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第7章 暴走

「それでは、ツチノマリの精神操作処置を開始する」
 研究者たちは、ガラス張りの浴室の中で熱心に身体を洗っている、茅野茉莉(ちの・まつり)をみつめながら宣言した。
 ツチノマリ。
 まさか、その名前が、自己催眠を仕込んだうえで誘拐されている茉莉の仮人格が名乗っているものだとは知らずに、研究者たちは実験を続けていた。
 ツチノマリは、研究者たちからみれば、いたって従順で、素材としては申し分ないものに思えた。
「マリ。身体はきれいになったか?」
「はい。一生懸命洗って、ぴかぴかにしました。身体の隅々まで、ご覧下さい」
 そういって、マリは浴室の中で立ち上がって、ガラスの向こうの研究者たちに裸身を向けた。
 マリの肢体をみつめる研究者たちの瞳が、不気味にらんらんと輝いている。
「よし、それでは、床にあるヘルメットをかぶれ」
「はい」
「私たちに仕えることに、悔いはないか?」
「まったくありません。むしろ、身よりがなく、行き倒れになっていた私を拾って下さり、大変感謝しています。何でも、おいいつけ下さい」
 マリは、目をうるうるさせていった。
「よし、いい子だ。それでは、処置開始」
 研究者たちは、精神操作を開始した。
 ぐいいいいん
 マリの被るヘルメットに、電流が流れる。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 電流が脳を貫く感覚に、マリは、身体をうち揺らして反応した。
 露な胸が、たぷたぷ揺れる。
 しゅううううう
 ヘルメットの下から、煙があがる。
「処置完了。マリ。聞こえるか、マリ?」
 返事はない。
「どうした? マリ? まさか、肉体が操作に耐えられず、死んでしまったのか?」
 また海中に投棄する死体が増えるのかと、研究者たちは不安になった。
 すると。
「ふふふふふふ! ふふふふふふふふ!」
 マリが、突然大声で笑い始めた。
「どうした? マリ!!」
「はははははははは!! はははははははは!!」
 洪笑しながら、マリは、強化ガラスに拳を打ちつけた。
 みしみしっ
 驚くべきことに、ガラスにひびが入った。
 精神操作を受けた瞬間、筋肉が膨張して、暴走を始める。
 これこそ、茉莉が仕込んだもうひとつの自己催眠であった。
「さあ、ダミアン、きて!! はははははは!」
 茉莉は何かを召還しながら、暴れ狂う。
「くっ、原因はわからんが、思わぬ暴走が起きたようだ。処分しよう」
 研究者たちは、慌てて電流のスイッチを入れた。
 浴室全体に、超高圧の電流が流れる。
 被験体が暴れたときに、抹殺するための仕掛けだった。
 だが。
「ははははは! 何よ、こんな電流!!」
 茉莉はまったくひるむ様子もみせずに、特大のサンダークラップを放ったのである。
 ばちばちばち
 どごーん
 大きな火花が散ると同時に、大爆発が起こった。

「くう。何者かに誘拐され、監禁されているようだが、どうしたことだ? いつ捕らえられたかも思い出せない。記憶も、五感も、全てがあやふやで、爆発寸前だ。このままでは……」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、檻の中で、一人身悶えていた。
 研究者たちが自分に行う「実験」というのは、ひどく面倒な手続きだった。
 徐々に、吐血の回数が増え、視界が暗くなる。
 限界が近いことを、グラキエスは悟った。
「ダメだ。あの研究者たちは、俺のことがわかっていない。このままでは、俺は……危険なんだ」
 グラキエスは呻く。
 そのとき。
(なぜだ……)
 なに?
 グラキエスは、はっとした。
 いまのは、俺の声か?
(なぜまたこんな目に……)
 己のうちから響くその声を聞くうちに、グラキエスは、たまらない頭痛を感じて、のたうちまわり始めた。
 あ、頭が、割れる……。
(また、誰もいない……。側にいるといったのに……。いったい何度俺は同じ思いをする? 何度苦しまなければならない? 嫌だ……もう嫌だ! 俺も、何もかも、全て破壊する!!)
