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よみがえっちゃった!

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「今目を覚まされてもいろいろと面倒くさいから、このまま連れて帰っちゃいましょ」
 というアイシスの提案で、真人はセルファの肩を借りて運び出されて行った。
「みんな、巻き込んでしまってすまんのじゃ。正気に返った真人と、後日あらためて謝罪するでな」
 軽く頭を下げて、白も帰って行く。

 このころにはもうほぼリカインやアルツールたちの戦いも終わっていた。
 モヒカンたちチンピラから札を奪って燃焼していたクロ・ト・シロも、場の流れを読んで魔王軍が不利と見るや、適当なタイミングで姿をくらましてしまっている。


「これで片がついたのか?」
 パートナーたちとともに気絶した一般人を戦闘の場から退避させるなど裏方に徹していた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、だれにともなくつぶやいたときだった。

「甘いですわ」
 ぽつっとヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が答えた。

「ヴェルリア?」
「いいですか? 魔王というのは、必ず1度はあっけなく倒れて正義側を油断させるんです。そして気を緩ませたころにすべてを影で操っていた黒幕が登場するというのがセオリーというもの」
「って、いきなり何を言い出すんだ?」
 断言するヴェルリアに驚く真司の前、さらに彼女はリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)を指差してこう言った。

「つまりあなたがその影の支配者というわけよ、リーラ! いいえ、大魔王リーラ!!」

――え゛っ!?

「この未曽有の世界の危機にあって、世界を守護する女神として目覚めた私には分かるのです! 信じて、柊さん!」
「ヴェルリア……おまえ、どうし――」
 と、そのとき真司の視界の隅っこに、とある姿がちらりと。


「あなたの前世か過去の記憶をよみがえらせてあげるのですー。もちろんタダですよー」
「え? ほんと?」
 エマーナ・クオウコル(えまーな・くおうこる)が喜々として応じていた。


「い、いつの間に…。
 ――はっ! ということは、まさかヴェルリアもか!?」
 急ぎ目を戻した先。

「ククッ。ばれちゃあ仕方ないわねえ〜。そう、あたしが真のラスボスよぉ〜」
 リーラが胸を張っていらぬ対抗をしていた。

「って、おまえも乗るな! リーラ!」

「まぁまぁ。たまにはこーいうのもいいじゃない〜?」
 真司が叱りつけてもどこ吹く風。今にも吹き出しそうに口元をヒクヒクさせて、笑って見ているだけだ。

 リーラの悪い癖が出たな。

 外見的には生きた剣そのもの、実体はポータラカ人のソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)が心話で伝える。かなり真司に同情しているようだ。
 真司は思わず顔をおおってしまう。

 そんななか、ヴェルリアだけが真剣に、わが意を得たりとの真剣な表情でリーラをにらみつけ、向かい立つ。
「やはり! そうでしたか。たとえだれの目をごまかせても、女神たる私の神眼はごまかせません! いまやあなたの正体は白日の下、明白となりました! ここにいたってはもはや言い逃れは不可能!
 大魔王リーラ! 今日こそ決着をつけましょう!」

「ふう〜ん。私とやろうっていうのね〜? じゃあちょっとだけ本気見せてあげようかしらぁ」


 大魔王リーラの暗黒の気がふくれ上がった! ――ような気がした。

 ゆらりとかげろうのように揺らめいたと思うや体の輪郭線がぼやける。と、みるみるうちにリーラの体は変形をはじめた。腕にウロコが現れて肩口にドラゴンのような首が生え、背面には尾や翼まで生える。

 もちろんこれは彼女本来のドラゴニックアームズドラゴニックヴァイパーであって、占い師の術とは何の因果関係もありませんし、リーラが本当に大魔王だからというわけではありません。一応念のため。


「――くっ…」
 いかにも魔王然となったリーラの姿に威圧されながらも、ヴェルリアは必死に心をふるい立たせる。
「それがあなたの本当の姿というわけですね…。
 いいえ、負けません! この世に平和を求める愛と勇気と友情がある限り、人は決して屈したりはしないのです! ねえ、柊さん?」

