リアクション
○ ○ ○ 百合園女学院の生徒会室には、白百合団の団長桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)や、特殊班の班長、風見瑠奈、副団長代理のティリア・イリアーノをはじめとする、白百団員達が集まっていた。 捕虜交換に向かう神楽崎優子や、仲間達を情報面でサポートするためだ。 「はーい、みんなおつかれー。夏休みなのに、頑張るねー」 資料整理が行われている部屋に、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)がワゴンを引いて現れる。 「おにぎり持ってきたよー。三種類あるから、好きなのどうぞー。取り合わないようにねー……って、そんなことするの、この中じゃ私くらいか」 あはははっと笑いながら、テレサは持ってきたおにぎりを部屋へと入れて、ボトルに入ったお茶を皆に配っていく。 「それじゃ、手が空いた方から休憩にしてください」 鈴子が言い、団員達が「はい」と返事をする。 「何かほかにすることあるー? まだまだ頑張るよー」 メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)は、パートナーで白百合団班長のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)を手伝っている。 難しいことはわからないメリッサの出来ることは、頼まれた書類を持ってきたり、コピーを取ることくらいだったけれど。ちゃんと皆の役に立っていた。 「メリッサ、右から2番目の青いファイルを取ってください」 「うん。んっと、戦争の……記録ファイルだね」 だけれど、資料に『戦争』や、戦いを表す文字が見えると、メリッサは少し落ち込んでしまう。 戦争は嫌だな、と。 「皆仲良くならないかなー」 はあとため息をついて、頼まれた本をロザリンドの元に持っていく。 「ね、エリュシオン帝国とは仲良くなったんだよね?」 「……そうですね。和平が結ばれました」 ロザリンドの返事に、ほっと息をついて、メリッサはにっこり笑う。 「それじゃ、喧嘩は無くなるよね」 「ええ、もう喧嘩したくありませんね。お互いそう思っています。……メリッサ、そろそろ資料出来上がりますから、先に休憩に入っていてください」 ロザリンドはそう答えて、メリッサに微笑みを向けた。 メリッサはこくんと頷いて、テレサが持ってきてくれたおにぎりの元に走っていく。 「大体出来ましたわね」 ロザリンドの手伝いとして白百合団に協力していそうたシャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)が、資料に厳しい目を向ける。 「こうして見ますと、帝国はどこからどこまで関与していたのか気になりますね」 「組織とは、どの程度繋がっていたのでしょう。エリュシオンとは繋がりはありましたが、エリュシオンの政府との直接な繋がりはなかったと、考えていますが……」 ロザリンドも、眉を寄せながら考える。 「第七龍騎士団の今の団長――レスト・フレグアムは、クリス・シフェウナと内通していたのでしょうか? 御堂晴海やソフィア・フリークスが手にした情報や関与した事柄も、ある程度レストに伝わっていたと考えていいのでしょうか」 「そうですね。恐らく、そうなのだと思います。ただ、クリスさんが捕まってからは情報が流れなくなったのではないでしょうか」 ロザリンドは資料を完成させながら、そう言う。 そのため、彼はヴァイシャリーに来たのではないか。 そして、賊のアジトにユリアナを迎えに行ったのではないか。 そんな憶測が飛び交っていた。 その日。ロザリンドがパートナー達と班員の協力の元、作り出した資料は以下の項目の資料だった。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 〜5000年前 魔道書のヴェントがエリュシオン帝国で誕生 ソフィア・フリークスの離反、ヴァイシャリーの離宮封印 魔道書『ヴェント』とファビオ・ヴィベルディ交戦。ファビオ死亡 ヴェントのパートナー、シャンバラの騎士に倒される。