リアクション
○ ○ ○ 「ふはー。花も茶もいい匂いだ」 セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)は、館のロビーのソファーでくつろいでいた。 目の前のテーブルには、花瓶に活けられたばかりの色とりどりの花。 菓子箱の中に、沢山の煎餅。 それから、良い香りのするお茶が置かれていた。 「他に、飲みたいものがりましたら、ご用意いたします」 アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)は、ナプキンを広げて、セレスティアーナにかけてあげる。 「甘い物が飲みた……ん? なんだ? しょっぱいのばかりかと思えば、甘いのもあるのか」 セレスティアーナはザラメ煎餅を食べて、小首を傾げ。 「おお、これもか!」 砂糖煎餅を食べて、感動をし。 「これは、甘くてしょっぱくて、更に青い味がするな!」 「青い味?」 向かいに座り、彼女を眺めているのはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)。 「いや、緑の味というかな。そう、この緑茶の味が混ざっているようだな!」 今、彼女が食べているのは、抹茶風味の砂糖煎餅だ。 それは、彼女なりの精一杯の感想のようだ。 イーオンが土産として持ってきた花束も、その煎餅も、とても高価なものだった。 そんなことには全く気づかず、バクバク食べていく彼女の姿を……イーオンは優しく見守る。 戦乱中。辛いことも、危険な場面も多くあった。 しかし、その全てを乗り越え、十全の、いや実力以上の力を発揮できたのは、偏に護るべきものを明確にイメージできたことが、大きいとイーオンは考えていた。 (硬く拳を握るとき、襲う痛みに耐えるとき、心がくじけかけたとき、いつも胸に護りたいものがあったから、頑張ってこれた――) 街では祭りが行われている。 契約者への感謝が込められた市民達の手作りの祭りだ。 通りかかれば、契約者だと知られれば、イーオンにも市民達から感謝の言葉が投げかけられる。 そうして感謝されたり。 契約者として、自らの功績を誇ることがあるのなら、それは、そのまま彼女への褒め言葉なのだとイーオンはセレスティアーナを愛をこめて、見つめる。 「セレスティアーナ」 キミはそんなことを夢にも思わないだろう。 心のままに笑うキミに、自分がどれほど救われているか。 せめて、精一杯の言葉で表そう――。 「ん?」 顔を向けた彼女は、口に数種類の煎餅を咥え、噛みきれなくて困っているところだった。 そんな彼女のことを、愛しげに見詰めて……眩しげに眼を細めて。 「ありがとう。俺はキミに救われている」 イーオンの顔に、自然な微笑みが浮かぶ。 「んんんん?」 訝しげな顔をした後、がぶがぶ煎餅をかみ切って、お茶を飲んで。 なんだかよく解らないけれど、セレスティアーナは胸を張って。 「代王だからな!」 そう偉そうに言った。 「セレスティアーナ様は、今なにかなさりたいことがおありですか?」 茶のお代わりを注ぎながら、アルゲオはセレスティアーナに尋ねる。 「んー、ようやく落ち着いたからな。楽しいことをしたいぞ!」 「楽しいこととは、どんなことでしょう?」 「うう……。……楽しい事は、楽しいことだ。楽しいことと思えることが、楽しいことなのだ」 楽しい遊びというものをよく知らないのか、セレスティアーナは何をとはっきり言えないようだった。 「今も、楽しいぞ」 そう言い、セレスティアーナはまた煎餅を1つ手にとった。 代王として、交友も行動も制限されている彼女の成長は、非常に緩やかなようだ。 かつて、イーオンは想いを伝えたが、それはまだ、どういう意味だか彼女には解っていないだろう。 いつか解るときが来たら、答えを教えて欲しい。 そう思いながら、彼女を穏やかに見守り続け、共に楽しい時間を過ごす。 「今度来る時には、何が欲しい?」 そんなイーオンの言葉に。 「次はいつ来るのだ?」 と、セレスティアーナが訪ねてきた。 物よりも、貴方が来てくれることのほうが嬉しいのだというような、反応だった。 「イオは、あなたと出かけたがってますよ」 そっと、アルゲオがセレスティアーナに耳打ちする。 誘いたいと思っていても、気軽に誘える人ではないということをきちんとイーオンは理解していたから、セレスティアーナに出かけようとは言わなかった。 そんな彼の気持ちを、アルゲオは勝手に代弁した。 「ん……ごほっ」 イーオンにも聞こえたらしく、彼は軽く咳払いをする。 「おお、どこに行きたい!? 連れてってやるぞ」 セレスティアーナは笑顔で言った。 連れ出すことも、連れて行ってもらうことも、簡単には出来ないことは解っているけれど。 「楽しみにしている」 イーオンはそう答えた。 近い未来に、そんな日が来るといいと思いながら。 「おー、セレス〜! いたいた。侍女にここだって聞いたからさ」 イーオンとお茶を楽しむセレスティアーナの元に駆けてきたのは、五条 武(ごじょう・たける)だった。 「ほんの少し邪魔するぜ」 イーオンにそう言った後、武はセレスティアーナの隣に腰かける。 「実はさ、俺らの共通の知り合いの様子が最近おかしいみたいなんだ」 「ん? 風邪でもひいたのか?」 「そうじゃなくてな、雰囲気が変わった、みてェな話、聞いてよ。久々にメールでも入れてみようと思ってんだ。