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リアクション
第1章 守るべきもの 1
ニヌアは南カナン最大の街にして、首都である。
領主邸のあるその街は、一国の城下町のように新旧の住宅地と店が所狭しと並び、大通りがその中央を突き抜けている。
征服王に支配されていた頃はそんなニヌアも死せる街のようなものだった。南カナンそのものが砂漠化して枯渇したこともあって、住民は閉鎖的な環境に閉じ込められることを余儀なくされたのだ。それだけではない。ニヌアは南カナンに降り注いだ〈災厄〉――モートとの度重なる戦いにもその舞台として晒された。一度は住民たちが大勢、ニヌアから避難せざる得ない事態にまで陥り、首都はモートに支配されたのだった。
だが、それも今となっては過去のこと。
無論、街にはその名残としていまだ被害の跡がある街並みが残っているが、イナンナの力が復活したことで、再び緑化した南カナンの住民には活気が戻り、着々とその復興は進んでいたのだった。
だがしかし、今またニヌアに脅威が押し寄せている。
モートの放った《影》――魔法生命体シャドーたちは、人間の魂を集めるためにニヌアへも迫っていたのだった。
「ぐっ、おおぉっ!」
シャドーの攻撃を広刃の剣で受け止めると、老成した戦士はその力を押し返して叩き伏せた。
本来ならその刃はシャドーには効かぬが、魔法が付与されているいまは有効的な武器となる。光の輝きを帯びた白刃が、シャドーを一閃した。
なんとか敵を倒したものの、戦士の体には疲労がへばりつく。気合いだけは誰にも負けないが、どうにも体がついていかないのだった。
(まったく……歳は取りたくないものですな)
戦士――ロベルダはそう心の中でため息をつきながら、次なる敵を探して剣を構えた。
本来はすでに引退した身の男である。かつては筆頭の戦士として南カナン軍で名を馳せたが、今は領主の傍に務める右腕にして一介の執事だ。ブランクもあるが、体力が一番のネックだった。老人となった今は、かつてのような体力もスピードもない。衰えは確かだった。
それでも、ロベルダは前線に出ることを選んだ。確かに衰えはあるが、そんじょそこらの若造には負けない自信があった。事実、確かに彼の動きには老獪な戦士ゆえの的確で計算されたものがあり、単なる一般兵士には負けず劣らない。
襲いかかるシャドーの動きを一瞬で見極め、相手の動きに合わせて刃を叩き込む。こちらは最小限の動きだ。戦い方は変わっても、彼の強さは確かに存在する。
しかし――気が緩んだとき、ロベルダに迫っていたのは数体のシャドーだった。
「ロベルダさんっ!」
仲間の兵士たちの声が遠くから聞こえてくる。
助けに入ろうとしているのだろうが、その距離では間に合わない。一体はロベルダ自身が討ち倒したが、その間に敵の攻撃は迫っていた。無理だ。これでは――。ロベルダが覚悟を決めたその一瞬。
ヒュンッ!
