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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

リアクション

 
     〜3〜

 所変わって、空京――
 アクア達は、山田が1週間しつこく言い続けていた墓地へと向かっていた。
「すっかり夜になってしまったの。墓はもう近いのかの?」
「そうですね。地図通りであればそろそろの筈ですが……」
 伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)の言葉に、アクアは渋面で答える。やはり気の進むものではないし、何より、彼女は未だに山田の言葉を完全に信じてはいない。――否、何となく信じたくなかったのか。
 伝えられた空京の郊外に墓地が在るのは、今日よりも以前に地図で確認して知っていた。だが、それは『墓地が在る』という事実を示しただけで、『山田の墓が在る』とまでは明確には言えず。
 あのテロの日にデパートで殺され、直接警察に引き取られた山田太郎に、墓が作られるわけがない――
 近くまで行くと墓地への案内があり、ゆるやかな坂を上っていくと、広い丘に墓石が立ち並んでいるのが見える。北側中央には近代的な小ぢんまりとした建物があり、管理職員の詰所だろうが無灯で人が居る様子はない。
 入口に簡単な案内図があり、位置情報も記憶してしまっていたアクアはその番号が存在する事を確認した若干暗鬱とした気分になった。
 そして――
「来たな」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)キリカ・キリルク(きりか・きりるく)に迎えられた。ヴァルは墓の前にどっしりと座り、キリカはその後方に控えるように立っている。山田太郎が起こした事件を担当した警部から彼の骨を譲り受けて墓を建てたのは彼等だ。
 だが、何故今、ここに居るのか。
「あれ、お2人とも、どうしたんです?」
 同じ冒険屋の茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が不思議そうに訊くと、キリカが丁寧な説明を入れる。
「帝王のファンである近隣住民の方々から、山田さんらしき霊の目撃情報をいくつか頂いたんです。それが本当ならば、いずれここに来る可能性も高いですから。先程まで、レンさんと鳳明さんも応援に来てくださっていたんですけど……」
「別件が入って、辞したところだ」
「待ってたって……いつからだ?」
 ヴァルが後を続け、話を聞いて小さな疑問を持った政敏が言う。あれから、もう随分と月日が経つ。山田の目撃情報がこの日になって初めて出る――という偶然は、それこそ天文学的な確率だろう。なら、今日からこうして待っているとは限らないのではないか。
「さて、いつからだろうな」
 しかし、ヴァルはそれについて言明しなかった。実際は、不寝番何夜目だよ状態だったのだが、わざわざ口にすることでもない。キリカも、ちょっと微笑んだだけだった。
「だが、俺が待っていたのは山田だけじゃない。……アクア、よく来たな」
「……私に何の用です?」
『俺達に何の用なんだな?』
「$%&#*‘+@!!!!]
 ふよっ、と突如目前に現れた山田太郎に、アクアは声にならない悲鳴を上げて飛びのいた。
「あ、ああああああ貴方、いいいいいいいつから……!!!!」
 こっちくんな、と両腕を滅茶苦茶に振り回すアクア。もう恥も外聞も無い。
『さて、いつからだろうな、なんだな』
 ヴァルの言葉を真似するように、山田は愉快そうに言った。実際のところ、彼はリアから逃げ切った後も彼女達の傍を漂っていた。姿を消して。
 その為、彼女達がどういった経緯で此処に来たのか、どんな意図があるのか、全て承知している。これまで出てこなかったのは空気を読……もあるが、花見会場でこれ以上追いかけられたくなかったとか、墓には長々と居座っている連中も居るしどうせなら用件を纏めて済ませようとか墓の方が雰囲気出そう、とかまあ色々ある。
「…………」
 目を丸くして固まるアクアに、山田は今にも呪い殺しそうな、にやぁ、とした笑みを浮かべた。自分が有利な立場に立っていることにご満悦だ。ひっ、とアクアは肩を震わせた。
「……アクア」
「…………え、ええ……」
 隣に立つ緋山 政敏(ひやま・まさとし)に名を呼ばれ、動揺していたアクアは少し落ち着きを取り戻す。
「……な、何故、私の枕元になど? いえ、大体理由は分かりますが……、何故、ああも墓の場所を執拗に伝えてきたのです。この場ではないと話せないことが、何かあったのですか?」
『…………』
 恨めしげな顔色で宙に浮くこと十数秒。
『アクアが俺の骨を見に来たのが面白かったから、墓が出来たと伝えたらどう行動するのか興味があったんだな。ただ、それだけだったんだな』
 山田は短く、それだけ言う。確かにそれだけ『だった』。最初は。
 だが、夢だと思い込み、墓の存在を、自分の存在を認めようとしないアクアに対し、彼は段々と意地になった。にゃろめと思った。じゃなくて――
 彼は、墓が在ることを関係者に知られないままでいるのが嫌だったのだ。他人との交流を増やしつつあるアクア・ベリル。彼女を通して、知ってもらいたかった。この世から消えた自分の、痕跡を。
 そして、今――
 墓の前には、アクアとかつての事件の関係者がいる。彼等を通し、やがて墓の情報は広まっていくだろう。
 それは、基本ふざけた彼自身が気付いていない、もう1つの真実だ。
『それで……、お前達は何の用なんだな?』
 改めて、山田はヴァル達に向き直る。いつからここに居たのか……。蘇って暫くはアクア探し。見つけてからはイルミンスール近辺で遊んでいたので知らなかった。ある意味、墓の主失格である。
「ああ……」
 ヴァルは山田とアクアを順に見る。山田とは直接の面識は無く――
「事件も全て終わった今、俺から伝えるべき言葉は無い。だから、聞かせてくれないか。チェリーのことを。君達が知っている限りのことを。――そして、チェリーに対する想いを、自分達で昇華してくれ」
 最後の部分を強めに言い、ヴァルは山田の方を見る。彼女のパートナーであった彼には、特に気持ちの整理をして欲しかった。
 それは先程、リーンがアクアに山田について訊いたのと、多分同じ。
 語らせることでケリをつける、ということ。
「チェリーについて……ですか? 話すのは構いません。ですが……私はもう、彼女と1つの区切りはつけたのだと思います。あの打ち上げの日に……」
『俺も、1度会ってきたんだな』
 アクアを探しに行く前、山田は、チェリーの夢枕へも立ってみた。彼女もそれを夢だとしか認識していなかったが、とりあえず会話してみると、チェリーはもう自分の死を受け入れていて……、寂しそうに笑っていたけれど、逢えたことを喜んでいたけれど、しかしそれはきっと――夢だからだ。だから、彼は言った。夢での別れ際に、チェリーに――
“生きてて良かったんだな。後遺症も大きくなくて良かった。ただ、死んで……ロストを体験させたことは、済まなかったんだな”
 と――