 グラキエスの目が、くわっと見開かれた。
 かつて存在していたもう一人の自分が、よみがえった狂った魔力とともに、肉体を支配していた。
「嫌だ……嫌だ! イヤダイヤダイヤダ!! ヒャー!!!」
 悪魔のような雄叫びをあげながら、グラキエスは、鉄格子に向けて突進していた。
 どどーん
 大爆発とともに、鉄格子が吹き飛んだ。
「どうした? 火災か? 大丈夫か? ぐわー!!!」
 警報が鳴り、様子をみにきた研究者たちの悲鳴があがる。
「もう遅い。全てお前たちの責任だ!! 心臓を俺に捧げろ!! この生命、燃やし尽くせ!!」
 グラキエスは、返り血にまみれた顔を歪ませて、遥かな天を振りあおぎ、吠えた。
 全てを、殲滅するために。

「サツキ、みつけたぞ。ここにいたのか」
 新風燕馬(にいかぜ・えんま)は、誘拐されたパートナーが捕われている檻を、ついに発見した。
 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)は檻の中で、研究者と何か話しているようだった。
「サツキ、聞こえないか? おい、お前、サツキから離れろ! ……うん?」
 燕馬は、様子がおかしいことに気づいた。
 ごろん
 サツキに押し倒されたその研究者は、既に死んでいた。
 全身に、刃を埋め込まれた姿で。
「これは! まさか!! サツキ、おい!!」
 必死で呼びかける燕馬に、サツキは、ゆっくりと顔を向けた。
「マスター、勝手に胸を触ってきた男を、一人殺しました。今日は、何人殺せばいいですか? あぁ、あなたがきたということはつまり、殲滅ゲームの始まりですね? あアハはハハはハハはッ!」
 狂ったような笑いを浮かべながら、サツキはカタクリズムを広域展開させた。
 すぱっすぱっ
 あっという間に、鉄格子が切り刻まれて破壊される。
「くっ! これは、俺とはじめて会ったときの、あのサツキじゃないか!!」
 燕馬は舌打ちした。
 その額には、冷や汗が浮かんでいる。
 研究者たちは、既に、精神操作の処置を行ってしまっていたのだ。
 その結果、サツキは、意識が昔に戻ってしまった。
 よくも、このうえなく危険なことをしてくれたものだ。
 燕馬は、海京アンダーグラウンドと、その内部の人間全てを呪いたくなった。
 海底まできて、これでは地獄と同じではないか!
「ハハハハハハハハハ! マスター、どこですか?」
 サツキは、笑いながら、燕馬の側を通りすぎて、暗い廊下を駆けていく。
 すぐに、悲鳴があがった。
 サツキが、出会う者を片っ端から切り刻んでいるのだ。
「おい、待て! 俺はここにいる!! サツキ!!」
 燕馬は、走った。
 地獄の中で、何とか神にご降臨願おうと。

「あちこちで爆発音が? 監禁されている生徒たちの一部が、暴走を始めているみたいね。これも、狂った研究が招いた結果だわ」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、いよいよ混乱してきた海京アンダーグラウンドのただ中で、一人闇に身を潜ませ、暗い廊下を進んでいた。
「メル、どこへ行ったの?」
 一緒に潜水艦に乗ってきたメルセデス・カレン・フォード(めるせですかれん・ふぉーど)は、キイたち研究者の話を聞く前に、ブランデーの入ったボトルフラスコに口をつけながらどこかへ消えてしまったのだ。
 その酩酊ぶりから、不安定な強化人間として、監禁され実験対象とされている可能性は十分にあった。
「まったく、酔えば酔うほど……の酔拳じゃないんだから、酔えば酔うほど危険なのよね、普通に」
 ローザマリアは、いつ何が起きてもいいように、銃を油断なく構えてきた。
 パリーン
 ふいに、何かが床に当たって砕ける音がする。
 ローザマリアは、それが、ボトルフラスコが叩きつけられた音だと気づいた。
 こういう音が聞こえるということは、よからぬ兆候である。
「ふああ。酔えば酔うほどー!!」
 メルセデスの声が、闇に高く響いた。
 ずぶり
 ぎゃあああっ
 ばたっ
 何かが刺され、悲鳴があがり、倒れる音。
「始まったわね」
 ローザマリアは、悟っていた。
「お、おい、やめろ。そんなものはしまえ」
