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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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リアクション

 だれもがあきらめかけたそのとき。
「みんな、気をつけて。近付いて来るわ」
 周囲を警戒していたプリムラが彼らの接近にいち早く気付いて警鐘を発した。
 その言葉に、シュヴァルツや佑一たちが武器に手を伸ばす。
 プリムラの見つめる先、曲がり角から姿を現したのはイナンナだった。メルキアデスフレイアが、少し複雑そうな表情で傍らについている。それもそのはず。イナンナをはさんで反対側に立っていたのは、音無 終(おとなし・しゅう)銀 静(しろがね・しずか)だったからだ。
 もちろん顔には超霊の面をつけて変装しているが、それこそが彼らの証でもあった。
「……ふふっ」
 自分を見た瞬間、彼らの面に驚きと警戒、そして憎悪が走ったのを見て、終は楽しげに含み笑う。
 終や静だけだったなら、彼らは問答無用で攻撃をしかけてきていただろう。今でも彼らのうち何人かはそうしたいと思っているに違いないのだろうが、イナンナがそばにいてはそれは抑えるしかなかった。
 イナンナが彼らに囚われているのであればともかく、そうでない以上弓引くことはできない。
 そんな彼らの葛藤を知ってか知らずか、イナンナは彼らの驚きが冷め、理性的になるのを待って一度止めていた足を動かし、彼らの元へ近付いた。
「事情はこちらのメルキアデスさんたちから聞きました」
 イナンナはアストレースの小さなミイラを見下ろして、黙とうするようにそっと目を伏せる。
「かわいそうな人…。世界樹と契約するというのは、彼らが考えているほど容易なことではないわ」
 指でなぞるように触れる。
 イナンナが触れた先から、アストレースは砂糖が水に溶けるようにほどけて、キラキラと光を反射する粒になった。
「あなたは自由よ。おかえりなさい。あなたの本当にいたい場所へ。きっと、大切な人たちがあなたを待ってくれているから…」
 イナンナの見守るなか、粒は光りながら空へ昇っていくように消えていった。
 そして、彼らへと向き直る。
「あなたたちの友人の破壊された精神を元に戻すには、彼のなか、意識の奥の奥、無意識の領域までもぐらねばなりません。
 ただ…」
「ただ? 何です?」
「彼の精神――つまり意識と無意識ですが――は暴力で無理やり破壊されました。それが彼にどんな影響を及ぼしているか、私にも想像がつきません。人間の精神世界は私の力のおよぶ領域ではありませんから。
 それでも彼を連れ戻したいと思いますか?」
「もちろんです! 彼は友達です!」
 佑一の力強い返答に、イナンナはにっこりほほ笑んだ。
「私が導けるのは入り口までです。そこからは自力で彼を見つけなくてはいけません」
「へえ、そんなことをするのか。手かざしして、そこから光がパーっと、ですむかと思ってたんだけど。
 ひとの精神世界へダイブって、面白そうだな…。
 イナンナ。それ、僕も行っていいですか?」
 終の発言に、だれもがぎょっとなった。
 まさかそんなことを言い出すとは思ってもみなかったのだ。
「きみ、タケシくんに何するつもり? それとも、サイコダイブ中に佑一さんをどうにかしようと…」
「まさか!」
 ミシェルの言葉を、終は笑って即座に否定した。
「僕の方こそリスクを負うんですよ。サイコダイブ中に無防備な僕の体を狙ったりするやからもいるんじゃないかとね」
 それを聞いて、とたん静があせった。それまでは単純に彼にくっついて、一緒にダイブするんだと考えていたのに、そんな危険性があるとは。
 残って終の体を護るべきだろうか……ぎゅ、と終の服のひじのあたりを握りしめて不安を伝える。
「そんなこと!」
