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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第4章 アバドン=エンヘドゥ 3

「道は我らが切り開いてみせる」
「が、頑張ります! が、がんば……頑張りますぅ〜!?」
 ルカたちをアバドンへと接近させるために最前線に飛び出していたのは、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)だった。揚羽はエンデュアによって魔法の抵抗力を高めると、爆炎波を放ちながら敵へ突っ込む。炎に包まれて焼き払われるアンデットの中で、みことはしかし炎から逃げ惑っていた。
「おい、さる。何をわちゃわちゃ遊んでおるか」
「だ、だってぇ〜!」
 涙目になりながら訴えるが、それでもみことは自分の役目を忘れてはいない。
 言いながらも、彼女は聖なる巫女の力――バニッシュによってアンデットたちを浄化していた。
 聖なる光に包まれたアンデットらはその身を光によって失っていく。さらに彼女は浄化の札を放って次々とアンデットを各個撃破していった。
「ふん……考えてみれば哀れな存在よ。邪悪でしかないものとはな」
 そんなみことを横目で見やり、そしてアンデットたちを一瞥して揚羽は言った。
 元々はこのアンデットたちもどこかの魂から生まれたのだろうか。考えてみるが揚羽にも分からない。ただ、ならばせめて……と彼女は思うだけだった。せめて――この手でこの世から滅してやろうと。
(悪く思うなよ。セテカのためなのじゃ)
 揚羽は東カナンで薬草を待っている騎士のことを考え、再び爆炎の嵐を放った。
 仲間たちがそれに続くように少しずつアバドンへと距離を近づけていく。道を開く者。エンヘドゥへと呼びかける者。仲間たちを守る者。中心にシャムスを置いて、彼らは陣形を取っていた。
 そんな彼女たちから離れたところでは、
(……はぁ。まったく勘弁してほしいよ)
 アバドンを見ながらため息をつく若者がいる。
 セテカの悪友にして契約者たる若者は、半ば気だるそうに敵を見ていた。時々、襲いかかるアンデットがいるが、それも軽くいなして無光剣で斬り倒し、ガリガリと頭をかいた。
「あ、あの祐一さん……機嫌……悪い……?」
 そんな彼――矢野 佑一(やの・ゆういち)を心配して、パートナーのミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が訊いた。
 一見すれば女の子にも見えなくはない金髪の大人しそうな少年だ。アリス族という幼い姿をした種族の彼に、
「悪くないよ。全然」
 祐一は全くそう見えない雰囲気で答えた。
「あ、あぅ……でも、なんかオーラというか、悪い気というか、そういうのが漏れてる気が……」
「あー……気のせいだよきっと」
「…………」
 絶対そんなことはないと思うのだが、ミシェルは黙るしかなかった。
 少し半泣きである。
「佑一、そう悪魔顔負けな瘴気を出すな」
 そんなミシェルと祐一のやり取りを見ていた同じくパートナーのシュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)が、悪魔とは思えない軽いノリで言った。
「だから出してないって」
「セテカが死にかけるのはもはやデフォだろう? 慣れろ慣れろ。死んでも治らないとはこの事なのだからな」
「……いやまあ、そうなんだけどさ」
 黒革の眼帯をつけた悪魔に言われて、祐一は絞るように答える。
「そう……セテカは死ぬ事には慣れてるから、しばらく死にかけてても大丈夫、よね?」
 彼らの会話に割って入ったのは、これまた祐一のパートナーであるプリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)だった。
 花妖精ゆえ、彼女も幼い少女のような姿をしているが、まだアリス族であるミシェルよりはいくぶんか年上だった。人間にして18歳程度に見えるが、実際の年齢もそう変わらないらしい。
「ひどいなぁ、プリムラ」
 祐一が言うと、プリムラはなんの感慨もなさそうに首を傾げてみせた。
「そうかしら? 何度言っても心配かける男のほうがタチが悪くない?」
「それってセテカのこと?」
「……自分の胸に聞いてみたら」
「……?」
 訳がわからず祐一は黙る。
 プリムラは呆れたようにため息をついた。
「とにかく……ま、シルバーソーンを手に入れるために、頑張るか。シャムスさんたちをバックアップしないとね」
「そうだな」
