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これが私の新春ライフ!

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これが私の新春ライフ!

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●逢着

 一方、その頃。
 慣れぬ早起きのせいかどうにも機嫌の悪いシスタ・バルドロウ(しすた・ばるどろう)は、周囲の人間にガンを飛ばしながら歩いていた。そればかりではなく、
「あーあー、ったく、んだよ初詣って。面倒くせぇったらありゃしねぇ」苦虫を噛みつぶすどころか、その噛みつぶしたやつをソーダ割りにして一気にあおったような表情で毒づきまくっているのだった。「神様だの願い事だの、んなもんどうでもいいってぇの!」
 ……シスターの服装をしているだけに、色々と台無しである。なお、場内禁煙の看板がまた、彼女の機嫌を一層悪くしているようだ。当然、歩く危険物のような彼女の周囲を参拝客たちは避けていた。混雑しているのに、シスタの周囲だけぽっかりと真空地帯が生まれているのだ。
「シスタ、手当たり次第に周囲に喧嘩を売るのはおやめください」
 きりっとした表情でルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が彼女をたしなめるのだが、
「まあ、妹分のルルーゼがそう言うんなら我慢はするけどよ……」
 と、その瞬間だけはシスタも黙るものの、すぐにまた荒くれモードに移行している。といってもルルーゼには、シスタにばかり構ってはいられない事情があった。さらに首を巡らせて、
「それとハンニバル、せっかく外に出たのですからもっとしゃきっとなさい。そのまま倒れて寝そうじゃないですか」
「えー……ルル、何かボクに言ったのだ?」
 ハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)は寝ぼけ眼をルルーゼに向けた。その瞼は五分の四ほど閉じており、口はだらしなく半開きで、つんのめるようにして歩いてはいるのだが、今にも前のめりに倒れそうな姿勢であった。
「だから、しゃきっとなさいと言ったのです。ここは神社です、神前ですよ」
「……シンゼン? 武田シンゼン、風林火山……なんちて……ぜんぜんカルタゴっぽくないのだハハハ……ふわーあ、眠いのだ。べらぼうに眠いのだー」
 眠さのせいか支離滅裂なことを言って、ハンニバルは大欠伸をするのみだった。
「いつまでそんな状態なんですか」
「ぬぬぅ……今日は一日中惰眠を貪るはずだったのだ。ボクは聖域を守護する者――と書いてじたくけいびいんと読む――だというのに、守護すべき場所から離れてしまっては意味がないではないか、眠いだけなのだ……」
 ハンニバルは頭をルルーゼの肩にもたせかけ、寝息を上げ始めた。とんでもない伝説の名将もあったものである(といっても英霊ハンニバルは現在、ティーンエイジャーの少女の姿なのだが)。
「起きなさい。寝たら死にますよ。まったく……」
 そんな彼女の両肩をつかんでゆさゆさと揺らし起こして、ルルーゼはさらに周囲に目を配った。シスタは問題児だ。ハンニバルも問題児だ。されどルルーゼにとって最大の問題児、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はどこに行ったのだろう。
「しまった。目を離したスキに……また種族を問わずナンパに行った可能性大ですね」
 たとえ相手がゴム怪物でも、性別が♀であれば気にしない男、それがクドだ。巫女さん、参拝客、狛犬(女か?)……ここは誘惑が多すぎる。
 このとき、
「気をつけろ兄ちゃん!」
 シスタの怒鳴り声が聞こえた。誰かにどしんとぶつかったらしい。シスタからすれば20センチ以上長身の相手だが、構わず食ってかかっていた。
「こらテメェ、ああ、そうだ。そこにいるテメェだ。逃げるな! ぶつかっといて挨拶なしってのはいい度胸だ。喧嘩売ってんだよなぁオイ」と、白いジャンパーの腕をつかんで振り向かせ、「上等上等、喜べよ、買ってやる。今のオレァ機嫌が悪くてなぁ、クァッハハ!」
 胸ぐらを掴もうとシスタは手を伸ばすも、
「兄ちゃん、違う。ワタシ、『姉ちゃん』」
 その手が、ぽよんとしたものに弾かれてしまった。すなわちそれは、豊かな(豊かすぎる)バストの膨らみであった。
 180センチを優に超える身長、褐色がかった肌、腰まである長くストレートの黒髪、人なつっこい顔つきの少女がバルドロウを見おろしていた。
「ぶつかったこと、謝る。あなた怪我ないか?」
 肌がカフェオレ色なのは焼いているのではなく地黒らしい。彼女はかがみこんで頭を下げた。化粧っ気はないものの、目が大きく妙に童顔で、なかなか可愛い顔立ちといえた。
