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地球に帰らせていただきますっ! ~5~

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地球に帰らせていただきますっ! ~5~

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 ■ 宇宙研究所への里帰り ■




 ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)が里帰りしている宇宙研究所は広大な敷地の中にあった。
 周囲には木々が茂り、建物の周りはきれいに刈り込まれた芝生や色とりどりの花壇が整然と配置されている。
 木々の間にひときわ高く見えているのは恐らく、発射台の模型なのだろう。
 それを指さして騒ぐ子供たちを、引率の女性がたしなめている。
 家族連れの姿が目立つのは、夏休みの期間だからだろうか。
 宇宙研究所を訪れる人の数は多い。けれど、その広さの為か混雑しているようには感じられなかった。


「なんだか凄いところだよね」
 桐生 理知(きりゅう・りち)は物珍しく周囲を見やった。
 理知は生まれも育ちも日本で、アメリカに来るのは初めてだ。研究所、なんて名前のついた所に入ったこともないから、どこもかも見慣れないものばかりだ。
 これまでに知っている『家』とは随分違うけれど、ルシアにまつわる場所だと思えば、理知の興味もかきたてられる。
「ここでムーンチルドレンの研究をしてるのか……」
 以前からムーンチルドレンに関心を持っていた神条 和麻(しんじょう・かずま)は、研究所の建物を眺めて呟いた。
 和麻がここに来たのは、ムーンチルドレンへの興味と、ルシアのことをもっと知りたいという願望からだ。スタイリッシュなデザインの巨大な研究所の建物は、いかにも奥深くに秘密を隠しているように見える。
「ルシアとの待ち合わせの場所は、っと……エクス、この看板、何て書いてあるんだ?」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は通訳にと連れてきたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に、案内板を指して尋ねた。
「おい唯斗、わらわは完全に通訳扱いか?」
 案内板で目的地を探しつつ、エクスはぼやく。
「その為に連れてきたんだからな。俺、日本語以外全然駄目だ」
「堂々と言うべきことではなかろう。契約者となればその時点でどの者も、地球とパラミタの言語を操れるようになると言うのに、おぬしという奴は……」
 言葉が分からないのはともかく、その為に自分がかり出されるのはたまらない、とエクスは大仰にため息をついた。けれど唯斗のほうはそんなため息など何処吹く風と、まったく気にする様子もなく。
「場所は分かったか? じゃー、行くぞ!」
 エクスが指差した場所を頭に入れると、さっさと先に立って歩き出した。


 指定されていた建物に近づくと、ルシアはもう扉のところで待っていた。
「あ、来た来たー。迷わなかった?」
「案内がしっかりしていたからな」
 勝手が分からない見学者にも分かり易いように工夫された案内図があったから、と和麻は答える。
「でも、迷うんじゃないかと思って緊張したよ。ここからははぐれないように手を繋いでね」
 こうすれば大丈夫、と理知はルシアと手を繋いだ。はーいと笑うルシアは頼もしく見える。いつもは守りたくなることの多いルシアがそう見えるのは、やはり研究所という場所がルシアにとってくつろげる場所だからだろうか。

「まずは部屋に案内するね」
 荷物を持ったままでは大変だろうからと、ルシアは研究所の居住棟に向かった。
 すれ違う研究員の中には、ルシアに話しかけてくる人もいる。
「その人たちはパラミタの友達?」
「うん。今は向こうも夏休み期間だから」
 ルシアも気さくに返事をする。
「ここがルシアちゃんのいたところなんだね……」
 そんな様子を見て理知がしみじみ言うと、ルシアは違うよと笑った。
「私はムーンチルドレンだから、生まれ育ったのは月にある宇宙基地アルテミスよ。契約するまでは、地球にも来られなかったくらいだものー」
「え、そうなんだ。だったらどうしてアメリカに里帰り?」
 不思議そうに尋ねる理知に、ルシアは答える。
「この研究所にはお世話になった人がたくさんいるし、親代わりをしてくれた人も今はこっちにいるからね」
「ルシアちゃんはその人に会いたくてこっちに来てるんだね。私もご挨拶したいな」
「俺も会ってみたいな。ムーンチルドレンの研究に携わっている人の話を聞いてみたいし」
 和麻もそう言うと、ルシアはいいよと頷いた。