 研究者たちは、銃をメルセデスに突きつけながら、警戒を解かずに叫んでいた。
 酒に酔ったメルセデスは実験しやすいと思ったのだが、当てが外れたようだ。
 その柔らかい身体を背後から抱きしめた研究者は、メルセデスが懐に隠し持っていた匕首を太ももに突き刺され、悶絶して伸びている。
「せっかく可愛いのに、暴れたりして、もったいないぞ」
「彼氏はいるのか?」
 研究者は、何とかメルセデスをなだめようと、あれこれ試していた。
「ふああ。ひっく。変なこと聞かないでー!!」
 メルセデスは匕首を振りまわして、研究者たちに襲いかかる。
「撃て。ただし、手や足を狙うんだ。捕まえて、いろいろやってみたいからな」
 ずきゅーん、ずきゅーん
 研究者たちは、いっせいにメルセデスに銃弾を放った。
 だが。
 全ての銃弾が、空中で動きを止められた。
「ひっく、ひっく。酒に酔う乙女ぇは、ただ、斬るのみ!!」
 メルセデスの匕首が、空中で静止している弾丸を次々に切り裂いていく。
「くそっ、サイコキネシスか。うわー!!」
 匕首に額を斬り裂かれた研究者の悲鳴があがる。
「血湧ーき肉踊ーる、地獄の、鬼のー、舞い!!」
 返り血を浴びて、メルセデスはますます勢いがついたようだ。
 軽やかに舞いながら斬りつけ、鮮血の雨をしぶかせていく。
「メル!! 危険な真似はそこまでよ。研究者たちだってバカじゃないんだから。どんな反撃がくることか」
 ローザマリアは、メルの前に立ちはだかって、呼びかけた。
「そんなもの、怖くないわ!! まだまだよ。コリマに借りを返さなきゃいけないの。わかるでしょ。ねえ? っと、波ぁ!!
 いいながら、メルセデスは、必殺の真空波をローザマリアのいる方向に向けて放った。
「何するの!」
 真空波を避けたローザマリアの背後で、研究者たちの肉体が切り裂かれていく。
「油断したらダメよ。ローザを背後から襲おうとしていたから。うん、だから、まだまだ。暴れたりないし、壊したりないからね!!」
 メルセデスは、サイコキネシスで自身の身体を浮かび上がらせた。
「どういうつもり?」
 ローザマリアは、相当酔ってるようだと感じた。
「きゃはー!! また後でねー!!!」
 壊れた笑いを浮かべながら、メルセデスは浮遊した自分自身を高速で移動させ、廊下の先へと消えてゆく。
 どごーん
 真空波の破壊音と、研究者のあげる悲鳴が連なった。
「まったく、これじゃ、精神操作に失敗して暴れ出した人たちと、みわけがつかないわよ」
 ローザマリアは呆れながらも、懸命にメルセデスを追った。
 早く、早く。
 メルセデスが、本気で力を発動させる前に。

「ティー! イコナ! どこにいるー? 無事かー?」
 源鉄心(みなもと・てっしん)もまた、捕われのパートナーを探し求めて、闇をさまよっていた。
 「海京グルメ食べ歩き」参加中に行方不明になったティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、アンダーグラウンドにいる可能性が大だった。
 何が何でもみつけてみせる、と、鉄心は必死の想いだった。
 そして。
「やめてー!! いかのおすし!! いかのおすし!!」
 半狂乱になってイコナがわめいている、ある檻にまでたどり着いたのである。
「うるさいぞ! 少しは黙れ」
 研究者たちが、イコナの頬を張り飛ばす。
 同じ檻に入れられているティー・ティーが、イコナをかばって研究者たちに身を差し出す。
「やめて下さい!」
 叫ぶティーのスカートの裾をまくりあげる研究者たち。
 恥ずかしい姿を撮影してやる、と、カメラのフラッシュが焚かれた。
「静かにしろ。まったく、しょせん犬なんだから」
 ティーとイコナ。
 2人は、ともに首輪をはめられ、強く鎖を引かれて、床に倒れ伏した。
「ほら! 四つん這いになってお尻を向けろ!!」
 研究者たちは、長い棒を振りまわして2人を脅し、いわれたとおりの姿勢になるよう力で押した。
「くううっ」
「いかのおすし!!」
 這った姿勢でお尻を研究者に向けて、呻く2人。
「そーら、耐えてみせろー!!」
 研究者たちの棒が、2人のお尻を強く打ち始めた。
 びし。
 びしぃ!!
