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シルバーソーン(第2回/全2回)

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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第5章 解放の時 3

「なに……ッ!?」
 アバドンは驚愕の声をあげた。
 それは黒夢城を巡回する魂のエネルギーが徐々に減少をはじめたからだった。壺の中に吸い込まれていた魂も止まり、どこかで歯車のようなものがガコンと音を立てて止まる。幻想的な魂の音はまだ聞こえているが、それも次第に小さくなりはじめていた。
「な、なんだ……いったい……何が起こったというのだ!?」
 怒りと焦燥から憤怒の表情に顔を歪めるアバドン。
 だが、シャムスたちはそれが何故に起こったことなのか、自然と理解していた。
「みんなの力よ……」
 ルカがアバドンを睨み据えて言う。
「なんだと……?」
「街を襲うシャドーを迎え撃ってる……みんなの力……。あなたの野望もこれまでよ、アバドン!」
「ク……ッ!」
 魂のエネルギーはアバドンにとって己の力の糧であった。
 だが、それもいまはない。しかもエンヘドゥさえもが自分の支配下から逃れようとしている。
 アバドンはその美しい顔で歯噛みしながら、その瞳に激しい憎悪の色を浮かべていた。




 モート側についている契約者たちとカナン側にいる契約者との戦いはいまだ続いていた。
 両腕にある流体金属製の義腕『フリークス』を用いて、月谷要は竜造へと乱打を叩き込んでいく。
「要さん、気をつけて!」
 そんな彼に声を震わせて呼びかけたのはパートナーの霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)だった。
 要とは恋人関係にある強化人間の娘は、要のその感情の高ぶりを心配していた。いつもは飄然としていて物事を軽く受け流す要は、このときばかりは激情で顔を歪めている。
「わかってる!」
 彼は答えたが、それは苛立ちを半分含んだものだった。
「母さん……親父は……」
 そんな要を見て、同じパートナーの月谷 八斗(つきたに・やと)が不安げに悠美香を見上げた。
 未来からきたという悠美香と要の少年は、いつか自分の父親になるはずの青年を悠美香同様に心配している。そんなところを見ると、彼が確かに悠美香の息子であるということをにわかに感じさせられるのだった。
「八斗も、要さんが暴走しないように見ていて。あの人……後先が見えなくなるとなにをするか……」
 悠美香の言った言葉に、八斗は力強くうなずいた。
「あんたにやられたのはまだ忘れちゃいないぜ。必ず這いつくばるまでぶちのめしてやる」
 要は竜造に義脚の蹴りを放ち、そこからさらに脚部に搭載されている銃器で無数の弾の嵐をぶちこんだ。
 だが、竜造は刀を振るってたくみにそれをたたき落とすと、距離を取る。
「おいおい、俺なんかに構ってていいのか? セテカってやつはシルバーソーンがないと死んじまうんだろ? こんなところでのんびりしてていいのかよ」
 彼はにやりと笑いながらからかうように言った。
 むろん、本気で思っているわけではない。単なる余興であり、かつそれによって相手が動揺すれば隙が出来るという彼なりの本能的な戦法だった。
 しかし、要はそれに気丈な目を返してみせた。
「悪いけど俺には信頼する仲間ってのがいるんだよ。臭いことはあんま言いたくないが……そいつらを信じてるのさ。もちろん――セテカもな」
「……ふん」
「だからいまは……お前を倒すことに全力をそそぐ!」
 要は竜造へと飛び込んでいく。
 そこに、さざれ石の短刀を持った無言の男――松岡徹雄が動きだそうとした。
「おっと、邪魔はするなよ」
 だがそれを防いだのは、徹雄の前に現れて仕込み番傘の紅鉄傘を突きつけたルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)だった。