以降、ヴェントは人型にならなくなる ヴェント、ザンスカール家の手に渡り大図書室で管理 〜4年前 御堂晴海、闇組織『紫龍会』(=寺院系列)メンバーのクリス・シフェウナと契約、組織に入る レスト・シフェウナ(恐らくレスト・フレグアム)が、大図書館で保管されていた魔道書『ヴェント』を盗む レスト、ユリアナ・シャバノフと、クリスに魔道書を渡す? ユリアナ、魔道書『ヴェント』と契約する レストは帝国に戻り龍騎士団として活動 〜2年前 ファビオ復活、闇組織や寺院の影に気付き行動開始(*資料:狙われた乙女) ソフィア復活、闇組織で活動開始 〜1年前 6騎士の復活、封印された離宮での戦い(*資料:嘆きの邂逅) 御堂晴海、クリス両名逮捕 クリスの所持していた魔道書、盗賊に盗まれる 〜今 ユリアナ、魔道書をめぐる駆け引き(*資料:薄闇の温泉合宿) ユリアナと魔道書、その後の活動でイコン試作機のパイロットに レストの砦襲撃、同時にユリアナの造反と殺害(*資料:戦いの理由) レスト、御堂とクリスの引き渡しを求める 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 「私はもっと視野を広くしないといけないのでしょうか」 完成した資料をめくりながら、ロザリンドはつぶやく。 目の前にある事件や、問題に対しての行動をしてきた。 しかし、それらがどうして起きたのか。 何をするのが最適なのかの、判断が出来るようになったら。 自分の手で、少しでも百合園を守ることが出来るようになるかもしれない、と。 ロザリンドは考える。 「まだまだ精進しませんと」 出来上がった資料を、執務室で作業をしているラズィーヤに見せようと、ロザリンドは立ち上がる。 「味見味見ー。うん、おいひー。メリッサはほのままべんきょーを続けるんだよね。ロザリーも勉強してラズィーヤさんの補佐かなにか目指すみたいだしー。うちも進路とか考えるべきー? もぐもぐっ」 ふと、おにぎりを頬張っているテレサとロザリンドの目があった。 「お茶が足りなそうだねー。とってきまーーーーす」 途端、面倒なことを頼まれないうちにと、テレサは生徒会室を飛び出す。 わずかに苦笑して、ロザリンドはシャロンにメリッサを任せて、執務室に向かう……。 ○ ○ ○ コンコン ラズィーヤの執務室のドアが叩かれる。 「どうぞ」 ラズィーヤがそう返事をすると、ドアがゆっくりと開かれる。 現れたのは、小さな働き者の2人。 ティーカップとポットを持った2人は、ラズィーヤに近づいて、カップに紅茶を注ぐとラズィーヤと、向かいに座る少女の前に置いた。 「お疲れですね、ラズィーヤさん。ちょっと休憩してはどうですか?」 声の先にいたのは、あと二人の働き者――2体の人形を従えた人形師、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)だった。 「ええ。ちょうど生徒も訪れたところです。衿栖さんも一緒にどうですか?」 「はい、喜んで」 衿栖は人形を連れて、ラズィーヤに近づく。 人形達は礼儀正しく礼をして、ラズィーヤの笑みを誘う。 微笑み合った後、衿栖はラズィーヤの斜め前に腰かけた。 彼女の向かいには、百合園の生徒――白百合団員特殊班の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の姿があった。 「可愛いお人形ですね」 「ありがとうございます!」 小夜子と衿栖も会釈をし合い、微笑み合う。 衿栖は百合園の生徒ではないが、百合園で行われていた茶会を手伝ったことをきっかけに、時折こうして百合園に、特に執務室に顔を出すようになっていた。 「お茶菓子を用意しておくべきでしたわね。校長室には贈り物が沢山あるのですけれど」 「いえ、お茶だけで十分です。……でも、その校長室にある贈り物の中には、私がバレンタインデーに贈りました、チョコレートもあるのでしょうか?」 小夜子は紅茶に砂糖をいれながら、尋ねてみた。 そういえば、贈ったチョコレートの感想を聞いていない。 口に合っただろうか。まだ、食べていない可能性も? 「バレンタインのチョコレートは、既に戴きました。上品な甘味でしたわ。とても美味しくいただきました」 「そうですか。よかったです」 ほっと笑みを浮かべた後、小夜子はこう続ける。 「ラズィーヤ様からのお返しのクッキーも美味しかったです」 「それは良かったですわ」 微笑み合って、紅茶を飲む。 「……」 本当はもっと砕けた話もしたいのだけれど、会話が思い浮かばない。 