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命の日、愛の歌

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命の日、愛の歌
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リアクション


○     ○     ○


「ちょっとこの先に用があるんやけど」
「明日の披露宴まで立ち入り禁止だ。大人しく宿で休んでいろ」
 ぶらぶら村の中を散策していた瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は、披露宴会場として使われる場所にやってきた。
 しかし、警備の男達に阻まれてしまう。
「明日、披露宴が行われるから入っておきたいんやけど」
「入って何をするつもりだ?」
「サプライズの準備。舞台に上がったらどかーんと花火が打ち上がったり、足元のスイッチを押したら、しゅーっと空気が噴き出て、衣装が捲れたりしたら面白くない?」
「……」
 すっごい形相で睨まれてしまった。
 龍騎士団の警備員に、冗談は通じないらしい。
「まー、単に広々としてて、昼寝にちょうど良さそーと思っただけなんやけどな〜。ま、いっか〜」
「貴様は当日も立ち入り禁止とする。これ以上問題を起こすようならば、式が終わるまで監禁させていただく」
「はいよー。元々式には興味ないし〜。じゃーな」
 ひらひら、手を振って、裕輝は去っていく。
 彼は船に乗る時からこんなカンジで。
 武具をしっかり纏ってたり、何だか危ないものを持ち込みそうな言動をしたり。
 おかげで、保安検査でストップがかかり、念入りに身体検査をされた。
 そして危険物を何も持っていないことを確認して尚、乗客とは隔離され、監視つきでなんとか訪れることが出来ていた。
 勿論、護衛の任務はまるで果たせてない。
「次はどこにいってみるかね〜」
 ふらふら歩きまわる、裕輝。
 でも、実は全く役に立っていないわけではなかった。
 彼を不審者と捉えたエリュシオンは、全ての乗客に対して、乗船の際の保安検査を予定よりも極めて厳しく行ったのだ――。

