校長室
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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修学旅行生の中には、その場所が非常に慣れ親しんだ場所という者もいた。 ローマの一角にある高級ブティックを訪れていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)もその一人である。 「いらっしゃいませ……おお、これはエース様!?」 店に入ると、中年の店員がエースの顔を見て驚く。 地球では地主と呼ばれる立場の家に生まれ育ったエースにとっては、ヨーロッパは庭みたいなものであり、イイトコの坊ちゃんなのでフランスやイタリアやイギリスで基本フルオーダーの服を買うのは当たり前であった。 この店もエースは何度か訪れており、慣れ親しんでいる。 「こんにちは」 「先日ご注文頂いたシャツでしたら、既に仕上がっておりますよ?」 「ありがとう。あぁ、それと今日は一人友人を紹介しに連れてきたよ」 「ほう。ご友人ですか?」 エースの後方から長身のメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、店内を見渡しながら入店してくる。 「ああ、地球で服を作った事はないのでね」 「どのようなモノをお探しですか?」 「そうだね。スーツ……紳士向けのスーツが良いかな」 「はい、では色は?」 メシエが『無難に黒系で』と言おうとした時、エースがそれを遮る。 「ああ、彼が言うのは夏向きのスーツだから、白色ってのがいいかな?」 「夏向き?」 「イタリアはイギリスやフランスに比べると夏向きは得意だしいいんじゃない? 元々暑い地域だし」 エースの助言を受けたメシエは「では、それで」と店員に告げる。 「畏まりました。では、生地をお持ちしますので、少々お待ち下さい」 店員が恭しく頭を下げ、店の奥へと消える。 「こんな時期に夏向きのスーツというのも気が早い話ではないですか?」 メシエがエースに尋ねると、エースは苦笑する。 「イタリアの職人は腕は確かだけど、のんびりと仕事をするのが地球人にはネックなんだ。俺のシャツだって、オーダーしたのは三ヶ月以上前だよ?」 「……なるほど」 「でも、メシエは長寿種族だから気が長いのが幸いするし、半年、一年待ちとか絶対気にしないだろう?」 「むしろ、半年や一年程度で納得行くモノが仕上がるなら満足ですね」 エースは店員が戻ってくるまでの間、メシエとブティック内の商品を見てまわる。 紳士向けの店には、他にもシャツやネクタイ、靴、といったセレクトされたアイテムが綺麗に陳列されている。 一般人の感覚から言えば、『ゼロが一つか二つ多くない?』と聞きたくなる値段であるが、エースにとっては『ふぅん』という程度である。 「地球にしては、良いモノを揃えてありますね」 メシエがネクタイを手に取り呟く。 「この店は靴とかネクタイとかの小物も揃えてあるんだ。まあネクタイはここのでもいいけど。靴は……」 やがて、店員が戻ってくる。 「こちらの生地等いかがでしょうか?」 目の前に広げられた白い生地をエースが手に取る。 「うん。いい生地ですね。軽いけど、決して安っぽくない。これ、新作ですか?」 「ありがとうございます。エース様にはいつもご贔屓にさせて頂いてますので、そのご友人にも、当店で扱う最高級の品をご用意致しました」 「どう、メシエ?」 メシエが生地を手にして頷く。 「これならば夏場も涼しく過ごせそうです」 「では、仕立てはいかが致しましょう?」 「襟の太さ、丈の長さは標準のクラシカルなスタイルでお願いしたい。色は白系で、品格は十分に保ったままで涼しい仕上がりにして欲しいね」 メシエのオーダーにエースも頷く。 「そうだね。モード系は軽薄に見えるしね」 メシエの言葉に店員も満足そうに頷く。 「最近は、そのような本物志向のお客様が減ってしまっておりますが、お客様は良いオーダーをされますね」 「そうなのか?」 「ええ、皆様流行ばかり追いかけるような方が多いのです。最も、そのような方には、それなりのモノしか提供していませんけど」 自分の店にプライドを持つ高級店の従業員というのは、客を値踏みする事がある。まずは現在着ているもの。そして次はオーダーの仕方である。 それは、店の品格を保つため、服をセールするなら切り刻んで捨ててしまうといった行動をとる高級店ならではである。 「では、こちらへ。採寸をさせて頂きます。その後、エース様のシャツもお持ち致します」 「ありがとう」 採寸に連れていかれるメシエを見たエースは、ちょっと自分の服でも見るか、と店内をうろつき出す。 ……と。 「ダンッダンッダンッ!」 「ん?」 リズミカルに小さくノックされるガラス張りの窓の外に、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)を見つける。 「あれ? もう戻ってきたのか?」 エースが外に出ると、クマラが飛びついてくる。 「くーわーせーろー」 「食わせろって、今まで散々食べてきたんだろう?」 「ええ、エース。ちゃんとクマラのお守りはしましたよ」 エースとメシエが高級ブティックに向かう間、エオリアはクマラと一緒にグルメ廻りをしていた。 