「えっ?」
 急に同意を求められ、真司は言葉に詰まってしまった。
「ここで俺か…?」

「真司。ほらどうしたの? セリフは?」
 主よ、耐えろ。これもアルカトルの心の平和のためだ。

 完璧面白がった2人が――ソーマは幾分同情気味ではあったが、それでも――さらに真司を追い詰めようとする。

「……ああ、もちろんだ…」
(あとで覚えていろよ、リーラめ)
 周囲の仲間たちのジロジロ見つめる視線を感じつつ、真司は顔から火が出そうな思いで口にする。


「柊さん! 世界の守護者たる女神の名において、あなたに祝福の力を授けます! これを受け取ってください。聖なる武器です」
 と、ヴェルリアは自らの武器リトル・アトラスを差し出す。
「私には分かっていました。あなたこそが世界を救う真の勇者! 今こそ目覚め、その力でもって巨悪の化身、大魔王リーラを葬り去るのです!!
 さあ、鬨の声を! 勇者として名乗りを挙げてください! 愛と勇気と友情をその身に宿す勇者として! きっと仲間たちはそれに応え、あなたとともに戦ってくれるでしょう!」


「……う。ちょっと待て。なんだ? それは」

 ――勇者はいきなり攻撃をしかけたり、不意打ちをしたりせず、堂々名乗りを挙げてから戦うものですから。もちろん。



「……っ……っ……!」
 もはやリーラは笑いをこらえきれない。
 おなかをぷくぷくさせながら必死に吹き出すのをこらえてふくらんだほおで失笑している。


(ここでか? みんなが見ているここで、俺にそんな恥ずかしい言葉を口にしろと!?)
 どんな罰ゲームだ、それは。

 がんばれ主。我はどのようなときであろうと主の味方だ。決して主は1人ではない。そばにいるぞ。


 このときばかりは「嘘をつけ」と言い返したかったが、それでも真司は努力してみることにした。
 もはやだれに向けての努力なんだか真司にもよく分からなくなっていたが。

「大魔王リーラよ。お、俺は……女神に選ばれた、ゆ、勇者として、あ、あ、あああ愛――」
 そこで真司の心は折れた。

 ガクリ。ひざから倒れて、その場に両手をつく。


「だめだ……これ以上、俺にはできない…! は、恥ずかしくて…」
 勘弁してくれ。

 いまだかつてこれほどの強敵がいただろうか!? たとえどれほどの力を持つ敵であろうと、どれほど痛めつけられ、血を流しても、決して屈しなかった心が。
 今、ポッキリと折れていた。
 しかも、よりによって自分のパートナーたちによって。


「柊さん! しっかりしてください!! 大魔王を討たねばこの世界は終わりなのですよ!!」
「そうよぉ〜真司。ほらほら、立ち上がって〜。勇者はどんな敵を前にしてもあきらめないものなんでしょ〜?」
 主のなかで、これは完璧黒歴史化するのであろうな…。


 三者三様の反応を背中で感じながら、真司はひっそり涙をこぼす。


 そこに、真司にとっては救い主、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)にとってはどうなんだろう? な人物が進み出た。


「僕が真の勇者・柊さんのかわりに戦います」
 霜月のパートナーで未来人のソーマ・赤嶺(そうま・あかみね)だ。

 彼もまた、占い師の術によって、自分が悪魔狩りハンターであったことを思い出していた。
 大魔王リーラはハンターである彼にとって、宿敵ともいえる存在だ。

「お借りします」
 と、恭しく女神ヴェルリアの手からリトル・アトラスを受け取って、ソーマはいまだ立ち直れないでいる真司に向き直る。

「柊さん、勇者はあなたです。僕には時間稼ぎしかできない。ですからどうか早く、真の勇者として目覚めてください」
「え? ちょっと」
 目覚めるって何ソレ?

 真司は思わず手を伸ばしたが、ソーマはそれに気づいた様子もなく、リーラへと向かって行く。


「大魔王! 覚悟!!」
 叫ぶなり、隠し持っていた水筒の中身をぶつけた。
 ビチャッ! と音がして、中身の液体はリーラの顔から胸元にかけてを濡らす。
「……何? これ…」

 ――水です。


「ばかな!? 聖水が効かない!?」
 ソーマは本気で驚愕している。
「そ、そうか……大魔王ほどにもなると、この程度では効果を与えられないというわけか…!」

 一方リーラは、何か得体のしれない液体をかけられびしょ濡れにされて、かなり立腹していた。

「来なさい! 相手してやるわ〜若造が!!」
 突き出した腕から生えたドラゴンの頭が火炎放射を浴びせた!
 しかしソーマはこれをものともせず、自ら炎に飛び込み突っ切るとクロスファイアを放つ。
 リーラが背後へ跳んで避けるのを見越して、一気に跳躍するや間合いへ飛び込んだ。
 アンボーンテクニックが発動する。戦いは肉弾戦に移った。


