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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~

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四季の彩り・魂祭~夏の最後を飾る花~
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リアクション

 
 第4章

 分娩室の中。
「おめでとうございます」
 無事に生まれた赤子を取り上げ、メティスはファーシーに笑顔を向けた。心からの祝福。一片の不純物もない、どこまでも透明で、澄んだ気持ちで。
 この子は、彼女達機晶姫の新しい可能性だ。でも、そんな科学的な一歩ではなく。
 純粋に友人として、褒めてあげたいと思った。
「――おめでとう、お母さん」
「……ありがとう、メティスさん!」
 そしてまた、ファーシーも。
 彼女の想いを、全力で受け止めた。
「産前産後で、気持ちの変化などはあったか?」
「うーん、そうねー……」
 ダリルに訊ねられ、ファーシーは思いを巡らせる。
「とりあえず安心した、かな。ここに来るまで、正直、不安になったり怖くなったりしたこともあった。だから、安心した。無事に、こうして顔が見えたから」
 わたしが親になる、なんて、まだちょっと、くすぐったいような慣れないような、そんな気がするけど。
「段々と、慣れていくんじゃないかな」
「今後の予定は?」
「予定? うん……」
 考えていることは、ある。でも、今は……
「目の前のことで精一杯だから、秘密ってことでいいかな?」

                                    ⇔

 扉が開く。
「フリッツ……」
 中に入ると、ベッドの横に保育器が見えた。中では、小さな小さな命が静かに呼吸を繰り返している。
 先程までの騒ぎっぷりが嘘のように、フリードリヒが静かにファーシーへと近付いた。爽やかさすら感じてしまう空気を纏い、彼女の手を、ぎゅうっと握る。
「おつかれさま」
 その綺麗な微笑を、ファーシーは暫く瞬きすらしないで見詰めていた。時間が止まったかと錯覚しそうですらあったが、やがて、丸くしていた目を嬉しそうに細める。
「……うん。ちょっとつかれたかも」
 そう言うファーシーの頭を、彼はよしよし、と優しく撫でる。
「頑張ったな、偉かったぞ」
「えへへ……、そう?」
 照れたように笑って、彼女はフリードリヒを見返した。「女の子よ」と報告する。
「女の子かーーーー!!!!」
 瞬く間に、彼は普段の調子に戻った。出産前よりも更に勢いを増して喜ぶ。子供はどことなくルヴィに似ていたが、そんな事は関係無い素直な喜びだった。
「ファーシー、日本にはイチヒメニタローっていう諺があるんだぜ!」
「? イチヒメニタロー? なにそれ?」
「2人目は男な!」
「……ふたりめ……?」
 きょとんと見返すファーシーの顔が、理解と共に赤くなっていく。怒ったようだ。
「めちゃくちゃ大変なのよ! 簡単に言わないでよ、バカーーーーーー!!!」
 彼女は力の限りに、彼を殴り飛ばした。そう、機械の拳で。

              ◇◇◇◇◇◇

 ――時は戻り、8月22日の祭り会場にて。
「殴り飛ばしたのか……」
 2人目って言われてつい殴っちゃった。思い出話の中でそう言ったファーシーを、風祭 隼人(かざまつり・はやと)はまじまじと見た。今日はルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)と魂祭を訪れたのだが、ファーシーも祭に来ていると知って会いに来たのだ。ルミーナとは、しっかりと手を繋いでいる。
 そして、もう片方の手には携帯電話があり、その画面には子供の写真が表示されていた。保育器に入っていた時の生まれて間もない姿で、当時、彼女からメールで送られてきていたものだ。
 他にも、様々な子供の写真がメモリには保存されている。
 それにしても、ファーシーは攻撃が出来ない機体であるが――
「何か、思いっっ切りツッコミを入れたような気分だったわ」
 ツッコミは攻撃に入らないらしい。相手に対して害意が無いからだろうか。
「あら、笑いましたわ」
「……本当ね。今の話が面白かったのかしら」
 ルミーナが言い、一緒にいた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)も乳母車を見下ろす。環菜は御神楽 陽太(みかぐら・ようた)と連れ添っていた。夫婦共に浴衣姿で、陽太も微笑ましげな表情をしている。
「少しずつ、言葉を記憶してきているのかもしれませんね」
 赤子は機晶姫であり、内部機能を使えば、他の種族より言語を解するのも早いだろう。思考が可能であれば聞いた言葉を記録、整理し順序立てる事も出来る筈だ。
「うん。いつもはテレビとかラジオもつけてるのよ! 何か覚えるかな、と思って、音楽とかも聴かせてるの」
 そう言うファーシーは、とても幸せそうだった。
「それで、その後にみんながお祝いに来てくれて……」
「あ、そうそう!」
 そこで、合流していたノアが思い出したように手を叩いた。
「メティスさんがこの子をあやす時に『いないいないばぁ〜』をやっていました! あのクールビューティーなメティスさんがです! 本当、良い顔をするようになりましたよね!」

