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リアクション
「ですので、経済を衰退させない長期的な成長戦略が必要なのです」
要人席で、ミルザムは都知事らしく、経済について語っていた。
「……っと」
ミルザムは視線が自分に集中し、和やかな会話が途切れてしまっていることに気づく。
セレスティアーナは少し退屈そうだ。
「すみません。せっかくのパーティですから、何か明るいお話しをしましょう」
そう微笑みを浮かべて、ミルザムは桜パンを一つとって、半分に割りながら微笑んだ。
「流石ですね。なかなかの噂。いや、ホンマ凄いですなぁ」
そんなことを言いながら、近づいてきたのは瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だ。
「噂のミルザム・ツァンダ知事にお会い出来てホンマ嬉しいですわぁ。選挙の時の演説力を学ばせてほしいもんやわ」
彼はミルザムの近くの、空いている席に腰かけて彼女をじろじろと見だす。
「凄いですなぁ」
と言いつつ、見ているのはミルザムの胸だ。
「そうですね…………………」
ミルザムは遠い目をした。
そう、彼女が選挙に勝利した大きな理由は、このふくよかな胸にある。胸で演説したといってもいい。日本には胸は口ほどにものを言うということわざもあるように(注:嘘です)。
いや違う。そうではない。はずだ、多分!
ミルザムは首を左右に振ってこう言う。
「一生懸命パラミタと日本のために演説をしました。それが都民に受け入れられたのだと思います」
「そっかー。今日はじっくり学ばせてもらうぞ、美味いパン食いながらな」
裕輝は好物のチョコレートパンを自分の前の皿に乗せて、ミルザムの皿にも乗せようと手を伸ばした……。
「何でも聞いてくれ」
途端、旭がテーブルに肘をつき、裕輝の視線からミルザムを隠す。
「邪魔なんやけど?」
にこっと裕輝が旭に言う。
「顔以外の場所を5秒以上見たら退席、ちら見3回で退場だ。食べ物はまずオレが毒見させてもらう。護れるのならミルザムへの道を開けよう」
「彼女の胸を見ずに、演説を学べるわけないやろ?」
「想像で補え」
体を逸らしたり、手で相手をどかそうとしたり。裕輝と旭は攻防を繰り広げていく。
「おっとそう言えば、先ほど見知らぬガキから、パン…を預かったんや! ミルザムさんにプレゼントしたいそうなんだが、アンタ毒見するん?」
「当たり前だ」
と、旭は袋を受け取って、中身を取り出した。
「……」
「……」
そのパン…は白かった。
ふわふわで優しい肌触りだった。
「く……食えるかぁ!」
「はいはい。毒見の必要ないから、これ」
怒り出す旭の手から、にゃん子がパン、ツを取り上げる。
「どうしてこんなものが紛れたんだろうね。あ、気にしないで食べててね☆」
にゃん子は白パンをポケットの中にしまうと、不思議そうにこちらを見ているセレスティアーナ達に微笑んでみせた。
「やはり、何かがおかしい。本当にこのパン…が調理室で作られたものかどうか、調べてくる」
旭がゆらりと立ち上がる。
「あ、いや違うと思うけど、まって、一緒にいく!」
なにかやらかしはしないかと心配になって、にゃん子も優斗たちにその場を任せて、調理室に向かった。
「なんだったんでしょう?」
旭の後ろ姿を見ながら、ミルザムが不思議そうに言う。
「どうやら……パンではなく、ハンカチが入っていたみたいです。袋詰めの時に間違えたのかもしれません。青葉さんはそれを確かめに行ったのでしょう」
優斗はミルザムにそう説明しておく。
(ありえません……あれは、女性ものの、パンティーでした……)
気付いていたが、顔には一切出さず、優斗はミルザムに余裕のある笑みを見せていた。
「ミルザムさん、こちらの白いパン、美味しそうですよ」
そして何事もなかったかのように、ミルザムにもちもちの白いパンを勧める。
「いただきます」
「それ、実はオレが作ったんや」
嘘かホントか分からないような言い方で、裕輝が言った。
「……いただきます」
ミルザムは反応に少し困りながらも、白パンを食べて。満足そうな笑みを浮かべた。
「見かけ通り、柔らかくて美味しいです」
「うん、ちゃんとここの厨房で習いながら作ったからな〜。さて、と。これ、演説見させてもらった、お代として置いていくは」
裕輝は、ミルザムの胸を見ながら桜ペンダントを渡した。
「要らないもんだから。ただそれだけ」
「……はい?」
不思議そうな顔をするミルザムの前から「それじゃ、裏パンでも探しに行くか」などと、意味の分からないことをいいながら、去っていく。
「ありがとう、ございます」
礼を言った後、ミルザムは優斗に目を向けて首を傾げる。
「ミルザムさんとお話しがしたかっただけだったのでしょうか。素直にお礼が言えなかったのかもしれません」
そんな風に答えて、プレゼントを怪しみはしなかった、が。
「ミルジャムしゃん。パン…をお持ちしました! ふへへっ」
