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神楽崎春のパン…まつり 2022

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神楽崎春のパン…まつり 2022

リアクション

「ちびちゃん、ほらおそろい!」
 崩城 理紗(くずしろ・りさ)がコーティングしたコロネを耳の下に当てて、崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)に、にこにこ笑みを向ける。
「な、なにやってんの」
 ちび亜璃珠は驚きながら、理沙に近づく。
「ね、そっくりでしょ。ドリル〜」
「たべものであそぶんじゃない。あーもうほらチョコたれてる! 髪にもついてるしっ」
 ちび亜璃珠は、ぱくりと理沙のドリル――チョココロネにかぶりつく。
「これは、こういうふうにたへるんじゃないの。ホロネの生地の中に、用意した数種類のチョコレートクリームをホノみでトッピングして食へるの!」
 もぐもぐパンを食べながらなので、何を言っているのかよく解らない。
「でも、これで完成にしたら、誰が作ったのか一目瞭然でいいと思うんだけど。ドリル的意味で」
 理沙は首を傾げながら、残ったもう一つのドリルを食べる。
「確かに……でも、珍料理コンテストではありませんから」
 マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は2人のやりとりに微笑みながら、垂れたチョコレートを拭いたり、材料を用意してサポートしていく。
「ニルヴァーナで起こっている出来事に理解を持っていただき、また食事会を通して、その地に赴く人に親しみを持ってもらう……そうしてお互いに活力を溜めあう、私も大事なことだと思います」
 そう、マリカは主人の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)にも微笑みかける。
「そうね……しかしこの巻き具合が難しい。なんどやっても、思い通りの形にならないわ」
 亜璃珠はコロネ作成に、悪戦苦闘していた。
 レシピ通り作ればそれなりのものは出来る……はず。
 そう思って参加したけれど、パン作りは思いの他難しくて。
 ちび亜璃珠にまで頼ってしまっている状態だった。
「もう少し片方の端を細くしたらどうだ?」
 優子が近づいてきて、亜璃珠に軽くアドバイスする。
「そうね。こんなカンジかしら……」
「うん、発酵させたらいい感じになるんじゃないかな」
 頭の部分を優子が少し整えてくれた。
「というか優子さん、料理はできるのね……。あまり頓着があるようには見えなかったけど」
 ため息交じりにそう言うと、優子は『は』とはなんだと、笑みを見せる。
「ところで優子さん」
 亜璃珠が優子を不機嫌そうに軽く睨みつける。
「パーティを発案しておいて私は仲間はずれなんて許されないわ」
「ん? あ、ダイエット中だったっけ」
「そ、そう」
 きちんとダイエットしているかどうかは別として。
「というかあのダイエットメニュー! 他人の事を思ってるようで自分基準なのは相っ変わらずよね! 人にもできるものとそうでないのがあるって知ってるでしょうに」
 ぷいっと亜璃珠は横を向く。
「何怒ってるんだ? 出来ないなんてどうして決めつける。食事制限をせずに思い切り食べたいのなら、そしてこういったパーティに参加したいのなら、あの程度の訓練くらい、毎朝と晩、ちゃんとこなさなきゃダメだろ」
「訓練くらいとか、くらいとか……しかも朝晩? どういう頭してるのかしら。やっぱり優子さんの脳って、筋肉でできてるのかしら」
「妙につっかかるな……。ちゃんと食事摂ってるか? 無理なダイエットは危険だぞ」
 優子は少し心配そうに亜璃珠の顔色をうかがう、が。
「血色もいいし、見かけには表れてないな。あれからどれくらい体重減った?」
「……秘密よ。知りたかったら触って確かめでもすればいいじゃない」
 言い放って、亜璃珠は次のコロネ作成をしようと手を生地に伸ばした。
 途端。
 亜璃珠の方に伸びた優子の手の平が、彼女の腹にふにっと触れた。
「ど……どこ触ってんのよー!!!!!!」
 ドーンと亜璃珠は優子を突き飛ばした。びくともしなかったけれど。
「亜璃珠……そんな体じゃ、私の相方は務まらないぞ」
「べ、べつに私はロイヤルガードじゃないし」
「ロイヤルガードじゃなくても、こういうヤツもいる」
 ぺんぺんと優子が頭を叩いたのは伏見 明子(ふしみ・めいこ)だ。
 明子は今日は黙々と、黙々とただただパンを作っている。護衛とか警備とかではなくて。
「パラ実生だし、ロイヤルガードには程遠いが、アルカンシェルの防御壁と言われる存在だ」
「壁!? ……うぅまあいいや」
 思わず反応したものの、やっぱり明子は黙々とパン作りを続ける。
「とりあえず、亜璃珠には新メニューが必要なようだな。今年の夏の修行には一緒に行くか? 寺で精進料理と修行三昧! 楽しいぞ、刀1本で滝を逆流させたくてなー。っと、そろそろ焼かないとな」
 などと言いながら、優子はパン作りに戻っていく。
「くぅう……」
 ドンと亜璃珠は、拳をテーブルに叩きつけて、ドリル――コロネ生地をぺちゃんこにしてしまう。
「……まあ」
 大きく息をついて、皆に囲まれている優子に目を向ける。
 先月、美容院でカットした髪はまだショートのままだった。
 エプロン姿は似合っていないわけではないが、料理人には見えない。
 大人びた皆のお姉さんというか、お兄さんというか……。
 特別料理が上手いというわけではないが、こんなところでも、優子は個性的なカリスマを発揮している。
「そうやって自分の価値観で私にものを言ってくれるからこそ……っていうのはあるんだけれど」

