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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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●遺跡〜『繭』

「なんてことするんだばかやろう!!」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は激怒し、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の胸倉をひったくるように掴み寄せた。
「こんなことするなんて聞いてないぞ!!」
 しかしエースは怒りに燃える目で垂を見返す。
 彼ははじめからこうするつもりだった。そしてそうしたことを一片も後悔していない。
 アストーが遺跡と同調しているのは見れば分かる。コードを切断すればアストーが死ぬ可能性があることも考慮のうちだ。
「……俺だって女性を傷つけるのは好きじゃない。だけど理不尽な形で誰かが生かされて使われていることにはもっと憤りを感じるんだ」
「それこそがあなたのエゴでしょう!!」
 泣きながら、オルベールは責めた。
「あなたが腹が立つから! あなたが見たくないから! だからひとを殺すというの!? あなたにそんなことを決める権利があるとでもいうの!!」
 冷たい怒りに支配され、全身がわななく。
 ……だめだ。こんなことを言ってももう遅い。そんな暇はない!
 彼女はきびすを返し、隣室へつながるドアへ走った。
「ベル! 待って!」
 まだ驚きのさめないまま、アスカたちもあとを追って駆け込む。
「そうだよ。俺のエゴだ」
 ぽつり、エースはつぶやいた。
「だから、彼女を傷つける痛みは背負う。彼女が静かな心で永い眠りについてくれるように祈っているよ」
「――この…っ!!」
「タレちゃん、エース! 危ない!!」
 ルカルカが悲鳴のように叫んだ。直後、上から巨大な瓦礫が2人の体すれすれに落ちてくる。
 遺跡の崩壊が始まっていた。
 この遺跡はアストーの半身。アストーが死ねば、遺跡もまた崩壊する。
 五柱守護神のときなど比較にならない規模の揺れが起きていた。ゴゴゴゴと低い地鳴りの音がする。どこかで何かが壊れていく音。ピシピシと亀裂の走る音がして、天井から剥離した瓦礫片が爆撃弾のように落ちてくる。
「だめだわ、全員一時退避――」
「ルカ!」
 スキップフロアから、緊張に強張った淵の声が起きた。
「ダリルのやつが、意識不明だ!」
「なんですって!?」
 遺跡はルドラともつながっている。だからこそルドラも防衛システムを動かしたり、ドルグワントを起動させたりできていたのだ。ただアストーほど完璧に操れなかっただけで。
 アストーの死の衝撃は遺跡を直撃し、ルドラを直撃し、そしてルドラ攻略に深く入り込んでいたダリルを直撃した。
 ダリルの体はその衝撃に跳ね飛び、壁に激突したのだった。
「ダリル!」
「単なる気絶だと思うが……とにかく今は脱出が先だ!」
 カルキノスがダリルを抱き上げる。
 直後、かすかに龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の咆哮が聞こえた。
「みんな急げ!! ドラゴランダーが支えて崩壊を遅らせてくれている!」
 いまだ意識を失ったままの高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)を腕に抱き、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が脱出を促す。
 彼らは次々と部屋から脱出して行った。
 そんななか。
「ルドラ……ルドラ…! 頼むから返事をしてくれ!」
 葵は必死にキーをたたき、ルドラとコンタクトをとろうとする。
 けれど、ルドラからは何も返ってこなかった。
 ルドラ本体は今、完全に沈黙している。かすかにゴムが焦げたようなにおいがどこからかしていた。
 ルドラも死んだ。
「……葵ちゃん……俺らも脱出しないと」
 うなだれた葵の肩にカガチがためらいがちに腕を回す。
「…………………」
 葵は小さくうなずいて、誘導するカガチの手に従いその場を離れた。



