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これが私の新春ライフ!

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●ポートシャングリラにて――愛も深まる新春初売り

「あの店良さそうですねー。見に行ってみようかなー」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)はワクワク気分で店先をのぞいた。子供服のブランドショップ、よくコマーシャルが放映されている人気の店だ。さすがポートシャングリラ、子供服に限っても、有名店やセンスの良い店が数え切れないほど集まっている。
(「全く成長しないノルンちゃんの衣類は、いくら有っても困りませんし……」)
 上から下まで、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)の姿を眺めて、明日香はほんわかと幸せな表情を浮かべた。
「この店内、すっごく混んでるから、ノルンちゃんはそこのベンチで待ってて下さいねー。もみくちゃにされたら大変ですぅ」
「まあ、いいですけど」
 ノルニルがこくりと頷いたので、明日香はしゃがみこみ、目線を彼女と同じにして告げた。
「来る前にも少し言いましたが、ちゃんと聞いて下さいね。いいですかー?」
 明日香は、噛んで含めるように告げた。
「知らない人に付いて行ってはいけません。
 知らない人から物をもらってはいけません。
 勝手にどこか行ってはいけません。
 お手洗いはあそこですからね。
 何かあったら連絡してくださいね」
 一条一条、しっかりと言いきかせる明日香である。一方でノルニルとしては、あまりに子ども扱いされているので少々、からかわれているような気にもなったが、
(「まあ、明日香さんは大真面目な顔をしていますし……」)
 仕方なく黙って聞いた。
「はい、繰り返してみてください」
「えーと……知らない人に付いて行かない。知らない人から物をもらわない……勝手にどこかい行ってはいかない……っと、それから……何でしたっけ?」
「お手洗い」
「そうそう、お手洗いはあそこで、何かあったら連絡する、でしたね?」
「はいよく言えましたー。じゃあ、良い子にお留守番しておいてくださいね〜」
「もうっ、私、子どもじゃないんです。待つくらいできます!」
 ぷっ、と頬を膨らませてノルニルは怒った。ところがその様子があまりに可愛くて、ますます明日香は目尻を下げてしまったのである。
「じゃ、行ってきます!」
 明日香は店に飛び込んだ。大人向けの店よりは空いているようだが、それでもすさまじい混雑であった。雑踏の海をかきわけ、女の子服(幼児)のコーナーに到達する。
(「ノルンちゃんは最近、世界樹イルミンスール内で迷子になって、迷子じゃないもんって強がって泣いてましたからね……さて」)
 きらんと明日香は目を光らせた。自分の服なら妥協もするが、ノルニルの服についてはまったく妥協しない彼女なのだ。数々の服を調べ、比較し、ノルニルに着せた姿を想像して心をほんわかさせたりもする。
「えーい、どっちがいいのか迷ったら、両方です!」
 決断力も発揮した。財政力も今日は糸目をつけない。さらに、明日香はサイズ別の女児福袋も発見し、振ってみたり重さを調べたりして選別に選別を重ねた……が、迷ってこれも二つ買った。
 さてその頃ノルニルは、久しく明日香が戻ってこないので退屈していた。
「暇です……」
 ベンチに足をぷらぷらさせて待っている。すぐ戻ってくると思っていたが、そうはいかないようだ。
「まだでしょうか……」
 時計は見ていないけれど、半時間ほど待っただろうか、いいかげん飽きてきて何度目かの欠伸をもらしかけたとき、
「ひゃ!」
 後ろから頬を『ぷにっ』とつつかれ、ノルニルは飛び上がりそうになった。
「もう、おどかさないでください!」
「お待たせしました〜」
 そう、それは、買い物袋を提げた明日香だったのだ。なかなか良い買い物ができました……と嬉しい明日香なのである。
 帰ったらノルニルを、着せ替え人形にする気まんまんなのだが、それはまだ、秘密だ。