○     ○     ○


(2人の女性と、婚約――か)
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、ユリアナの遺骨と遺品がレストに渡されるのを見守った後、式で使われる花を摘みに、洞窟の側の花畑へと訪れていた。
 レストには、伝えたいことはもう話してある。
 だから、呼雪は彼に何も言わず、静かに見守ることにした。
「赤い花、とっても可愛い、です。なんだか嬉しくなります……」
 隣にいる少女が微笑を向けてきた。
 黒い髪の大人しそうな少女――アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)
 この村へは、剣の花嫁や戦闘タイプの機晶姫の入国は認められていないけれど、第七龍騎士団も彼女の事情――光条兵器を取り出すことが出来ないことを、知っている為、彼女は特別に招待された。
 それでも、不安に思う住民もいるかもしれない。
 だから呼雪は、招待客ではなく、親族の友人として。
 晴海の学生時代の友人兄妹として、口裏を合わせて訪れていた。
 花篭を片腕に提げて、もう一方の手はアレナの手を引いて、呼雪は花畑を歩く。
「蝶々さんです。ふわふわ、楽しそう」
 アレナは子供の様に、色々なものに興味を示す。
 少し前の彼女とは、随分と違う。ほぼ『優子』しか見ていなかった頃とは。
「良い場所だな。ここならユリアナも静かに彼の帰りを待てる」
「レストさんは、この土地の守り神になるんですよね。ユリアナさんは……パートナーとして、レストさんが留守の時にも、ここで彼の土地を守り続けてくれるのかも、しれません」
 でも、とアレナは言葉を続ける。
「寂しい、です。お留守番じゃなくて、一緒の方が、嬉しいですから。一緒にいられるのは、晴海さん、だけ……」
 そう寂しげに微笑む彼女に、呼雪は頷いて。
 一輪、花を摘み、指先でくるりと回して、美しさを確認しながら言う。
「結局この世界は生ある者のものなんだ。生きている限り、歩き続かなければならない」
「……」
 アレナは呼雪の指の中の花と、彼の顔を不思議そうに交互に見ていた。
「……それでも彼は、ユリアナの事を大切に想っているんだと思う」
 こくりと、アレナは呼雪の言葉に頷いて。
「一緒、大切……」
 そんな単語を口にして、呼雪と繋いだ手に躊躇い気味に、少しだけ力が込めた。
「素敵なお2人さん、貴方達の幸せを願い、歌を歌わせてください」
 突然、そんな声と共にふわふわ、ハーフフェアリーの少女達が飛んできた。
「愛するお2人が、共に幸せでありますよう……」
「えっ、あっ、違うんです……っ」
 アレナが呼雪の手を離して、慌ててハーフフェアリー達に説明する。
「えっと……呼雪さんには、別にお相手がいるんです。私は……」
 ちらりと呼雪を見た後、アレナは「妹、です」と続けた。
「そうですか〜。でもこの歌は、家族の愛の歌でもあるんですよ。お兄さんと今日はいっぱい楽しんでくださいね」
 言って、ハーフフェアリー達は空を舞いながら、歌を歌い始めた。
 澄んだ少女達の声が、心に響き渡っていく。
「優しい歌。嬉しい、って感じる歌」
 アレナが微笑み、呼雪も微笑み返した。
 そしてふと。
 ハーフフェアリーの少女達の歌と、アレナの後ろに見える洞窟に目を留めて。
 呼雪は道中聞いた、伝承を思い出す。
「2つの命が、望みあって1つになった場所――もし、誰かとひとつになったら、寂しくなくなるだろうか?」
 もう一つ、思い浮かんだ想いがあった。
 ズィギルという、アレナに執着していた男のこと。
(彼の幼さは、何処かアレナに通じる気がする。それを感じたからこそ、求めたのだろうか。でも、ひとつになってしまったら――もう相手の顔も見えないし触れる事も出来ない……)
 アレナが不思議そうに小首をかしげる。
 つい、アレナの顔を真剣にじっと見つめていてしまったことに気づき、呼雪は表情を崩す。
(それは寂しくないんだろうか?)
 そう思いながら、呼雪はアレナに寂しげな笑みを見せた。
「呼雪さんは、寂しのですか? 誰か呼んできましょうか? 家では、パートナーの皆が待ってますよ!」
 彼女の心配そうな言葉に呼雪は首を左右に振った。 
(寂しいのは誰も一緒だ。全く同じではなくても)
「あの……私じゃ、足りないと思いますけれど……一緒、です」
 アレナが手を伸ばして、今度は彼女の方から手をつないだ。
「……一緒に来てくれて、ありがとう」
 呼雪がそう言うと、アレナは嬉しそうな微笑みを見せた。
 彼女は今、寂しくはないようだ。
 信頼していて、傍にいると安心できる人の隣にいるから。

「これくらい膨らんだ蕾の花が丁度いいと思います」
 軽装に着替えた晴海も、手伝いを申し出た契約者と共に洞窟の前の花畑へと訪れていた。
「晴海さんだ」
「晴海さん、おめでとう」
「おめでとう〜」
 ハーフフェアリーの少女達が近づいてきて、歌を歌って祝福してくれる。
「ありがとう。ありがとね!」
 お礼を言って、時折手を振りながら晴海は花を摘んでいく。
「シャンバラでは変な言い伝えがあるんだけれど……これが真実だったのね」
 晴海の友人として訪れて、感慨深げにハーフフェアリーや洞窟を眺めているのはマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)――ハーフフェアリーの女性だ。
「私たちはマッドサイエンティストにより創りだされた種族じゃないかと、言われていたの」
 マリザは景色を眺めながら言葉を続けていく。
「悲観的歴史によって、シャンバラとエリュシオンのハーフフェアリーは断絶し――シャンバラとエリュシオンの国交が正常に行われるようになった、今の今まで、それは続いてしまった」
 同族が沢山いる村だけれど、知り合いは誰もいない。
 だけれど、どこか懐かしい。
 そう、子供の頃、暮らしていたハーフフェアリーの村と、この村は似ているから。
「ここの伝承と、文化をシャンバラの同胞たちの元に持って帰りたい……そして」
 マリザは少しだけ複雑な顔で晴海を見た後、頷いて。
「レスト・フレグアム様が、私達の先祖の、ハーフフェアリーのルーツであるこの土地の守護神となるというのであれば、心から祝福したい。あなたの新たな門出も、応援させていただくわ」
 自分が、瓜生 コウ(うりゅう・こう)との契約で、この時代に新たな生を得たように。契約により新たな道を歩みだす、彼女の事をも。
「ありがとうございます。レスト様と一緒に、この地を護らせていただきます」
 晴海の言葉に頷いて、彼女の籠の中に、マリザは摘んだ花を入れる。
「ねえ、あなたたち!」
 飛んでいるハーフフェアリー達に、マリザは声をかけた。
「なーに」
「ん? おねーさんは、シャンバラに住んでる人?」
「そーよ、シャンバラでは結構有名なんだから」
 ふふっと笑った後、マリザは色々と尋ねてみる。
 聞きたいことは沢山ある。シャンバラのハーフフェアリーのことも伝えたい。
「5000年前、シャンバラが滅んだ後の事、お勉強して知ってるかな? それから、シャンバラの歌と交換で、皆のお歌、おねぇさんにも教えてもらえるかな? あとね! 私に似合う服あったら、着たいな〜」
「あるよあるよー。おねぇさんくらいの体格の人、沢山いるしね」
「5000年前に村に来た人たちは、とっても落ち込んでたんだって。シャンバラに戻ることはできなくなっちゃったしね。皆で仲良く暮らそうってことになって、それから皆で歌を作ったんだよ」
 ハーフフェアリーの少女達がそう教えてくれて。
 それから、一緒に歌を歌いだす。
 恋人、そして家族への深い愛を込めた――愛の歌を。
 その歌は、マリザの心に沁みた。
 歌には、幼い頃、母が寝床で歌ってくれた子守唄のフレーズが、入っていた。
 友達と歌い合った思い出の歌の、歌詞も入っていた。
「うわ……」
 思わず顔を覆う。
 涙が出てしまう。切なかった……。

