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そんな、一日。

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そんな、一日。

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23


 天ヶ石 藍子(あまがせき・らんこ)が『Sweet Illusion』に来たことに、特に意味はなかった。
 休みで時間があって、歩いていたら噂のお店を見かけて。
 店内を覗いて見たら、夕暮れに近い時間だからか落ち着いているようだったから、入ろうと思った。それだけ。
 だから何を食べようなんて考えていなかったし、想像以上に種類豊富な甘味たちに迷ってしまった。
 カウンターの向こうでは、女性がにこやかな表情を浮かべたまま藍子の決定を待っている。
「ごめんなさいね、悩んじゃって」
「いいえー。ごゆっくりお考え下さい」
「ありがとう」
 とはいえ、なんだか自分では決めきれない。
「ねえ、あなた」
「はい?」
「あなたに決めてもらえないかしら?」
 だから、目の前の彼女に一任することにした。
 わかりました、と透明な声が答える。声と同じく澄んだ目が、藍子を見て微笑んだ。
「どのようなものがお好きですか? 甘いものがいい、とか。苺が好き、とか」
「じゃあ、あなたが一番好きなものを」
「ならこの、フルーツタルトを」
「美味しそうね」
「保障しますよー。店内で?」
「ええ、店内で。飲み物もお任せしていいかしら」
「いいですよー。お席までお持ちしますので、お好きなところへどうぞ」
 促されて、窓に近いふたり掛けの席を選んだ。テーブルに頬杖をついて、なんの気なしに大通りを歩く人を眺める。
 通り過ぎていった人を数えるという無為な作業をしていたら、「お待たせしました」と声がした。
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞー」
「ねえ」
 にこり、微笑む彼女に呼びかけたのは、やっぱりただの気まぐれ。
「あなた、休憩時間とかあるかしら?」
「? はい」
「素敵なケーキを選んでもらったお礼に、お茶をご馳走したいのだけど」
「いえいえそんなー。要望に応えるのは、店長として当然のことですよ?」
「店長だったの? 随分若く見えるから」
「ふふふー。ありがとうございます。だから、お姉さんが気にすることはないんですよー」
「あら、そう? 残念、ふられちゃったわ」
「でも、話し相手をご所望でしたらお付き合いしますよー」
 いかがです? と可愛らしく首を傾け聞いてくる彼女に、ぷっと吹き出す。
「手玉に取るように会話を進めてくれるのね」
「お嫌いですか?」
「いいえ、たまには面白くていいわね」
「ふふー」
 彼女は最後まで綺麗に笑い、ではのちほど、と言ってカウンターへ戻っていった。
 色々気まぐればかりだけど、それがこんな風に楽しませてくれるのだから人生って素敵ね、なんてわかったように呟いて見せた。