 そうして、山田とアクアはそれぞれ目を合わせぬままに普段のチェリーについて語った。ツッコミであること。割と冷静なこと。ペットのパラミタキバタン2羽ととても仲が良かったこと。動物の言葉を通訳する際に、中々の演技力を発揮すること、etc――
「……そうか」
 やがて、聞き漏れが無いように、と真剣な顔で話を聞いていたヴァルが頷く。それから、彼は2人に訊いた。
「……これから、どうするつもりだ?」
「成仏してください。いえ、ナラカへ行ってください」
 だが、アクアは自分への問いはとりあえず置いておいて、山田に向けて今後の進路の宣告をした。折角蘇ったのに、と山田は鼻白む。
『な、何を言うんだな!!』
「はっきり言いますが、目障りです。貴方がこの大陸の何処かに漂っていると思うと、落ち着きません」
『そ、そんなの知らないんだな!』
 死んでまでアクアの都合で動かされたくはない、と山田は抵抗する。足の部分がゴーストちっくに一つに纏まり、ぶんぶんと左右に揺れた。
「墓に対して私が何をするか気になるのなら、今答えて差し上げます。私は……もう1度さよならと言ってあげますよ。骨の前で、そうしたように」
 あの時は解らなかった。自覚していなかった。しかし今は、あの時に自分が何を心で呟いたのか、アクアは理解していた。――ここに来て、理解出来た。
「貴方は何故、霊となったのですか? これだけの期間を自由にしていたのですからもう未練も無いでしょう」
『俺は……無理矢理術式によって呼び出されたんだな。俺の意思で戻ってきたわけじゃないんだな。意味など、最初から無いんだな』
「呼び出された……?」
 アクアは訝しげに片眉を上げる。そこで、ヴァルが2人の話に静かに割って入った。
「今ここに在る事に、意味なんて無い。何故なら、意味は作る物だからだ」
 彼の言葉にアクアと山田はしばし黙り込み――
「作る物、ですか……」
 先に口を開いたのは、アクアだった。
「貴方は、この先、この大陸で意味を作っていきたいですか? ナラカに行かなければ、転生も出来ないのですよ?」
『…………』
「貴方が私のもとへ現れたのは、何か伝えたいことがあるからだ、と言われました。もし何かあるならさっさと吐いて、成仏してください」
『め……滅茶苦茶なんだな!』
「今、ナラカでは巫女さんが流行っているようですよ?」
『……み、巫女さんだと?』
「好きでしょう、巫女さん。どうです? ナラカに行きたくなったでしょう」
『…………』
「だから、お互いにこの墓の前で言いたい事を言い合って……二度と、私達の前に現れないで下さい。それが、私の最後の命令です」
『…………』
 自分達の前に現れるな、というこの言葉を、山田がどう解釈したかは分からない。だが、渋面を作った彼は胸から血をだらだらと流しながら一言告げる。
『……俺は、お前が大嫌いなんだな』
「私も、大嫌いです」
『…………とむらい、か。俺はただ駆逐されたのではなく……』
 アクアが応えると、山田は集まった皆を見回し、そして、最後に事件を起こしたデパートの方に顔を向け――
 彼女達の前から、消えていった。姿の薄くなっていく彼を見つめながら――
「……ありがとう。出てきてくれて」
 政敏は彼に、そう言った。