              ◇◇◇◇◇◇

 ――出産は終わった。
 一休みするだけの時を開けて、私室のような内装の病室でファーシーを囲む。ダリルが定期的に命のうねりを掛けていたこともあって、彼女は割合、元気だった。マットの中には最新機器が入っていて、ダリル達は常に状態を確認出来る。
 病室は穏やかな賑わいを見せていた。メティスとノアは、ぐずりはじめた子供をあやそうと、色々と試している。メティスが抱いている時はノアが子守唄――幸せの歌をアレンジしたもの――を歌ったり、ノアが抱いている時はメティスが笑わせようとしてみたり。
「いないいない、ばぁ〜っ」
「? ? ……きゃははっ」
「はい、どうぞ、ファーシーさん」
「う、うん……ありがとう」
 笑顔になった子をメティスから受け取り、ファーシーは優しく腕に抱いた。初めてでそれはどこかへたくそだったが、赤子は安らいだ表情へと変わっていく。
「やっぱり、お母さんの腕の中が一番落ち着くんですねー。ファーシーお母さんは偉大だなー」
 子供の間近まで顔を寄せ、ノアは微笑む。病室のドアが勢い良く開いたのは、その時だ。
「ファーシーさん出産おめでとうー!」
 助手としても現場に立ち会っていた未沙が、改めて祝いにやってきたのだ。
「おっぱい出るようになった? ドレドレあたしが確かめてあげよう」
 人間の場合は、胸が小さくても平らでも出産を期に母乳が出るようになるものらしいし、機晶姫も同じじゃないかな、と考えたのだ。必要になれば必要になったなりに体組織が変化なり活発化なりして対応するだろう。
 そんな反応を実際に確かめてみようというのが行動目的の半分。後の半分は趣味。出産で大きくなるならないは個人差があるようだしその辺も確かめたい。
 と、説明の為に数行使ったが実際はその場の皆が「え」とも「う」とも言わない間に未沙はファーシーに接近していた。服に手を掛け、もう片方の手で胸元を――
「ま、待つでありますよ!」
「み、未沙ちゃん!」
 だが、寸でで“何かあぶないであります!”と思ったスカサハが声を上げ、ピノが割って入った。
「あれ、ピノちゃんも確かめてほしい? いいよ、ピノちゃんもお年頃だし、」
 成長具合を……と未沙は獲物を変更する。彼女の襲い掛かる基準はスタイルのみに非ず。貧乳だろうと幼女だろうと襲う時は襲うのだ。
「! だから近付くなっつったんだ……!」
 慌ててラスはピノに手を伸ばした。腕を取ろうとしたところでしかし、ピノは続ける。
「そういうことするなら、まず変な想像しそうな男の人を追い出さなきゃダメだよ! おにいちゃんとかおにいちゃんとかおにいちゃんとか!」
「ちょっと待て何で俺だけなんだ。他にも何人もいるだろーが!」
「だって、レンさんもザカコさんにもダリルさんにもそんなにスケベなイメージないから」
「…………」
 何だか悲しくなった。だが悲しくなっている場合ではない。
「……煩悩の無い男なんか居るか。枯れてるやつも約1名いるが、あいつは特別だ、別枠だ」
 先程の物言いから、ピノは男の目は気にしているが女の目は気にしていない。人生経験が少ないからか女子間ではアリなのか男である彼には判らなかった。ただ、未沙の嗜好に思い至っていないのは確かだろう。制止をかけたスカサハは察したのだろうし、他の面子も気付いているのか、どこか硬直して成り行きを見守っている。
「あ……、うん、男の人の前ではまずいよね」
 2人の話に、未沙は我に返ったようだ。10月の着床の時は、男性に見せるのは抵抗がある、と、施術は女性だけでと希望していた。男の下心的なものに無頓着ではない彼女は、だが直ぐに明るい笑顔になる。
「じゃあ、男の人には外に出ててもらおっか! これも検査の一つだから! ね!」
「そうだね、じゃあ……」
「だから待てって! ! ……ピノ」
 ラスはピノの正面を向き、彼女の両肩を強く掴んだ。このままではファーシーとピノが未沙の毒牙に掛かってしまう。それで咄嗟に思いついた事。危機感を伝えるには、これしかない。
「いいか、朝野は男だ」
「え?」
 室内にも一斉に「え?」という空気が流れる。未沙本人は一際大きい声で「え?」と言ったが、彼はそれを全て無視した。
「今時、女の格好した男なんか珍しくないだろ。こいつもそうだ」
「……そうなの?」
 ピノは驚き、ラスから未沙に目を移した。男だとしたら、直に胸に触れるなど立派な変態行為である。彼女でも、その位は、解る。
(男の子だったんだ……? どう見ても、女の子だけど……)
 でも、確かに最近は身体つきさえ女子に見える男子、というのもいる気がする。
「ファーシー、体調どう? ……って、どしたの何かあった?」
 その時、モーナが遅れて病室に入ってきた。場の空気に首を傾げる彼女に、ノアが「それがー……」と困った様子で説明した。「えっ、また!?」とモーナは驚く。
「うーん……」
 困った癖である。性欲は誰しも持つものであり、止めることは出来ない。だが、恋人関係にだけ許される――という事もある。
「とにかく、そういう行為は禁止ね。本当に知りたいなら、検査の方法が他にあるから」
「はーい……。あ、ところでファーシーさん、この子の名前ってもう決めたの?」
「え、名前? 名前はね……」