「……しかしあのお二人はその、大丈夫なのでしょうか……」
 ちょっと離れた位置で見守っていたマリカは心配になってきた。
 亜璃珠はまだじっと優子を見ている。
「本気で怒ってるって事は、多分本気で考えてるからいーんですよ」
 理沙は生地をこねながら淡い笑みを見せる。
「嫌いな人にわざわざ声を荒げて取り合うなんて馬鹿馬鹿しい、っておねーさまなら言うはずなので!」
「……まあ、理紗様がそう仰るのであればよいのですが。喧嘩するほど、とも言いますし。ん? チョコレートが……」
「あー! チョコがボウルの中に落ちる! 変なことするからこういうことになる〜」
 ちび亜璃珠がぷんすか怒りながら、濡れ布巾で理沙の髪を拭く。
 マリカもまた、そんな二人の様子に軽く笑みを浮かべる。
「理紗様とちび亜璃珠様のやり取りを見る分には、分からないではないかもしれません」

「そうそう……えーと、アレナさん」
「はい?」
 大地は手を拭いて鞄をとると、食器の用意をしているアレナに近づいた。
「この間の写真が焼けたみたいなんですけれど、一枚要ります? 優子さんには……さすがにまずいなかなと思いまして」
 大地はそっと、アレナに写真を見せた。
 写真には、ネコ耳メイド姿の大地のパートナーと優子が写っている。
 黒猫メイドの優子は腕を組んで、困ったような表情をしていた。
「あーっ」
 思わず大きな声を出してしまい、アレナは慌てて自分の口を両手で押さえる。
「ほ、欲しいです。大きくカラーコピーしてお部屋に飾りたい、ですっ」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます……っ」
 大地とアレナは優子には内緒で、微笑み合った。