「あなたたちが彼の精神を元に戻している間、あなたたちに触れる者は1人もいません。また、無事こちらの彼が戻ってきたなら、まっすぐこの国を出るのであれば今回に限り追手をかけないことを、このイナンナ・ワルプルギスの名に賭けて誓いましょう」
「国家神自らですか! ではそれを信じましょう。
 決して違わぬように」
 優雅に礼をとった面の奥、茶色の瞳が不敵な光を弾いた。



 別室に運び込まれ、寝かされたタケシの両脇に寝台を並べて、その上に佑一、終、静があお向けになった。
「さあ、目を閉じて」
 イナンナに従って目を閉じた瞬間。彼らは青い空間のなかに放り出されていた。
 天地左右どこにも何もない。
 ただ、足下の空間だけは青い層で、上にいくにつれ、水色から透明へと変化しているのに、下は青から藍へ、藍から黒へと暗さを増していて、底なしのように闇がある。
 トンネルのような空間。見ているだけで変に不安な気持ちになる。
 何もないかと思われたが、目をこらすと暗いなかで白い何かがちらちらしていた。それは、木の根毛のように見えた。
『下へ下りて行きなさい』
 水を通して聞くような声で、イナンナの指示が届く。
『おそれることはありません。ただ、注意は怠らないように。彼の精神は空洞化してずい分経っています。荒廃が進んでいるはずですから』
「だ、そうですよ」
 不意にそんな声が上から降ってきて、見上げると終と静の姿があった。
 精神のみの存在だが、まだ浅く、彼らの意識の方が勝るため、その顔はしっかりと超霊の面で隠されている。
「せいぜい気をつけていきましょう」
 警戒する佑一のとなりをくすりと嗤ってすり抜けて、終は先頭切ってトンネルを下りて行った。
 この先に何があるか。恐怖よりも好奇心が勝っていた。
 下りて行くにつれ、周囲の空間の濃度が増した。まるで水のなかにいるようだったのが、いまや寒天かゼリーのなかを泳いでいるようだ。すでに周囲は真っ暗だったが、不思議と自分の周りはよく見えた。
 根毛に見えたのも、実は稲光だと分かる。
「光ってますよ」
「うん。僕にも見えている」
「そうじゃなくて。あなたが」
「え?」
 言われて、初めて佑一は自分の手足に目を向けた。ずっと周囲や終を警戒していて、自分にまで意識が向いていなかったのだ。
 見ると、彼はフィラメントのようにうすぼんやりと発光していた。
 そして――終や静の顔から超霊の面が消えて、素顔が露わとなっている。
 精神世界に偽りは持ち込めないのだ。その者の本性が現れる。
 彼らの素顔を見た衝撃に、佑一は心臓を突かれたように絶句してしまった。
「きみ――」
 それを指摘しようとしたとき。
「あれは何だろう? 人、ですかね?」
 終が下を指差した。
 指先を追ってみると、はるか下に、ぽうっと虹色の光が見える。大きなボタンの付いたとんがり帽子。ピンクのシマシマの長靴下と、先のとがった靴が帽子のつば先から見えていた。小さな子どもが足を伸ばして座っているみたいだ。
 両脇からはみ出しているのは七色に輝くツインテール。
「彼女は――うっ」
 とぷん。ゼリーのような最後の層をくぐって、どんどんどんどん降下する。
「あっ、佑一くんっ!」
 近付く彼らに気付き、にぱっと笑ったのは。
 無意識世界の図書館リンド・ユング・フートの筆頭司書{SNL9998803#スウィップ スウェップ}その人だった。



 ぴょんぴょん跳ねて、千切れんばかりにタクトを持った手をぶんぶん振る少女。
「よかったぁ! だれか来てくれないかって、ずっと待ってたんだよ。あれにはあたし、触れられないし」
「スウィップ。きみがここにいるってことは、ここはもう無意識世界なの?」
「そうだよ」
 にしては、いつも見るあのデタラメな夢世界とは大分違うと、佑一は周囲を見渡す。
 どう見てもスペオペ映画などに出てくるスペクタクルなラストシーンだ。しかも惑星崩壊とかバッドエンドの。
「いつも佑一くんたちは、正常なタケシくんの無意識を媒介にして集まってたからね。それに、ここはちょっと正常なリンド・ユング・フートとも違うし…」
