校長室
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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時はまた現代のローマに戻る。 アキュートとウーマにマルアーニの店の場所を教えたエースは、ジェラートを食べつつ歩いていた。 先ほどの会議は、考えうる限り平和的且つ平等的なジャンケンによってメシエがクマラに勝利し、靴を買いに行くことが先行して決定された。 その代わり、夜は、エースが知りうるローマで最も美味しいピッツァを頂ける店に行く、という事になっていた。 両手にジェラートアイスを持つクマラを筆頭に皆でローマの街を移動していると、街角でバッタリハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)とクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)、そして天津 亜衣(あまつ・あい)に遭遇する。 「おや? これは珍しいところで会ったな、エース」 「君はハインリヒ。そっちも観光かい?」 エースの問いかけに、ハインリヒはフッと笑う。 「まぁ、観光といえば観光だが、グルメツアーといった方が正しい」 「グルメ?」 ハインリヒの言葉にクマラが反応する。 「オイラ達もグルメツアーだよ!? な、エース!!」 「……そこは張り合わなくてもいいんじゃないか?」 「あんた達も? まぁ、確かにイタリアってご飯美味しいからね」 亜衣が頷く。 「そちらは、どこへ行ったんです?」 「イタリアと言えば、やはりドルチェ(デザート)よね! あたし達は日本でもお馴染みのティラミス、ジェラート、パンナコッタ等に加え、『ズコット』(チョコレートや生クリームを使ったスポンジケーキ)、『ズッパ・イングレーゼ』(ラズベリーソースをかけたティラミス)、『マチェドニア』(フルーツ・ポンチ)など、本場でしか味わえない、スペシャル・スイーツを平らげたわ!」 指を折って亜衣の列挙した品を数えていたクマラが「ま、負けた……」と呟き、メシエも「凄い量を食べていますね……」と驚く。 「それだけではないぜ?」 ハインリヒが続ける。 「まだ、あるのか?」 「エース。今のは全てドルチェだ。この二日間、俺達が食べに食べたという話はこっからが本番だぜ?」 ニヤリと笑うハインリヒ。目と耳を巨大化させたクマラの心拍数が上がっていくのをエオリアが感じて、視線をやる。 「イタリアと言えば、何はさておきパスタにピッツァ! ……という事で、本場ナポリを訪れ、『アラビアータ』(トマトソースと唐辛子のパスタ)と『ピッツァ・マルゲリータ』を注文、熱々を皆で取り分けながら頬張った。本場ナポリでだ!!」 「シンプルなのが一番味がわかるのよねぇ」 味を思い出したのか、亜衣がはぅぅとウットリした顔を見せる。 「確かに、アレは絶品でした」 ヴァリアも端正な顔だちで静かに頷く。 「へぇ、ナポリに行ったのか……ローマから南だし、俺達も移動出来るね」 エースが頭にイタリアの地図を思い出しながら、移動時間を計算する。どうせ、クマラは騒ぐのだろうし、と考えて……。 「続いて、イタリア中部のボローニャへ移動した! そこでは新鮮な挽き肉たっぷりのラグー(ミートソース)のパスタを満喫した後、急いで近くにあるパルマ市に足を伸ばし、最高級の生ハム『プロシュット・ディ・パルマ』を、古代からの伝統に則り、メロンと共に食し、イタリアン・チーズの王様『パルミジャーノ・レッジャーノ』にかぶりついた」 「ボローニャは上の方でしょ? ナポリからローマを通り越して移動したのか……」 既にクマラはエオリアによって手足と口を拘束されている。 「生ハムメロンというヤツですね……私は何故地球の蛮族達が果実と肉を同時に食べるのかが解りません」 メシエが理解出来ないといった顔をする。 「お次は、少し南に戻ってフィレンツェだ! 世界的に有名な『ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ』(フィレンツェ風ビーフステーキ)を、最近は日本でも手に入り易くなった『キャンティ』と共に豪快に胃に流し込む。更にミラノへと北上し、『コトレッラ・アッラ・ミラネーゼ』(仔牛のカツレツ・ミラノ風)に舌鼓を打ち、『キャンティ』と並ぶもう一つのイタリアの銘酒『アスティ・スプマンテ』の豊潤な香りを楽しみながら、飛行機でヴェネツィアへ行った!!」 「私、あの時に初めて『吐く程食べる』という事を経験しましたわ。ええ、実際に吐いてはいませんけどね」 「あたしは未成年だからキャンティとかアスティ・スプマンテは飲んでないけど、香りが良かったよね?」 「亜衣はあと二年早く生まれていればな……」 ハインリヒと亜衣が顔を見合わせて笑う。 エースは「クマラ以上の胃袋と強行日程をしているなぁ……」と思いつつ、突っ込んだら負けだ、と口を真一文字に結ぶ。 一方、クマラは既に何だかワケがわからない溢れ出してくる欲望と渇望により、エオリアだけでなく、メシエもそれを抑えつけるのを手伝う羽目になっていた。 