              ◇◇◇◇◇◇

「ファーシー君」
 話をしながら出店を周り、休憩しようと屋根のある救護所の1つへ行く。暫くそこでお喋りをしていると、コネタントが榊 朝斗(さかき・あさと)とそのパートナー達3人と一緒に顔を出した。朝斗がファーシーに笑いかける。
「イディアちゃんを預かりに来たよ。花火の時間も近いしね」
「あ、うん、ありがとう!」
「んー? 子供、預けるのかー?」
「うん。花火の音って、やっぱりすごいみたいだから。朱里さんの話を聞いて、わたしも預けておこうかなって。それで、連絡したの」
 振り向いたフリードリヒに、ファーシーはそう説明した。
「俺も一緒にいてやろーか。パパ修行ならばっちりしたから大丈夫だぜ?」
「え、でも……」
 浴衣を選ぶ時も待っていて貰ったし。
「フリッツも、花火見たいでしょ?」
「まだ、親と長い時間長距離離れるのはかわいそーな年だしなー。花火は今年だけじゃねーんだし? 祭りなら今、まわってきただろー?」
 景気の良いお囃子に沢山の屋台や出店、山車の掛け声。確かに、お祭りの雰囲気は感じられたけど、それでも、夜にもまた、違うイベントがある。
「ばぁ」
 出店で買ったおもちゃを持って、じーっとファーシーを見ていたイディアが、フリードリヒを見上げた。どことなくふくれていて、怒っているようにも見える。
「……ううん。朝斗さん達に預けるわ。こうして来てくれたんだし。それにね、フリッツ……。わたしはね、フリッツにだけがまんさせるようなこと、したくないわ。がまんする時も楽しむ時も、共有したいの。……だから」
 一度、彼女は言葉を切って。
「下僕としてついてきなさい!」
 命令口調でそう言った。イディアがきゃらきゃらと楽しそうに笑う。
 ――ね。この子もそう言ってる。
「にゃー、にゃー!」
 そこで、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の肩に乗っていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が声を上げた。ハンドベルト筆箱から出した鉛筆でメモを認め見せてくる。そこには、『任せて!』と書いてあった。
「うん、よろしくね」
「安心して楽しんできて。私もお世話がんばるから」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も意気込みを込めてファーシーに言う。少しでも赤ん坊の世話の勉強をしたい。ルシェンは、そう思っていたから。
「お子さんの名前……イディアにしたんですね」
 アイビスは、優しい眼差しを子供に向ける。
「そう。イディア・ラドレクトよ!」