セレスからも何か一言貰えねェかな」 「一言って何を言えばいいんだ?」 「思ったことを素直に言ってくれればいい。セレスも会いたいヤツだろうからさ」 武はそう言って、携帯電話を取り出しメールを打ちはじめた。 ○ ○ ○ 日が暮れるまで遊び、一旦ロイヤルガードの宿舎に戻った後。 約束があるからと、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は友人宅へと向かっていった。 葵と別れて、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が一人で部屋に戻ろうとしたその時。 「アレナさま……ご無沙汰でした」 真口 悠希(まぐち・ゆき)が、真剣な顔でアレナに近づいてきた。 「はい、お久しぶりです」 アレナは悠希に軽く頭を下げる。 そして一緒に、優子とアレナの部屋へと歩き出す。 悠希の後ろには、上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)、真口悠希著 桜井静香さまのすべて(まぐちゆきちょ・さくらいしずかさまのすべて)、カレイジャス アフェクシャナト(かれいじゃす・あふぇくしゃなと)の姿もあったけれど、悠希以外はついてこなかった。 「優子さまの事はお聞きしました」 「はい……?」 「ラズィーヤさまは……平和の為とは思いますが、どこか人を駒の様に扱うところがある……時にパートナーさえも。そう、静香……」 悠希が桜井静香について、アレナに語ろうとしたその時。 悠希の携帯電話が音を立てた。 「ちょっとすみません」 五条武と、セレスティアーナからのメール着信音だった。 悠希が確認を終えた後で。アレナが悠希に話しかけた。 「ラズィーヤさんはともかく……。前に言ったことは嘘ではなくて、私は校……静香さんのお人柄、好きです。ヴァイシャリーに戻ってきてから、優子さんに話を聞いたり、資料を見たりして、静香さんのお蔭もあって、私はこうして皆に大切にしてもらえるんだって、知りました。……あの時は、すみませんでした」 あの時とは、人質交換に向かった時のこと。 アレナは静香に好意を持つ悠希の言葉を受け入れず『一番悪いのは校長だと思う』と言い、悠希の前から逃げた。 「あの時、もし、静香さんが組織側の代表の人に……嫌われていたら。私は勿論、一緒に交換に向かった皆も、悠希さん達が駆け付けてくれるまで間、持ちこたえることは出来ませんでした」 静香が嫌われていたら、最初からアレナが生き延びる道はなかったのだとアレナは言う。 そして、自分は組織のルート……おそらくエリュシオンで復活させられ、ティセラ達のように操られて、シャンバラの敵となったのだろうと。 優子を殺したシャンバラを憎み、百合園に弓を引き――星剣の光の雨を降らせたのかもしれないと。 そうなる可能性は、極めて高かったのに。 「静香さんの友達を大切にする優しさが、僅かな希望を繋ぎ止めてくれました。沢山、苦しいことがありましたけれど、皆が喜んでくれている、今があります……。こんな風に、私がお祝いされるのは、なんか違う、と思うんですけれど……」 響いてくるパレードの音に、アレナは目を細めた。 「『校長』には、疑問を持ってますけれど、静香さんという一人の、地球人の優しい人については、私はやっぱり、好き、です」 アレナはそう微笑んだ。 「それじゃ、おやすみなさい」 「あ、待ってください」 部屋の前で笑みを浮かべるアレナを呼び止めて。 「貴女が帰ってきてくれて……とても嬉しいです」 悠希はアレナに対しての、心からの思いを伝えていく。 「だから……ありがとう、お帰りなさい」 「はい。帰ってこれて、嬉しいです。全て、皆さんのおかげです。ありがとうございました」 深く頭を下げた後、アレナは部屋の中に入っていった。 ――見送った悠希の携帯電話が再び音を立てる 「セレス、ちゃん」 それは、セレスティアーナが武から携帯電話を借りて、自分で入力したメールのようだった。 『悠希、今日はまるくてかたくてしょっぱくてあまくてにがくてしろくて、緑で、ちゃいろで、ざらざらだったりするお菓子を食べたぞ! 悠希も、こんどいっしょにたべような!』 それから、武のメールももう一度、今度はじっくり読むことにする……。 よォ真口、久々だけど元気か? 最近暑いけど、夏バテなんかして無ェだろーな? 空京万博も近ェし、俺らにゃーやることがメチャクチャあるからな、バテちゃ居られねェよな。 ンで、本題だけどよ。ここ暫く、何か思いつめたりしてねーか。 百合園の知り合いに様子を聞いてみたところ、少し雰囲気が変わった……とか聞いたモンでな。 俺の考えすぎなら、ソイツに越したこたーねーけど。ただ、お前は色々抱えてるみてーだしな。 俺ァ、お前とはセレスを一緒に助け出した時くれーしか、長時間一緒に行動出来なかったけど、それでも何となく、お前が何か抱えてそうだなァっつーのは感じた。 もし、本当に何か抱えていて、それを抱えたまま前に進めなくなったら、遠慮なく誰かに頼れ。 俺でよければ力になる。 俺とお前は一時の戦友だったかもしれねェが、一時でも死線をくぐり抜けた仲だからこそ、と俺は思ってる。 何かあれば、連絡を寄越してくれ。 実はな、今セレスと一緒にいるんだ。 彼女も悠希に会いたがってるぞ。何か楽しいことをしたいそうだ。 セレスが俺らと楽しめることってなんだろうな? じゃあな、長々と悪かった。 |
||