 ルーク・クレイン(るーく・くれいん)シリウス・サザーラント(しりうす・さざーらんと)は、二人揃って初売りに来た。偶然の一致とはいえ二人とも同系列の服に身を包んでいる。事情を知らない人ならば、恋人同士か少なくとも兄弟(兄妹ではなく)と思うことだろう。
「私はあまり、こういった賑やかすぎるところは好きじゃないんだけどね」
 シリウスは退屈そうな顔で言った。
「そうかい……確かに、この人の多さは誤算だったかな。初売りってこんなに人が集まるんだね」
 応えながらちらちらと、ルークは彼の横顔を見ている。実は、もうじきシリウスの誕生日なのだ。
(「シリウスは誕生日なんて気にもかけてないんだろうけど……何かプレゼントできたらいいな」)
 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ともにショッピングモールをまわりながらも、シリウスはルークを一顧だにしない。歩幅の差も気にせずさっさと歩いているので、ルークはやや早足で追わねば並んで歩けなかった。
 そんな途上でシリウスが、アクセサリショップの前で足を止めた。
「シリウス、こういうの好きなのか?」
 ルークは顔を上気させた。シルバーリングは彼の指によく似合いそうだ。
 ところが、
「いや、別に」
 ぷいと視線を外し、シリウスはまたさっさと歩き出した。人が多いので埋まりそうになりながらも、ルークは彼とはぐれないように一生懸命ついて行く。
 こんなやりとりが何度か繰り返された。服であっても時計であっても、彼はただ、見るだけで関心らしい関心を示さないのだ。
 早足で人混みを歩きすぎたせいか、ルークは少し疲れてきた。それ以上に辛いのは、シリウスの気持ちがさっぱりわからないところだった。今のシリウスはまるで、シリウスのふりをしている人形のようでもある。ポートシャングリラに誘ったことを怒っているのだろうか……?
「その、欲しい物はないのか? あんまり高価な物は無理だけどっ……」
 とうとう、ルークは自分から切り出した。
 切れ長の瞳を流し、彼は彼女を見た。
「欲しい物?」
「シリウスに買おうかと思って……た……誕生日、もうじき、だから……」
 なんだ、といった表情で、小さくシリウスは息を吐いた。そして冷淡に告げた。
「別にないよ。他人から与えられる物に興味ないんだ。それに、誕生日? どうでもいいね。どうしてそんなものを祝う人がいるのか理解に苦しむよ」
 馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりの口調だった。
「飽きたな。帰るか」
 シリウスは一人で決めて、元来た道を辿りはじめた。
「……」
 ルークはしばし立ち尽くしていた。彼の機嫌を損ねてしまったのだ。こんなところに誘うのではなかった、と思った。自分の軽率さが恥ずかしかった。
 シリウスの背中がどんどん小さくなる。シリウスは、まるで彼女を待つ気がないらしい。
「シリウス、待っ……!」
 置いていかれると悟って、慌ててルークは彼を追いかけたが、大柄なクマのぬいぐるみにぶつかってしまいよろめいた。あっ、と思ったときには、しゃがみこんでしまっていた。慣れぬ場所で長時間歩いたことと落胆がダメージとなったのか、人酔いしてしまったのだ。
「……最低だ」
 しゃがみながら涙がにじみそうになった。このまま消えてしまいたい――ルークが今思っているのはその一言だけだ。
「最低? そうは思わないよ」
「!」
 ルークは心臓が止まりそうになった。先に行ったと思っていたシリウスの声が、すぐ顔の横で聞こえたのだ。
「ルークは面白いね。君を酷い目に遭わせたりする者のために一生懸命になって……。俺にはその気持ちが理解できないよ」
 息がかかりそうな近くにあるシリウスの顔は、微笑を浮かべていた。
「プレゼントなど要らないと言ったが、そうだな、その気持ちだけはもらっておこう。これだけ店があっても、どこにも売っていない……決して買えないものだからね」
 彼は手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
「具合は良くなったかい?」
「はっ、離れろこの変態っ!」
 僕は大丈夫だっ、と声を上げてルークはしゃんと立ち上がった。けれどシリウスはくすくすと笑っている。なぜって彼女の顔が真っ赤だったからだ。
「とりあえず、プレゼントもらってくれてどういたしまして、だ! お金がかからなかったから安上がりで済んで良かったよ!」
 これがルークの精一杯、気が動転して無茶苦茶を言っているのはわかっていたがどうにもならなかった。するとシリウスは気まぐれを起こしたように、
「お返しをしなくちゃね。ほら、俺が家まで背負って帰ってやろうか?」
 また手をさしのべようとした。それを払って、
「結構だ! お返しは……受け取らない主義なんだ」
 湯気が出るほど赤い顔のまま、ツカツカツカとブーツの靴音高くルークは歩き出した。
 からかうのが楽しくなってきたらしく、シリウスは彼女を追いかけてまた顔を寄せた。
「じゃあ、いわゆる『お姫様抱っこ』ならどうだい?」
「余計要らないっ! っていうか、僕、歩けるから!」
 両手で彼を押しのける。恥ずかしさで穴に入りたいくらいではあるものの、ルークの気分は爽快だった。彼女は気づいていなかったが、いつのまにやらシリウスが冥府の瘴気を使い、周囲の人混みを減らしていたのだ。
「ふふ……俺は天の邪鬼でな……要らないと言われると余計何かしてやりたくなる。……せめて帰るのは、茶でも飲んでからにしよう」
 それくらいは奢らせろよ、とシリウスは笑った。