目の前で、白銀の音とともにシャドーが両断された。すかさず、刃が踊る。二体、三体と、長剣の刃はシャドーを斬り屠った。そして地に倒れたシャドーたちの中央に立っていたのは、一人の男。
「おやっさん、手伝いに来たぜ!」
金髪を靡かせたその男は、ぐっと親指を立てた。
「シャウラさん!?」
ロベルダは目を見開きつつその名を呼んだ。
シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)。かつて共にカナン戦役を戦った若者は、いまだ少年の面影を残す生意気そうな顔で頼もしく笑った。次の瞬間、背後に迫っていたシャドーに振り返りざま剣を振るう。腰から両断されたシャドーは地に落ちて、そのまま泥のように変化、霧散して消えた。
「シャウラ、突っ走りすぎですよ。少しは後ろを考えてください」
「しゃーねーだろ。ロベルダのおやっさんがやられそうだったんだからよ」
ロベルダの後ろからやってきたのは、シャウラのパートナーであるユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)だった。
さらに、彼の後方からたくさんの兵士たちが前線に飛び込んでくる。どうやらシャウラたちは彼らを率いて増援に駆けつけたようだった。ありがたいことだ。実際、徐々に増えてくるシャドーたちにロベルダたちはこの数で戦えるか不安だったのだ。
しかし、多少気がかりなこともある。
「街の方々の避難は?」
ロベルダはシャウラたちが担っていた任務について尋ねた。
「すでに、騎士団の皆さんが避難させています。まだ全てを終えたわけではありませんが、こちらの小型飛空挺もお貸ししましたし……少しずつですが住民は退去されていますよ」
老獪の戦士の不安を感じとったのか、ユーシスは安心させる笑みで答える。
「つっても、敵に入られたらそれもおじゃんだしな。オレたちも前線で戦うぜ」
シャウラは剣を軽く振って構えてから、目の前の敵を見据えた。
「うむ……心強いですな」
住民の退去が順調に進んでいるならば、心置きなく戦える。
しかも今度は頼もしい仲間が傍につくのだ。その精神的支えはこれまでの比ではなかった。
襲い来るシャドーに向かって、三人は陣形を取って迎え撃つ。シャウラとロベルダは前に飛び出て、ユーシスは後方から弓矢の援護攻撃だ。もちろん、彼らの武器にもそれぞれ魔法が付与されていた。
シャウラは自らウルクの剣に火術を放ち、炎の力を帯びた刀身で次々とシャドーを斬り裂く。ユーシスが放ったセフィロトボウからの矢が、さらに迫ってくるシャドーたちを貫いた。そして、ロベルダは老体とは思えないスピードで斬り込んでいく。シャウラたちのおかげで気力を取り戻したのか。その一瞬だけは、かつての様を呼び起こしていた。
「さっすがおやっさん。腕は衰えてないぜ」
「おやっさんてあなた……仮にも一国の重臣になんて口を……」
「良いのですよ、ユーシスさん」
口笛を吹いたシャウラをユーシスが咎めようとしたが、ロベルダはそれを制した。
「堅苦しい言葉など、シャウラさんと私の間には無用です。それに、シャウラさんからいまさら恭しくされても……なんというか、むず痒いですな」
「そういうことっ」
温かく笑うロベルダの言葉に、シャウラは二カッと笑った。
(まったく……)
そんな二人の関係をほほ笑ましくも思いつつ、ロベルダはため息をつく。
ゴオオオオォォォ。
頭上で激しい駆動音がし、突風が吹きつけてきたのはその時だった。
「あれは……」
ニヌアの上空を滞空する巨大な影。
それは、かつてイナンナの名の下にモートとの戦争で活躍したとされる南カナンの守護神――エリシュ・エヌマだった。
●
「対地上魔法粒子砲――発射!」
艦長席に座る女が告げたと同時に、エリシュ・エヌマの砲台から粒子砲が発射された。
それはニヌアの街上空を通って、前方の大地に降り注ぐ。一本の線が地上を走ったと思った瞬間、爆発が迫っていた《影》の軍隊を一掃した。
それをモニターで確認すると、オペレーターたちの声が艦内に飛び交う。
『敵魔力反応、52%を除き消滅。残存敵部隊、ニヌアへ向けて進行します』
『魔導回路危険値上昇。エネルギー充填率23%。次の発射可能域まで一二〇〇秒です』
『エリシュ・エヌマ、反動数値に異常なし。前進可能です』
それらの声を耳にし、また、自らの前に表示される画面を見下ろしながら、女は静かに考えた。
(機体パフォーマンスは上々か。でも、いつまでもニヌアにとどまるわけにはいかないわね)
作戦行動はそう設定されている。
女――
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が指揮するこのエリシュ・エヌマは、そもそもが前線で戦うような攻撃用戦艦ではないのだ。本作戦においては、むしろ各種通信網の中継点となる役割を担っている。そしてそれに伴って、同時に住民の避難手段もだ。
(さっき、ニヌアの住民は避難を終えたっていう報告が入ってた。――とすると、タイミングはそろそろね)
ローザマリアは顔をあげて、キッと正面を見据えた。
「エリシュ・エヌマ――発進!」
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