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自然公園に行きませんか?

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7


 六月には、祝日がない。
 イベントも、少ない。
 だったら作ってしまえばいいと芦原 郁乃(あはら・いくの)は考えた。
 芦原 揺花(あはら・ゆりあ)の歓迎会。内容は、初夏らしくバーベキューで。
 場所は空京にある自然公園にした。河川の一角にバーベキュー場があるらしい。
 企画を着々と組み立てて、秋月 桃花(あきづき・とうか)荀 灌(じゅん・かん)に話して聞かせる。荀灌は、急のことにきょとんとしていた。けれど、桃花が何事かを彼女に囁くと、理解したようですぐに賛意を示す。
「準備と料理は桃花が一手に引き受けますね」
「引き受けてくれるの? なら安心だね」
 荷物運びは手伝うよ、と言ったものの。
 当日になって言葉をなくした。荷物が、かなり多い。到底、四人では食べきれない量である。
 ――もしかして。
 企画の段階で、「通りがかりの人にも振舞えたらな〜」と、郁乃は漏らした。恐らく、それをしっかり訊いて、要望に応えてくれたのだろう。
 ――嬉しいけど……これ、どれだけ作るつもりなんだろ。
 バーベキュー大会から、シェフ桃花の料理ショーになるのではないか、なんて不安半分期待半分の考えがよぎった。


 バーベキュー場の一角、川沿い。
 ずらりと焼き場を並べて、桃花は調理の準備を勧めていた。
 串焼き、焼きおにぎり、ブイヤベースにパエリア、パスタ、ホイル焼き、ピザ。
 甘いものも必要だろうと、果物各種に焼きマシュマロ。
 飲み物だって、紅茶にコーヒー、ジュースにアルコール。
 ――これだけあれば、どんなお客様にも対応できますね。
 郁乃は、みんなで騒ぐのが好きだから。
 誰しもに楽しんでもらえるようにと、色々用意した。
 ――食べて行ってもらえると良いんですけど。
 コンロ、OK。ダッチオーブン、OK。焼き網、炭、OK。食器も箸もウェットティッシュも準備できている。
 あとは作って振舞うだけだ。
 調理開始。


「……だから、私は料理が苦手でさー」
「私も苦手なんですよねー」
「あっ、そうなんだ!」
「周りからは郁乃さんの遺伝なんじゃないかって言われますよ」
「なにそれ!」
 笑い声を響かせながら、揺花は郁乃とテーブルの準備をしていた。川辺の調理場では、桃花が既に料理を始めている。
 郁乃と桃花は、揺花にとって憧れの人だ。小さい頃から様々なエピソードを聞いて育った。
 そんな、実際に会うことのなかった二人が目の前にいて。
 自分と喋ってくれて、料理を作ってくれて、同じ時間を過ごしてくれて。
 ――なんか、感極まっちゃうな。
 ひとり、こっそり感動している間にも郁乃は休むことなく動き続けている。話に違わず元気な人だ。動きながらもしきりに話を振ってきてくれるし。またその話も面白いし。
 何言ってるんですか、とありきたりなレスポンスをしたところで、
「郁乃お姉ちゃん、これ何ですか?」
 桃花の手伝いをしていた荀灌が、こちらへやってきた。
 何だろう、と荀灌の手元を郁乃と見る。ひき肉だ。ひき肉のパックがあった。
「それね。炭火ハンバーグもいいなぁって思って買ってきたんだぁ」
「炭火ハンバーグ! いいですねぇ」
 頷いていると、包装を見ていた荀灌が「あ」と声を上げた。今度は何だろう。
「お姉ちゃん! このひき肉、豚七に対して牛が二で十になってないです!」
「!? あと一はどうしたのよぉ!」
「私がわかるわけないですぅ」
「揺花、わかる?」
「全然」
 見当もつかない。まあ大方印字ミスなのだろうけれど。
 そんなつまらない回答をしていいものかと一瞬悩んでいる隙に、
「では、あと一は桃花が加える愛情分ということで」
 パックを取り上げ、桃花が言った。優しい微笑みを湛えて。
「それでいいですか、皆様?」
 嫌だなんてどうしていえようものか。
 三人同時に頷いていた。