「…………」
「あれだけ派手にやってくれたんだ。最低限の落とし前位は付けさせて貰うぜ?」
 ルーフェリアが言うのはアバドンの所行のことだったが、そこにはそれ以外の意味も含まれていた。
 竜造と要のことや、彼らがこれまでやってきた殺戮と破壊。それに――彼女なりの気まぐれだ。
 要がもしも感情にまかせて暴走したとしても、それを止めるのは自分の役割ではない。それは悠美香、そして八斗の役目だ。ルーフェリアが出来るのは、せめて要の邪魔をさせまいとすることと、この怒りの行き先を見つけてそれをぶつけることだった。
「いくぜ、無口野郎!」
 超高速で移動したルーフェリアは紅鉄傘のパイルバンカーをぶち込む。
 それから零距離とも言える範囲で彼女は散弾銃を発砲した。散弾の嵐が降り注ぎ、徹雄は吹き飛ばされる。しかしそれでも、彼は疾風迅雷のごときスピードで散弾を叩き、致命傷だけは逃れていた。零距離で放たれた弾丸にそれだけの動きだ。無茶な動き方をした代償か、右腕だけは血だらけになって負傷していた。
 少し――ほんのわずかであるが、徹雄が笑ったような気がした。
 それからルーフェリアと徹雄の戦いは続く。散弾と短刀のぶつかり合いが無数の火花を散らした。
 そんな彼女たちからそう離れていない場所では、
「くっ……こいつ……」
 伊吹藤乃を相手に、柊真司が戦闘を繰り広げていた。
「主、気をつけよ。奴は普通ではないぞ」
 真司の両手が握る大剣が、そんな声を囁いた。
 彼が握っているのは単なる大剣ではない。ナノマシンによってその肉体を構成されるポータラカ人――ソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)が集合状態として変形している姿なのだ。
 恭しく進言された真司は、それに素直にうなずいた。
「ああ、すごい瘴気だ……下手したらこっちまで闇に取り込まれそうなぐらいのな」
『取り込まれたほうが、真司の人付き合いの悪さが解消されていいんじゃない?』
 またもや人ではないなにかから声が聞こえる。
 それは彼の纏う衣服の下にあるウェットスーツからだった。流体金属で作られたそれは無形のもので、真司の意思によってその姿を変える。その正体は魔鎧にして真司のパートナー、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)であった。
「馬鹿言うなよ。これでも俺だってそれなりに……」
 人付き合いが悪いと言われたのが勘に障ったのか、苦い顔で真司が言う。
「与太話してる場合じゃないぞ、くる!」
「!?」
 その間に、藤乃が接近していた。
 頭上から叩き込まれたアサルトハーケンを間一髪で避けて、体勢を立て直す真司。
「フ、フフ…………私は誰……?」
 そんな彼に、藤乃は囁きかけるように言った。
 いや――もはや彼に向けて言ったのかどうかすら定かではない。その瞳はひどく虚ろで、宙を見ている。まるでここではないどこか遠くを見るように、彼女はゆっくりと前に歩きながら誰かでもない、自分でもない、虚空へと問いかけていた。
「私は伊吹藤乃……? 私はセシリア・ナート……? 私は屠・ファムルージュ……? 私は……」
「な、何を……」
「私は――あなた?」
 瞬間、藤乃は真司へと迫る。
 圧倒的なスピードに思わず押し込まれるが、それでもなんとか彼はソーマの剣で藤乃が叩き込んでくる無数の刃を防いでいた。むろん、こちらからも反撃を加える。彼女の体に傷を与えることもあった。だが、藤乃はまるで痛みというものを感じていないかのように、勢いを止めることなく彼に挑んできていた。攻撃を与えられても、火遁の術で皮膚をやきつけて傷口を防ぐ藤乃。
 もはや常軌を逸した彼女の猛威に、真司はなんとか持ちこたえることだけで精一杯だった。
「ふふ……藤乃さんはすごいなぁ。僕なら怖くて逃げ出しちゃいそうだ」
