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第6章 ドーナツを食べながら

「ううっ……まだズキズキする」
 空京にあるミスドの窓際の席で、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は鼻を押えていた。
 バレンタイン。
 それは、クドや世の寂しき男達が絶望を味わう地獄の日。……だった。
 そう、クドも絶望を味わう予定だったのだが。
 最近になって、クドにはなんと、なんと! なんとッ!! 彼女が出来たのだ。
 だから多分、チョコがもらえるはず。1個は!
 以前は義理さえもらえなかったクドだが、今年は多分、きっと、おそらくチョコがもらえるのだ。
 そんなこんなで、クドは近頃すごく浮かれていた。
 優越感に浸りながら、今日も惰眠を貪るべく、家でゴロゴロしていたのだ。
 根回しとか、媚びを売ったりする必要、なんもないし!
 が。
 が、そんなのんびりした日常が許されるわけなく。
 何時も通りに、パートナーのハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)に、顔面キックを食らわされて起こされ、ミスドに付き合わされたというところだ。
「まあ、ハンニバルさんが暴力て……いや、わがま……いや、元気なのは毎度のことですから、気にはしてないんですが、起こす時にはもっと穏便に……ね?」
「おー! この特大チョコドーナツ、期間限定だそうだ!」
 しかし、ハンニバルはクドの話など全く気にも留めてなかった。うん、いつも通りだ!
「よし、出来ているだけ全部持ってくるのだ。食べて食べて食べまくるのだ」
「バレンタインフェス期間ってだけあり、ウキウキする音楽流れてますねー。街中も何だか浮かれちゃってる感が否めない感じっすねー」
 そんなことを言いながら、クドはドーナツにかぶりついているハンニバルをのんびり見守る。
「まあお兄さんも大体そんな感じなんですけどね!」
 ふふーんと、どや顔で言うクドを、ハンニバルがちろりと見る。
「まだまだ足りんぞ。右から全種類食べさせてもらおうか」
 そして、カウンターに向かうと、ハンニバルは全種類のドーナツを要求する。
「ははは、そんなに食べて大丈夫ですかー。ま、ハンニバルさんなら、平気っすよねー」
 余裕の表情でクドは見守る。
 そう、彼は本当に今、満ち足りていて、余裕があるのだ。
 バレンタインの音楽を聞いても、カップルの姿を見ても。
 ハンニバルのキックでさえ、受け入れられてしまうほどに。
 余裕しゃくしゃく、幸せ顔で紅茶を飲みながらのんびりのほほーんと過ごすクドの前で、ハンニバルはひたすら食べに食べて食べまくり。
 右から左まで全種類制覇して。
 それでも満足せずに、特大イチゴドーナツや、特大シュガードーナツ、超高級チョコレートドーナツを作らせて、食べて食べて食べまくっていく。
「ははは、そんなに食べたら太りますよー」
「無問題だ」
 いくら食べても体重が増えない体質なので、その点は気にすることはないのだ。
「そうですかー。ははは……」
 ドーナツ食べている間は、蹴りとか拳とか飛んでこないし。
 満足させれば、少しは大人しくなるだろうと思って、クドはチョコレートを貰う妄想をしながら、のんびり待っていた。

「そろそろ帰るか。土産も頼むぞ」
 そう言って、ハンニバルが席を立ったのは、店に入って3時間後のことだった。
「なんてこった!」
 なんだかカウンターで、ショーケースに手をついて驚いているスキンヘッドの少年の姿があった。
 隣には、困り顔の可愛らしい少女?の姿もある。
 好きなドーナツ、売り切れちゃったのかなー、せっかくのデートなのにかわいそーなどと思いながら。
「よし、帰りましょーねー」
 幸せ気分で立ち上がったクドだが……。
 会計で言い渡された金額に真っ青になる。
「631050Gです」
「……え?」
「631050Gです。つまり、有り金全部です」
「……は?」
「うむ、残金分全部土産代にしてくれと頼んだからな。さて、帰るとするか」
 ハンニバルは満足気な顔で、すたすたと店から出ていく。
「……えーーーー!?」
 気づけば、財布がなかった。いや、空になったクドの財布が、キャッシュトレイの上にあるではないか。
「どうぞ、お持ち帰りください」
 茫然としているクドに、店員がドーナツが入った大きな箱を渡す。
 ショーケースの中は空だ。1個もドーナツは残っていない!
「ば、バレンタインデート代が……!?」
 クドのバレンタインデート代は、全てドーナツに化けたのだった。
 めでたしめでたし。
 ……?