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シルバーソーン(第2回/全2回)

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第5章 解放の時 5

 アバドン=モートが生み出したモートの〈影〉たちは、下卑た醜悪な笑い声を発しながら契約者たちへと襲いかかってくる。
「邪魔……しないでくださいですわ!」
 それをユル=カタブレード――ゆる族が編み出したとされる拳銃に刃物が仕込まれた手銃を用いて、一人の少女が迎え撃つ。
 弾丸を相手に撃ち込んでひるんだところを、仕込まれた刃物で一瞬のうちに斬り裂く。少女の乳白金のロングウェーブの髪が、闇のなかでいっそう輝きを増してふわりと靡いていた。
 名はマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)という。
 教導団に所属するドイツと日本の血の混じったハーフの娘は、迫り来る敵を確実に各個撃破していた。
「いよっしゃー! やってやるぜー! どけどけどけー!」
 そんな彼女の視界で叫びながら戦っているのは、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)だ。
 がさつで生意気そうな顔つきをした同じく教導団の契約者であるその青年に、マルティナのサポートとして動いていた近衛 美園(このえ・みその)が驚いていた。
「メルキアデスさん、異様にやる気を見せてますね」
「……この任務をやり遂げれば、もしかしたらお姫さまから惚れられるかもと伝えてありますので」
「マ、マルティナ、それは……」
 思わず美園は口をあんぐりとさせた。
「良いのですわ。やる気が出るのであればそれで結構ですし……嘘も方便という言葉も日本にはありますのよ。ねえ、フレイア」
「ふふっ、ええそうね。それにせっかくの神聖なる結婚式を邪魔してる相手ですし、この美と愛と豊穣の女神、フレイアがお・し・お・き・しなくちゃ♪」
 マルティナが言うと、それに同調したのはフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)だった。
 メルキアデスのパートナーであるが、自由奔放なところが多々あり、今回もメルキアデスを半ば放置状態にしている。
 かといって、彼女とて動いていないわけではないのだった。言いながらも彼女は、群がる敵をバニッシュと光術という光の魔法で退けていく。そして、味方が傷ついたらすかさずヒールをかけてその傷を癒やしてあげていた。
 そうした姿はさすがに女神の英霊というところか。
「人を呪わば穴二つ?? ってーの?? とにかくそういう風に言ったりもするんだぜ! アバドン! 今度はテメーの番ってわけだ!」
『調子に乗るな、小僧。貴様の相手はオレではなく、〈影〉だ!』
 いつの間にかアバドンに一人で近づこうとしていたメルキアデスは、闇の中からぬっと出現した〈影〉たちに襲われていた。
「マルティナちゃん! フォローフォローフォロー!?」
「……まったくもう」
 弾を撃ち込んでそれを退け、メルキアデスを後退させるマルティナ。
「いいですか、アバドン。あなたが思っていたよりもエンヘドゥ様はもっとずっと強かった。……足下をすくわれるのは、あなたですのよ」
 ついでに彼女は、アバドンに囁くように言い残していた。
『…………』
 無言でそれに応じ、アバドン=モートはさらに闇の魔法によって〈影〉の軍勢を作り出す。
 今度はまるで死者の世界から蘇った太古の騎士を思わせる、死霊の軍隊だった。
「てめぇらどきやがれ!」
 それに対して、怒りを露わに突撃するは一人の若者――七枷 陣(ななかせ・じん)である。
「盟約に従いその姿を現せ! アグニ!」
 天の炎を放って闇の中を火の渦にし、若者はさらに不死鳥のアグニを召喚した。
 陣の魔力を媒体にしてその体躯を形成する不死鳥は、蒼紫の炎に彩られている。軍勢の一部を一掃する蒼紫の炎は、しかし陣だけを避けるようにして広がった。
「オレは無神論者やけど、いまは神様って奴に感謝したいぜ。なにせ、お前らみたいなクソ野郎どもを思い切りぶちのめせるんだからな!」
 陣はその瞳に怒りの光を宿して、アバドンを睨む。
 半ば怒りにまかせた彼の蒼紫の炎が、ぐおんと唸りをあげて闇を焼き尽くした。
「自分に何が出来るんだろうって……何が出来るのかって思ってたけど……いまは悩まない! 前に進まないと、何も始まらないから!」
 さらにそんな陣に続くようにして、彼のパートナーであるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が進んだ。