「……って、仔猫(キティ)かよ。ヤローだったらブチのめしてたが女だったら殴れねー……許してやらぁ」
 こう見えて同性には優しいシスタなのだ。彼女はぷいと横を向いた。
 だがこれで一件落着、とはいかなかった。相手が少女ということで、ルルーゼはむしろ悪い予感に身を震わせたのである。
「いやあ、はっはっは、本殿の裏に愛らしい猫のおねーさんがいたので声をかけてみましたが、ひなたぼっこに誘おうとしたらいきなり引っかかれました〜」
 悪い予感、的中。顔面にひっかき傷を受け血をダラダラ流しつつクドが現れたのである。ちなみにクドのいう『猫』とは、シスタが口にしたように少女を仔猫に喩えたレトリックではなくて、本当にただの猫のことを指す。そして、痛々しい傷を受けながらも彼が嬉しそうなのは、彼がいわゆる『ド』のつくM体質だからだ。痛みもまた、喜びなり。
「クド」
 さっとルルーゼはクドの眼前に立った。
「お願いですから、本当にお願いですから、この場から離れて下さい。数分で構いませんので」
「どっか行けと言われて大人しくどっか行くお兄さんかとお思いですか? まあ、除け者プレイというのも痛々しくてドキドキしますけれども……」
 などと言いながら、ひょいとクドは顔をのぞかせた。長身の少女を見るなり、
「ややっ! 次の標的発見! なんと立派な背丈のお嬢さんでしょう! なのにプロポーションも抜群! ああ、挟まれたい……色々と……」
 炎に吸い寄せられる蛾のごとく、彼は少女の前にまろび出たのだった。シスタもハンニバルも押しのけて、
「やあやあ初めまして」
「あなた、誰か?」
 長身の少女は別に警戒する風でもなくニコニコとしていた。
「いやはや失礼、申し遅れました。お兄さんは、クド・ストレイフと申す優しい人ですよ〜。そんなお嬢さんのお名前は? あと、下着の色も教えて下さると嬉しいです」
 あー、とルルーゼが呻くのが聞こえたが、クドはまったく気にしない。
「名前? ワタシ、ロー。『クランジΡ(ロー)』。今日、下着、水色
「ありがとうございます!! 水色……想像してみると何とも楽しいですねえ。って……クランジですってっ!
「そう。ワタシ、バカだからどうせ隠しても無駄、言われてる。だから隠さない。よろしく」
 クドは、濃く陰影のついたシリアスな表情で振り返った。
「……クランジ……クランジさんって……なんでしたっけ?」
「くー」
 訊く相手を間違った。ハンニバルは、立ったまま寝ていた。かわりにルルーゼが冷静に告げた。
「塵殺寺院の殺人兵器ですよ……この人は、あまりそんな感じがしませんけど」
「ふーん」
 クドは動じなかった。そういう風にはまず見えないし、仮にそうだとして、いきなり襲いかかってくる様子もなかったからだ。まあ、仮に、このお姉さんにいきなり殴られたりしたら……。
(「それはそれで興奮しますね」)
 想像してみてヨダレが垂れそうになるクドなのだった。繰り返すが、彼は『ド』のつくM体質である。
「うーむ……ところでローさん、あなたは初詣なのですか? だとしたら、せっかくですので私と二人で参りませんか?」
「クド」
 ルルーゼの、ナイフのような視線がクドに突き刺さった。それはそれで気持ちがいい。
「オイ待て、どうせなら家に呼ぼうぜ。こんな場所で立ち話たぁ寒くて……じゃなくて、塵殺寺院の情報も引き出せるかもしれねぇ」
 シスタが機転を利かせ提案するも、クドは首を横に振った。
「えー、お兄さんはローさんと二人っきりになりたいですな。そして二人っきりで、クランジの体を調査する目的のお医者さんゴッコをレッツプレイッ! これですなっ!」
「これですなっ! じゃねぇ!」
「そうですよ、彼女は危険な存在なのですから保護しないと……」
 シスタ、ルルーゼが左右からステレオのようにクドに指摘した。だがここで当のローが、
「それダメ。ワタシ、今日、任務ある。クド、誘ってくれて感謝。さよなら」
 と手を振って彼らから離れたのだ。下手に追って戦いになるわけにもいかず、なんとなくそれきりになってしまった。
「なんだか……重大な局面を見逃した気がします……」
 ルルーゼは言葉に悔しさをにじませるも、
「あれがクランジさん……これでアポイントメントは取れました。次に会ったときこそお医者さんゴッコですねッ! ふふ、新年早々絶好調ですな、お兄さんッ」
 クドはまったく動じていなかった。そのとき彼の背に、どさっと覆い被さるものがあった。
「クド公、立ちんぼで疲れた。寝るからおんぶするのだー」
「はぁ、まあ、人間湯たんぽみたいな感じで温かいから良いですよ。ではこのままナンパ再開ゴー!」
 動じることなくハンニバルを積んで、飄々とクドは歩き出す。
「へいへいへーい、馬車馬のように歩くのだー。
 へいへいへーい、むにゃむにゃ……」
 背中のハンニバルが彼の行進曲を歌うのであった。
 ルルーゼとシスタは顔を見合わせたのち、仕方なしに彼に付いていった。