「すみません、うちの不肖の息子がとんだ真似を…」
 恐縮しきった霜月が真司へと近寄った。
 霜月の服や髪がしけっているのは、彼もまた聖水――と称するただの水――をかけられた1人だからである。
 そしてその後
『悪魔め! いくら人の姿をとろうとも騙されないぞ! 正体を見せろ!!』
 と、今のリーラのように攻撃を受けたのだが、かといって息子を攻撃することはできず、防御に徹して結局逃走してしまったのだった。

「いや、うちのリーラもかなり悪ノリしてて――」


「雑魚ごときがいきがるんじゃないわよ〜! 勇者でもないおまえなど、これでじゅーぶん!」
 真司や霜月の前を、火炎が走り抜けた。
 ガツンガツンぶつかり合う音とともに、リーラの、怒っていながらもどこか楽しげな罵倒が響く。


 あああ。
「……すみません」
「いえ。
 あの子も、これで正気を取り戻してくれるといいのですが」

 2人が見守るなか、リーラとソーマの戦いは続く。
 といっても、あきらかに3つ首のドラゴニックヴァイパーからの噛みつきやドラゴニックアームズによる火炎放射を持つリーラの方が、攻撃力も何もかも上。しかも正気で、手加減をしているからこそ2人ともかすり傷程度ですんで、けがらしいけがを負っていないのだが。
 問題は、彼女がこの戦いを楽しんでいるということか。


「リーラ、いいかげんにしろ。本末転倒してるぞ」
 するどくそれと見抜いた真司が指摘する。

「あら〜。じゃあこれでおしまいにしましょうか」
 リーラは竜の口で受け止めていたソーマの銃を突き放し、火炎放射で距離をとらせる。


「ククク……よくぞ我をここまで追い詰めてみせた。その褒美として、わが本体を見せてやろう!」


 リーラの体から、破鎚竜エリュプシオンが現れた!
 全長3メートルにおよぶ竜が一体どうやってリーラの体に収納されていたのか――そのからくりを知らなければ、まさしくリーラが竜と化したように見えるに違いない。
 実際はその巨体の影に隠れてしまっているだけなのだけれど。

 エリュプシオンは咆哮を挙げるやソーマに向かって次々と火球を放つ。
 ソーマはそれを跳んで避けた。
「おのれ大魔王め! 追い詰められて、ついにその正体を現したな!」


「柊さん、あれは!?」
 リーラのやつ、あのようなものまで出して……ますます収拾がつかなくなってきておるぞ。

 これはさすがに傍観していられないと、真司も止めに入るべく立ち上がる。
「行きましょう、赤嶺さん」
 霜月と2人で割って入ろうとしたときだった。

 がらりと音がして、入り口が引き開けられる。


「魔王はここか!!」

 夕刻の赤い光を伴って、全身黒ずくめの男が現れた。
 彼の名はブラッディ・ブラック。暗黒の魔界よりこの世界に這い出てきた魔物たちを闇より狩り出し、討つ黒騎士である。

 かつては彼も平和を享受する、ただの人間でしかなかった。世界の暗部でそのようなことが起きていることも知らず、ただ毎日を謳歌していた。
 しかし愛する家族を魔王率いる魔物たちに目の前で皆殺しにされたことでその日常は一変する。
 そして唯一生き残った彼が瀕死状態から目覚めたとき、彼はその肉体に彼らと同種の力を宿していることを知った。

「そのことを嘆きもしたが、力なき人々を守るため、私と同じような人を生み出さぬためとあらば、この残酷な運命を受け入れよう。
 われはブラッディ・ブラック!! 闇の肉体に光の心を併せ持つ、正義の黒騎士なり!!」

 ――まあ、その正体は言わずと知れたアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)なんですけどね。



「あっ、あれはマスター!」
 現れたのが彼と知った完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が、喜々として声をあげる。


「わお、マスターってば! あんなこと口走るってことは、マスターも術にかかっちゃってたんだねー。でも、変な術をくらっても、やっぱりマスターはカッコいいままなんだ!」
 外からの風を受けてはためくブラックコート。きりりとしたアルクラントの表情に、ペトラは見惚れてしまう。


 なんかちょっと感性ズレてる感じはするけど、そこはパートナーの欲目ということで。


「いいなー。あれと似たようなコート、僕もほしいなー。そしたらマスターとおそろいになるしー。冬物のフード、黒猫にしようかな。ちょっとケープの丈も長くしてー……お願いしたら、シルフィア作ってくれるかなぁ。僕と違って、お料理以外は何でもできるもんなー。うらやましいや」