「ほらほら、もっともっと!!」
 研究者たちは、夢中になって打ち続けた。
「い、痛いです。お尻が真っ赤になってしまいます!!」
「い、いかのおすしが真っ赤になってしまいますわ!!」
 ティーとイコナは、目をつぶって悲鳴をあげていた。
「ふふふ。だいぶ、腫れあがったな」
 打ちまくってから、手を休め、這っている2人のお尻を、研究者の一人ががしっとつかんで、撫でまわした。
「もう感覚がないか? ははは、あ? どわー!!」
 どきゅーん
 嘲笑をあげていた研究者が、銃弾に倒れた。
「鬼畜どもが! 死ね!!」
 鉄心は、怒りで目をぎらぎらさせていた。
 どきゅーん、どきゅーん!!
 一瞬のうちに、鉄心の銃が飛びはねて、次々に研究者たちを撃ち倒していく。
「て、鉄心、ありがとう!! でも、イコナが……」
 救出されたティーは、涙を流しながらいった。
「い、いかのおすし!! おすし、おすし!! お安くしておきます!! いかー、おいかー」
 イコナは、お尻を掲げた姿勢のまま、狂ったように呟き続けていた。
「大丈夫か? 何だか、思ったより強気のようにも思えるな」
 鉄心は、首を傾げながら、イコナのお尻に手を置いた。
「はあ、あっ、あっ、いかしてるー」
 イコナはびくんとはねて、失神した。
 夢の中で、イコナはおいしいお寿司を腹一杯食べていた。

「いやっ、やめて!!」
 頭部は毛玉で身体は女体という姿のウォドー・ベネディクトゥス(うぉどー・べねでぃくとぅす)は、思わずあとじさった。
「逃げるな。これは、必要な処置だ」
 炎をあげるガスバーナーを構えた研究者たちが、ウォドーに迫る。
 逃げるウォドーを、一人の研究者が捕らえて、羽交い締めにした。
 狂気に近い状態にまで、ウォドーを追いつめる。
 それが、研究者たちが実験上の必要から意図したことだった。
 だが、ウォドーの抵抗は激しかった」
「やめて! 変態め! こんなことして、何が楽しいんだ?」
 わめくウォドーに、研究者たちも手を焼いた。
「ええい、黙れ!!」
 往復ビンタが、毛玉の頭部を襲った。
「はああ、くふっ」
 ウォドーは、ぐったりとする。
「念には念を入れろ」
 研究者たちは、ウォドーの着衣を下着ごと引き裂いて全裸にすると、鎖でぐるぐるに縛りあげた。
 これで、ウォドーはまったく身体を動かすことができなくなった。
「さあ、続きだ」
 研究者たちは、ガスバーナーの炎を、ウォドーの毛玉の頭部に近づける。
「いやあああああああああ!!」
 ウォドーが金切り声をあげたとき。
「毛玉!! ここにいたのか!!」
 瀬乃和深(せの・かずみ)が、檻の外から声をかけた。
「すまなかったな。他の生徒たちを救出するのに夢中で、お前のことが後まわしになってしまった」
 和深の銃が火を噴き、鍵がかかった檻の扉を破壊する。
「さあ、ここから大番狂わせ!! 絶対絶命の毛玉を救う、白馬の王子様になってやろうじゃないか」
「私も闘うわ!!」

 瀬乃月琥(せの・つきこ)も、兄に加勢して檻の中に入り、大暴れを始めた。
「みんな!! きてくれたんだねぇ!!」
 恐怖のあまり涙を流していたウォドーが、泣き腫らした顔で歓喜の声をあげた。
「くうっ!! 貴様ら!!」
 研究者たちは、和深たちに銃弾を放った。
