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神楽崎春のパン…まつり 2022

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神楽崎春のパン…まつり 2022

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 あらかた席が埋まったところでパン、パーティは開始された。
 要人が訪れているとはいえ、今年もとてもカジュアルな手作りパーティだ。
 クリスマスのような飾り付けも、凝った高級料理もないけれど。
 家庭的な味の――暖かな気持ちになれる料理が多い。
「ほら、席について」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、壁際に立っていたアレナを、席へと引っ張ってきた。
「今日は、皆で一緒に楽しむパーティだからな。一緒に食べようぜ」
 そういう康之も、先ほどまでパン作りに勤しんでいた。
 康之が作ったパンは、発酵させた丸型のパン生地の上部に、クッキーの生地を渦巻状に絞って作った、スイートブールだ。
「各テーブルに配る前に、アレナに」
 言って、アレナの皿に、自分が焼いたパンを置いた。
「ありがとうございます。康之さんも……私のパン、食べてくれますか?」
「勿論、全部欲しい! いや、皆のために1個で我慢するぜ」
「はいっ」
 アレナは笑みをうかべて、生クリームたっぷりのサクランボパンをトングでつかんで、康之の皿の上に乗せた。
「サンキュー!」
「それじゃ、いただきますっ!」
 アレナは紅茶を一口飲んだ後、康之が焼いたパンにかぷりと食べる。
(や、やっぱ、すげぇドキドキすんな)
 出来たてほやほやで、一番美味しいパンは、一番笑顔になってほしい子に食べて欲しいと思った。
 だが、口に合わなかったら……。
(笑顔に出来ないじゃねぇか。無理に笑わせることになったら)
 康之は緊張して、見守る。
 だけれど、その緊張は一瞬で終わる。
 アレナはすぐに、嬉しそうな笑みを浮かべたから。
「上の茶色の部分はサクサクしていて、パンはふわふわ柔らかで、甘くてとってもおいしいですっ」
「そっか、よかった。アレナのパンも楽しみだぜーっ」
 康之の心からの言葉と笑みに、アレナは「はいっ」と、より笑顔を浮かべる。 
「それじゃ、優子さんやジークリンデさん、アレナのダチ達に配ってくるぜ」
「あ、はい」
「……その前に」
 康之は開けてある自分の隣の席の皿に、そっと自分が焼いたパンを乗せた。
(ズィギル。ひでぇ奴だったけど、アレナはダチになりたいって言ってた相手だ。仲間外れにしたくねぇ)
 ティーカップにも、紅茶を注いでおく。
(思えばアイツと会って話した事なかったな。噂じゃ死んじまったらしいけど、生きてるうちに話をしたかったぜ。
 会えば何か変えれたなんて言わねぇ。それでも……)
 目を伏せて、康之は首を軽く左右に振った。
(もう終わっちまった事を考えてもしょうがねえか。せめて魂の状態でも一緒にいてアレナの笑顔を見ようぜ)
 心の中でアレナが友達になろうとしていた相手に、語りかけて。
「某さん来るんですか?」
「あ、いや某じゃない」
 康之のパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)は、今年は諸事情により訪れていない。ただ、彼が見つけたという『古代文字解読辞典の切れ端』は康之が預かって持ってきていた。
「ここはこのままにしておいてくれな」
 そう笑顔で彼女に言うと、康之はアレナの大切な人達の元にパンを配りに行く。
 アレナにとって大切な人である、優子、ジークリンデが笑顔なら、アレナは嬉しい。
 友人達が笑えば、もっと嬉しい。
 そんなアレナの笑顔が見れたら、自分もすごく嬉しいから。
(幸せの無限螺旋! 笑顔の輪でみ〜んな幸せ!)
「このパンも食べてくれー、自信作だぜっ」
 康之は沢山の笑顔を思い浮かべながら、皆の皿にパンを入れて回った。