 なんだかどんどん別方向へそれていっているペトラの思考をよそに、カツカツとブーツの靴音をたてながら歩き出したアルクラントは、肩にかけてあった己の愛銃ライジング・トリガーを引き下ろす。

 その銃身に施されているのは太陽と月の意匠。闇の力を内に秘めた黒騎士が持つには似つかわしくないかもしれないが、これらには魔術的な力が込められており、撃ち出す竜の角で作られた弾丸の威力をさらに増幅する能力を秘めている。

「魔王よ、よく聞け!! このライジングトリガーから放たれる雷は一切の邪悪を砕くのだ!」

 ――そんな能力ありません。


「そしてわがまといしB.B.ケープに宿りし魔力が聖槍と化して、おのが穢れし魂を貫く必殺のライジング・アールとなる!」

 ――それ、レンタル服です。



「これを受けて屈しなかった闇の生物などいない!
 さあ、魔王よ、私が冥界へ送ってやる。きさまたちはきさまたちのそう在るべき場所へと逝け!!」


 ライジング・トリガーの引金が絞られ、銃口が火を噴くかに思われた次の瞬間。
 飛来した火球がアッサリ彼を背後へはじき飛ばした。


「わー! マスター!」
 ペトラがあわてて駆け寄る。


「んも〜。あなた、演出過剰でうるさいのよ。よけいな解説つけないで、攻撃するならさっさと攻撃しなさい」
 リーラは腰に手を当てて苦言を呈するが、派手派手しく吹っ飛んだあげくドアに頭をぶつけてきゅうっと目を回したアルクラントは、ひと言も聞いていなかった。


 そんなリーラに横手から襲いかかる影が。
「――はっ!」
 反射的、上げた腕の竜口で受ける。

 それはもちろん、ソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)を手にした真司だった。


 少し離れた場所ではやはり霜月が参戦して、エリュプシオンの火球攻撃から息子ソーマを護りつつ、何か説得しているようである。
 しかしそんな霜月をやはりソーマは魔王の手先の悪魔と思っていて、うまくいっていないようだった。

「悪の用いる甘言など、僕には通用しない!」
「違います。あなたがそう思い込んでいるだけです」
「黙れ! もう何も聞きたくない!」
 混乱した怒声とともにスプレーショットが霜月に向かって放たれるが、これを霜月は楽々とかわす。

 その動きから、真司は向こうは彼1人で十分対処できると判断し、気にするのをやめた。


「遊ぶのもいいかげんにしろ。本末転倒していると言っただろう」
 見ているヴェルリアの手前、ギリギリ押し合っているふうを装いながら、リーラにだけ聞こえる声で言う。

 大魔王は勇者によって滅ぼされなくてはならない。それが勧善懲悪。
 しかしそもそもこの戦いはリーラが悪ノリしたから始まったことで、魔王真人のときと違い、もう術で暴走した者への対処法は判明している。

「負けるなんて真司相手でもイヤだし〜。とすると、残る手段はあれだけか」
 仕方ないわね。
 そう言うように素っ気なく肩をすくめると、真司の攻撃を受けて吹き飛んだように見せかけてヴェルリアへ接近した。

 床を転がり、はね起きて、素早くヴェルリアの胸から下がった銀の十字架を引き千切る。

「あっ…!」
 この銀の十字架こそが「今のヴェルリア」であり、体はその入れ物でしかない。
 ヴェルリアは突然引きはがされた衝撃に驚くと同時に失神した。
「はい、おしまい」
 リーラはエリュプシオンを呼び戻す。
 そのころにはもう霜月もソーマを刀の鞘でみね打ちして、気絶させていた。


「この場合、悪側の勝利になるのかしら〜? ねえ真司?」
「さあな」
 真司はリーラにソーマを渡し、自らは意識を失っているヴェルリアを抱き上げて運んで行く。
 その後ろをリーラは軽くスキップを踏みながら、鼻歌まじりについて行った。

「ああ疲れたわぁ。ヴェルリアにはあとで何かおごらせなくっちゃあね〜」
 自分を「世界を護る女神」と宣言していたことなど話すと、きっと真っ赤になって弁明するだろう。早くもその姿を想像して笑いをこみ上げさせているリーラに、何を考えているかを見抜いて、ソーマはそっとため息をついた。