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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?

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【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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 すっかり日が落ちた夜のベネツィア。
 街には、地元でとれた新鮮な海産物を扱ったレストランから陽気な声や歌が聞こえている。
 そんな中、大人っぽい静かなレストランで食事をしていたのは、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)ティアン・メイ(てぃあん・めい)である。
 まだ幼さの残る二人であるが、一見すると他のテーブルと同じ様に恋人同士で食事を楽しんでいる絵に見える。
「この前から色々あったしね。ティアにも迷惑を掛け通しだから、そのお礼でもと思って……」
 玄秀がそう言って、目の前にある魚料理に手をつける。
「……うん! すっごく美味しい! ね、ティア?」
 玄秀は目の前に居る赤いドレスを着たティアンに天使の様な笑顔で語りかける。
「……ええ」
 彼を見つめて微笑むティア。化粧気はないが、それなりに美人な顔。しかし、その笑顔は彼女本来のものではない事等、玄秀にはわかりきっていた。
「お酒……は無理だけど、ここは料理もいいし景色もいいよね。気に入って貰えたかな?」
精一杯明るい声で語りかける玄秀。
「……ええ」
「そ、そう。ならいいんだ! ティアが気に入ったならね」
 玄秀は再びナイフとフォークで魚料理に向きあおうとするが、ティアが料理に一切手を付けていない事に気づき、彼女の顔に目をやる。
「……きっと昼間の買い物や移動で疲れたんだよね?」
「……」
「ご、ゴメンね。ほら! ローマで買い物したり観光したりして、夜はヴェネツイアに行こう、なんて僕が言ったから……」
 少し早口でまくし立てる玄秀を、ティアンはやはり微笑のまま見つめている。
「昼間は、みんなと一緒に色々巡ったしね! あ、ティアの高級スカーレットドレス!! やっぱり10万Gを奮発した甲斐があったよね? よく似合ってる!」
「……ええ」
「……」
 夜景の綺麗なレストランなのに二人の会話は弾まず、あてもなく漂うばかりである。
 会話が途切れ、暫くした後、二人のテーブルに置かれたキャンドルの炎がフッと揺れる。
「だって」
「え?」
 俯いたティアンがゆっくりと唇を動かす。
「貴方が買ってくれたんだもの……私のために……」
「ティア……そ、そうだよ!」
「私のために観光に連れていってくれて、私のために高級ブティックでドレスを買って、私のために周囲の生徒達にもニコニコ愛想を振りまいて、私のために魚の美味しいヴェネツイアに連れてきてくれて、私のために無理して話かけてくれて、私のために……私のために、そんな笑顔を……偽りの……」
 語り続けるティアンの声が徐々に震えて消えていく。
「ティア?」
 ティアが顔をあげる。茶色の瞳から溢れ、頬を伝った涙が赤いドレスに落ちる。
「そんなのは貴方じゃない。私の前でそんな顔を見せないで!」
 彼女の顔に先ほどまでの能面のような笑顔はない。
 二人の横に広がるヴェネツイアの夜景。窓に反射した玄秀の顔が強張る。
「……本当の僕を君は嫌いじゃなかったのかな? いつも苦しそうにしている」
「……」
「前にも言ったけど、嫌なら離れてもいいんだ」
 まるで商品の品定めをする商人の様に、思いっきり冷めた口調の玄秀がディアンに告げる。
「離れたくなんてないよ! ……どうしたらいいか、もうわからない……」
 頭を抱えて、ティアンが叫ぶ。大粒の涙が止めどなくドレスに落ちて行く。
 その叫び声に、丁度同じ店で食事をしていた朱里とアインが驚いて振り向く。
 二人は同じイルミンスール魔法学校に通う玄秀達を知っていた。
「どうしたのかな?」
 朱里がティアンの姿を見て、腰をあげようとするが、アインが静かにそれを制止した。
「朱里。そっとしておこう」
「え?」
「二人は、今互いの間にある見えない壁に向かっているんだ。他人が土足で踏み込んでいい領域ではない」
「……そうね。でも、アドバイスを求められたら、応えてあげたいな」
「……そうだな」
 朱里とアインのテーブルの傍を、人目を気にした玄秀がティアンを連れてテラスへと出ていく。


 テラスに吹く風になびくティアンの髪。普段は後ろで束ねているが、今はドレスに合わせて解いていた。
 灯台の灯りが一瞬ティアンの顔を照らす。その顔には、何かを諦めた様な笑みが浮かんでいる。
「考えるのも、悩む事にも疲れちゃった……。全部貴方に委ねてしまえば……楽になれるかな……って」
 玄秀がティアンを見て、少しだけ言葉を整理した後、先程の冷酷な口調とはうって変わった優しい男の口調で話す。
「そう……それが望みなら叶えてあげる。君を受け止めてあげるよ。ティア」
「……本当?」
「ああ、全部僕に委ねていれば、君は楽になれるんだろう?」
 そう言って玄秀は大きく両腕を広げる。ティアンを受け止めるために。
「……」
 玄秀の方へ踏み出そうとしたティアンの足が、小刻みに震える。寒さではない、言い知れぬ恐怖である。光射す場所から闇夜の荒野へ向かうような……。
「どうしたんだ? 君は楽になりたいんじゃないのか?」
「……あ……わ、私は……」
 ティアンは知っていた。今踏み出せば、もう簡単には戻れない事を。そして何より、自分がこれまで信じてきた全てを捨て、これまで嫌悪してきた何かを受け入れる事も。
 いつも迷いを絶ち切ってくれた剣は今はその手に無い。只、赤いドレスを着ただけの女。それが今の自分だ。
 暗闇に浮かぶティアンの姿は、今にも消えそうなキャンドルの炎そのものであった。
「ティア!!」
 玄秀の声が響く。
 気づけば、ティアンは倒れかかる様に玄秀の腕の中にいた。
「楽になりたいの!! もう、こんなの嫌なのよ!!」
「……」
 ティアンを受け止めた玄秀は厳しい表情を浮かべ、自分の心をかき乱す奇妙な想いを感じていた。
「(ティアンを自分の言う事を聞く手駒にしてしまうのは簡単だ。けれど、言う事を聞くだけの人形を欲していた訳ではない……)」
 今、彼が手中にした女は、ここまで精神的に脆かった。それは良いハズなのに不思議と苛つく自分に不快感を感じている。
 苛立ちの原因が分からぬまま、玄秀の歪んだ想いは、たった一つ確かな温もりへと向かう。
 表情を無理やり変えた玄秀は、腕の中で泣き叫ぶティアンの顎をクイと指で持ち上げ、
「楽にしてあげるよ? いいね?」
「……はい」
 目を瞑るティアンの唇を玄秀が奪う。
 その時、テラスに強風が吹き、店内のキャンドルを一斉に消していく。
「……僕の望みは……何だ」
 吹きつけた強風を追う玄秀の声が闇夜に小さく響いて、すぐ消えていった。