は思わず黙ってしまった。研究者の態度にも問題があったのかもしれない。困った研究者である。クソ機晶姫というのはよろしくない。特にアクアにはよろしくない。だが――
「俺には、愛情が無かったようには思えませんが……」
「何処がですか!」
 ……何処がとおっしゃられましても。
「毎日毎日実験でいじられたのも、同じ食事しか寄越さなかったのも、私に侮蔑の言葉を吐いたのも、全て他の研究者と同じです」
 侮蔑というのはクソ機晶姫あたりのことだろうか。
「大体、仮に彼が私に愛情なんか持っていたわけがありません。5000年間、私をそんな目で見た者など……」
「さっきから話を聞いてれば……!」
 そこで、集団の随分後ろの方から何かに耐えかねたような、搾り出すような声が聞こえた。さてどこに居たのか、神野 永太(じんの・えいた)がずかずかと人を割って前に出てきてアクアに怒鳴りつける。
「……どいつもこいつも辛い過去抱えた悲劇のヒロイン気取りやがって!」
 こっそり見ているつもりが、アクアの過去話を聞かされたりファーシーが気絶させられたり少々痛々しいシーンを見てしまったり、それでもまだアクアがネガティブだったりでいい加減堪忍袋の尾が切れたらしい。
「……、な、何ですか貴方、いきなり出てきて失礼な事を……!」
「黙れ! もう心配で心配で見捨てておけないんだよ!」
「……は、は!? 何を訳の分からない……!」
「アクアさん……その人は、結生さんは、アクアさんの事を実験体としては見ていなかったと思うよ。今の話……面白かったよ!」
「何処がですか!!!!」
 怒鳴られて、ティエリーティアはぴゃっ、と首を竦めた。大地の陰に半身を隠しつつ、言う。アクアはきっとどこかで、前向きに進みたいと思っているはずだ。その気持ちが僅かでも残っているのなら――
『幸せになりたい』『今後に望みを持ちたい』という気持ちが持てるならば――説得してみる価値は、ある。遅くは無い。彼女の境遇も、結生とのあれこれは置いておいて――可哀想だ。色々悪い事はしたけれど、立ち直れるなら立ち直ってほしい。
「アクアさん……これからでも、幸せになれるよ。なってみようよ」
「私が幸せに……? 有り得ませんよ、そんな事」
 吐き捨てるように、アクアは言う。
「アクアさん、感情が全部なくなったなんて事、ないよね?」
「…………」
 一歩ずつ、一歩ずつティエリーティアは大地の後ろから顔を出してアクアに近付いていく。
「ファーシーさんを羨ましい、憎いと思ったんでしょ……? 感情が揺れたんだよね? 他の感情も取り戻してみようよ……! ね、やってみる価値あるはずだよ……!」
 最初は何もかも諦めていたファーシーだって、皆に触れるうちに少しずつ変わっていけた。
(だから、アクアさんも諦めなければ変われるはず……!)
 彼女の悲しい記憶を拭う事は出来ないし、分かってあげる事だって出来ない。でも、それは期間の長さ云々関係なく、別個の者同士、記憶や感情を共有する事が出来ないのは当たり前。
 なにかしてあげたいと思うのは相手に迷惑かもしれないけれど。
 もし彼女がわずかでも、ほんのわずかでも、助けの手を願っていたとしたら、手を差し伸べることで、何か変わるかもしれない。
「もし、行く所が無いなら、僕の所に来てもいいよ……! ちょっとずつ、幸せになろうよ」
「あなたの所に、ですか……?」
 アクアは怪訝な表情をした。初対面で、敵で――ティティと呼ばれていた。一緒にいるのは、スヴェン、フリッツ……名前は聞いた事がある。調査報告の中で、ファーシーとかなり近しい存在として挙がっていた。所属学園は何処だったか……、そこまで考えて……アクアは呆れた。まあ、自分が男装すれば……って、そういう問題でも無い。
 突然、そんな話を持ちかけてくる事が、理解出来ない。
(……ファーシー以上の、お花畑でしょうか……)
 そう思ったら、笑いがこみ上げてきた。
「ふふ、はは……あははははははっ!」
 ――アクアの哄笑が、空に溶けて消えていく。