「子供達も多いので、賑やかですね」
 壁の方で控えながら、舞花は興味深く会場を眺めていた。
「うん、いろいろあったからね。今日はほのぼの楽しみたいよね」
 同じく、壁際に控えている秋月 葵(あきづき・あおい)も、和やかな雰囲気を楽しんでいた。
「そうですね、色々と大変でしたね……。一般人との一時を、皆にも楽しんでもらいたいです」
 共に待機しているイリスは、会場内を監視しながらそう言った。
「ええ。皆さんにゆっくり楽しんでいただきたいです。あ……」
 舞花はスプーンを落とした子供の元に駆け付けて、新しいスプーンをとってあげる。
「うーん、あの子達は普通の子供っぽい?」
 その様子を見ながら、葵が呟く。
「ええ」
 葵とイリスにも優子からのメールは届いていた。
 迷惑集団が子供化して紛れているという内容と、客に知られないように始末……もとい、連れ出して欲しいというお願いだった。
「サイン貰いたいですぅ」
 魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)が、葵の服をくいくい引っ張る。
 アルは葵と共に、先ほどまで調理室でパン作りを頑張っていた。
 作ったのはサクサクとした食感や、バターの風味が楽しめるクロワッサンとデニッシュ。
 生クリームに苺をサンドしたクロワッサンは子供達に大人気だ。
「何度も脱線しそうになったけれど、ちゃんと頑張ったから、アレナさんからなら、サイン貰えると思うよ」
 アルはアレナのファンなのだ。
 料理はしたことがなかったけれど、悪戦苦闘しながらも、葵の指導の下、ちゃんと皆の役に立った。
「楽しそうですぅ」
 美味しそうにパンを食べるアレナや、ミルザム、ジークリンデ、セレスティアーナたちがパンと料理と、お茶を楽しむ様子に、アルはほわっと笑みを浮かべた。
「あ、1人減ってる……? それに、あの布って!?」
 ほのぼの給仕に勤しむつもりだった葵は、異変を発見してしまった。
 断固ほのぼのするつもりだったが、ほのぼの展開を崩す輩は放ってはおけないのだ!
 ほのぼのを護るのが、優子から葵達に課せられた使命でもある。
「また1人消えました。潜った、ようですね。ふふっ、悪い子たち……」
 イリスは黒い笑みを浮かべた。
「えっと、サイン貰うなら、今かな」
「はい? 貰いにいっていいですか〜」
「うん、行こっ」
 葵はアルの手を引いて、アレナの元に連れて行った。
「アレナ先輩。アルが先輩にお願いがあるそうです」
「はい」
 振り向いたアレナに、アルを任せて。
「あっ」
 わざと落したコースターを拾う振りをして、テーブルクロスの中に入り。
 中にいた偽子供達を発見。
「ちゃんと椅子にもどらないと駄目だよ。お行儀悪いんだから〜」
 などと可愛らしく言いながら『その身を蝕む妄執』で折檻!
「あら? コドモがうずくまっています。たいへん、イムシツにつれていきませんと(棒読み)」
 イリスがテーブルの下から、恐怖で震えている子供達を引きずり出す。
「ちょっと気分が悪くなっただけみたいです。ご心配には及びません」
 周りの人達にそう言うと、急いで子供達を医務室に連れていく。
「なんであなたはお洋服脱いでるのかな? ここはお風呂じゃないんだよ?」
 一緒にテーブルの下を覗いたクラウンは、素足の子供を発見して、問いかけた。
「生パンが手に入るんだ。そしたら装着するんだ。だから、ちょっとの間だけなんだ。でも、おねーちゃんがお風呂つれてってくれるのなら、一緒にいくー」
 とか言いつつ、子供はクラウンに抱きついてきた。そして、体にべたべた触れて、服の中に手を入れてくる。
「ううっ。つ、連れて行ってあげる。お風呂じゃなくて、説教部屋だけどねっ!」
 クラウンはそのまま子供を抱き上げて、ダッシュで会場を後にする。
 会場から出た後は、往復ビンタでとことん教育的指導を行った。
「このパン、百合園の女の子達で作ったんです」
「食べてください〜」
 更に葵とシャーロットは、パンが入ったバスケットを持って、怪しい台布巾を見せ合っている子供達の元に近づいた。
「いただきまぁーす。すりすり、ぺろぺろん。くんくんくぅん」
「わー、ほんのりあたたかくて、ふわふわやわらかむっちむちだねぇ、ぐふふっ」
 なんだか気持ち悪い反応だが、葵とシャーロットは微笑み続ける。
「手はきちんと洗いましたか? 汚れた手で食べ物触ったら、めっですよ」
 シャーロットが言うと、子供達は「超神聖なハンカチを持っているから平気♪」と答える。
 彼らの手の中には確かに可愛らしい布があるが……。
「美味しい? よかったね。ゆーっくり楽しんでね」
 にこにこ微笑みながら葵は『その身を蝕む妄執』で彼らの精神を地獄に送り込む!
 途端、子供達の顔は蒼白に変わり、がたがた震え出した。
「汚れた布巾回収するね♪」
「綺麗な布巾とお取替えします」
 葵とシャーロットは、子供達が握っているハンカチという名のパンツを回収して、何事もなかったかのようにそのテーブルを離れた。