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サラリーマン 金鋭峰

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サラリーマン 金鋭峰

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第一章:金鋭峰、社内を探る。



 今回は、サラリーマンの話ということで、作風を変えてちょっとばかり社会派(?)を気取ってみよう。たまには真面目に語ることとてあるのだ。コメディしかやれないと思われていては困る。
 長く囁かれる不況、景気の低迷。政治も経済も、日本のシステムはすでに行き詰っている。
 なぜか? それは、『再生のための社会システム』をいまだ捨てきれないでいるからだ。
「そう……もう日本にはこんなにたくさんの建設会社はいらないんだよ」
 山場建設の社長室。
 本社ビルの高層階の窓から大宮の街並みを見下ろしながら、大石権造は一人ごちた。彼の眼下には、埋め尽くされるように林立する建築物がひしめいている。典型的な日本の街並み。そのどれもが、どこかの建設会社が携わり建てた建物だ。だがもう……、日本に新しい建造物を生み出すような場所はない。
 バブル期まではよかった。日本はまだたくさんの建物を必要としていたのだ。どんどん建ててどんどん人が住む。景気は上昇し建設会社は活気付き、次から次へと建物を建て続けた。そしてついに……、2008年の末頃に建築物の供給が需要を超えてしまったのだ。供給する住居の戸数が世帯数よりも多く、オフィス数は入居する会社の数より多くなってしまったのだ。これは現実問題の話なのである。それでもなお、日本は戦後の焼け野原からの復興のごとく、建物を建て続けようとする。建設会社の数はほとんど減らない。もう土地の残っていない狭い日本で、かつ人口は減り続けている。なのに建設会社は建物を建て続けなければならない。建てるのをやめると建設会社は倒産する。社員たちが路頭に迷う。だから談合で数少ない仕事を分け合って、順繰りに利益を得ていく。今や、そうやって何とか生き延びるしか他にないのだ。
「潰せばいいじゃないか」
 だが……、大石はうっそりと笑う。
 簡単なことだ。建物を潰してしまえばいい。そうすれば、建物を建て直すために、建設会社はまた仕事をすることができる。
 だから彼はテロリストと手を組んだのだ……。
 どんどん潰してくれ。どんどん建て直そう。それは、会社の利益になるのだから……。
「問題は、あの建設中のスタジアムだが……」
 あのスタジアムは、もちろん山場建設が責任を持って完成させる。山場会長と設楽専務を追い落とした後で、ゆっくりと。そしてそれは新しく専務になる自分の息子の手柄にでもしてやるか。やさしい親心である。それはまでは……。
「社長、失礼いたします」
 ノックとともに、一人の青年が部屋に入ってきた。最近雇った秘書の一人である平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)だった。とても優秀で機転のきく大石好みの秘書だ。もちろん、忠誠度も高い。
「社長、先日のテロで建設中のスタジアムが破壊された件ですが、保険会社から損害保険が下りるそうです」
「当り前だろう。我々は謎のテロリストに怯える被害者なんだからな。よく交渉してくれた。君の活躍は見事なものだな」
「ありがとうございます」
 恭しく礼をするレオ。
 そう、損はしない。
 スタジアム現場が破壊されたことにより、山場建設の株価も下落を続けている。山場会長を追い落とすために株を取得しているのだが、当然安いほうがたくさん手に入れることができる。その株価は、数ヵ月後スタジアムが完成した時には回復しているのだ。
 くっくっく……。と大石の顔から笑みが消えることはない。儲けるだけ儲けてやろう。もう自分を止めることのできる人物などこの会社には存在しないのだから。
「それから社長、金権党の腹黒汚職之介(はらぐろおしょくのすけ)先生がお見えになっております」
「お通ししたたえ。くれぐれも粗相のないようにな」
「かしこまりました」
 レオが部屋から出ていくのを見届けると、大石は再び眼下の街並みへと視線を移す。
(そう、日本にもうこんなに建設会社はいらない。数を減らそう。将来的には山場建設をどこかと合併させて、私がその巨大企業の会長に……)
 大石はバラ色の未来を脳裏に描いていた……。




