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第29章 両親とのささやかなひととき

「ここが歌菜と羽純くんの暮らしている場所なんだね」
 広い草原の中にある、大きな大きな樹。根元には石造りの入口が設えられ、幹のあちこちに人が生活する為の部屋が見える。世界樹イルミンスールを見上げ、遠野 アリョーシャは感嘆の声を上げた。日本でも、彼の故郷であるドイツでもここまで大きな樹にはお目にかかれない。
「前はここの寮に住んでたんだけど……結婚してからは寮を出て、今は学校の近くで暮らしてるんだよ」
 遠野 歌菜(とおの・かな)は父である彼にそう説明した。以前に彼と、母の遠野 晃月崎 羽純(つきざき・はすみ)の家族4人で日本の温泉旅館に行った。その時、両親が『パラミタに行きたい』と話していたのだ。小型結界装置も必要だし、新幹線のチケットも高いから難しいかなと思っていたのだが、それは今、こうして実現している。
 羽純と2人で空京の駅で出迎えた時、晃も「念願のパラミタへ来たわね♪」と弾んだ声を出していた。
 ――パパとママにパラミタを案内して、たくさん楽しんで貰おう!
 両親に笑顔をいっぱい贈りたくて、歌菜は今日、はりきっていた。
「まずは魔法学校の中を案内するね! 学校施設のすべてが世界樹の中にあるんだよ」
 そう言って、石階段を上がっていく。
「慣れてないと迷うから、パパとママ、絶対私達から離れちゃ駄目だからね?」
「どんな所なのか楽しみだわ、ね、パパ」
 説明する歌菜の隣で、晃とアリョーシャは仲睦まじく話している。
「ママ、小型結界装置は持ってるかい? ママはそそっかしい所があるから心配だよ」
「パパこそ、うっかりさんなんだからしっかり持っておくのよ?」
 そんな2人を見て、羽純は少し心配になった。小型結界装置を落としたら確かに大変なことになるだろうが、歌菜の話をちゃんと聞いていただろうか。魔法学校の迷路っぷりは中々に洒落にならない。
(……お義父さんとお義母さんから、目を離さないようにしないとな)
 アリョーシャと晃、、歌菜が楽しめるよう、サポートしようと思いながら羽純もまた、階段を上った。

「凄く大きな図書館だね……」
 最初に案内したのは、この学校の目玉でもある『大図書室』だ。広さに圧倒されたらしいアリョーシャに、歌菜もあはは、と苦笑を浮かべて頬を掻く。
「蔵書の数が凄くて……。困った事があれば、ここで本を探せば何かしら分かったりするかも、なんだよ」
 生徒でも、この図書室から本を探し当てるのはちょっと大変だ。
「でも、迷宮になってて、危ない禁書もあったりするから気を付けてね」
「うん、充分に気をつけるよ」
 アリョーシャは書架の間を歩いて背表紙のタイトルをのんびりと眺める。多くの本の中でも、彼が見たいと思ったのは楽譜だった。アリョーシャはプロのピアニストなのだ。
「パラミタの音楽には興味があるなぁ。お勧めのピアノ曲を教えてくれると嬉しいよ」
「そうだね……、えーと、羽純くん、楽譜があるのってどこだっけ?」
「こっちだと思ったが……まあ、そう深い場所じゃないだろう」
 記憶を頼りに、取り付けられたジャンルプレートを見ながら棚を探す。やがて、ピアノの楽譜が集められたコーナーを見つけた。歌菜はその中から、幾つかを引き出してみる。
「私が好きなのはこれかな? あと、これとか」
「弾いたことのない曲を見るとわくわくするね。僕の知らない音楽がまだこんなにあるなんて……今度、ここのピアノも弾いてみたいね」
「イルミンスールの音楽室には金管楽器が多いんだよ。あとは、木製の楽器とか」
 歌菜は、木の洞の一つにある音楽室を思い出した。音符を追いながら曲をイメージしていくアリョーシャの隣で、晃がうきうきとした声を出す。
「パラミタ製のピアノを弾くパパ……私も見たいわ♪ どんな音色が出るのかしら」

「ここはハーブ湯が最高なんだよ♪」
 次に紹介したのは、イルミンスール大浴場だった。脱衣所の前で足を止め、歌菜は両親を振り返る。
「パパ、ママ、水着用意してくれたでしょ? ここは水着着用で男女混浴なんだ。折角だから入っていこう☆」
 プールさながらの大浴槽に、様々な種類のお風呂が揃っている。4人でハーブ湯に浸かり、アリョーシャは大浴場全体をゆっくりと見回した。
「凄いね……これは温泉施設と言うべきだ。旅の疲れも吹き飛ぶね」
「良い香りがして素敵ね♪ このハーブって売ってないのかしら?」
「森で採れたハーブを調合して使っているのでこれそのものはないと思いますが、イルミンスールの森のハーブを扱っている所はありますよ。ザンスカールにも店があったと思います」
「そうなの? 後で立ち寄ってみようかしら」
 お湯に浮いたハーブを掌に乗せてよく観察しながら、晃は羽純の言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 学食で昼食にして、各教室を見て回ってから世界樹の外に出る。
 賑やかなザンスカールの町並みを歩き、ハーブの店を始め、歌菜や羽純がよく行く店やお勧めの店を紹介した。
「あそこのケーキは絶品で……って、歌菜、どうして笑う」
「だって羽純くん、さっきから案内してるの洋菓子店とか甘味処ばっかりなんだもん」
「……悪いか」
 甘い物が好きなんだから仕方がない。照れくさくなって横を向くと、歌菜は「悪くないよ♪」と腕を組んできた。仲がいいね、と微笑ましげにアリョーシャ達が笑い合う。やがて、4人は歌菜達の自宅である一軒家に到着した。
 ちょうど日が暮れかけていて、夕食時の頃合で。
 歌菜は手伝ってくれた羽純と一緒に、昨日から仕込んでいた手料理とデザート、そしてお酒を振舞った。
「パラミタの食材を使った料理だよ。いっぱい食べてね!」
「お義父さんお義母さん、お酌しますね」
「まあ、ありがとう♪」
「美味しそうだね、いただくよ」
 歌菜と幸せに暮らしている事が伝わるといい。そう思いながら、羽純は2人のコップに、ザンスカールの地酒をゆっくりと注ぐ。軽く乾杯して、和やかな空気の中で夕食を囲む。
 まだお酒が飲めなくても、雰囲気だけで歌菜は本当に楽しかった。ジュースを手に、今日1日を皆で振り返る。
 大好きな人と毎日を一緒に過ごせて、その日常を、大好きな両親に紹介できた。
 私達が幸せだって、パパとママに伝わったかな?
「今日はどうだった? パパ、ママ」
「見るもの全てが新鮮で、楽しかったよ。それだけじゃない。歌菜達はここで、幸せに暮らしているんだね」
 歌菜と羽純の話しぶりから、それは充分に伝わってきた。アリョーシャが晃の方を見ると、彼女も嬉しそうに目を細めていた。
「この家は、少しだけ地球の実家に似ている気がするわ。歌菜の料理の腕もびっくりするぐらい上手になって……。すっかり、主婦の顔ね」
「え? そ、そうかな……」
 主婦という言葉が何だかくすぐったくて、歌菜は少し、はにかんだ。
「本当に来てよかった……ねぇ、ママ」
「えぇ、パパ。幸せに暮らしている姿が見れて、本当によかったわ♪」
 成長した娘のそんな笑顔に、アリョーシャと晃は暖かい気持ちに包まれた。