 背中に生やした強化光翼の6枚羽――オーロラのような光を発する『トライウィングス・Ries』が、リーズの体を舞い上がらせて金色の光に包みながら飛行させる。
「リーズさん、いきます!」
「うん!」
 背後から呼びかけた小尾田 真奈(おびた・まな)にリーズは力強くうなずいた。
 すると、真奈がメモリープロジェクターを利用してリーズの分身をいくつも宙に映し出す。彼女の姿を鮮明に映したそれに一瞬だけ軍勢はひるんだ。むろん、一瞬に過ぎない。しょせんは映像だ。だがリーズは、その隙を逃しはしなかった。
 女王のソードブレイカーを手に、斬撃を叩き込む。
「どけ、リーズ!」
 その背後から怒声のごとき声が発せられた。
「我が焔は猛り狂う!」
 刹那、とっさに避けたリーズの後ろから爆砕を思わせる炎が轟と燃えさかって死霊騎士たちを焼き払う。
「選べ……矢の炎に焼き殺されるか、衝撃波によって身体を千切り飛ばされるか、或いはその両方かを!」
 仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が炎を片手にそこに立ち、アバドンを見上げていた。
『ほざけ、契約者! 貴様らごときに何が出来る!』
 アバドンはしかし、負けじと闇の劫火を放った。
 死霊騎士とアバドンの闇の力、それに契約者たちが激しい攻防を見せる。アバドンはモートの体を手に入れたことで若々しい体力と強大な魔力を手に入れていた。おそらくはザナドゥにいた頃のモートの本来の姿がそれなのだろう。荒々しい力と猛るような激しい攻撃。アバドンのときとは比べものにならないほどのパワーで契約者たちは叩き伏せられた。
 だが、皆の心は決して負けなかった。
 陣やマルティナたちの力が死霊騎士の攻撃を抑え込んでいたし、なにより彼らは勝利を信じて戦っていた。
 最後に――とどめの一撃を叩き込むための道を作る。
 そう決意した契約者たちが、一斉に動き始めていた。
「ルカ、淵! 右だ!」
「塵は塵に、亡霊は過去へ――全ては還れよ、在るべき場所にな!」
「カナンのために……今こそあなたたちの消えるときよ!」
 夏侯淵が光明剣を用い、ルカがダリルとの同調によって手にした光条兵器を振るって、目の前の死霊騎士たちを倒していく。それに指示を出すのは彼女たちの参謀を務めるダリルだ。
「道を開けてもらいます――!」
 バイタルオーラの光を拳に宿した董 蓮華(ただす・れんげ)が、さらに続いて敵をふき飛ばした。
 艶やかな黒髪を靡かせて敵を討つ蓮華に追随するように、彼のパートナーであるスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)も続く。
「おいおい、蓮華。あまり気張りすぎるとやられるぜ」
「わかっていますよ」
 構えたハンドガンで敵を撃ち倒していくスティンガーに言われて、蓮華はきつく表情を結んだ。
 焦りは禁物だ。しかし、かといって気を緩ませることは出来ない。緊張が彼女の額に玉のような汗を滲ませた。
 そして一瞬。ついにチャンスを作り出す。
「クローラ少尉、今です――!」
「でかした……!」
 蓮華の声に応じて、彼女の上官にもあたるクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が動き出していた。
 教導団のメンバーによる連携は見事だ。軍人たるゆえのそれは、彼のパートナーのセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)も同様である。
 普段は人なつっこい犬のような目で、飄々とした態度をとっているセリオスも、今回ばかりは鋭い眼光を光らせていた。
 そしてセリオスは聖なる力によって敵に裁きを与えるレジェンドレイを放つ。死霊騎士たちが一斉に討ち滅ぼされたそのとき、クローラがセリオスの目配せに反応して、スティンガーがあらかじめ隙を見て投じていたハンドガンの引き金をテレパシーで引いた。
「なに……ッ!」
 追撃してくる相手を斬り伏せようとしていたアバドン=モートは、その剣を弾丸に弾き返されて思わぬ声をあげた。
 それでも諦めようとしないアバドン。
 だが、彼の顔は二度目の驚愕で激しく歪んだ。
 なぜなら、その一瞬でいつの間にか闇の空間が消え去ったからだ。
 バリン! と音を立てて、ガラスが割れるように粉々に砕け散る闇の空間。死霊騎士だけはかろうじて残っていたが、その力は明らかに減少していて、動きが鈍くなった。
 なぜだ……!
 とっさに後ろに振り返るアバドン。その瞳が憎悪と含んで見開いた。