 荷物を置いた後、ルシアは親代わりの研究員とカフェテリアで待ち合わせをした。一般用のカフェは混み合っているけれど、こちらは研究所関係者が休憩に使う場所だから、席はかなり空いている。
 ルシアたちがカフェテリアに入っていくと、その一角にあるテーブルにいた女性が軽く手を挙げた。
 40代前半というところだろうか。黒髪をきっちりとまとめ、クラシカルな眼鏡をかけている。着ている白衣もおろしたてに見えるほどぱりっとしていた。
「その子たちがパラミタでの友達ですね。初めまして、ここで研究員をしているメディア・ジェファソンです」
「私は桐生理知、ルシアちゃんの親友だよ。良かったらこれどうぞ。空京菓子の詰めあわせ、口にあうといいな」
 理知は手みやげにと持ってきた菓子を差し出した。
「ありがとう。あとで研究所の皆といただきます」
 それらのやりとりは英語でなされたから、何を言っているか唯斗には分からない。けれど自己紹介をしあっているのは察しがついたから、唯斗もきちんと名乗る。
「はじめまして、紫月唯斗と言います。パラミタではルシアさんの護衛やお世話等、手伝いを主にしています。所属は葦原明倫館でハイナ・ウィルソン総奉行の下で忍びをやってます。宜しくお願いしますね。メディアは日本語は出来ますか?」
 唯斗が言ったことをエクスはメディアに通訳した。
「ごめんなさい。日本語は分からないです」
 メディアは首を振り、ルシアが英語から日本語に切り替えて唯斗に説明してくれる。
「うちの研究所では日本語を使う習慣無いの」
 契約者となってからはルシアも日本語を理解できるようになっているが、研究所内にいる時は英語を使うし、パラミタでは主にパラミタ語を使用している。日本語以外全く駄目な唯斗にとっては、なかなかにきつい状況だ。
「心配はいらぬ。わらわがしっかりと通訳してやるからの」
 ふふんと得意げに笑うと、エクスも名前を名乗った。
 それに続いて、和麻も名乗ったのだけれど……。
「シンジョウカズマ、ね」
 メディアはつと眼鏡に手を当てて和麻の顔をじっと眺めた。
「な、何か……?」
 この反応はなんだろうと和麻が焦っているうちに、メディアはふと息をついて元の体勢に戻った。
「まったくこれだから若者は……。よろしいですか。学生は学生らしく、節度ある行動を心がけるべきです。いきなりルシアの胸を揉みしだくなど論外も論外ですからね」
 いきなり釘を刺され、和麻は驚く。
「それってまさかあの時の……って誤解だ! 俺はただ……」
「胸に顔くっつけただけだよねー」
 にっこりとルシアがフォローしてくれるけれど……。
(それ、フォローになってないから!)
 和麻は心の中で全力で訴えた。
 確かにルシアの胸に顔をうずめはしたがそれは事故のようなもので、ましてや揉んだのは別の人間だ。
「若さ故の衝動も理解出来ないことはありません。ですが、私はルシアの親代わりとして、不純な交際を認めることは断じて致しかねます」
「衝動、って……というか、俺たちは交際とかそういうのでも……」
 まさかそんな話となって伝わっているとは予想外で、戸惑っているうちに和麻は、メディアからたっぷりとお説教をくらうことになってしまったのだった。


 お茶を飲みながら歓談していると、話題は自然とルシアにまつわることになる。
「月ではどんなことをして過ごしてたんだ?」
 唯斗の質問にルシアが答える。
「ほとんどずっと勉強してた。あとは宇宙遊泳とかもしたよ」
「ルシアちゃんの小さい頃って、どんな子だったのかな?」
 理知の問いにはメディアが答えた。
「勉強も運動も良くできる、利発な子供でした」
「好奇心旺盛だった?」
「ええ。学習意欲も高く、積極的に知識を取り入れようとしていました」
 そう答えるメディアの様子には、出来の良い生徒を誇る気持ちが表れている。そのメディアに向けるルシアのまなざしも、信頼と好意に溢れている。
 そんな様子を眺めながら、和麻はふと思う。
(そういえば、最近帰ってないな……たまには帰ったほうが良いかな……?)
 和麻には血縁はいないけれど、親代わりのお爺さんがいる。パラミタでの毎日に追われ、つい帰りそびれていたけれど、自分も里帰りした方が良いのかも知れない、そんなことを思って和麻は苦笑した。