「初めての出産、大変だったけど、よく頑張ったね」
 朝斗達を見送って全ての話を聞き終えて、朱里はファーシーを改めて労った。お正月の、自分の出産当時の事を思い出す。
「私自身も経験があるから、その痛みや苦しみは良く分かる。だからこそ、その大きな壁を乗り越えて新しい命を迎えた時の喜びは、何物にも代えがたいんだけどね」
「……そうね」
 10月からあった色々な事を振り返り、ファーシーも頷く。新しい感情を知った。新しい痛みを知った。その体験を経て、大切な存在を手に入れた。
「今は退院して普通の生活に戻ってはいるけど、最初の頃は無理しちゃだめよ。授乳におむつ替えに夜泣き、突然の病気。新米お母さんには夜も昼も無いんだから。
 おいしいものを食べて栄養をつけて、休める時にしっかり身体を休めておくのも大切。特に今は暑い夏なんだし、育児疲れの上に夏バテなんてことになったら、赤ちゃんだって可哀想だもの」
「朱里さんは、夏バテとかしたの?」
「私は、何とか元気よ。……でも、たまにはこんな風に羽を伸ばすのも良いかもね。家に閉じこもってばかりいたら、ストレスだって溜まっちゃうもの」
 夕日に染まる空を見ながら、朱里は言う。のんびりした気分で話し、気付くと、じっ、とファーシーの視線を受けていた。少し驚いたように目を丸くし、朱里に注目している。
「……やっぱり大変なのね、子育てって」
 これからの生活に気後れしてしまっただろうか。ファーシーはまだ一ヶ月も経っていない。脅かすつもりはなかったんだけど、と、苦笑する。
「……ごめんね。ちょっと怖がらせちゃったかも。でも、『気負わず無理せず、自分自身のことも大切にしてほしい』ってことを伝えたくて」
 すると、ファーシーはにっこりと、笑った。
「うん、大丈夫。今日も、こうして楽しいし」
「分からない事、不安な事は何でも聞いてね。そうやって助けあうのも『ママ友』なんだから」
 2人で笑いあっていると、遊んでいた健勇とエルモ、そしてアインが帰ってきた。
 彼等の行っていた先で、朱色の灯りがずらりと並び、通りを照らし始めていた。提灯の灯火だ。
 そして、その灯りの先からスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)がこちらに向かってきている。何故か、誰も乗っていない電動車椅子を押していた。
「やっふぅー! ファーシー様! アクア様! お迎えに来たのですよ!」
 元気一杯という感じにそう言い、スカサハはファーシーに話しかける。
「出産以来なのですよ! 経過は良好ですか?」
「うん、おかげさまで大丈夫よ。スカサハさんも、あの時は補助をありがとう!」
 ヒラニプラの病院での事を思い出して、ファーシーはお礼を言う。それから、さっきから気になっていたことを彼女に訊いた。
「ところでスカサハさん……、その車椅子は?」
「あ、これでありますか?」
 一度車椅子を見下ろして、スカサハはファーシーと目を合わせる。少し、心配そうな表情をしていた。
「産後は無理しちゃダメって、朔様が言っていたのですよ? 歩ける事に越したことはないですが今日は電動車椅子で移動しましょう」
「……え? わたしのため……?」
「そうであります!」
 びっくりするファーシーに、スカサハは明るい笑顔に戻って頷いた。
「…………」
 改めて、ファーシーは車椅子に注目した。これは、パラミタに多く普及している型の電動車椅子で、以前に彼女が使っていた魔法電池型のものとは違う。だけど、何となく、懐かしい感じがした。
 車椅子の背もたれを、指でそっと触ってみる。
「……そうね。久しぶりに乗ってみるのもいいかな」
“魔法電池型車椅子”には彼女が機体を得たその直後からお世話になった。だからだろうか、この車椅子を見ていると、原点に戻れるような気もする。
 ゆっくりと座ってみると、なぜかしっくりときた。
 スカサハが笑う。
「皆様と一緒に今日は楽しみましょうね、ファーシー様!」