「こっちもどうぞぉ〜。ぐふげふふ」
子供が持ってきた袋入りのパン…に対しては。
「ありがとう。持ち帰りにちょうど良さそうだから、あとでお渡ししますね」
そう紳士的に微笑んで受け取って。彼方にパスしておく。
ちなみにこのパン…はこのまま彼方が持ち帰ることになった。
「お、優斗の奴はミルザムさんをエスコートしてるな……俺の席は」
少し遅れて会場に到着した風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、優斗たちのテーブルに近づこうとした。
「ん? まて、親父がいねえ!?」
親父――風祭 天斗(かざまつり・てんと)とは会場まで一緒に来た。
席をとって待っていてくれと言ってあったが……。
「ナンパに走っていることくらいは覚悟していたが、会場にいねーじゃねえか!」
嫌な胸騒ぎを感じて、隼人は会場から飛び出した。
「パン追加して、パンついかして、パンついかきぼう!」
「略してパンツイー! ぎゃはははっ」
アホな一般人の集団が騒いでいる。……パラ実生のようだ。
「貴様らはしゃぎすぎ、好みのパン…がないからって、はしゃぎすぎ」
その中には、モヒカン工作員のヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)も混じってる。
ほのぼのすることを目的に訪れたヴェルデだが、ほのぼのしているテーブルに混じったのなら、浮きすぎてしまい場の雰囲気を壊してしまうのだ。
だけどパラ実生のグループの中では、見かけは普通レベルなので、特に目立つことはなかった。
「バターロールとか、フランスパンとか、色気のねーパンばかりでさ。もっといろんな味を楽しみたいわけよ!」
「女の子が作った可愛らしいパン…とか、パン的なものが欲しいわけよ!」
パラ実生の誰かが言った。
「そちらは、優子さんと明子さんが作ったものですよ」
しかし給仕の少女がそう説明した途端。
「美味いッ、味なんかつけなくても、最高だぜ。ええっと、とにかくサイコーのなんかサイコーの最強パンだぜ」
「ほら、この頑丈な硬さとか簡単には千切れねぇところとか、作り主のそのものだな! すげぇパンだぜ、これは」
そんな感想に変わる。
「はーい、遅くなって申し訳ありません。皆さん良く食べますね、嬉しいです」
レキが沢山のパンと、ジュースやミルクを持って、現れた。
どんどん食べて―! と元気に言いたくなるけれど、レキは今日、百合園生らしく上品にふるまっている。
「どうぞなの」
及川 翠(おいかわ・みどり)もにこにこ笑みを浮かべながら、大皿に乗せてきたパンを、テーブルに置いた。
「やっと来たか」
ヴェルデは運ばれてきたパンの中から、食べやすいように包み紙に入れられた、白パンのBLTサンドと、チョコクロワッサンのセットを選ぶ。ルカルカ達が作ったパンだ。
「美味い。出来たてだとこうも違うものか……」
などとまともな感想を言いながら、茶とパンを楽しんでいたが、周りのパラ実生達はそれだけでは足りないようで。
パンを受け取りながら、ナンパに走り出す。
「うきゃー、可愛いなー! 若葉分校にも遊びに来いよ」
そんなことを言いつつ、男達はレキ達に携帯電話の番号を握らせる。
「ありがとなの」
翠は貰った紙を握りしめてにこっと微笑んだ。
「か、かわいい。可愛すぎる」
「ちょっと話をしようぜ、な、な?」
「君も君も」
少年達は翠とレキの手を引っ張って席に座らせようとする。
「仕事中ですから、また後日お誘いください」
丁寧に頭を下げると、レキはさらりと少年達の手を躱して仕事に戻る。
「翠、次のパン焼けたって。取に行くわよっ」
翠のことは、共に給仕をしていたパートナーのミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、阻んで厨房に連れていこうとするけれど。
「キミも! 一緒に食べようぜ〜」
ミリアも少年達に引っ張られてしまう。
「てめぇら、優子のダチにてぇ出すなよ」
しかし、遅れて現れた大男がそう言うと、「ちぇー」「仕事終わったら遊ぼうぜ」などと、少年達はあっさり翠達を解放した。
「いいか、てめぇら、オレみたいに紳士的に振舞えよ」
そう言う大男――吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は、ジュースの入ったジョッキを手にすると。
「おーーーーし、乾杯だてめぇら!」
大声を上げて。
「乾杯ー」
「かんぱーーーい!」
「おおーっ!」
パラ実生達と普段通りの乾杯をする。
一瞬、そのテーブル以外の席にいた人達は静まり返ったけれど。
「こっとちも負けずにカンパイするわよっ!」
要人席で、セレスティアーナと隣に座っていたボーイッシュの少女が楽しそうに真似をしだして。
ジークリンデやミルザムも笑みを浮かべていた。
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