 スウィップはそこまで口にして、なぜか、きゅっと唇を噛んだ。
「スウィップ? どうかしたの?」
「ううん、なんでもない!」ブルブルッと首を振って、見えない何かを吹き飛ばす。「それより今はタケシくんだよ。タケシくんが今どうなってるか、知ってる?」
「うん。彼を連れ戻しにきたんだよ。本の修復や依頼を一緒に頑張ってきた仲間だから……というのもあるけれど。
 僕も似たような目にあったことがあるからか、どうしても放っておけないんだよね」
 ここは無意識世界。普段は無意識の底に埋もれていることさえもよみがえる――よほど深く埋もれていない限りは。
「僕と違って元に戻せる方法があるなら、それを叶えたいんだ」
「……そっか。じゃあがんばって、カケラを集めてねッ!」
「欠片?」
 それは何? と訊こうとしたとき。
「もしかしてこれのことですか?」
 後ろで周囲を観察していた終が、トレジャーセンスを発動させた静がニコニコ笑って両手に握っている緑色のゴムだかスライムだかみたいなモノを指差した。
「そう、それ! こう、合わせてモジャってみて」
 スウィップは両手のげんこつを合わせて、クシャクシャしてみせる。
「?」
 静はその動きを見よう見まねで真似をして、両手の緑のグニョグニョしたやつをひとつにしてこねてみた。すると、ポポンッという感じに爆発して、人間の耳になる。
「へえ。つまりこうやって、くっつけて人の形にすればいいわけですね?」
「うん! あまり時間がないから急いでね! それと、あんまりあっちには近づきすぎないように注意して。流れちゃうから」
 スウィップがタクトで差したのは、彼らがくるまで彼女が覗き込んでいた、暗い、暗い、深淵とも呼べるほど真っ暗な穴だった。覗き込んでいるだけで背筋がぞっと凍りつく畏怖にとり憑かれてしまいそうな…。
 あれは何かと訊きたかったが、スウィップはもう欠片探しで別の場所へ1人テケテケテケッと駆けて離れてしまっていた。
「はーやーくー! こっちこっち!」
 スウィップに急かされて、それから3人は無意識空間のなかを泳ぐように飛びまわってタケシの欠片を探した。
「あそこ!」
 スウィップの伸ばしたタクトの先の空間をふよふよ漂っている欠片へ向け、終がジャンプする。
 佑一は不思議な気がしてならなかった。つい先日剣をふるい、死闘を繰り広げた相手と、今は協力して事にあたっている。
 もちろん彼には見当がつかないだけでこの行為にもきっと何か思惑があるに違いないから、警戒は怠らない。
「佑一くん、そっち行ったよ! 右上の方、青いやつ!」
「うん、僕にも見えた」
 かかとを持ち上げ、漂ってきたそれをキャッチした。
 ゼリー状のスライムは緑に限らずいろんな色合いをしていて、大きさもさまざまだった。小さな欠片を探すには自らの発光だけでは光源が不足しがちだったが、スウィップがどこにあるか的確に指示をくれたので、かなり作業ははかどった。
 そして一番の功労者は、やはり静だった。
 欠片を集めた数は彼女が断然多い。
「よくやった、静」
 終に褒められて、静は満面の笑顔で素直に喜んだ。彼に後ろから抱きついて、頭頂部にすりすりほおをすりつけている。
「〜 ♪ 」
「あーよかったあ。ほとんどもとどおりになってる」
 修復されたタケシを前に、スウィップはほっと胸をなで下ろした。
「僕には欠けてるところがあるふうには見えないけど」
「完璧にはどうしたって無理。意識は溶けて流れやすいから。ほら、無意識世界はみんなの無意識が溶け合ってできてるでしょ? それと同じだよ。普通、意識はこんなとこまで無防備に落ちてこないんだけど……細かいもの、つまり新しい記憶ほど流れに乗りやすいの。だからどんどん流れ落ちて行っちゃう」
「じゃあタケシくんは…」
「間違いなく溶けて流れてる。ここ数日分は絶対。数カ月分かも。どこまで「元の彼」が残ってるかはあたしにも分かんない。ひとって、記憶で作られるでしょ。佑一くんだって、ほかの人たちだって、いろんな人と出会って、いろんなことを体験して、今の自分になってるんだし。