 そんな藤乃と真司の戦いを見て、超雲の仮面をつけた少年が言う。
 それに対峙するのは桐ヶ谷煉だ。彼は機晶剣『ヴァナルガンド』を手に、その銀にきらめく切っ先を相手に差し向けていた。
「よそ見をしている暇があるのか? 俺とて慈悲はあるが、敵に与(くみ)するものには容赦はせんぞ」
「そうだね……。確かによそ見をしてる暇は――ないかなっ!」
 仮面の少年――音無終は言葉を切ると同時に二丁拳銃の引き金を引く。
 飛来する弾丸。しかし、煉は瞬時にそれを判断してたたき落とした。むろん、さらに終の攻撃は続く。
「煉さん、防御は私に任せてください」
 煉のパートナーであり彼と共に戦う剣の花嫁、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)がその間に入った。
「エリー!」
 一見すれば男のようにも見える中性的で凛々しい顔つきの少女だ。
 それが険しく表情を結び、混沌の盾で相手の弾丸を受け止めていく。
「いまのうちに、煉さん!」
 エリーのかけ声を合図に、煉はうなずいて終へと飛び込んでいった。
 だがその剣が、音もなく間に入った人影に受け止められていた。
「悪いけど、仲間は僕にもいるんだよ」
 人影は終と同じく超雲の面によって顔を隠した銀 静(しろがね・しずか)だった。
 煉にはその正体が分からないが、彼女の殺気と不気味なほどの静かな闘気は感じる。
 静は鉄のフラワシによって煉の攻撃を押し返すと、そこから相手の懐に踏み込んでサバイバルナイフを振るった。
「……ッ!」
「煉さんッ!」
「大丈夫だ……なんとか……」
 とっさにナイフの切っ先から逃れた煉は、体勢を立て直すと再び踏み込んでいく。
 終の攻撃はエリーが防ぎ、煉の攻撃は静が防ぐ。互いに一進一退の譲らぬ攻防が続いた。
 体力も徐々に消耗していく。エリーがついに肩で息をし始めていたのを煉は見た。
(このままじゃマズイか……どうすれば……)
 いくら剣の花嫁で中性的な顔つきから男に見えたとて――彼女は女性だった。その体力は確かに煉のそれよりも劣るだろう。
 幾多の剣線と弾の音。ぶつかり合う剣戟の火花が散る。それは煉たちだけではなく、その場にいる契約者たちの戦い全てがそうだった。
 それぞれに体力を消耗してきたのもまた同じことだ。
 ガタンッ。
 歯車が止まるような音がしたのはその時だった。
「なんだ……?」
 それから束の間、黒夢城の闇の力と瘴気が次第に薄れていくのが目に見えて分かった。
 同時に少しずつ黒夢城が音を立てて崩壊していくのを彼らは目にする。
「ちっ……そろそろ潮時か」
 竜造はそう言うと、押し合っていた要の義手を弾くようにして距離をとった。
「逃げるのか……ッ!」
「逃げるんじゃねぇよ。タイミングが悪かったってだけだ」
 竜造は背中を向けて部屋の出口に向かう。
「さて、それじゃあ僕らもそろそろおいとましないといけないかな」
 それに同調するように、終も静と一緒にその場から離れた。
 いつの間にか藤乃はいなくなっている。狂気に満ちた殺人鬼だったが、だからこそ危険察知能力も高いのだろう。ふらりとどこかに消え去ったようだった。
 とっさに追いかけようとする要。
 しかし、それを竜造は制した。
「おっと、俺たちを追いかけたって仕方ねぇぜ。お前たちにはまだやることが残ってるんだろ?」
「くっ……」
「それがてめぇらの甘さだよ」
 足を止めた要をにやりと笑ってから、竜造は最後に置き土産のつもりで出口の壁を破壊した。
 瓦礫が落ちてきて、道を塞ぐ。
「次に会ったときもまた、殺し合いを楽しもうぜ。……その時を楽しみにしてらぁ」
 そう言い残して彼らは去って行った。
 その後ろ姿を、要たちは悔しさを滲ませた顔で見ることしかできなかった。
 だが、目的は彼らを倒すことにあるわけではないのだ。そう思って、彼らは気持ちをようやく切り替えた。
「……行こう。シャムスさんたちも待っているはずだ」
「ああ」
 真司の言葉に煉と要は返事を返して、彼らは最上階へと続く階段を駆け上がっていった。