 祐一が気分を入れ替えたのに答えて、シュヴァルツはその場からいなくなった。
 いや――正確には、ブラックコートで気配を消したのだ。彼らの目的はセテカを救うためにシルバーソーンを手に入れることだが、それは同時にシャムスを守ることでもある。それぞれが気配を消して、彼女の護衛に回るつもりだった。
「エンヘドゥさんも傷つけないようにね」
「了解よ。あなたも気をつけなさい。特に自分の身をね」
「……?」
 プリムラが言った言葉がまた分からず、首をかしげる祐一。
 二度目のため息をついて、プリムラは自分もブラックコートで気配を消した。
「じゃあ、ミシェル、いこうか」
「は、はい!」
 祐一も彼らの後を追うつもりだ。
 その前にミシェルに呼びかけて、彼はブラックコートで気配を消す。ミシェルも同様に隠れ身の技で気配を消して、彼らは音もなく領主たちの護衛に回った。



 契約者たちの手は徐々にアバドンへと近づいているが、それは同時に敵の猛攻も激しくなるということだった。
 痛みというものに鈍感なアンデットが容赦なく猛威を振るい、アバドンの剣が振られるたびに闇の魔法が彼らを襲う。それをなんとかかいくぐって、契約者たちはアンデットを蹴散らしていった。
「誰一人として欠けさせたりしない……絶対に……」
 その中にいて、刀を振るう少年が自らの心を確認するようにぼそりとつぶやいた。
 いや――実際は彼は少年ではなく少女だ。ヴァルキリー種族の笹野 冬月(ささの・ふゆつき)
 だが彼女は、自分の思考や感情を詮索されるのがイヤで仕方なく、あえて男として生きていた。
「あまり気負いすぎるな、冬月。あんたが死んだら元も子もないだろ」
 そんな冬月に言葉をかけたのは難波 朔夜(なんば・さくや)だった。
 何故か未来から来てしまって自分自身と契約したというややこしい人生を歩んでいる彼は、気だるそうにしながらも的確に敵を叩きつぶして回っていた。
「でも……」
「いいから平常心で戦え。連中のために道を作ってやるんだ」
 言いかけた冬月を制して、難波はぴしゃりと告げる。
 少しムッとした冬月だったが、彼は反論するのも仕方ないと感じたのかこくっと頷いた。それに、別に朔夜の言うことが分からないほど子供なわけでもない。確かに少し感情にまかせて突っ走っていたところがあった。
 一度心を落ち着けると冬月は再び敵へ斬りかかる。今度は先ほどよりも相手の動きをよく見切れている実感があった。
(誰が欠けても、バァルはきっと哀しむ……俺が、絶対にそんなことをさせない)
 それでも心中の思いは変わらない。決意を胸に秘めて冬月は奔走した。
 そんな彼らからそう離れていない場所で、同じく戦う影がある。それは彼らをパートナーとしている契約者の笹野 朔夜(ささの・さくや)だった。
 だが、どこか普段の彼とは微妙に雰囲気が違う。
 目に見えて分かるなにが……というものはないが、朔夜の瞳はわずかに儚げな色を宿しているように見えた。
「ふふっ……私、アバドンさんみたいに闘わない方を人質を取る無粋な事をする方って嫌いなんです」
 そんな朔夜がぼそっと囁いた言葉。
 誰にも届かなかったはずのそれに、彼女の心の中で反応する声があった。
(そうなんですか?)
「ええ、虫酸が走ります。ですから――さっさと退きやがれ、です♪」
 心の声は――朔夜自身のものだった。
 なればそこにいるのは誰か? それは奈落人に他ならない。
 奈落人――笹野 桜(ささの・さくら)。ナラカで見つけられなかった旦那の探すついでに、朔夜に借りを返しにきたという未亡人にして妖孤の奈落人は、朔夜の体を支配しているのだった。
 彼女の放つ雷術や凍てつく炎などの多彩な魔法がアンデットたちを焼き尽くし、氷漬けにさえしていく。
 そこに加わるようにして、氷結の魔法を叩き込んでいくのは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だった。
 黒髪の下にある澄んだ青い瞳は、ただ一点――アバドンを見据えながら、彼はブリザードで周りのアンデットたちを蹴散らしていく。
 その胸中にあるのは、いまも苦しんで帰りを待ちわびるセテカに、それを見守るバァル・ハダド(ばぁる・はだど)だった。
(本当なら、みんな殺してやりたいのはやまやまですけど……)
 遙遠は憎悪をたぎらせながらそんなことを思う。
(でも……バァルさんが哀しむようなことは絶対に避ける。そのためにも、エンヘドゥさんを傷つけさせるわけにはいかない!)
 だから遙遠は、エンヘドゥへと必至に呼びかける仲間の契約者たちをサポートして、彼らの声が届くように道を作るのだった。
(そして――必ずシルバーソーンを!)
