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リアクション
●雪と記憶と
「あっ、そこの皆さんもスキーを楽しんでるね!」
少々厚手のスキーウェア姿で、、金元 ななな(かねもと・ななな)が姿を見せた。彼女は毛糸の帽子を被っているのだが、縫い目を突き破ってアホ毛が飛び出しているのがなかなか凄い。
「なななも宇宙の平和を守る義務――おっとこれはここだけの話ね――こほん、平和的パトロールの訓練としてスキーをしに来たんだよ!」
よろしくー、と翡翠たちに一礼して、実に不慣れな様子でなななは、担いでいたスキー板を下ろした。
「みんなも滑ろうよ。スキーと言えば雪山、雪の山々をかっこよく言えば銀嶺……一説によればかつて地球には、銀嶺の覇者(Man On The Silver Mountain)と称えられた伝説の宇宙超人がいたとか、いないとか……?」
などと言うなななの最初明るかった声のトーンがどんどん薄気味悪くなり、彼女は最後は変な色に眼まで輝かせはじめたわけだが、それはなななにとっては、茶飯事と書いて『通常運転』と読む程度の話であり初めて見るものでもないので、同行のアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は平然としていた。
「あまりスキーの経験はないのだけれど……」
と、アゾートは蒼水晶のような瞳をエリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)に向けた。
――アゾートさんが私を頼るようなお言葉を……た、頼られているっ!
それだけでエリセルは、天にも昇りそうな気持ちになる。可憐なアゾート、小さな宝石のような彼女のそばにいるだけで、身悶えしたくなるほど幸せなエリセルなのだ。今、アゾートに触られたりすればエリセルは鼻血が出るかもしれず、そんなことはまずないが抱きつかれでもしようものなら、そのまま心肺停止してしまうかもしれない。
「ええと……」
回答を考えながらエリセルは、同じくなななと同行しているアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)に視線を流した。
するとアッシュは銀色の前髪をかきあげ、よくぞ聞いてくれた、とでも言いたげな得意満面で応じたのである。
「俺様はオーストリアの生まれだからな。スキー経験なら事欠かない。バンバン滑らせてもらうぜ」
「なんだアッシュ、スキー得意だったのか」
意外、といった口調でヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)が目を丸くする。心情表現なのか真っ赤なモヒカンも、ひゅっ、と縦に伸び上がっていた。
「まあな。ま、悪人退治のほうがずっと得意だが」
アッシュの口元から白い歯がのぞいた。なぜかこれがキラリと輝いた。
「赤いの、お前もスキーの腕は立つと見たが、どうかな?」
「赤いの……? まあいい。雪中行軍ならちったぁ鳴らしたもんだ。本当はアゾートともどもビシバシ鍛えてやるつもりだったが」
ヴェルデはスキーを置いてきっちり足にはめた。板の短いショート型だ。ストックは持たない。そもそも彼は防寒着すら着ない。紅蓮の炎のような真っ赤なツナギ、この普段着一枚だ。頭もモヒカン。そびえ立つぜモヒカン。
よし決まった、と、アッシュは手を打った。
「あの斜面は急な上に岩が飛び出していたりしてなかなか燃えると思わないか?」
「よし、一滑りするとするか。こうなったのも何かの縁だ。互いの技術を競うとしようや。どうせ、野放しにしててもお前一人であの斜面に挑む気だったんだろ」
「そういうことだ!」
と言ったときにはもう、アッシュは颯爽と滑り始めていた。
「よしまずは斜面まで競争だ。俺様が勝ったら温泉でそのモヒカン、ストレートヘアにしたところを見せてもらう!」
「いきなり何言いやがるコラ! 俺が勝ったらアッシュ、お前は実力不足と見なしてスパルタ式で鍛え直してやる!」