「このお人形達にはお名前ありますの?」 ラズィーヤは、衿栖の傍に控えている人形達に楽しげな目を向けていた。 「可愛いですね」 小夜子も人形を微笑ましげに見る。 「ええ!」 衿栖は元気に答えて、人形を1体ずつ操って、ぺこりと挨拶をさせる。 「リーズ、ブリストル、クローリー、エディンバラです。よろしくお願いしますー」 くすくす、笑みを浮かべながら、ラズィーヤと小夜子は「よろしくお願いしますわ」と人形達にお返事をした。 それから、人形と活動について色々ラズィーヤに尋ねられた衿栖は、日本にいたころの話や、フランスでの修業時代の話を、彼女達に話して聞かせた。 「お2人とも若くして、留学を決意されたのですよね。立派ですわ。勿論、百合園の娘達も皆さん、立派ですけれど」 ラズィーヤのそんな返答に、衿栖はちょっと反応が遅れてしまう。 「……ええ」 ラズィーヤは留学をしたことがないのだろうか。 これから、他国で学ぼうという気はないのか。 聞いてみようかと思った衿栖だけれど、尋ねられなかった。 彼女は、自分の意志で、留学なんて出来ないだろうから……。 コンコン そんな他愛もない話をしている部屋に、再びノック音が響く。 ラズィーヤの返事の後、ドアが開いて。 失礼しますの声と共に、ロザリンドが入ってくる。 「資料が出来ました」 「お疲れ様です。確認させていただきますわ」 ラズィーヤはそう言った後、ロザリンドを自分の隣に招いた。 「失礼いたします」 畏まりながら、ロザリンドはラズィーヤの隣に腰かける。 その資料は――これまでの事件や戦いに関するものだと、小夜子も衿栖も分かったから。 真剣な表情で資料を確認するラズィーヤを、静かに見守っていた。 (……白百合団の特殊班を作るように指示を出したのは、ラズィーヤ様なのでしょうか) 小夜子はラズィーヤを見詰めながら、考えていく。 (なぜ、私は班員になれたのでしょう……。ラズィーヤ様の目には、私はどう映っているのでしょうか……) 小夜子は軽く視線を落とす。 そして、その瞳に強い輝きを宿し、目を上げた。 (多分……そう、多分) 期待に沿う動きをしていると思う。 白百合団員として、特殊班員として、小夜子はいつでも真っ直ぐ働いてきた。 資料館で警備を任された際も。 地下に誰も通さなかった小夜子の判断と行動があったからこそ、ラズィーヤの目論見――龍騎士団の足止めが少しでも行えた。 (この百合園があればこそ、今の私がいる。だから私は百合園を守る) ラズィーヤがテーブルに置いた資料に、目を向ける。 何が書かれていても、どんなに悲しい出来事が記されていても。 どんなに過酷なことが求められても。 これからも、自分の方針は変わらない。 『百合園を守る』 それが自分の為にも、大切な人にも……ラズィーヤの為にもなるのなら、十分だ。 「概ね、間違いはないと思います。大変参考になりましたわ。お疲れ様です」 ざっと目を通した後、ラズィーヤはロザリンドに微笑みを見せて労う。 「それは……百合園の極秘資料ですから、見たいとは言いません。ですが」 衿栖は少し迷ったけれど。 小夜子とロザリンド、そしてラズィーヤを心配げな目で見て、こう言う。 「平和が戻ってきました。だけれど、戦乱を、混乱を望む者は変わらず存在するでしょう」 その者達が平和に終わりを告げる時。 誰を狙うか――。 「私が平和の終わりを望む者なら、間違いなくラズィーヤさん、貴方を狙うでしょう」 だから、気を付けて。 シャンバラにとって大切な人を、守ってくださいと、想いを込めて衿栖はロザリンドと小夜子に目を向ける。 何も言わずに、真剣な顔で2人は頷いた。 「また、お茶淹れに来ますね!」 そして元気にそう言うと、衿栖は先に執務室を後にする。 「今日はいつもより遅かったな。話が弾んだか?」 「……ええ」 それから、衿栖は、校門の前で待っていたパートナーのレオン・カシミール(れおん・かしみーる)と合流をする。 女子校の百合園には特別な用事がない限り、男性は男性の姿では入ることが出来ないため、レオンはここで警備についていたのだ。 「今日も、何もなかったぞ」 「良かったです」 衿栖は振り返って百合園の校舎を見た後、レオンと一緒に街へと戻っていく。 この平和が長く続くことを願いながら。 |
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