              ◇◇◇◇◇◇

「…………」
 すうっ、と消えていく山田の姿を、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は皆から離れた所で目にしていた。
 到着したのは、正に今。
 山田の霊がいる――
 それはアクアに聞いたが何処に出るかまでは判らず、正悟はとりあえず、始まりの事件が起きた空京とやってきていた。
 件のデパートに行って話を聞くと、『その辺をうろついていた』『見たことがある』『商品が買えずにうらめしそうだった』――『夜の屋上に長い時間漂っていた』など、意外にも目撃証言は多かった。
 しかし、そのどれもが数ヶ月前の出来事だったらしい。
 証言してくれたそれぞれに出来れば他言しないようにと頼み、探すことしばし。
 映画館などにも出没してタダ映画も見たらしいが、やはり証言はみな古く――
 正悟は打ち上げの翌日にチェリーが行ったという墓に行ってみよう、と思い立ち、こうして夜の墓地を訪れた。
 そして、墓石に向かう途中――
 彼は、山田が消えていくのを目撃した。
「……成仏したのか……」
 それなら、それで良い。
 チェリーにとっての真実は『墓を建て、彼女は新しい一歩を歩み出しました』ということであり、紆余曲折あったようだが――山田が納得したのならあながち間違いともいえないだろう。
 もし成仏していなかったら――
 その時はまた考えればいいことだ。