「はあっ」
 床を転がって銃弾を避けると、和深は、同じく銃撃で応戦する。
 ちゅいーん、ちゅいーん
 狭い檻に、銃弾が飛び交った。
「兄さん!!」
 月琥が、居合いの刀で研究者たちを斬り裂いた。
「ぐわあっ」
 斬られた研究者の血潮が、散る。
「ああああっ、濡れたー」
 返り血はウォドーにもかかって、毛玉の頭部を赤く染めさせた。
 ずば、ずばあっ
 月琥は、斬って、斬って、斬りまくった。
 たちまちのうちに、屍の山が築かれる。
「毛玉、大丈夫か」
 和深は、ウォドーをがんじがらめにしている鎖を解きにかかった。
 だが、うまくいかない。
「私がやるわ!!」
 月琥の刀が、ウォドーに絡みつく鎖を斬り裂いた。
「えっ、ああああああ」
 自分の身体も斬られそうに感じて、ウォドーは悲鳴をあげた。
「大丈夫だって。ほら、自由になったぞ。監禁生活はどうだった?」
 和深が、毛玉の身体を抱き起こして、尋ねた。
「スリル満点で……最悪だったわ」
 ウォドーは、安堵のあまり、失神した。
「うん?」
 和深は、湿った感覚に眉をひそめた。
 絶え間のない恐怖にさらされたためか、ウォドーは、失禁していたのであった。

「名前は?」
 エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)の傍らに座った研究者が、ニヤニヤ笑いながら尋ねた。
「はい。エルノです」
 エルノは、どきどきしながら答えた。
 誘拐され、監禁されたばかりのエルノであった。
 周囲には、他にも研究者がいて、ニヤニヤ笑いながら自分を見守っている。
「エルノか。いい名前だな」
 傍らにいる研究者は、エルノに身体をすり寄せて、その肩をつかんだ。
 エルノは、びくっとする。
 尋常ではない状況だった。
 どう反応したらいいか、わからない。
「これから、実験を始めるよ。エルノ。何か希望はないか?」
「あっ、はい……。ボクを、家に帰して下さい」
 エルノは、正直にいった。
 汚らわしい場所にいるという認識が、エルノの脳裏を占めていた。
「へえ。帰して欲しいのか。ずいぶん生意気なことをいうんだな」
 研究者は、エルノの髪をつかんで、思いきり引いた。
「い、痛いっ!! ああっ」
 エルノは悲鳴をあげた。
 その頬に、平手打ちがはしる。
 ばしっ、ばしっ
「ぐ、ぐぐ、生意気なことをいって、すみません」
 激痛から、エルノは目に涙をにじませていた。
「ああ、わかればいいんだよ。まあ、私たちは優しいから、帰してあげることを考えてもいい」
 研究者たちは、意地悪な笑いを浮かべていった。
「えっ、本当ですか」
 エルノは、希望をみいだしたように思った。
「約束すれば。家に帰してくれれば、何でもしますと」
「あ……」
 エルノは、言葉を失った。
「どうした? いわなきゃ。何でもしますって」
 研究者たちは、怖い顔つきになった。
「はい。いいます。家に帰してくれれば、ボクは何でもします」
 いいようのない恐怖の中で、エルノはいっきにそう告げた。
「本当に? 何でもするの?」
「はい」
「それじゃ、実験しやすい格好になって、壁際に立って」
 研究者にいわれるまま、エルノは着衣を脱いで、下着姿になると、壁際に立った。