 でも多分、大丈夫だよ! あのままだったら危なかったけど、みんながこうして助けに来てくれたから!」
 スウィップはにっこり笑って太鼓判を押した。そして「さあ、早く元の場所へ連れて帰ってあげて」と背中をたたく。
「ねえ、スウィップさん」
 佑一やタケシと離れた所で、終がこそっと訊いた。
「んっ? なぁに?」
「これが彼の意識ということは、これに何かしたら、それは彼にダイレクトに影響するってことでしょうか?」
「……何かって?」
「やだなぁ、そんな警戒しなくてもいいじゃないですか。ささやくとか話しかけるとか、そういう類のことですよ」
 例えば、自分は信頼できる仲間だとか。そうしておけば今後何かあったとき、あるいは…。
 スウィップは嘘か真か、見抜こうとするようにじーーーーっと終を見つめる。
「……意識に本当に影響を与えられるのは、本人だけだよ。意識はね、他人には傷つけられないの。自分で傷つけるの。……まあ、タケシくんの場合はちょっと違ったけど。だからあたしもこうして手助けできた、ってこともあるんだよね。
 それに、意識って柔軟性があるの。ちょっとした傷なんか、すぐ修復しちゃう。だから表面にちょっと塗ったぐらいの言葉なんか、すぐ溶けて流れちゃうよ」
「刻まないと駄目ってこと?」
「タケシくんが自らね」
「そうですか。それは残念。
 静!」
 終は手のなかのそれを静に放って渡す。静はそれを受け取って、タケシにぺたっとくっつけた。
 素直に返したそれを見て、スウィップはちょっと考え込む。そして終のそでを引っ張って、さらに奥へ奥へと連れて行った。
「スウィップさん? あれに近付くとやばいんじゃないんですか?」
「うん。やばい。だけど多分、まだ間に合うと思うから…。
 ああ、あった。あれ、取ってくれる?」
 小さな小さな光をタクトで差す。今にも下の深淵へ流れて行ってしまいそうな、小さくて弱々しい光。
 ここにあるというからには意識の欠片なのだろうが……どう見てもタケシのものには見えない。
「これですか?」
 ひょい、とすくい上げた小石サイズのそれをスウィップは満足そうに見て、言った。
「その子も一緒に連れて行ってあげて」
 と――。



 目を開くと、ミシェルやプリムラ、シュヴァルツの覗き込む顔が見えた。
「お帰りなさい、佑一さんっ!」
「……え?」
 わけが分からない、と佑一はまばたきをして身を起こす。
 彼にしてみれば、横になって目を閉じて、開いたら時間が経過していただけだ。
「何か覚えていることはあるか?」
 シュヴァルツからの問いに、佑一は一応考えてみたものの、これといったものもなく、ただ首を横に振って見せるしかなかった。
「そうか。まあ、そういうものだとイナンナが言っていたが」
 少し残念そうに笑む。
「――って、タケシくんは?」
「佑一さんが目覚める少し前に、1度目を覚ましたよ。「ここ、どこ?」って。でも疲れてるらしくて、答えも聞かずにまた眠っちゃった」
「そう。よかった」
 言葉を発したなら、きっと大丈夫だ。そう確信してほっと息をついた。
 佑一も疲れきっていた。自分で考えたよりもかなり。もう一度枕へ頭を戻そうとして、はっとあることに気付く。
「彼らは!?」
 ぱっと起き上がって、寝ているタケシの向こう、終と静が寝ていた方を見た。
「彼らは去りました」
 答えたのはイナンナだった。両手には、例のオルゴールが乗っている。
「それ…」
「これはバァルへの結婚祝いだそうよ。私から彼に渡してほしい、って」
 バァルとは、東カナン領主バァル・ハダド(ばぁる・はだど)のことだ。彼は数カ月前に結婚したが、直後とある事件に巻き込まれて瀕死の重傷を負った妻の療養をかねて、現在領内の保養地で新婚旅行中だった。
「「中にはメッセージカードが入っています。これを開けて、それを読むかどうかの判断は彼に任せます」だそうよ。……結構意地が悪いわよね」
 そしてちょっと面白いわ。それを聞いたときのバァルの反応を見たいくらい。
 プリムラは少し肩をすくめて見せた。