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これが私の新春ライフ!

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●今年最初のライジング・サン

 けたたましい音でスピーカーから、暴走ロックンロールバンドの疾走ナンバーが鳴り響いた。頭が割れるような強烈なリフ、肺腑をえぐるような重いベース、そして骨がギシギシきしむほどの刺激的なドラムの絨毯爆撃だ。濁声のボーカリストは吐き捨てるような口調で、スペードのエースについてがなりたてていた。恐ろしい音楽はヘッドフォンを通し鼓膜を直撃してきた。錆びた釘をブスブスに打ち込んだバットで、滅多打ちにされているような衝撃があった。
 毛布にくるまったまま百八十度回転し、ぱっ、と手を伸ばすとカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は音楽プレイヤーのスイッチを叩き消した。ブツッと音がして爆音はそこで途絶えた。
 2021年一月一日未明、外はまだ暗く、早起きの野鳥すらまだ眠っているのか物音一つなかった。
 音楽プレイヤーを切った瞬間、カレンの睡眠への最初の危機はひとたび去った。しかしすぐに第二の、もっと強烈な危機が襲ってきたのである。
「って、起きろ! いつまでも毛布に包まったままだと、いい加減日が昇ってしまうぞ!」
 両手で毛布を引っぺがすと、これを丸めてジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は投げ捨てた。
「眠いよ〜」
 震えながらカレンは抗議するもジュレールは容赦がない。
「初日の出を拝みたいと言ったのは自分ではないか。まったく、我を目覚まし時計代わりに使いおって。新年早々それでは、先が思いやられる」
 ジュレはレールガンでカレンを追い立て、さっさと着替えさせたのだった。カレンはモコモコのコートにくるまり寮の自室を出た。大半の者が寝ているはずなのでそろそろと歩んで外の星空を見上げた。
「それで、どこで日の出を見るのか」
 ジュレが問うと、カレンは小声でそっと『その場所』について告げた。
 ジュレは驚いた口調で言う。
「……何とかと煙は高い所に登りたがるというが、まさにそれだな」
「ボク、それ『何とかとヤギは高いところに〜』って聞いたよ」
「煙でもヤギでもどちらでも良いわ。で、どうやって行く気だ?」
 さっとカレンは魔法の箒を取り出した。
「いいアイデアでしょ?」
「横着者め」
 ふんとジュレは鼻を鳴らしたが、怒っている口調ではなかった。彼女は、
「まぁ仕方ない、我も付き合うか」
 と言ったのだった。

 東の空が明るんできた。間もなく日輪が姿をあらわすことだろう。
「もうすぐですわね。みなさん、あと一頑張りですわよ」
 暗い山道を急ぐのは神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)一行だ。決して楽な道ではないものの、フィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)が道を造って一同を先導した。
「ふむ。時間といい方角といい計算通りだったのぅ。なかなか見晴らしも良さそうじゃな。やはりこの山を選んで正解だったかのぅ」
 フィーリアは振り返って同行者を見た。エレンはついてきているし、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)の顔も見えた。アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)がいないように思えたが、すぐに、
「ごめんごめん、きれいな色の野鳥が木の上にいたんでね、ちょっとだけ見に行ってたんだ〜」
 と舌を出してアトラは茂みから出てきた。
 エレンたち四人は昨晩から、数時間かけて登山してきたのだった。もちろん初日の出を見るためだ。安全な観光登山とは違い、崩れる崖などの危険地帯も少なくなかった。明るい時間帯ならまだしも、真の闇の夜中にこれを敢行したのだから見上げたものだ。その努力はもうじき報われることだろう。
 やがて山頂、四人が足を止めるのとほぼ同時に、悠然と太陽がその姿を見せた。
「おおう! 絶景かな絶景かなである!」
 プロクルは手を叩いた。山道の苦労などたちまち忘れた。胸がすくような光景だ。
「まさしくシャンバラの夜明けですわね」
 エレンは思わず合掌していた。太陽の温かさも嬉しかった。その言葉を受けて、
「さてさて、今年は果たしてシャンバラにとって本当に夜明けとなる年になるかのぅ。まだまだ問題は山積みじゃからのぅ」
 フィーリアはいくらか懸念するように言った。
「でも、これを見てると不安なんか吹き飛ぶよね〜」アトラが言葉を継いだ。アトラは眩しい朝日に眼を細め、大きな口を開けてこの素晴らしい光景を味わうのである。「うわあ〜、初日の出ってこんなに感動的なんだ〜」
 四人、横並びするその顔を、ゆっくりと朝日が照らした。
「さて、初日の出を拝みながら今年最初の朝食と参りましょう」
 岩が平らになったものをテーブルがわりに、エレンは持ってきた包みを開いた。
 包みから現れたのは重箱だった。重箱そのものも立派だが開けるとさらに立派だ。エレン自身が腕を振るったおせち料理が中に詰まっていた。茹でられたエビ、紅白のかまぼこ、玉子焼きは黄金に輝き、数の子もつややかであった。様々な煮物も、いずれも活き活きした色で美味しそうだ。
「さらにこれを」
 エレンは魔法瓶も用意していた。熱い出汁がつまっており、これを注げばすぐ食べられる簡易の雑煮もあるのだという。エレンは年始のあいさつを述べた。
「みなさん、今年もいろいろとよろしくお願いしますわね」
 わあ、とアトラは驚嘆の声を上げた。さっそく座って箸を取る。
「エレンねえ、今年もよろしくお願いします!」
 涼やかな笑みを浮かべ、プロクルも腰を下ろした。
「今年もよろしくなのである!」
 プロクルの声がはきはきしているのは、彼女の好物もたっぷりと重箱に詰められているのを知ったからであろう。
「今年もよろしくのぅ」
 フィーリアもすでに小皿を手にしていた。嬉しい年明けとなったようだ。

 同じ頃、世界樹上方の枝に腰掛け、カレンとジュレも日の出を見つめていた。
 まばゆい光が降り注ぐ。
「うわーっ! さすがここからならよく見えるーっ!!」
 カレンは驚嘆の声を上げ手を叩き、感慨深げに言った。
「そういえばこの樹も、ボクが最初に魔法学校を訪れた時に比べたら、色々あって随分丈が伸びたんだよね……樹だってこんなに成長したんだもん、ボクも負けてられないな」
「殊勝な言葉だな。一年の計は元旦にありという、今日の成長の誓い、ゆめ忘れるでないぞ」
「がんばるよ。今年もずっと、ジュレが横にいて応援してくれるんならね」
「都合の良いことを言いおって!」ジュレは苦笑いした。「まあ、危なっかしい我がパートナーゆえ、気になって離れたくとも離れられんわ……」
 言葉には出さねどジュレも誓った。カレンが思い切り好きな冒険ができるよう、我が全力でサポートしよう……と。
「今年は、どんな一年になるだろう……?」
 つぶやくカレンにジュレが問うた。
「どんな一年にしたいのだ?」
 すると世界樹の幹に手をかけて枝に立ち、カレンは右手を上げて叫んだ。
「新しい年も、とびきりワクワクするような冒険にたくさん出逢いたいな!」彼女はジュレに手を貸して立たせると、やはり大きな声であいさつした。「明けましておめでとうございます!」
 カレンの子どもっぽいふるまいをジュレは照れくさくも思うが、負けじと彼女を見上げて返した。
「明けましておめでとう、今年も宜しく頼む」