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第8章 貴方に合う服

「グレン、いい加減その軍服以外の服も着て下さい」
 ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)は、パートナーのグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)を引っ張って、空京の衣料品店に買い物に来ていた。
「ソニア……俺は別に服なんて……今着ているこれでも……」
 グレンが来ているのは、教導団の制服だ。
「別に、一年中同じ服でも、全然かまわないんだけどな……」
 そんな彼の言葉に、ソニアはため息をついた。
「いい機会だから、オシャレに目覚めてもらいます」
 きっぱりそう言うと、グレンを試着室に押し込んだ。
「チノパンやジーンズでいいんです。上は普通のセーターでもいいんです。その軍服以外なら。……でも流行りの服も来てみてくださいね」
 そう言いつつ、ソニアは色々服を選んでは、試着室に運び、グレンに着るように指示を出していく。
(まったく……ソニアは……普段は大人しいのに時々大胆だよな……本当……出会った時から……)
 最初はそう思いながら、しぶしぶというように、試着をしていたグレンだけれど、自分の為に真剣に服を選んでくれているソニアの姿を目で追ってしまったり、服を着替えつつ、何故だか軽く緊張しているということに、気づいていく。
(別にソニアと2人で買い物なんて、時々あることなのに……。しかし、2人って……これって、もしかしてデート……?)
「開けてもいいですか?」
 試着室の外から聞こえたソニアの声に、グレンの心臓がドクンと高鳴った。
「ち、ちょっと待って」
 買い物なんて、珍しいことじゃないのに……なんだか、今日は変だった。
 ソニアではなく、自分自身――グレンの方が。
「もういいよ……」
 着替えた後、グレンは自分で試着室のドアを開ける。
「それでは、最後にこの服を着てみてくださいね」
 ソニアがグレンに差し出したのは、ダークブラウンのセーターだった。
「う、うん……」
 受け取ってドアを閉めた後も、グレンの鼓動は治まらなかった。
 そういえば、今日だけではなく、最近ソニアと一緒にいると、なんだかおかしな気分になるのだ。
(なんで俺……こんなにドキドキしてるんだ……? 最近の俺はどこか変だ……ソニアに余計な心配させたくないからな……落ち着け……落ち着け……)
 グレンは自分を落ち着かせようと、深呼吸をした。
 そして、セーターを試着し、サイズが合うことだけを確認すると、試着室を出たのだった。
「うん、やっぱりそのセーター似合いますね」
 ソニアの言葉に、グレンはただ頷いた。

 服を数点購入し、ソニアは紙袋を持って店の外へと出た。
 先に店の外に出たソニアの銀色の長い髪が、風でふわりと揺れるのを、グレンは見ていた。
 ただ、それだけのことで、心臓がまたドクンと大きな音を立てる。
「お疲れ様です」
 立ち止まって振り向いて、ソニアはグレンに微笑みを見せた。
「う、うん」
「こちらの服、着て下さいね」
 購入した服を、ソニアはグレンに差し出した。
 グレンが礼を言うより早く、ソニアは鞄の中からも何かを取り出して、グレンに差し出す。
「はい、今日無理矢理連れて来てしまったお詫びに……」
 それは購入したセーターと同じ色の包装紙でラッピングされた、チョコレートだった。
 途端、グレンの顔が赤くなっていく。
「……あ、ありが……と……ぅ……」
 小さな声で言って、グレンはチョコレートを受け取った。
 ソニアから物を貰うことだって、そう珍しいことではない。
 珍しいことではないはずなのに……。
(なんだこの感覚……それにさっきから妙に顔が火照ってる……。そして……苦しいような……気持ちいいような……変な高揚感……)
「グレン? どうかしました。もしかして、体調でも悪かったとか……」
「ううん、そんなことはない。そうかもしれないけど、そんなことはないんだ」
 そう言いながら、グレンはソニアから目を逸らした。
 手の中のチョコレートを見ながら、ソニアには気づかれないように、深い呼吸を繰り返して落ち着かせていき。
 考えを巡らせていく。
(………あ……もしかして……これが……。俺が小さい頃にソニアが言っていた……人を好きになるって事……なのかな……)
 そう気づいた後、混乱していた頭が、少しだけはっきりとしていく。
 グレンはソニアのことを、母や姉のような、肉親的な存在として好き『だった』けれど。
 最近は、無自覚で異性として気になっていた。
 だけれど今日、ソニアを強く意識している自分に気づいてしまった。
(とにかく、落ち着こう。落ち着け俺……ソニアが変に思うだろ。心配かけたくないし……)
「やっぱり、調子悪いんですね。今日はごめんなさい。少し強引にしすぎたかもしれません。早く帰って休んでください」
 顔を赤らめているグレンに、心配気にソニアは声をかける。
 グレンは首を左右に振って「違うんだ……」とだけ、答える。
(違うんだ……体は健康なんだ。だけど、ソニアが傍にいると、熱くなるんだ……でも、傍にいて欲しいんだ)
 初めての感情に戸惑いながら、グレンは感情を制御しようと試みる。
「熱、ありそうですね」
 ソニアの手が、グレンの額に当てられた。
「!!!」
 途端、グレンは耳まで真っ赤になってしまった。
 しばらくの間、苦労しそうだった。
 だけど……それでも、だからこそ。
 傍にいてほしいと、更に強く思っていることにグレンは気付いていく。

 顔を上げると、ソニアが心配そうに自分を見ていた。
 彼女の可愛らしさが、余計にグレンの体調を狂わせる……。