ヴェルデは大きく身を躍らせる。雪を波飛沫のように立てて加速につぐ加速だ。火の玉のようにアッシュを追った。追いつかれまじとアッシュも猛然と加速する。
そんな激しい二人を見てアゾートは大きく息を吐いた。
「彼らみたいに凄いスキーじゃなくていいから……」
どんどん小さくなるヴェルデとアッシュの背中を目で追いつつ言うのである。
「むしろ雪と触れあいたいな」
すかさずエリセルが応じた。
「でしたら、スキーはもう少し雪に慣れてから、ということで雪遊びといたしますか。雪遊びといえば雪合戦が一番でしょう!」
「雪合戦というのは……?」
俗世とは縁遠い生活が続いていたためか、言葉だけではアゾートにはピンと来ないようだ。
蜘蛛の脚数本を伸ばして曲げて、エリセルは言った。
「簡単です! 丸めた雪を投げ合い、ぶつけ合うのです!」
こんな風に、としゃがみ込み、丸めた雪をアゾートに投じる。ぱしゃ、と雪はアゾートの頭に当たって砕けた。
「うわっ、冷たいね。でもルールはわかったよ。しようよ。雪合戦」
アゾートも応じた。いつもクールなアゾートとはいえ、どことなく楽しそうではあった。
雪の固めかたが悪いのかアゾートの投げる雪玉はまっすぐ飛ばず、空中で勢いを失い落ちて砕けた。だが、
「なかなか面白いよ。よし、どんどんやろう」
興が乗ったらしく、彼女はエリセル目がけ、ポンポンと雪を放ってきたのである。
「ほら、ヴィー。光学ステルスしてないで一緒にやりましょう」
エリセルが呼びかけると、何もないように見えた空間からトカレヴァ・ピストレット(とかれう゛ぁ・ぴすとれっと)が姿を見せた。
「あら気づいてた?」
「気づかないわけがないです。ズルはいけませんよ、ズルは!」
「エリセルがそういうのであれば……」
仕方ない、という口調のトカレヴァである。実はさきほど、アゾートが投げた雪玉が急に勢いを減じたのはトカレヴァのしわざだった。たとえ遊びでも、トカレヴァ・ピストレットは戦略的にいくのだ。
「雪合戦だ!」
「ゆきがっせーん!」
そこへ次々と、子どもたちの声が届き始めた。男の子も女の子も。全部で二十人前後はいようか。上は十二歳あたり、下は四歳前後のようだ。例の『バンカラ』服を防寒着の上に着ている子もいる。つぎはぎだらけの服であまり裕福そうに見えない子もあったが、いずれも明るく、眩しかった。
子どもというのは不思議なもので、いるだけで場が活気づく。それまでこの丘は、清いが寒々とした光景だったのに、瞬間的に温度が上昇したようであった。
村の子らを引率するのはレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)だ。教導団の制服で働く彼女の姿が、村人の『制服組』に対する偏見を、どれだけ和らげてくれたことか。何度かの接触を経て、レジーヌは村、とりわけ幼い子どもたちから絶大な支持を受けるようになった。レジーヌが特別な何かをしたわけではない。ただ、彼女らしく誠実に、優しく、子どもたちに接しただけのことだった。
「自然に子どもを引き寄せる魅力がレジーヌにはあるんだろうね。ねえ、退役したら小学校の先生か保育士さんにでもなる?」
茶化すようにエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)が耳打ちしたので、
「か、考えておきます……」
気恥ずかしげにレジーヌは下を向いてしまった。
そんな彼女の袖を、最年少の女の子が引っ張った。
「レジーヌ、雪合戦」
三つ編みの髪を毛糸の帽子から出した少女は、期待の籠もった目でレジーヌの瞳を見つめている。もう片方の、ミトンをはめた手でアゾートらを指していた。
「わかりました。頼んでみましょう」
レジーヌは約束し、アゾートに申し出た。
「あの……、良かったらこの子たちも混ぜてもらえませんか。雪合戦に」
「喜んで」
アゾートは二つ返事だ。
「だ、だったら二つのチームに分かれませんか? はう……私はアゾートさんと一緒のチームがいいです……」