○     ○     ○


「……分かりました、円さん。こちらのことはお任せください」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、ヴァイシャリーの塔に向かった円からの電話を切ると、ドタドタ(颯爽)と、護衛対象の元へと戻った。
「パッフェルさんとティセラさんは他の用事がありまして、こちらには来られないそうです」
 ロザリンドがそう報告をすると。
「こっちは大丈夫だから、気にせず用事の方を優先してねって伝えて」
 代王の高根沢 理子(たかねざわ・りこ)がそう答えた。
「はい」
 ロザリンドは返事をした後、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)に目を向けた。
「乗り物というより、都心のビルみたい」
 ジークリンデはミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)と共に、ミルザムの護衛や、ロイヤルガードの皇 彼方(はなぶさ・かなた)テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)達に付き添われて、アルカンシェルに訪れていた。
(これで良かったのでしょうか。
 ……ティセラ・リーブラ……)
 ティセラにたいして、ロザリンドは複雑な想いを抱いていた。
 洗脳されて操られていたのは解っているが、ロザリンドはティセラが合成獣と共に村を襲った現場を見ていたから。
 彼女自身が命を奪うことはなかったが、帝国の手配で彼女に与えられた合成獣は沢山の命を奪い、村を滅ぼした。
 その時の光景が、どうして脳裏にちらついてしまい、ロザリンドはティセラと関わることをこれまで避けていた。
(いつまでもそうではいけないですよね)
 ティセラ自身が深く負い目を感じていること、そしてティセラの所業により心に傷を負った者がいるということからも、ティセラはこういう場に来にくいのだろう。
(見送りに来るそうですから、上手くお会いできるよう頑張りましょう)
 ロザリンドはそう心に決めて、今は護衛の仕事に集中することにする。
「ロザリー、いい匂いがするんだけど」
「仕事中ですから、つまみ食いはダメですよ」
「とゆーか、食べられないけどね、この格好じゃ」
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が深あくため息をつく。
 ロザリンドは、張り切ってパワードスーツを着ている。
 今日は、テレサもパワードスーツを着せられてしまっている。
 すっごい重要な任務と聞いていたので……怪我をしないためにもと、従ったのだけれど。
「これじゃ、パーティでパン食べられないー」
 パワードスーツを脱ぐのは非常に大変なのだ。
 特にこのパワードスーツといったら、もう……。
「にしても……えっと、その姿……どうしたの?」
 理子が微妙な笑みを浮かべて、ロザリンドに尋ねた。
「こちらは、百合園女学院仕様にカスタムしました、パワードスーツです」
 よくぞ聞いてくれたとばかりに、ロザリンドは得意げに話しだす。
 そうこれこそがか弱い乙女の身を守るために大事な鎧なのだと。
「全身を包むのでちょっとのことなら痛くないですし、パワーアシストもありますから、非力な私でもこの通り重い荷物持ったり、鉄棒曲げたりできるのです。
 百合園女学院もシャンバラ教導団と共同開発しまして、白百合団正式パワードスーツとか作るといいような気もするのですが!」
 熱く熱く語るロザリンドに、理子もミルザムもジークリンデも目をぱちぱち瞬かせながら、口を挟めないでいる。
 確かに、全身を包んでいる。
 ただ、百合園女学院仕様と言い張る彼女のパワードスーツは、色は可愛いが……形は、もはや人型ではない。
 カプセルから手足がにょきっと飛び出したような姿だった。
「いやね、百合園、白百合団って、こう、装飾が施された西洋甲冑とかの気がするんだけど。ピンクに塗って百合園のエンブレム入れてもパワードスーツでしかないっていうか」
「ですから、白百合団に新設するべきなのです。乙女パワードスーツ隊を!」
「駄目だこれ」
 テレサは諦めて、ロザリンドから離れて兜だけは外そうと努力する。
 せっかくのパーティだ。パンを食べずに帰ることなどできない。
「パンまつり……いえ、来年はパワードスーツまつりを行いましょう!」
「は、はあ……」
 ロザリンドの迫力に押されて、要人達は困り気味だ。
「脚力もつくとはいえ、坂道では転がった方が速そうだな」
 ぼそりと言った彼方に、ロザリンドがぎろりと目を向ける。
「走り下りているうちに、上半身の重さに負けて転んでしまいそうね」
 テティスもそんな感想を漏らす。
「問題ありません。転がった方が速いのなら転がるまでです。スペシャルローリングアタックを身につけましょう! それでも身体には傷一つつきませんから!」
「けど、気分が悪くなりそうだよな」
「酔い止めを常備しておけば、問題ありません」
「いや、ぶっちゃけくびれがないぞ? 表面もまっ平らだし。百合園生としてどうなんだ、それは?」
「脱いだらすごいので問題ありません」
「ううーん……なんか……負けた。パワードスーツは素晴らしいよ、最高だ。はははー」
 彼方は何故か遠い目をした。
「ご理解いただけまして、光栄です」
 ロザリンドは優美に微笑んだ……つもりだが、顔はほとんど見えていない。
 そんなカンジでロザリンドは要人達に、パワードスーツの魅力を余すところなく強引に理解してもらったのだった。