百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

自然公園に行きませんか?

リアクション公開中!

自然公園に行きませんか?
自然公園に行きませんか? 自然公園に行きませんか?

リアクション



4


「ナディムのバカっ! バカバカ、鈍感無神経ーっ!!」
 空京、自然公園入り口、少し手前。
 怒りと恥じらいと悲しみがごちゃごちゃに混ざった、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)の声が響き渡った。
 事の発端は、たった一言。


 『Sweet Illusion』が、空京にある自然公園にオープンカフェを出すというので、せっかくだから行ってみようとなったのが、そもそもの始まり。
「オープンカフェというのも、素敵ですよね」
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が、のほほんと言った。いつも通りの、穏やかで柔らかな笑みを浮かべながら。
「今日は天気もいいしね! よーし色々食べるぞー♪」
 リースの笑みに、マーガレットが同じく笑顔で返した。ケーキ話に花を咲かせる二人の少し後ろを、ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)は歩く。
 他愛のない話を振られたり、それに応えて喋ったり。
 空京までの道のりは、楽しかった。
 楽しかったので、
「ホント、マーガレットって女の子って感じがしなくて話しやすいよな」
 素直な言葉が、零れた。ナディムとしては他意のない、性別を気にせずに話せる相手、という意味だったのだが。
「……ど、どうすんよ。あれ」
 現実、マーガレットに受け取られた意味は随分と違ったようだった。怒って走り出してしまったし。……とはいえ、よくよく見たら『Sweet Illusion』に向かったようだが。ちゃっかり注文も済ませている。
「とりあえず、追いかけましょうか」
 リースの発言に頷いて、並んで歩く。
 しかし本当にどうしようか。あれは、相当機嫌が悪い。不用意に近付いたら怒りを逆なでしそうだ。ともすれば殴られかねない。リースも同じように考えていたらしく、目が合ってこくりと頷かれた。マーガレットの視界に止まらないようこそこそと、木の影に隠れたりしながらカフェを目指す。
 辿り着いたら、彼女の座る席から死角になる場所に陣取った。
「お客さん。そこ、席じゃねェんスけど」
 背の高い、金髪の青年がそう声をかけてきたけど気にしない。黙ってて、と自らの唇に人差し指を添えてジェスチャーすると、察したのか離れていってくれた。
「マーガレット……あれ、やっぱり、怒ってますよね……」
 そんなことをしていると、リースが呆然とした声を出した。何で? マーガレットの方に目をやる。
「げっ」
 自然と声が出ていた。マーガレットの座る、テーブルの上に置かれたケーキの量が尋常じゃない。メニューの端から端まで、全て頼んだような量だ。ナディムとリースが黙り込んでいる間に、リースはフォークを手にして食べ始めた。やけ食い。そんな言葉がぴったりの、不貞腐れた顔での食事だった。
 だけど一瞬、悲しむような表情が見えた。
「…………」
 なんてことのない、ただの一言。
 だけど、そのせいであんな顔をさせてしまったというのなら。
「ナ、ナディムさん。私、あの、マーガレットが本心で怒っているわけじゃ、ないと思うんです。……えと、あの、想像、なんですけど」
 リースが、おずおずと自分の意見を口にした。
「だから、あの、……」
「わかってる。謝りに行け、ってんだろ?」
「は、はいっ」
 ここで謝らないほど自分は頑固じゃないし、また非がないと思っているわけでもないし。
 死角から出て、マーガレットの座る席に近付いた。
「よう」
「! な、何よ。こっち来ないで」
「とんだ言い草だなオイ。……や、俺が悪いんだけどさ」
「わかってるんじゃない。殴るわよ」
 ケーキを食べて少しは落ち着いたのか、言葉の警告というワンクッションをもらえた。十分。
「ごめん」
「……何が」
「マーガレットが言うように俺が無神経だった。ホント、ごめん」
 頭を下げる。結局、機嫌を直してもらう方法は思いつかなくて平謝りになったけれど。
 許してもらえるだろうか?
 マーガレットは親しい友達だから、こんなことでこじれたままでいたくない。
「……じゃあ、これ食べて」
「へ?」
 下げた頭を上げてみたら、マーガレットがフォークにケーキを刺してこちらに向けていた。
 生クリームたっぷりの、とても甘そうなショートケーキ。
「……俺、」
「甘いもの苦手だよね。知ってるよ」
 だからこそか。理解した。
「いただきます」
 マーガレットの手からフォークを受け取って、ぱくり。
 甘い。味覚が支配されて、頭がくらくらする。ちょっと辛かったけれど、咀嚼して、飲み込んで。
「ごちそうさまでした」
 きちんと礼。
「おお……食べれるんだ」
「正直キツい」
「美味しいのに」
「苦手なんだっつの」
「チョコタルトも食べる?」
「だからさ。……お怒りとあらば食べますけど」
「ははは。怒ってないよ、もう」
 なら良かったと息をついたら、狙ったかのようにチョコタルトの欠片を口に入れられた。
「これで仲直り」
 チョコは、やっぱり甘くて苦手だと思ったけれど。
 不意打ちが成功したとマーガレットが笑っていたから、まあいいか。