 遙遠は決意を胸に刻むと、更なる猛攻を与える。
 どんどん進行していくシャムス部隊がエンヘドゥにようやく接近したのは、それからそう遅くない頃だった。
「みんな、任せたぜ! いけぇぇ!」
 前に飛び出した夏侯 淵(かこう・えん)が決定打となる一撃を放つ。
 光明剣の振るわれると光の力がアンデットたちを浄化し、そこに一本の道を作った。
 仲間たちはすぐにそこを駆け抜けて、アバドンのもとに向かう。
「ねぇエンヘ様、約束したよね。大学で一緒に勉強して、シャムス様の力になれるように、がんばろうって!」
 澄んだ瞳をした少女が、アバドン=エンヘドゥに向けて叫んだ。
 ずっとエンヘドゥやシャムスと一緒にこれまで戦ってきた契約者の少女――神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)だった。日本人形のように端整な容姿が、いまは必死な呼びかけのために激情で歪んでいる。かけがえのない友人を助けたいと願う授受の瞳は、真っ直ぐにアバドンを――いや、アバドンの闇に隠れたエンヘドゥを見つめていた。
「エンヘドゥ! あなたの中には……闇の痕跡よりもっと多くの光の欠片があるはずよ!」
 そんな授受に続くように、ルカが言う。
「それは思い出、祈り、信頼――あなたがこれまで得てきた、かけがえのないもののはず! だからお願い! ……それを一つ一つ繋いで……アバドンを追い払って! あなたなら出来るはず! 私たちが導くから!」
「くっ……だ、黙れ!」
 仲間たちの呼びかけがアバドンの中のエンヘドゥを目覚めさせようとしているのか。
「エンヘドゥ! お前は、こんな所で誰かの人形になるつもりは無いんだろう!?」
 ルカたちに続くように、断罪の覇剣『ツュッヒティゲン』でアンデットたちを蹴散らした正悟が叫んだ。
 その青い瞳は真っ直ぐにアバドンとその向こう側にいるはずのエンヘドゥを射貫いている。かつての友人が唱えた言葉に、エンヘドゥの心がどくんと脈打った。
 いつか、いつか決着をつけるときが来ると正悟は思っていた。
 それにはいま、エンヘドゥ自身の心が抗うことが必要だ。そのために自分が出来ることを――彼女に呼びかけることに、正悟は全力を注いだ。彼女には、自分で抗えるだけの芯が、心の強さがあるはずだから。
 彼女の心を支配している奈落人は、正悟の言葉で苦しさに顔を歪める。
「あたし、シャムス様もエンヘ様も大好きだよ……。大学にいる間はあたしが護るし、闇に呑まれやすいのなら、あたしがお日様みたいに照らすわ!」
「黙れと言っている!」
 アバドンが怒りに任せて剣を振るう。
 ぶぉん――風を切って迫った闇の刃が授受を斬り裂こうとした。
「きゃああぁっ!」
「ジュジュッ!」
 だがその前に、授受のパートナーであるエマ・ルビィ(えま・るびぃ)が横から飛び出して、彼女を抱きしめながら転がった。
「無茶はしないでください」
「でも……エンヘ様が……」
「あなたが死んだらエンヘ様も哀しみます」
 エマに言葉に授受は一瞬口をつぐむ。
「わかった。でも、エンヘ様を取り戻すのは諦めないよ」
「ええ、もちろんです。あなたの命はわたしがお守りします」
 心を奮い立たせて立ち上がった授受に、エマは自分も決意に満ちた顔で言う。
 こうして誰かが……みんなが彼女を待っているということを、授受は伝えたかった。
「人の心の弱さを知っている人間は、それを受け入れ、その弱い自分と向き合うことで強くなっていくんだ」
 彼女たちに続くようにレン・オズワルドが言う。
 彼はいつもそうであったように、今までもそうであったように、エンヘドゥに声高に叫んだ。
「俺もそうだった。そしてエンヘドゥ、お前もそうあるべきだ。自分自身から目を背けるな。お前は決して――守られるだけの存在じゃないッ!!」
「皆が待ってるよ エンヘ様。シャムス様のところに帰ろう? だからお願い! エンヘ様……起きて!!」
「……貴様……ら……ッ!」
 授受やレンの呼びかけに、次第にアバドンはその身を屈しはじめた。
 その心の中で変化が起きているのだ。何かが、闇を蝕んでいる。いや、蝕んでいたはずの闇を、押し返そうとしている。
「くっ……ば、馬鹿な……っ!」
 闇に抗おうとする心に、アバドンは辛酸を舐めたように焦りを見せた。