              ◇◇◇◇◇◇

 主の消えた墓の前に、ことん、と衿栖はコーンポタージュの缶を供えた。買う時はお酒のようにお墓にかけようと思ったが、コレでソレをやるとただ汚してしまうだけなので、普通に。
 墓の正面に立ち、衿栖とレオン・カシミール(れおん・かしみーる)茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)、ヴァルとキリカ、山海経と風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)、中央でアクアがそれぞれに祈る。
 ――さよならです。山田太郎――
 目を開けて墓石に背を向け、丘から見える景色を眺める。空京の街並みに加え、墓地に植えられた散りかけの桜から花びらが舞う。1つの事にまた、新しいエンドマークがつこうとしている。しかし。
「私を許せないと思う者は、この街の何処かに、まだいるんでしょうね……」
 誰に対しての言葉というわけでもなく、呟く。祈りを終えた皆の視線を、背中に感じる。
「私は……」
「……借りを返す、罪を償う。返せる、償えるものじゃないだろう。過去は無かった事になんかできない。絆を、無かった事にできないように」
 重ねるようなヴァルの静かな言葉に、彼女は振り返る。目線が交わるその中で、彼は続けた。
「精一杯今を積み重ねることは、死ぬことよりも遥かに過酷かもしれない。だが、そこで得られる物の素晴らしさを、知って欲しい」
「…………」
「アクア、謝罪よりは感謝で返していけよ」
 政敏が続けてそう言い、若干、戸惑いを含んだような表情のアクアは何も返さずに立ち尽くし――
「……そうですね」
 ややあって、真っ直ぐに見返してきて、ほぼ無表情に言った。それを見て、政敏は冗談めかして笑いかける。
「可愛くなったな」
「…………!!」
 途端、目をまんまるに見開いて。それから怒ったような顔をしてアクアは来た道を戻っていく。
「……か、帰りますよ!」
 その背中が何となく照れているように見えて、政敏は彼女の後姿に向けて、頭を掻きつつ声を投げかけた。
「ったく、『ありがとう』って言うのはねぇ。……笑顔で言うもんだろ」
 それについての応えは無い。けれども。
 ――積み重ねていくさ。いつか、心からの笑顔を見るまで。

              ◇◇◇◇◇◇

 ヴァルとキリカは2人、墓地に残り丘から見える桜を眺めていた。否、ただ眺めていたわけではない。ヴァルは正悟に、山田達から聞いた『普段のチェリー・メーヴィス』についてメールを打っていた。
 今後、彼女と共に在る彼に。
「……お疲れさまです、帝王」
 背後に立って見守っていたキリカは、ヴァルが携帯電話をしまうと改めて労いの言葉を掛けた。
「ああ……」
 あの事件から、様々なことがあった。
 犯罪者であるチェリーを庇護し、山田の墓を建てた帝王。
 人から誹りを受ける事もあるだろう。
 それでも。
 それら全て分かった上で受け入れる帝王。
 完全に公平であることは、完全な孤独でもある。
 ――だから、1人くらい無条件に彼を受け入れる人間が居てもいいじゃないですか。
 ――それが、僕がここに在る理由。僕が自分で作った意味。
 ずっと不寝番をしていたヴァルの身体が、彼女の方に傾いた。事切れたように眠るのは、全てが終わったという証。
 キリカは彼をそっと背負う。
 ――その影が重なったとしても、それは月と僕だけの秘密です。

              ◇◇◇◇◇◇

 墓地を後にし、帰り道。
「ここにも、桜が咲いているんですね……」
 後方の桜をちらりと顧みて、アクアは言う。桜の木の下に死体、というのも、この場では言い得て妙だ。そんな事を思いながら、歩く。
「……アクア、花見の季節は新しい一歩を踏み出す季節なんですよ」
「…………?」
 声を掛けられ、アクアは振り返る。ゆっくりと歩きながら、衿栖が微笑んだ。
「春は出逢いと別れの季節っていうけど、始まりの季節でもあるんです。過去は消せないけど、新しい一歩を踏み出すことは出来ます。もちろん、私たちも一緒に」
「…………」
 立ち止まって見返してくるアクアに、衿栖はすっ、と手を差し出した。
「さぁ、ファーシー達が待ってるわ。行きましょう!」
 その手を見つめたのは、ほんの数秒。アクアは特に何の抵抗もなく、それを受けた。手と手が繋がった、直後。
「そうだよ、早く行こう!」
「……あ、朱里?」
 後ろから不意に背を押され、アクアは足元をまごつかせた。朱里は、何かとても嬉しそうだ。
「ほら、早く早く!」
「ちょ、ちょっと……!」
 朱里に押されるままに衿栖に引かれるままに、走り出す。困惑して後ろを振り向きながらも、足を止めずに。きっと、彼女もファーシーの所へ行きたいと思っていたから。彼女に会って、話したい。何となく……ファーシーも自分を待っている気がする。
 幸せになるための何かを、報告するために。
 笑顔の衿栖達と、まだ少し困惑顔のアクア。それは多分、どこにでもある光景で。
 ――そんな彼女達を、レオンはマイペースに歩を進めながら見守っていた。