「そのスーツ似合っているぞ、関羽」
「……」
「私も一緒に仕立てさせていただいた」
 シャリシャリ、シャリシャリ、シャリシャリ……。
「スーツというのは無個性の象徴と思っていたが、こうして見るとみなそれぞれに違うのだな」
「……」
「社員たちが蟻のように働いている。ただ朽ちていくためだけに。サラリーマンになどなるものではないのかもしれない」
 シャリシャリ、シャリシャリ、シャリシャリ……。
「それは、私へのあてつけか、英照。嫌なら帰るがいい。もう君には何も頼まない」
「……」
「失礼、そういうつもりではなかったのだが。時間がたつのは遅いものだな」
 シャリシャリ、シャリシャリ、シャリシャリ……。
 山場建設総務部庶務課。
 部屋の片隅で机を並べて鉛筆を削っているのは、金 鋭峰(じん・るいふぉん)関羽 雲長(かんう・うんちょう)、それに羅 英照(ろー・いんざお)の三人であった。一体、誰が彼らの姿を見て、シャンバラ教導団の長とそのパートナーたちと思うだろうか。庶務課の社員たちは、彼らにちらちらと視線をやりながらも、話しかけづらそうだった。金ちゃん達とて、庶務課に配属された以上頼まれればどんな雑務でも完璧にこなすつもりだったが、その鬼気迫る鉛筆の削りっぷりは、外界との隔離フィールドを作り出していた。
 そのうちに、だんっと机を叩いて関羽が立ち上がる。
「鋭峰。いつまでこんなことをやっているつもりだ」
「うるさいぞ、関羽。他の社員の方々に迷惑だ」
「これが仕事なのか? こんな鉛筆削りをするためだけにサラリーマンになったのか? いや、これは本当にサラリーマンなのか?」
「サラリーマンをなめるな、関羽。下積みが肝心だ、仕事も作戦行動もな。もうしばらく待っていろ。私の勘がまだ動くなと言っている」
 金ちゃんは、じれったさを表には出さずあくまで職人のごとく沈着冷静に職務をこなす。使いやすそうに尖がった鉛筆の芯の先が黒光りした。傍らには、綺麗に削られた鉛筆が山のように積みあがり出番を待っている。誰も取りに来てはくれないが。
「そう捨てたものでもないですよ。その鉛筆書きやすくて重宝してます」
 噂の新入社員の様子を見に来たのは、人事課長のルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)だった。金ちゃんたちの作業にそれ以上突っ込むでもなく、英照に視線をやる。
「ちょっと来てもらってもいいですかな。お呼びしている人がいますので」
 英照は、ルースの言葉に、誰が? とは聞かなかった。とにかくこの作業から開放される安堵感をかもし出しながら立ち上がる。無言で削りカスを片付けると、スーツをビシリ整えわずかに得意顔で金ちゃんに言う。
「では行ってくる。ジンはしばらく続けているといい」
「それから、関羽は人事部長が呼んでいます。行ってみればわかると思いますよ」
「人事部長だと? 何の用だ……」
 関羽は怪訝な表情をしたが、それでも別の仕事をすることやぶさかではないようだ。鉛筆削りよりははるかにましだと言わんばかりだった。
 それから、改めてルースは金ちゃんに声をかける。
「関羽さん、借りていっていいですよね?」
「どうぞ」
「ずいぶんと余裕のご様子ですな」
 ルースはそんな事をいいながら、英照と関羽とともに部屋を出て行こうとする。
「ああ、そうそう」
 彼は扉のそばで振り返って何気なく言った。
「現場を担当している下請け業者、まもなく倒産しますよ」
「何かを知っているようだな」
 金ちゃんが言うと、ルースはさあ? と頭をかいた。
「何か聞きたいことがあれば何でも聞きにきてください。あなたにその価値があれば、情報は生きると思いますよ」
 言葉が終わるより先に部屋の扉がばたんと閉じられた。
「……」
 そこへ。
「あ、あの……金ちゃん君……?」
 この庶務課の課長、鳥 耕筰(とり こうさく:年齢47歳、通勤時間一時間半、住宅ローン残債21年)が、やっとの思いで話しかけてきた。
「た、頼みたいことがあるんだけど、いいかな? みんな忙しくて……」
 金ちゃんが視線をやると、鳥課長はひいっ!? と猛獣に睨まれたような声を出した。それでも勇気を振り絞って続ける。
「ち……地下の資料室に行って古い資料を取ってきてほしいんだけど……いやそうかやっぱりむりだよね、いいんだ気にしなくて言ってみただけだからハハハ……」
「わかった、行ってこよう」
「ひいいいっっ!?」
 鳥課長はもう一度悲鳴をあげてから、え? と目をしばたかせる。
「鳥課長、心配しなくとも私は君の味方だ。遠慮なくなんでも言ってくれたまえ」
 金ちゃんが言うと、課長はハイ、アリガトウゴザイマスとビビりながら平身低頭になる。どっちが上司か全く分からない状況だ。.
 金ちゃんは、鉛筆削りの作業を中断すると几帳面にナイフや鉛筆をしまいこみ机の上をきれいに片づけてから立ち上がる。資料室のカギとメモを受け取ると、部屋を出ていく。
「……」
 息をのんでやりとりを見つめていた庶務課の社員たちが胸をなでおろすのがわかった。