 ルシア個人に関する話が一段落したところで、和麻は切り出した。
「ムーンチルドレンについて教えてくれないか」
 聞ける範囲でいいから聞きたいと和麻が言うと、メディアはそれならと研究所の見学を勧めた。
「私からお話し出来ることはありません。ただ、この研究所でしていることに興味があるのなら、一般人向けの見学ルートが幾つか設定されていますから、それを回ってみると良いでしょう。そこで公開されている以上のことは、いくらルシアの友達でも教えるわけにはいきませんからね。それに展示室は一般の人にも分かり易いように説明がされているから、私が説明するよりも理解しやすいと思います」
「なんなら私が見学コース、案内してあげようか? 今は特別展示もやってるよ」
 ルシアがそう申し出てくれる。
「だったらお願いしたいな」
「俺も研究所内は見ておきたいところだ」
「私も行く!」
 唯斗と理知も研究所の見学を望んだが、エクスだけは見学よりももっとしてみたいことがあった。
「わらわは明倫館で食堂を取り仕切っておるのだ。できれば世話になる研究所の皆の分の食事を作らせてもらいたい」
「そう? さすがに他の皆の分は頼めないけれど、それなら私たちの分をお願いしましょうか」
 厨房はこちらです、とメディアはエクスを案内していった。



 楽しい時間は早く過ぎる。もう、という間に寝る時間となってしまった。
 それぞれに割り当てられた部屋に向かう途中、理知はルシアに頼んでみる。
「今日はルシアちゃんと一緒の部屋で寝てもいい?」
「うんいいよー。ベッドが1個しかないから、簡易ベッドになるけど」
「わらわも一緒させてもらって良いか」
 エクスにもルシアはいいよと同じように答える。
「俺も出来れば一緒が良いんだがなぁ」
「うん、いい……」
 どさくさに紛れて言う唯斗にも頷こうとするルシアを、理知が慌てて遮った。
「駄目だよ! ほんとにもう、何を言い出すのかと思ったら」
 早く行こう、と理知はルシアの手を引いて、部屋に急いだ。

「ここだよ」
 ルシアが開けた部屋は、やたらと殺風景だった。飾り気のない部屋の中に、ぽつんと机とベッドがあるだけだ。
「これだけ?」
 理知が面食らうと、ルシアはううんと笑う。
「何もないように見えるけど、机にはパソコンが内蔵されてるしー、テレビとか画像は壁に映せるようになってるんだよ」
 研究員に頼んで簡易ベッドを2つ入れてもらうと、それだけでいっぱいになってしまうくらいの大きさの部屋で、寝るまでの間、3人はお喋りに花を咲かせた。
 それにも疲れて眠りにつこうとする時、エクスは率直にルシアに尋ねた。
「のぅルシアよ。姉上ハイナに会いたい、一緒に暮らしたいとは思わぬのか? 思うのなら明倫館に来てみれば良いかろ。良い所だよ」
「ハイナさんはお姉さんだけど、実感が湧かないし、今まで別々の生活を送っていたから、これからも今までのままでいいと思う」
「転校する気はないということか?」
「うん。ニルヴァーナの調査もあるし、イコンも勉強したいから、まだまだ天御柱学院にいるよ」
 迷い無いルシアの返事に転校を勧めても無駄だと悟ったエクスは、そうかと頷いて眠りに落ちていった。



 そして翌日。まだしばらく研究所にいるというルシアを残し、皆はパラミタへと発つ。
「ルシアとリファニーのことは任せろ! しっかりお世話するぜ!」
 唯斗はそう請け合った。
 和麻はルシアに聞いてみたかったことを尋ねてみる。
「今の生活は楽しいか?」
 その問いに、ルシアは即答した。
「毎日新しい発見があって楽しい!」
 曇り無く明るいその笑顔が、何よりもルシアの今の状態を語っていた。
 和麻はこの笑顔が消えないように守らなくてはとの想いを胸に、パラミタへと帰ってゆくのだった。