 恐怖で、足が震えそうだった。
(アキ君。助けて……怖いよ)
 エルノは、パートナーの名を、脳裏で何度も叫んだ。
 研究者たちは、壁に固定されている手枷で、エルノの手首を拘束した。
「それじゃ、始めようか」
 研究者たちが取り出したものをみて、エルノは目を見開いた。
 それは、チェーンソーだった。
 ぶううううう
 すさまじい音を立てて、肉を切り裂く刃の群れが、高速で揺れ動いている。
「う、うわぁ、助けて、助けて!! アキ君、アキ君!!」
 チェーンソーを構えて研究者が近づいてくるのをみて、エルノは半狂乱になって泣きわめいた。
 泣きわめくエルノの身体に、他の研究者が手を伸ばして、あちこちを触ってくる。
 チェーンソーを構えた研究者は、うっとりとした表情で、エルノの狂乱の様をみつめていた。
 すると。
「エル!! 大丈夫なのか!!」
 叫び声とともに、チェーンソーを構えた研究者の背後から、高峯秋(たかみね・しゅう)がサンダークラップを放った。
 びりびりびり
「ぐ、ぐわあ!!」
 高圧電流に身体を焼かれ、叫んでチェーンソーを取り落とした研究者。
 落ちたチェーンソーは床に当たってはね返り、研究者の太ももをその刃で斬り裂く。
 鮮血が吹きあがった。
「ひいいいいいいいい」
 研究者は、太ももをおさえてのたうちまわった。
「くっ、死ね!!」
 他の研究者たちが、銃を構えて秋に襲いかかる。
「無駄だね」
 秋は、オーラシューターを使って、研究者を次々に焼いていった。
「アキ君。ありがとう。きてくれたんだね」
 エルノは、安堵のあまり涙を流して、秋をみつめた。
「ごめんね。遅くなっちゃった。この施設、外からテレパシーが届かないんだもの」
 秋は誤りながら、エルノの手枷を破壊して、パートナーを解放する。
「アキ君。アキくーん!!」
 解放されたエルノは、泣きながら秋の身体にしがみつき、しばらく離れようとしなかった。
「うん……」
 秋は、なぜだか、胸がドキッとするのを覚えた。
 泣いているエルノは、美しかった。

「うーん、ここはどこですかー? とりあえずおやつが食べたいですぅ」
 天貴彩華(あまむち・あやか)は、甘えたような声を出した。
「よし、バナナを食べろ」
 彩華を観察している研究者たちは、バナナを差し出した。
「もがもがもが。おいしー」
 バナナを先端から頬張った彩華は、ご満悦の表情だ。
「もっとおやつが欲しいか?」
「うん、欲しい!!」
 彩華は、うなずいた。
「それなら、いうことを聞くんだ」
「うん、聞く!!」
 彩華は、再び力強くうなずいた。
「ふふふ。可愛いな」
 研究者たちは、彩華の頭を撫でた。
「目隠しをさせろ」
「うん、わかった!!」
 彩華は、いわれるままに、目隠しをされた。
「犬のように、這って歩け」
「わかったよ。わん、わん」
 彩華は、目隠しをしたまま、檻の中を、四つん這いになって歩いてみせた。
 何となく、本当に犬になったような気さえしてきた。
「それじゃ、バナナをもっとあげよう。これは、チョコバナナだから、よく味わえよ」
 目のみえない彩華に、何かが差し出された。
 彩華は、さして疑問も抱かず、それを口に含もうとする。
 そのとき。
 どごーん!!