「地元に愛されるイタリアグルメを満喫にゃ」 と、騒ぐクマラにエースは考えた、 「(クマラは見張っていないと食べ物の薫りにふらふらと裏手の路地に入って迷子になりかねない)」 そう考えたエースはエオリアをお守りに指名して、服を買いたいというメシエに付き添う事にしていたのだ。 「オレ、まだ腹一杯は食べてないよ。それに、世界一食べ物が美味しい(とイタリア人は言う)この国で食べまくらないなんて、むしろそれは罪だよっ!」 「……そのデジカメで写真は撮ったの?」 エースが指さすのはクマラが首元からぶら下げたデジカメである。 「うん! ちゃんとお店の許可をとったよ」 エースが写真の再生モードにすると、パスタやデザート、魚料理、肉料理、エトセトラエトセトラ……。 「これだけ食べて……まだ……」 「うん! 美味しかったよ! それに写真があればパラミタでエオに作ってもらえるカナ?」 エオリアもエースの横から写真を覗き込む。 「因みに、僕はそれらをどれも一口程度つまんだだけです。……残りはクマラが……」 時間さえあれば際限なく食べるクマラをよく知るエオリアは、クマラが「この店のパスター全部順番に!」とか言う前に素早くお勧めパスタを頼むつもりであった。 そして、「材料はどんなのかな」等と作る事を考えて料理を堪能する……ハズであったが、一瞬の隙、というか、厨房まで押しかけたクマラが、「全部!」と頼むのは阻止出来なかったとエースに経緯を語る。 傍を通るイタリア人に目をやるエース。 恐らく昔はそれなりの美少年であった事が想像できるが、今は二重あごに突き出たお腹という陽気な中年の姿である。 「……太るぞ?」 「大丈夫だよ! 修学旅行限定なら!! グルメ満喫は正義です(きりっ)」 「……きりっじゃないでしょう、クマラ? パラミタに帰ってからきっと僕に「作って」と言うに決まってる」 エオリアの問いかけにクマラが満面の笑みで頷く。 「写真があれば作れるよネ?」 「知らない料理を作れる訳ないのですが、見たり食べたりすれば大丈夫なので一緒に巡っていたのですけどね」 「迷子になっても大変だしね。エオリア、迷惑かけたね」 「いえ……」 クマラの莫大な食事量を間近で見ていたエオリアは、既にそれだけでお腹一杯といった様子である。 尚、二人の食事料金の大半はエースが出している。 そこに、店で採寸を終えたメシエが現れる。 「ああ、クマラにエオリアも来てたのか。待たせたね」 そう言いながら、メシエはエースに「シャツだ」と紙袋を渡す。 「ありがとう……どうだった? 地球の店は?」 「はい、私はこれまで『地球は未開』だの『蛮族』だの、と言ってましたが、全てがそうではないという事は理解しました」 「だろう?」 エースがメシエに笑う。地球人が短期間でパラミタに入ってきた事にあまり良い感情を持っていないメシエの、パラミタ至高主義な価値観に少し新しい風を吹き込んであげた事が嬉しいらしい。 「でも、スーツだけじゃないよ。メシエ?」 「え?」 「イタリア靴職人の技術もパラミタに勝るとも劣らないので、高級靴点の職人さんの店もまわろうか?」 「えー!? オイラ、ピザ! ピッツァがいい!!」 クマラが元気よく手をあげる。 「おまえ……まだ食べるのか……」 ジト目でクマラを見るエースに、エオリアも言う。 「僕も本場のピッツァは頂いてみたいです」 暫し黙っていたメシエも口を開く。 「いえ、靴ですね。折角地球でスーツを仕立てたので靴も見たいです」 「えー、靴なんて食べられないよ!? ピッツァがいいよ!」 クマラがメシエに反抗する。 「クマラ、エオリア? イタリアのピッツァはそもそも夜の食べ物なんだ。昼のは観光客向けであまり美味しくないよ?」 エースが時計を見て言う。時刻はまだお昼を少し過ぎた程度である。 「じゃあ、ピッツアまでまたパスタ食べよう!」 「クマラ、パスタはもういいです……」 「じゃあジェラート!!」 「それより靴です」 「(ヤバイ。俺って引率者ボジション……!?)」 三人の喧々諤々の議論を見つめたいたエースが頭を抱える。 そこを通りかかったのはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)である。 「おっ!? そこにいるのはお花のエースではないか?」 「君はアキュート?」 同じ空京大学の生徒であるアキュートとエースが短く会話を交わす。 「ちょっと聞きたい事があるんだが……『マルアーニ』て店、知らないか?」 「マルアーニ? ……ああ、マルアーニなら、そこの角を曲がったところだよ」 エースがアキュートに道を指す。 「本当か、助かった!」 「マルアーニでスーツでも作るの?」 「ああ、俺じゃない。おーい、マンボウ、こっちだ!」 「……マンボウ?」 アキュートの後方から、フワフワとやって来る平べったい物体。ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)である。 「アキュート! 今度は大丈夫なのであろうな?」 「ああ、一流ブランドのマルアーニで駄目なら諦めもつくだろう?」 アキュートはそう言うと、エースに「じゃあな」と告げ、歩いて行く。 「……マンボウのスーツ?」 「鱗が引っかかりませんかね?」 エースとエオリアが顔を見合わせ、アキュートとウーマを見送るのだった。