照れ照れながらエリセルは、きちんと自分の希望も告げておくのを忘れない。(もちろん希望は通ったということを、あらかじめ書いておきたい)
そこまでは上手く行ったが実際チーム分けしようとすると、見た目が蜘蛛人間というせいか、子どもたちはエリセルに近づこうとしない。
(「ヒラプニラの村だからねえ……機晶姫というだけで怖がられることはなかったけれど、迷信深い人々にはエリセルの見た目が怖がられても仕方はないか……」)
かつて、ザナ・ビアンカ事件と呼ばれる出来事では、村を蜘蛛型機械が襲ったという話である。無論、塵殺寺院の機械とエリセルには共通点は少ないが、モチーフが蜘蛛なのは同じだ。怖がるなというのが無理かもしれない。
さてどうしたものかと、思案げにトカレヴァは腕組みした。
ここでエリーズが率先して動いた。
「うん。この人たちは友達だよ」
そう言って、エリーズはエリセルに手をさしのべていた。直接の面識はない。しかし、今、彼女が困っていることをエリーズはわかっていた。ほとんど考えずに進み出ていた。
「やめて下さい! そんな目で私を見ないで……!」
瞬時、エリーズの脳裏に苦い記憶が蘇る。
あのとき、エリーズは拒絶されてしまった。さしだした手を、叩き払われてしまった。
「私はクランジです! 殺人兵器です! 誰が何と言っても! 誰が何と……!」
彼女は……小山内南は、あの日、そう言ってエリーズを拒否したのではなかったか。
余計なお世話、だったのだろうか。
今まで味わったことのない感情――エリーズ自身はまだはっきりと認識していないが、『哀』とでも呼ぶべきものが、その胸の内をちくちくと刺した。
こんな想いをするのであれば、最初から何もしなければ……いや、違う。
(「自分が傷つくことを怖がっていて、傷ついた人を助けられるはず、ないよね」)
エリーズは気持ちを切り替えた。こんな強さがエリーズに芽生えたのは、きっと、彼女がレジーヌと共にあったからだろう。
だからエリーズは笑顔のままで、エリセルにさしのべた手をひっこめなかった。
「うん……はい、そうです。みんなとも、友達になりたいと思っています」
エリセルはしっかりと握手した。
「ボクもだよ」
二人が握った手に、アゾートが手を重ねた。
以心伝心というのか、このときのエリーズの姿から、レジーヌも南のことを思い出していた。
(「小山内さん……あのときは、私たちの思いははね除けられてしまったけれど……」)
でも、もう一度会ってみようとレジーヌは決めた。村から戻ったら、じき彼女の誕生日でもあるし、南のお見舞いに行こう。
これが奏功して子どもたちも、おっかなびっくりではあるがエリセルのそばにやって来た。
一番小さい子はエリセルを怖がらなかった。ミトンの手で蜘蛛足を軽く握って訊いた。
「この手でも雪玉、なげれる?」
「ちょっとそれは無理かも知れません。冷たいのには弱いので」
自然にエリセルは笑みを浮かべた。
「ところであと一人、雪合戦に混ぜてほしい人がいるんです」
レジーヌが改めて述べた。
誰? という声に、小走りで斜面を降り、木の陰にいる相手に呼びかける。
「コヤタさん。一緒に遊びませんか?」
コヤタ……村の少年だ。しかし訳あって、他の子どもたちから浮いた存在になっていた。けれどまだ十歳、本当は遊びたい盛りであることをレジーヌは知っている。
コヤタもまた、小山内南のように心に傷を負っている。それが彼をかたくなにしているのだ。今回の滞在でも、レジーヌは機会を見てはコヤタと話すようにしていた。そして少しずつではあるが、コヤタの傷が癒えつつあるのを知っていた。
拒否されたっていい――このときのレジーヌの心境は、エリーズが南について出した結論とよく似ていた。
レジーヌの頬に温かいものが拡がる。
下を向きながらではあるが、コヤタが、そっと木陰から出てきたのだ。
「仲間に入れて……」
消え入りそうな声ではあるが、少年はそう申し出た。
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