 すさまじい音とともに、彩華の檻の鉄格子が破壊された。
「そこまでよ。ゲス科学者ども!! 彩華になんてことをしてくれたの? 殺してやるわ!!」
 怒りに目を燃えたぎらせた、天貴彩羽(あまむち・あやは)だった。
「うん? おい、いいところなのに邪魔するな!!」
 研究者たちは怒って、彩羽に発砲した。
 ずきゅーん
 ちん
「な!?」
 彩羽の胸を貫くかにも思えた弾丸があっさり弾き返されたのをみて、研究者たちは驚愕に目を丸くした。
「驚くのよ。これは、スーパーアーマーなんだから」
 魔鎧として彩羽に装着されているベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)を指し示して、彩羽は勝ち誇った口調でいった。
「どうであろう? ぐうの音も出ないでござるか? いっておくが、貴殿らの研究データはコピーをとっておいたでござる。貴殿らの所業は全て筒抜けでござるよ」
 彩羽の背後から、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が顔を出していった。
「き、貴様ぁ!!!」
 研究者たちは怒りに我を忘れて、彩羽たちにつかみかかろうとした。
「近寄らないで! 汚物は消毒が一番よ」
 彩華は、パイロキネシスで地獄の業火を生み出した。
 瞬時に、檻の中が灼熱の炎に包まれる。
「あ、あぎゃあああああ」
 研究者たちは生きたまま焼かれて悲鳴をあげ、黒焦げになって絶命した。
 そして。
「て、敵だね!! わんわん、わんわん!! うー、がるるるる」
 炎の中を、目隠しをして、四つん這いになった彩華が駆けてきて、歯を剥き出して、彩羽たちに襲いかかってきた。
「ちょっと、彩羽、私がわからないの?」
「彩羽わんわんアターック!!」
 戸惑う彩華に、彩羽は頭から突進していった。
 彩羽の恐るべきサイコキネシスの力が合わさっているので、まともにくらったら大変なことになる攻撃だった。
「やめてったら」
 とっさにかわした彩華。
 ぐわっしゃーん
 勢いあまって彩羽が壁に激突した瞬間、すさまじい破壊音が起こって、壁に大きな穴が開いていた。
「がるるるるるるるる!!」
「やれやれ。いつまでやってるでござるか」
 スベシアが、そっと彩羽の側にまわって、その目隠しをとった。
「あれ? 彩華? いつの間に現れたの? 彩羽ね、おいしいバナナを食べさせてもらっていたんだよー」
 さっきまでの凶暴さはどこへやら、彩羽は一転して、無邪気な笑顔を浮かべてみせた。
「彩羽。無事でよかったわ。けど、何が起きていたかさえ、わかっていないのね」
 彩華は、複雑な想いで、姉の笑顔をみつめていた。

「いかん、このままでは!! 俺はともかく、優花が危ない!!」
 叫んで、猪川勇平(いがわ・ゆうへい)は行動を開始した。
 研究者たちが、勇平の身体を拘束して、精神操作を施そうとしていたところだった。
 勇平は、研究者たちにタックルしたり、足を引っ掛けたりして転ばせ、ひるんだところをダッシュで廊下へと飛び出していった。
 全身につけられていたコード類をひきちぎって、走る。
 優花も、どこかに捕われているはずだった。
 早く、早く。
 優花がまた、精神をいじられる前に、救出しなくてはいけない。
 勇平は必死だった。
 研究室をひとつひとつみてまわった。
 脱走したり、暴走している生徒が増えてきていてバタバタしているせいか、研究室は無人のまま放置されているものが多かった。
 そのどれかに、優花が放置されている可能性が高いように、勇平は終わった。
 そして。
「優花、優花ぁ!!」
 勇平は、ついにみつけた。
 優花は、とある研究室の中の浴室の、湯槽の中に、仰向けになって、浮かんでいた。
 顔が、真っ赤に上記している。
「くそっ、ものみたいに扱いやがって!!」
 浴室の中に駆け込みながら、勇平は、怒りがふつふつとわき上がるのを感じた。
 おそらく、研究者たちは、優花に精神操作を施そうと思って、浴室で身体を洗わせ、湯槽の中で精神を弛緩させているときに、暴動が起きたのを知り、実験を途中にして、研究室を出ていってしまったのだ。