「そしてぇぇッ!! ヴェネツイアでは、ポー川流域で作られる米を使った『リゾット』とアドリア海の海の幸をふんだんに使った『アクアパッッア』(魚介類のスープ煮)の対比を楽しみ……後は……」 「まだ食うのか?」 「フッ、後は最後に残しておいた永遠の都ローマで『サルティン・ボッカ』(ローマ名物の仔牛肉の包み焼き)を堪能し、エスプレッソ・コーヒーの馥郁たる香りでグルメの旅を締め括るつもりだ!!」 ハァハァと荒い息をつくハインリヒに、エースは拍手を贈る。 「なるほど……よく分かったよ。でも……」 「ん? 何だ?」 「シャンバラに戻って体重計に乗ったら恐ろしい事になりそうだね」 「!!!」 ハインリヒの後方でショックを受けるヴァリアと亜衣。 「そ、それは考えていませんでしたわ……」 「あ、あたしも……」 ガックリと四つん這いになったうら若き少女二人。 だが、ハインリヒは勝ち誇ったように二人に言う。 「そうショックを受けるな? 食の旅はローマで終わりではないぜ?」 「え? まだ食うのか!?」 ハインリヒの言葉に流石のエースも驚く。 「当然!! 次はギリシャだ! 地中海をクルーズで渡ってな!!」 だが、ハインリヒの言葉に身内から反対意見が出る。 「すいません、ヴェーゼル……私、どうもお腹一杯ですので……ギリシャは」 「何? ギリシャ料理、エーゲ海でのクルージングはヴァリアたっての希望だっただろう?」 ヴァリアが目を少し泳がせる。 「ギリシャと言えば、エーゲ海。客船に乗って美しい海をゆったりとクルーズしながら、海の幸をたっぷりと使ったランチに舌鼓を打ちたいですわね」 確かに、修学旅行の計画をハインリヒ達とシャンバラで練っている時、彼女はそう言った。 頭の中には、まず、前菜として『タラモサラダ』(カラスミのオリーブオイルあえ)と『カラマラキア・ティガニタ』(イカのフリット)を注文し、スープは『パツァス』(中東料理に影響を受けた、羊の内臓入りスープ)。メインディッシュはギリシャを代表する伝統料理『ムサカ』(挽き肉とナスの重ね焼き)。最後は、羊乳で作ったフェタチーズとギリシャ・コーヒーで締め括る。潮の香りが漂うテラス! 時折、水面近くに見える魚! 眩しい太陽! そしてヴァリアは「あら、ギリシャ料理って、ヨーロッパよりも中近東からの影響を強く受けているのね。意外だわ」と呟く。……全てが完璧であった。頭の中では……。 ハインリヒは、今度は亜衣に問いかける。 「亜衣も、ギリシャでは、有名な『カラント』をはじめとする各種のドライフルーツ、そして、『バクラヴァ』(ナッツ入りパイ菓子)は外せない! って言ってたよな?」 ギクッと身を震わせる亜衣。 「(……そうよ、確かに言ったわ! それにドライフルーツってカロリー低そうだし……! バクラヴァさえ少量にしておけば……)」 頭の中でカロリー計算を始めた亜衣に感づいたエースが胸元からサッと取り出した花と共にアドバイスを贈る。 「素敵なお嬢さん? ドライフルーツはカロリーが低いはず、と思っていませんか?」 「え!? 違うの!?」 「はい……残念ながら、ドライフルーツは自然の甘みが一杯で健康にも良いですが、乾燥させてある分、生の果物よりカロリー高いですよ?」 亜衣が受け取った花が、ハラリと花びらを一枚散らす。「あ〜、シアワセ。はるばるイタリア・ギリシャまで来た甲斐があったわね」という台詞をシメに決めていた亜衣は、その後に迫る体重計の恐怖をみじんも考えていなかったのだ。 そんな少女二人を見つめたハインリヒが、一喝する。 「情けないぜ? 二人共!! 腹が一杯で動けない? だったら、吐き出せば良いじゃねーか、古代ローマの宴会風になッ!」 古代ローマの絵等を見るとわかるが、孔雀の羽を持っている奴隷が貴族達の背後にいるのをご存知だろうか? 奴隷達は、満腹を訴えた貴族がいれば、彼らに近づく。すると、貴族は上を向いて口を開け、奴隷がその口の中に孔雀の羽を突っ込む。満腹の喉に異物を突っ込まれた人間がどうなるか? 当然、吐く。そして貴族達はお腹の中のものをすっかり吐き出して、また新たな皿に挑む、という訳である。尚、吐いた汚物は、別の奴隷がきれいに処理してくれる。 因みにこのような状態は『退廃』という言葉に集約される。 結局、ハインリヒはヴァリア亜衣を引きずって、ローマの予約していた店に、『サルティン・ボッカ』と『エスプレッソ・コーヒー』を求めて歩いて行く。 「体重計如きで情けないぜ!? ちょっと運動したら落ちるだろう?」 「いやぁぁー!! 体重計嫌あぁぁぁlーーッ!!」 「うっうっ……何故私達はこの様に食べ過ぎてしまったのでしょう……」 そして、このハインリヒ達の言動は、『クールダウン』という状態をクマラに、もたらしていたのだった。 「エース」 先ほどまで、荒れ狂う海のような状態だったクマラは、今や雨上がりの水たまりの波紋すら無い程穏やかな凪になっていた。 「何? クマラ?」 「オイラ、少しだけ我慢するよ。晩御飯までね。うん」 「(……不気味だ)」 エースはそう思いつつ、「ハインリヒ達のグルメツアーに幸あれ」と胸の内で祈るのであった。