 完成した数々の料理を前に。
「いただきます!」
 揺花と郁乃は手を合わせた。桃花はまだ調理に励んでいるし、荀灌は桃花のお手伝いだ。
 お先に、と軽く会釈して、一口。
「うっ……ま〜〜い!」
 串焼きは絶妙な味だった。すぐさま取った分を食べきり、箸はホイル焼きに移る。
「これも! これも美味しいっ!」
 こちらも噂に違わぬ腕だ。いや、噂よりも凄いかもしれない。一介の女の子が作るレベルを超えている。しかも一人で、短時間で作り上げたというのだから末恐ろしい。
「料理の天使様なだけあるなぁ……」
「でしょ! すっごく美味しいんだから!」
「もう感動冷めやらないですよ〜。今日一日どきどきわくわくしっぱなし!」
 と言うと、郁乃がほっとしたように笑った。そんな表情を見るのは初めてだったので、首を傾げる。
「よかった!」
「え?」
「揺花が楽しめてるみたいで!」
「…………」
 そして今度は面食らった。
 あの、すごい人が。
 揺花のために歓迎会を開いてくれて、揺花が楽しんでいると知って喜んでくれて。
 愛されているんだなぁ、と感じて、言葉を失くした。
「郁乃さん。桃花さん。私……この世界、来てよかった」
 告白に、郁乃と桃花は顔を見合わせ。
「改めて、よろしくね」
 笑ってくれた。


*...***...*


 のんびりとした時間が過ごしたくて。
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)御劒 史織(みつるぎ・しおり)と共に空京の自然公園まで来ていた。
 ユリナが作ってくれたお弁当を、木陰の下で広げる。
「おー、すごいすごい。美味そう。いただきます!」
 みんなで手を合わせて、いただきます。
 美味しい美味しいと率直な感想を言うと、恥ずかしかったのかユリナが顔を赤くした。
「でもこれ、本当に美味しいよー」
 リゼルヴィアが、邪気のない笑顔で言う。
「美味しいご飯で幸せなのですぅ」
 史織も、言葉に見合った笑顔を浮かべている。
 ユリナははにかんでいた。そんなユリナを見て、竜斗も嬉しく思う。勝手に口元が笑みの形になった。
 ――幸せな構図だよなぁ。
 まったり、ゆっくりした時間をみんなで過ごす。
 それは、とても素敵な、かけがえのない時間で。
「よし! 今日くらいははっちゃけるぞー!」
 立ち上がり、大きな声を出す。突然のことに三人が驚いていたけれど気にしない。
「フリスビーとかボール持ってきたんだ。遊ぼうぜ!」
 道具を取り出す。今度は三人が顔を見合わせた。それから、ユリナがくすくす笑う。
「子供みたいにはしゃいじゃって」
「な、なんだよ。いいだろ、たまには」
「はい。全然、構いませんよ。遊びましょう」
 そして、真っ先に賛同してくれた。
 ユリナの賛同を受けて、「ボクも遊ぶ!」「私も、みなさんと遊びたいですぅ」リゼルヴィア、史織と次々に挙手。
 そうと決まれば遊びに行くぞと、片付けもそこそこに芝生へ駆け出した。


「くー……」
「すー……」
 リゼルヴィアと史織が、天使のような寝顔を惜しみもなく晒し、眠っている。
 二人の髪を撫で、ユリナは微笑んだ。
「遊び疲れちゃったみたいですね」
「だな。俺もちょっと眠い」
 言うと同時に、竜斗があくびを零す。本当に、今日の竜斗は子供みたいに無防備だ。
「ユリナは眠くないか?」
「……私も、少し」
 眠いから。
「こうしても、いいですか……?」
 ゆっくりと、竜斗にもたれかかった。竜斗の肩に頭を乗せて、目を閉じる。かすかに汗の匂いがした。
 少し恥ずかしかったけど、やってしまえばなんとも思わなくなるもので。
 どきどきしていた胸が、少しずつ落ち着いてきて。
 そのうちに、眠りに落ちていた。