 問題を解決したらまた戻ってきて実験を続けるつもりだったのだろうが、その間、優花は、湯槽の中に放置されたままとなる。
 優花は、すっかりのぼせてしまっていた。
 研究者たちは、優花の肉体など、どうなっても構わないと思っているのだろう。
「優花、しっかりしろ!! おい!!」
 勇平は、湯槽に浮かぶ優花を抱え込んで、引きずり出した。
「はあああああ」
 白目を剥いて伸びていた優花だが、冷たい水を顔にかけられて、徐々に意識を回復させていった。
「勇平、助けて……。変態たちが、私を……勇平……」
「優花、もう大丈夫だ」
 勇平は必死に呼びかけた。
「ああ……勇平……よかったわ……」
 優花は、救出されたことを知って、表情を和らげた。
「お願い……勇平……優しくして……」
 優花は、のぼせてしまって赤い顔を横に倒して、呻き続けた。
「優花、ああ、優しくしてやるとも!!」
 勇平は、優花の身体を、愛おしむように、包みこむように、優しく、愛撫した。
 愛撫を重ねるごとに、優花が受けた傷は、癒えていくようだった。
 浴室の中で、勇平は、いつまでも、優花の介抱を続けていた。

「だいぶ、施設の中がにぎやかになってきましたわね。それでは、行動開始ですわ」
 フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)もまた、自ら脱出を決意した。
 神に仕える身として、ここの研究者たちが行っている所業を、見過ごすわけにはいかなかった。
 真空波で檻の扉を破壊し、フランチェスカは脱出した。
 すぐに、研究者たちが駆けつけてくる。
「どこへ行く? 動くな!!」
 銃を突きつけた研究者たちに、フランチェスカは毅然としていった。
「何の名において命じるのですか? 私は神の名のもとに動いています。これより、神罰を代行させて頂きますわ」
 フランチェスカは、非物質化させていた降霊者のプレイング・カードを実体化させると、その手に揃えて持った。
「何だ、それは?」
「ただのトランプですわよ。試してみますか?」
 フランチェスカは、研究者たちにカードを投げつけた。
 しゅぼああああああ
 カードの魔力から身をかわして立ちまわる研究者たちを、思いがけない衝撃が襲った。
「う、うわああああああ」
 フランチェスカが檻の前に仕掛けておいた、インビジブル・トラップであった。
「神聖!!」
 フランチェスカが叫ぶと同時に、研究者たちの身体が、光に包まれて燃えあがる。
「フラン、ようやく助けにくることができたと思ったのですが、もうずいぶん派手にやってらしたんですね」
 剣を構えてやってきた、カタリナ・アレクサンドリア(かたりな・あれくさんどりあ)がいった。
「少し遅かったですわね。神は、そんなに待ってはいられませんでしたわ」
 フランチェスカがいった。
「この施設の中、まだまだ荒れそうですね」
「そうですわね。それが神の意志に沿うことですから。私たちも、聖戦に参加しましょう」
 フランチェスカは、生徒たちを導くため、足を踏み出した。

「ちぇっ、何で俺が研究対象になるんですかねぇ? もうかなり人間やめてるんですけどねぇ」
 檻の中で、月谷要(つきたに・かなめ)は歯ぎしりした。
「まあ、イロモノ系ということですかねぇ。そう簡単に実験されるつもりはありませんがぁ。おや? 物騒な音がしてきましたね。そろそろ頃合いでしょうか」
 要は、施設内の騒動に気づいた。
 研究者たちが、バタバタと走りまわっている。
 監視の目がゆるくなったようだ。
「では、この隙に」
 要は、灰色の左目からのビームで、鉄格子を難なく破壊した。
 生命エネルギーを消費したため、歩くのも覚束ないが、何とか脱出する。
「さぁて、どうしましょうかねぇ。おや?」
 要は、感覚が張りつめるのを感じた。
 同じだ。
 この感覚……。
 どこかで、味わったことが。
 要は、車椅子に乗った強化人間のことを想い出していた。
「こんなところに、きているんですか? どこに?」
 要は、フラフラと歩き出した。
 この施設の、ある箇所に、彼が近づいてきている。
 迎えようと、要は思った。
 だが、このとき、この施設がまさか深い海底にあるのだとは、要も想像すらしていなかった。