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 第22章 ※ただの地球人です

 空京を出て、ヒラニプラの横を通過しシャンバラ大荒野を北へ、北へ。やがて川を越え、イルミンスールの森に入り――ザンスカールを通って真っ直ぐに、世界樹を目指す。門の下をくぐり、更に少し走らせて学校入口へ。
 軍用バイクを停め、ヘルメットを脱いで軽く笑う。
「ここがイルミンスールかぁー。みーちゃんはどこにいるかな?」

「……は? みーちゃん……ですか?」
 大図書室に寄ったアクア・ベリル(あくあ・べりる)はその帰り、見慣れない女性に声を掛けられた。ジーンズにブーツ、ジャケットにサングラスという出で立ちで木刀を携えている。纏う空気から、外部からの来訪者だということはすぐに分かった。
「そう、みーちゃん……あ、風森 望(かぜもり・のぞみ)ね。知らない?」
「ああ……今日は、仕事の手伝いをすると言っていたと思いますが」
「あ、知ってるんだ。じゃぁ、案内して貰えるかなー? 迷子になりそうでさー」
 ノリよく言ってくる彼女に、アクアは眉を寄せた。案内するのは構わないが――
「……貴女は、望とはどういった関係なんですか?」
「ん? 怪しいもんじゃないよ?」
 彼女から聞いた答えは、アクアをそれなりに驚かせるものだった。

 その頃、望はアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の部屋でミスティルテイン騎士団の仕事の手伝いをしていた。
「ふむ、視察は明後日か……」
「アーデルハイト様、そろそろ休憩に致しましょうか。お茶を入れてきますね」
 書類の整理を終え、ある程度机が綺麗になったところで立ち上がる。数分かけて茶葉を蒸らし、暖めたカップと一緒にテーブルに運んだ。
「本日はハーブティーを用意しました」
「ほう……良い香りじゃの。ではいただくとするか」
 2人で向かい合い、柔らかな空気の中でお茶を飲む。
 窓からは暖かな陽光が差しこみ、世界樹がさやさやと葉擦れの音を立てる。
 何を警戒する必要もなく、それは、充分に平穏と呼べるひとときだった。
「天気もいいし、今日も良い1日になりそうですね」
 そこで、ノックの音が聞こえて望はそちらを振り返った。誰かが来たようだ。
「アーデルハイト様、本日はどなたか来室される予定はありましたか?」
「……? 心当たりは特に無いのう」
 少し首を傾げ、アーデルハイトは悠々とした口調で答えた。
「確認して参ります」
 彼女が席を立つ前に、望はドアの方へ歩いていく。その後ろを、一応アーデルハイトも目で追った。
「……………………」
 ドアを開け、だが望はそこで硬直した。目の前にいたのが、母の風森 竜華だったからだ。――何故、母がここに。
(……いえ、理由を考えても仕方がありません!)
 それよりも、今、どうやって対処するかだ。対処しなければいけない。無条件にそう思わせてしまうのが、望の母だ。
「おひさー、みーちゃん」
「……入ってます」
 静かにドアを閉じて鍵をかけた。望は見なかった事にした。何か、竜華と一緒にいたアクアを閉め出しに巻き込んだ気がしたが多分気のせいだろう。望は無かったことにした。第一、アクアと母がセットでこの部屋に来る理屈が分からない。
 背後から、アーデルハイトのツッコミが聞こえる。
「……どこの個室の受け答えじゃ。誰が来たのじゃ? 望」
「いえ、只の迷子かなにかです」
 幸いにも、アーデルハイトには竜華の姿がよく見えなかったようだ。自分の方が身長が高かったのが幸いした。笑顔でそう答え、携帯で素早くノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)にメールを打つ。緊急事態です。大至急、アーデルハイト様の部屋に来てください――
(ま、まぁ、流石にこんな所にまで昔オネショした時の写真とかは持って来ては……)
 そんな事を考えていたら、“みしみし”やら“めきめき”やら、不穏な音が耳に届いた。何事かと思うのも束の間、破砕されたドアの木片が吹き込んでくる。
 改めて入ってきた竜華に、望は愕然とした。
「知ってます。ってねー」
「何考えてるんですか!? 木刀でドア突き破るとか、馬鹿じゃないんですか!?」
 望のその抗議を軽くかわして竜華は室内を見回した。カップを手に落ち着いたアーデルハイトに目を止め、何気なく言う。
「何? 仕事って子守?」
「子守!?」
 とんでもないことを、と、望は飛び上がらんばかりに驚いた。締め出そうとした事は過去の彼方に放り投げ、竜華に詰め寄ってまくしたてる。
「確かにアーデルハイト様は愛くるしいペタンでピョコンな感じで、私も日頃からお茶入れたりお菓子作ったりとお世話してますが、私が尊敬してる上司で、大切な方です!」
「これは、喜んでいいところなのかの……?」
 アーデルハイトが微妙な顔つきになる。むしろ、子守を肯定しているような。
「うんうん、つまり、愛くるしい上司を子守してるんだねー」
「違います! アーデルハイト様は騎士団的にも素晴らしい……!」