 鼎は自分の腕のなかに倒れ込んできたアストーの体を、そっと床に寝かせた。
 まだ……ほんのかすかだけれど、胸が動いている。
 その動きを見守っていた彼の横に、垂が立った。
「…………すまん…!」
 ぎゅっと目をつぶり、苦しげな声でひと言つぶやく。そしてきびすを返し、立ち去った。
 入れ替わるように走り込んできたのは、オルベールたちによって再結合されたドゥルジだった。
「母さん…!!」
 彼女の手を握り締めて呼ぶ。
 その声に反応して、ゆっくりとまぶたが開いて、金の瞳が現れた。
「……ドゥルジ……私の愛しい息子…」
「母さん、いやだ! 死なないで! そのためなら何だってする! 何だって!! だから……俺を置いて逝ってしまわないで!!」
 狂ってしまう。ドゥルジはそう思っていた。きっと父アエーシュマのように、自分は耐えられず、狂ってしまうに違いないと。
「だい、じょうぶ……あなたは、もう……大丈夫……ね…?」
 アストーの目が、背後に控えめに立つオルベールやアスカたちへ向かう。
「あなたの声を聞いたわ…。この子はもう……独りじゃない…」
 オルベールは声が出なかった。だから何度も何度もうなずいて見せた。
「ベル〜…」
「アスカ!」
 わっとアスカにしがみつく。
「あなたたち……どうかこの子をお願いします…。
 さあ。もう行きなさい、ドゥルジ…」
「母さん! いやだ! 母さんが逝くなら、俺も――」
「ドゥルジ……お願い…。ここを出て、幸せになって…」
 さあ。
 そして彼女の目はティエンへ向いた。
 ティエンは涙でのどをつまらせながらも、必死に歌を歌っている。
「もういいから……あなたも行きなさい。もうすぐここも崩れるわ…。
 見て。あなた、を……心配して、残っている人たちがいる、わ…。大切な彼らを……あなたも死なせたくは……ない、でしょう?」
「お母さん…っ!」
「わたしのもう1人の娘…。歌を、ありがとう…。心がとても安らぐ夢が見えたわ…」
「――ティエン、行くぞ」
 陣がうながす。
 ティエンは涙でぐしゃぐしゃになった顔で陣にしがみつき、そのまま、ユピリアや義仲にいたわられながらその場を離れた。
「……さあ、あなたも……もう行かないと…」
 微笑を浮かべたアストーが鼎の方を向く。その目はもう焦点を結ばず、光を失っている。
 鼎は長らく動かなかったが、やがてドゥルジの小石をアストーの手に握り込ませると、黙ってその場を去った。
「……ありがとう…」
 その手を胸に乗せてつぶやく。
 ため息のように大きく息をついて。アストーはルドラの方を向いた。
「ねえルドラ……わたし、あの一瞬に夢を見たの。箱庭よ。天窓からきらきら光が降っていたわ。マナフやシャミや……ドルグやアストレースがいて…。あなたと2人で考えた提案で、アンリを悩ませているの。
 みんな、そんな2人を見て、一生懸命笑うのをこらえてたわ。……あなたもよ? ルドラ。……ルドラ?」
 返事はなかった。
「……ああ。先に行ってしまったのね、あなた」
 彼らのもとへ。あの光のなかへ。
「わたしも……すぐに行くから……待っていてね…」
 そっと目を閉じる。
 崩壊する音に耳を傾け、しばらくそうしていたアストーは、まだ室内に自分以外の者がいることに気付いてまぶたを開いた。
「……なぁに? あなた。あなたは逃げないの…?」
 闇のなか、アストーは気配のする方へ言葉を投げる。
 ――六黒よ。

 奈落人虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)がつぶやいた。
 ――この女の体は人間にとり、毒。そのことはうぬも身に染みて知っておろう。またあのときのように幻惑され、己を見失い、あの可憐な少女を泣かせるのか?

「…………」
 用いた言葉の意地の悪さに、波旬自身くつくつと笑う。
 彼も本気で止める気はなかった。ただ、ちょっとからかってやりたいという、魔がさしただけだ。
 そこに九段 沙酉(くだん・さとり)が戻ってきた。
 ベルフラマントを袋替わりにして、なかに入れられるだけ石を入れてきている。
「むくろ」
 六黒は何も言わなかった。だから沙酉は少し考えて、その通路にあったアエーシュマの石を、すでに半分以上石になって崩れているアストーのとなりへ置いた。
 アストーの硬直の進んだ石の手がアエーシュマの石をなぞる。
「ああ……ありがとう……ありがとう…」
 涙まじりにそうつぶやく間も、ぴしぴしと音をたてて彼女の手は砕け、アエーシュマの石とまざり合った。
 ふと、その面が六黒の方を向く。
「あなた……わたしが欲しいの…?
 いいわよ。もう、ほとんど力は残っていないけれど……あなたにあげる…」
 ほほ笑んで手を差し伸べるアストー。
 闇色を強めた暗がりのなか、彼女の上に六黒がかぶさる。 
 その背後で、葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)はおもむろに六黒のヴァルザドーンを持ち上げた。レーザーキャノンを発射し、振り回す。
 レーザーは床を、壁の機械を、天井を、そしてルドラを貫通しながら切り刻み、階下の通路――五柱守護神たちの柱を一刀両断した。
 あちこちで爆発が起きて、崩壊が一気に進む。
 脱出を果たした者たちが見守る前で、遺跡は完全に崩れ落ちたのだった。