*...***...*


 最近、父であるラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)はとても忙しそうだ。
 医学の研究に、ニルヴァーナのこと。ロイヤルガートとしての仕事。
 ――激務、ってこういうことを言うんでしょうね……。
 ソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)はそう思う。
 だからこそ今日のような休日にはしっかり疲れを取ってもらいたいと。
「パパ! ピクニックに連れて行ってください!」
 頼み込んでみた。
 連れて行って、と言ったものの世話を焼かせるつもりはない。むしろもてなす気でいた。
 ピクニックといったらお弁当。お重に詰めるため、様々な料理を作りあげた。から揚げ、パスタ、おにぎり、玉子焼き。彩りや栄養バランスも考慮して。
「ガイさんも行きましょうね!」
 ピクニックの準備を終えたら、ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)にも声をかけた。
「どちらまで?」
「空京の自然公園まで行こうかなって思ってます」
「遠いですよ。大丈夫ですかい?」
「頑張ります!」
 意気込んで、外に出たものの。
 ちょっぴり甘かった。
 ラルクとガイは疲れ知らずの身体の持ち主なので平然と歩いているが、身体の小さいソフィアには歩くだけで一苦労。
 時々立ち止まり、慌てて追いかけて。繰り返していたら、ガイが気付いた。振り返り、ソフィアに目線を合わせてくる。
「ソフィア、荷物を俺に貸して下さい」
「え? えと、」
 どうするつもりだろう。一瞬躊躇ったが、ほら、と手を差し伸べられたのでつい、渡してしまった。すぐにはっとする。休んでもらいたくて誘ったのに、と。
「ガイさ、」
 やっぱり返してもらおうと声をかけたら、
「ひゃあっ??」
 ひょい、抱え上げられた。そのままガイの肩に乗せられる。肩車だ。視線が高い。風が気持ちいい。
「疲れてるんでしょ。ちょっとここで休んでいきなさいな」
「あわ……でも」
「ま、体力には自信ありやすんで。それよりソフィアが大変そうなのを見てみぬ振りする方が辛いでさぁ」
「あ……ありがとうございます」
 申し訳ない気持ちにもなったし、ちょっぴり恥ずかしくも思ったけれど。
 高いところで見る芝桜は、すごく近くて、すごく鮮やかで。
「綺麗です……」
 ぽやりと零すと、そりゃよかった、とガイが笑った。


 空京在住とはいえど、日々忙殺されていてあまり遊びに出かけたことはなかった。
 なのでラルクは、この自然公園に来たのは初めてだった。なかなかこういった場所に来る機会もない。誘い出してくれたソフィアに感謝しなければ。
「にしても、いい天気に恵まれてよかったなー」
 空の青と、夏の日のような大きな雲が作り出すコントラスト。吹く風も心地よい。
 穏やかな気持ちであたりを眺めていると、ふっとソフィアと目が合った。なにやら申し訳なさそうにしている。誘ったことを後悔しているかのような、罪悪感に悩まされている目をしていた。大方、せっかくの休みなのに、忙しいのに、付き合せてしまってごめんなさい、といったところか。気にすることはないのに。
 ひらり、手を振った。気にすんな、と受け流す。だって今日のこれは、ラルクのことを思っての行動だろう? それに何より、ラルクはインドアよりアウトドア派だ。こうして外に出るのは嫌いじゃない。
「色々見て回ろうぜ。お、あっちで薔薇が咲いてるってよ」
「はいっ!」
 見ごろの花を見て、自然を楽しんで。いい具合に時間が経過し、おなかがすいたら適当な場所を見つけて座り込む。
 ソフィアが、作ってきた弁当の蓋を開けた。弁当といってもお重だ。中身はまた、豪華だった。手間のかかりそうなものから、普段親しんだ得意料理まで様々な料理が入っている。
「今日も美味そうだなー」
「えへへ。腕によりをかけました!」
「余計腹減ってきたぜ……よし、食べよう!」
 いただきます、と両手を合わせて箸を握る。料理は、見た目どおり、期待通り美味だった。美味い、と絶賛したら、ガイがなにやら言いたそうな顔でラルクを見ていた。なんだよ、と目で問うが、なんでもない、と首を振られた。本当になんだったのだろう。まさか不味いのか? ソフィアの料理が不味いはずないけれど。まぁ、ガイの表情は細かいことか。気にしないでおく。
 食べ終わり、一息ついてから傍の川に素足を浸した。ひんやりとした水が、さらさらと流れていく。
「あー……もう春も終わって夏なんだよなー」
「そうですね」
 隣では、ガイが同じく川に足を入れて空を見上げている。
「春は結局ゆっくりできなかったからなー……夏ぐらいはのんびりしてぇなぁ」
「あー、…………」
「…………」
 複雑そうな、沈黙。
「……無理だろうなー」
 そして、結論。
「でしょうな」
 頷かれた。客観的に見ても、そうだよな。とラルクも首肯する。
 ニルヴァーナだって、まだまだめどは立たないし。
 勉学を怠ると、すぐに追いつけなくなる。
 両立して、油断なく気を張って。なんてやっていたら、
「そりゃまあ、忙しいよな」
 別に、好きでやってることだけど。
「まぁ。今日みたいに、隙間縫うようにしてのんびりすることはできるでしょう」
「かな。そういうとき、その分のんびり過ごさせてもらうかー」
 水辺でソフィアが遊んでいる。
 一緒に遊ぶか、と立ち上がってそちらへ寄った。