(望が手玉に取られていますね……)
 色々な意味ですごい母親だ、と、大騒ぎの室内を眺めながらアクアは思った。案内の道中に聞いた話によると、竜華は空京からイルミンスールまでバイクで自力で来たという。何処で何があるか分からない大陸を、木刀1本で縦断してきたのだ。また、彼女は望の年齢からして40〜50代である筈だが、20代半ば過ぎにしか見えない。
 それで、非契約の地球人だという。しかも――
「やっぱり、こうなっていますのね」
 そこで、後ろから声が聞こえた。室内に入ってきたノートが、処置なし、というような諦め顔で近付いてくる。
「携帯のメールに加えて、壊れた扉を見た時点で大体は察しが付きましたわ……」
「彼女と面識があるのですか?」
「ええ。望の母親の竜華さんですわ……」
 望の実家に同行した時の事。到着した時には不在だったが、パラミタに戻る日に顔を合わせている。旅行中の祖父母の世話、ということで帰省したのだから、入れ替わる前に対面するのは必然だった。
「過去の醜聞を知ってるわ、実力的に勝てないわ、望にとってはこれ以上とない天敵ですわね……」
 2人が話をしている間にも、望は竜華の行動に振り回され続けていた。
「ぎゃーっ! 事ある毎にその写真を持ち出してきて!? よ、よりにもよってアーデルハイト様の前で!!」
「ほう、オネショをしている写真か。珍しいものを見たのお」
「あー、前に見せて貰った子供時代の写真ですわね、アレ」
「……そうですか。子供時代の……」
 それは、ほぼ無言のままにアクアの内蔵メモリ(記憶ともいう)に保存された。すっかり取り乱した望が、助けを求めるような視線を送ってくる。しかし、2人が完璧に傍観者化しているのを見て、涙目できょろきょろと周囲を見回した。
「父さん! 父さんは居ないんですか!?」
「父さんは空京でみーくんとお土産買ってる真っ最中よ」
「みーちゃんの『み』は望の『み』ですわね。みーくんは兄の方ですわ。こちらも名前の最後が『み』なんですの」
 平然と、にこにこした笑顔で言う竜華の台詞に、ノートは淡々と解説を加える。
「兄もいるのですか……」
「兄は、ヒーローとかやっていますわ」
 そこまで答えて、ノートは半眼で事態を見物しながらアクアに言った。
「巻き込まれてるアーデルハイト様には申し訳ないですが、わたくし達はこのまま撤退した方が得策ですわよ……」
 そして、壊れたドアに迷わぬ足取りで向かっていく。
「お父上が居ない以上、下手に長居するととばっちりが確実に来ますわよ……」
「…………。まあ、私は案内しただけですから……」
 母娘水入らずの中に入るのも無粋だろう。ノートに続き、アクアもぼろぼろのドアの穴から外に出る。
「50過ぎても万年新婚夫婦な癖にっ……ヒデブッ!」
 ……ぼこっ、という音と変な声が聞こえたが、多分大丈夫だろう。
 前を行くノートが、振り返って訊いてくる。
「って、今、兄も、とおっしゃいました? 望の他の兄弟について知っているのですか?」
「知っているというか……」
 アクアは少々迷ったように言葉を濁し、彼女に言った。
「現在……4ヶ月だそうです」

 一方、望は木刀によって目を「×」の状態にして気絶していた。大丈夫じゃなかった。
「ありゃ、寸止めのつもりだったんだけどな」
 頭を掻きつつ、獲物を持ったまま竜華はアーデルハイトに向き直る。雰囲気が若干変わり、“破天荒な母”からどこか教師然としたものになっていた。
「どうせなら、三者面談とでも行きたかったんですけどねぇ。……まぁ、娘が楽しそうで何よりですわ」
 にっこりと笑顔になり、丁寧に礼をする。余所の国との戦争も何度か起こっている、シャンバラは何だかんだで危険な場所だ。親としては、子供達が心配だったのだ。
「娘の事、宜しくお願いします」
「大事な生徒であり騎士団員じゃからな。最大限の努力はさせていただこうと思っておる」
 アーデルハイトの答えを聞き、竜華はまた微笑んだ。そして、思い出したように望を見下ろす。
「あ、ドアの修理費は娘の方にツケといて貰えます?」
 ――娘にタカる気か、とか誰が壊したんですかとかいう抗議が出来る者は、今、誰もいなかった。