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第2章 緩やかな幸せ

 バレンタインから1ヶ月。
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)関谷 未憂(せきや・みゆう)は、再び空京を訪れていた。
 今回はお祭り目的ではなかった。
 バレンタインのお返しをするのも良いかもしれないと、普段通り積極的ではないものの、面倒くさがりの悠司の方から未憂に予定を聞き、会う約束をして。
 プランのほとんどを任された未憂が選んだ店がここにあるということで、空京で待ち合わせをしたのだ。
「ここです!」
 普段は通るだけで、中に入ったことのない店だ。
「おー……なんか、立派な喫茶店だな」
 未憂と共に店を眺めながら、悠司は高そうな店だなと思う。もう少し良い格好をしてきた方がよかっただろうかと。
 悠司は普通に、普段着だ。
「一度入ってみたかったんですよ。ここでいいですか?」
 そう言う未憂はタートルネックに若草色のワンピースを重ね着。
 スプリングコートを羽織り、デートらしいおめかしをしている。
「……未憂が入りたいってんなら、拒否する理由はねーよ」
「はいっ」
 目を輝かせる未憂の姿に、穏やかな顔で悠司は息をついて。
 店のドアを開いた。

 スタッフに案内をされて、観葉植物で飾られた席に、向かい合って腰かける。
 天井にはきらびやかなシャンデリア。
 店内はとても明るくて、まるで宮廷の一室のようだった。
「アフタヌーンティーセット、紅茶はダージリンをお願いします」
 わくわく胸を躍らせながら、未憂はメニューを広げて注文をする。
「じゃ、俺も同じの、ケーキは適当に別のにして。紅茶は……ええっと、アッサムで」
 種類の多さに、くらくらしながら、悠司は知っている名前を探し出して注文してみた。
 ……価格が日本円にして3千円以上で、別途サービス料も必要なようだが、細かいことは気にしないでおく。
「しっかし、こういう有名な紅茶?が好きなら、百合園行きゃ良かったんじゃねーの?」
「百合園のお茶会にも興味はありますけれど、学校は勉学の為に通う場所ですから。こういった楽しみは、休日だけでいいんですよー。そして、こういうお店は特別な時だけでも……」
 そう答える未憂はとても嬉しそうだった。
「うわあ……っ」
 じきに運ばれてきた料理に、未憂は目を輝かせていく。
「サンドイッチにスコーン、それからケーキ! 見てるだけで幸せな気分です」
 1段目にはサンドイッチ、2段目には、スコーン、3段目にはスイーツが乗っている。
「んー?」
 縦に並べられた皿を悠司は訝しげに眺めている。
「あ、このお皿を載せてるのは『ティースタンド』って言うそうです」
 未憂はそう説明した後、携帯電話を取り出してパシャッと写真を撮った。
「ふつう、こういう店の客はそういうことしないんじゃ……」
 そんな悠司の言葉に、しゅんとなって、未憂は「お行儀悪くてすみません……」と小さな声で言った。
 でもすぐに、笑顔に戻って皿を上から指差していく。
「食べ方には順番があって、基本は『サンドイッチ、スコーン、ペストリー』の順番なんですって……でも、好きなものから食べてもいいですよね」
「まあ、面倒なことはなしということで」
 そう言って、悠司は紅茶を飲み、それからスコーンに手を伸ばした。
 未憂はサンドイッチを一切れ食べた後、スコーンにクロテッドクリームをたっぷりつけて、ジャムも添えて食べて。
 それから、苺のタルトのケーキを口に入れ、幸せそうな笑みを浮かべた後――悠司のケーキに目を向ける。
「先輩のオレンジタルトも美味しそうです。……ちょっとだけ交換しましょう?」
「どーぞ」
 悠司はケーキを少し切って、未憂の皿に乗せてあげる。
 未憂も苺のタルトを切り分けて、悠司の皿に乗せた。
 互いのケーキを食べた2人の口から、美味しいという言葉と、微笑みが零れ落ちる。
 お茶を飲み、サンドイッチやスイーツを食べながら、2人は最近自分の周りで起きたことや、事件について穏やかに話をしていく。
 未憂は南カナンに町の復興や植物園の手伝いに行ったこととか、森で見かけた珍しい花のこととかを、楽しそうに話していく。
「先輩は最近どんなことありましたか?」
「特になにも……そうだなぁ」
 悠司はパラ実生のたまり場や、最近流行ってる遊びの話とか。他愛もない話だけで、世界情勢的なことについては、話題には出さなかった。
「……そうですか」
 未憂は悠司の話を、静かに聞いていた。
 気になることがないわけではないけれど、今は深く立ち入ったりはしなかった。

 楽しい時間を過ごした後、2人は会計を済ませて外へと出た。
 バレンタインのお礼ということで、今日は悠司のおごりだった。
「お土産買っちゃいました。「みゆうだけずるい」とか言われそうですから」
 それとは別に、未憂はパートナー達へのお土産のお菓子とお茶を購入していた。
「先輩は買わなくていいんですか?」
「俺はいいよ。今日は未憂へのお返しだし」
「そうですか」
 ふふっと笑って、未憂は悠司と一緒に歩き出す。
 悠司は紅茶やアフタヌーンティーのことは良く解ってないようだった。
 だけれど何度かお代わりをして、この紅茶が自分の口に合うだとか、どのジャムが好みだとか話題に出して、未憂に合わせようとしてくれていた。
 そんな気遣いが未憂にはとても嬉しかった。
「あのさ」
「どうかしました?」
 楽しげな未憂に声をかけた悠司だけれど。
 ふっと息をつくと首を左右に振った。
「いや、たまにはこーいうのも良いなと思っただけ」
「はい。たまにじゃなくても嬉しいんですけれど、たまにだから余計に楽しいんですよね」
 未憂はぺこりと頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
 そしてふわりと微笑んで続ける。
「またよかったら一緒に、どこかに行きましょう」
「……ん。たまには、な」
 ぽん。と、悠司は未憂の頭を優しくたたいた後。
 軽く手を上げて、駅の方へと歩いていく。
 未憂の箒に乗せてくれとは言えないから、ここでお別れだ。
 先月はちょっと色々と言いすぎた気がしないでもないけれど、彼女の様子を見ていると、気を遣う必要はなさそうだった。
 これからも自然体で付き合っていけそうだと、穏やかな安心感を覚える。

「また、一緒に歩きましょうね、先輩……」
 未憂は悠司の姿が見えなくまで、彼の背を見ていた。