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手を繋いで歩こう

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第7章 お返しのお願い

「じゃあ、今日一日…私とデートしてくれる? それでね……羽純くんは、一日、私の命令に絶対服従!」
 バレンタインのお返しは何がいい?
 そう尋ねられた遠野 歌菜(とおの・かな)はダメ元でそんな風に答えた。
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)の返事は意外にも「別にかまわないぞ」だった。
 歌菜は一瞬戸惑った後、それなら一日命令しまくってやると心に決めて、羽純を誘って空京のホワイトデー大感謝祭へと訪れたのだった。

「あの……手、繋いでくれる?」
 歌菜はそう羽純に『命令』した後、ほのかに赤くなる。
(……しまった! 命令するの……すっごく恥ずかしい!!)
 羽純に目を向けると、彼は全く動じたりはせずに、自然に歌菜の手をとって握りしめた。
(どきどきが、手を通じて伝わっちゃうよー……)
 歌菜は自分だけどきどきしていることがちょっと悔しくて、羽純をあっと言わせられるような命令って何だろうと思いながら周囲を見回す。
「あ、あの店……」
 目に映ったのは、衣料品店だった。
 若者向けの服も取り扱っているお店だ。
「えっと……私、羽純くんに服を見立てて欲しいなっ」
 これならどーだと思って、歌菜はにっこり羽純を見上げる。
 一緒に買い物に出かけた時に、歌菜が服を選びながら「似合う?」と聞いても、彼の答えはいつも同じ。似合うんじゃないか? の一言だけだから。
 このお願いには、きっと困るだろうと歌菜は考えたのだけれど……。
「わかった」
 あっさり彼はそう言って、歌菜の腕を引いて衣料品店へと向かう。
「えっ?」
 結局驚いたのは歌菜の方だった……。

「ど、どうかな……」
 どもってしまったことに、歌菜は少し赤くなる。
 それよりも前に、着替えながら既に顔は赤く染まっていたけれど。
 羽純が選んでくれた服は、少し大人っぽい服だった。
 歌菜が好んでよく着ている服に似ているのだけれど、多少大人向けの服だ。
 首元が大きく空いているので、ネックレスは必須のようだ。
「ちょっと、大人っぽすぎない?」
「そんなことはない」
 そう言った後、羽純は目を細めてこう続けた。
「綺麗だ」
 歌菜の顔が、更に熱くなっていく。
「それじゃ、行こうか」
 歌菜の荷物を持ち、彼女をエスコートして羽純は会計へと向かう。
 歌菜は……少し悔しかった。
 彼はいつも通りで、顔色を全く変えはしない。
 動きも、言葉もすごく自然で……。
 命令して、お願いをたくさん聞いてもらうはずだったのに。結局、振り回されているのは自分のような気もしてしまう。

 それから高級カフェでお茶にしたり、美術館に行ってみたり。
 いつもより少し大人なデートをした。
 最後に、抽選をして、5等の粗品、お菓子を受け取った後。
 手を繋いだまま、2人は帰路についた。
「満足できたか?」
 帰り道。
 羽純は歌菜を優しく見つめながら、問いかけた。
 歌菜はちらりと上目遣いで羽純を見た後、ぼそりとこう言葉を漏らす。
「私ばかり照れて悔しい」
 その言葉に、羽純は笑みを浮かべた。
 自分の方から、命令するとい言った癖に、一々照れて百面相となっていた歌菜を見ていることが、楽しかった。
 歌菜の為のはずだったのに、なぜか羽純の方が楽しんでいる1日だった。
「俺を照れさせたいなら、簡単だ」
 顔を上げない歌菜に、囁きかける。
「歌菜が今思っている事をそのまま言えばいい」
 歌菜は少し戸惑った後。
「じゃあ……」
 繋いでいる手に力を込めて。
 それから、顔を上げて羽純を見た。赤く染まった顔で。
「ぎゅって抱き締めて……」
 途端。彼は優しくて甘くて、胸がきゅっとなるような笑みを見せて。
 それから彼女の手を離して、両腕で体全体を包み込んで。
 歌菜のことを、強く抱きしめた。
「あ……」
 苦しい程強く抱きしめられて。体温をさらに上昇させながら、歌菜は思う。
 これじゃ、羽純の顔が見れない。
 照れているかどうか、分からないじゃない!
 だけど、歌菜には、彼の腕を解くことは出来ない。
 幸せすぎて、もっともっと、彼を体中で感じていたくて、強く強く抱きしめていてほしくて。
(今日は最後まで、どきどきさせられっぱなし。……だけど)
 彼の胸に、耳を当てたら。
 強い鼓動が聞こえてきた。
 きっと、彼も今、自分と同じようにドキドキしている。
 言葉通り、顔だって少しは赤くなってる、はず。
(次は違うお願い、しないと。私だって、羽純くんの動じた姿、見たいんだから……)
 でも今は。
 この幸せを掴んでいよう。
 歌菜は腕を羽純の背に回して。
 強く、抱きしめ返した。