(優しい気持ちになる、歌ですね……)
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、晴海から少し離れた位置で、花を摘んでいた。
 晴海の手伝いなのだけれど、彼女には近づき難くて。
 ハーフフェアリー達や、洞窟、花畑を見ながら、ひとり想いを馳せていく。
 友人達は、村にいるというルシンダ・マクニースの元に向かった。
(百合園に潜入し、離宮で行動に移した、晴海さん……。帝国の魔道書関連では、ユリアナさん、レストさんがそれぞれに行動をして。この、2点は魔道書と寺院のつながり等がありました)
 では、ルシンダがここにいる理由はなんだろう?
「怪我で記憶を失い、医者に診てもらっていると聞いていますが……」
 エリュシオン側も、ルシンダが精神操作を受けていたり、脳に何らかの細工をされていた可能性を予測できたはずだ。
 そういった検査はしていなかったのだろうか。
 見つけていても、無視されていた可能性も……?
 ロザリンドは、ルシンダを診た医者に対して、不信感を持ってしまっていた。
 自分が干渉出来ることではないことは、解っている。
 だから、1人静かに脳内で情報の整理をするに留めてはいる。
(ここの管理といっても……ルシンダさんは、問題を抱えています。管理を任せられるのでしょうか。レストさん達との繋がりは……?)
 ルシンダは、神だが龍騎士団に所属してはいなかったはずだ。
(円さん達は、何か聞いていたのかもしれませんが……)
 エリュシオンに話を聞きに行った者たちは、機密情報を耳にしたはずだ。
 しかし、その記憶は消されてしまっていて。
 こうして、疑問ばかり残っていた。
「おねーさん、どうしたの? 待ってる人こないの?」
 ハーフフェアリーの少女が、ロザリンドに声をかけてきた。
 はっとして、ロザリンドは顔を上げる。
(婚約式というおめでたい日を迎えようとしていますのに、暗い顔をしてしまったようです)
 すぐに笑顔を浮かべて。
「ちょっと考え事をしてしまっただけです。お姉さんの大切な人は、ここには来てないですけれど、お土産とお話しを沢山持って帰ります。そうしたら、笑顔を見せてくれると思います」
 そう言うと、ハーフフェアリーの少女は笑みを浮かべて「はいっ」と、愛の花を一輪、ロザリンドに差し出した。
「ありがとうございます。さあ、お祝いの準備を一緒にしていきましょう」
 気持ちを切り替えて、ハーフフェアリーの少女……そして、振り向いた晴海とも微笑み合って。
 ロザリンドは、花々を摘んでいく。
 いつか自分も、婚約……そして、素敵な結婚式ができるようになりたい、と、願いながら。