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そんな、一日。~夏の日の場合~

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そんな、一日。~夏の日の場合~
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3


 屋敷はしんと静まり返っていた。
 なぜか。極端にひとけがないからだろう、とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は結論付ける。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)イアラ・ファルズフ(いあら・ふぁるずふ)を連れて買い物に出たのは、もう二時間ほど前になるだろうか。ずっと考えごとをしていたから時間の経過が曖昧だった。耐えず頭を使っていたからか、中心からじわりと痺れるような感覚がある。眉間に指を当て、しばし休憩を取ることにした。
「メシエ」
 部屋の入り口から、透明で涼しい声がした。リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の声だ。顔を上げ、彼女と視線を交わす。
「疲れているの?」
「ああ。……いや」
「お茶、淹れましょうか?」
「……、頼む」
 どことなく歯切れの悪いメシエの返事に、リリアは静かに頷いた。部屋を出て、キッチンへと向かう足音がする。
 考えごとの正体は、その全てがリリアに関するものだった。
 少し前に、イルミンスールで未来体験薬の実験を手伝ってからというもの、どうも彼女を冷静に見ることができないでいる。
 あの時見た、数年後。
 結婚し、愛らしい双子の子を授かり、幸せそうに笑う自分たちの姿は。
「実現するものなのだろうか」
 ぽつりと呟く。
 今までは、ただ傍に居られたらいいと思っていた。
 傍で、見守っていることができればと。
 だけど、あの未来を見てからは、少し違うのだ。
 彼女がこの世に居る間は、彼女と共に生を歩むのも悪いことではない。
 そう、思うようになっていた。
 過去にばかり、目を向けなくてもいいのでは、なんて。
(笑うか? リージャ)
 今まで狭窄的なまでにそちらしか見てこなかったのに、今更。
(笑わないだろうな。君は)
 笑うはずがないと、思う。だってそんな彼女だから、惹かれたのだ。
 つらつらと考えていると、ふわりと紅茶の香りが漂った。いつの間にか閉じていた目をあけると、リリアが柔らかく微笑んでいる。
「待ちくたびれてしまったかしら」
「ああ。待ったよ、君を」
「お上手」
 くすり、笑ってリリアが正面の席に座る。彼女の入れてくれた紅茶を飲んで、ほっと息をつく。ひどく安心した。
「美味いな」
「本当?」
「ああ。落ち着く」
「良かった。美味しい淹れ方をエオリアに教わったの。あなたに気に入ってもらえたなら嬉しいわ」
 きっと、淹れ方だけじゃなくて、すぐ傍にリリアがいることも加味されているんだろうな。そんな考えがすんなりと浮かんで、まったくどこまで彼女のことばかりなんだ、と笑う。
「笑うほど美味しい?」
「ああ」
「ふふ、嬉しい。いつでもお代わりを淹れてくるから、言ってね」
 言葉通り、本当に嬉しそうに笑うリリアを見ながら紅茶を味わった。
 彼女の笑顔はとても可愛くて、安らいで、傍に居たいと驚くほど素直に思えて。
「リリア」
 空になったティーカップを置いて、そっと名前を呼ぶ。
「どうしたの? あ、お代わり? 早いのね、持ってくるわ」
 リリアが立ち上がり、メシエのカップに手を伸ばした。カップを持ったままだったメシエの指先と、リリアの指先が触れ合う。
 急に愛しさがこみ上げてきて、ほとんど無意識に口が動いた。
「君の人生のこれからを、一緒に歩いて行けると、とても喜ばしいのだが」
「…………」
 リリアは目を丸くさせて、メシエのことをじっと見ている。
 メシエはカップから指を離した。重なるようにカップに触れていたリリアの指先も、自然と離れる。そのままカップをテーブルの脇へ避け、リリアの細い身体を抱き寄せた。
「ねえ、メシエ」
「なんだ」
「今のって、私の空耳かしら」
「いいや。紛れもない、私の言葉だ」
「そう。……どうしよう」
「嫌か」
「そんな、まさか。……嬉しすぎて、どうしよう、って意味よ」
 メシエの背に、リリアの手が伸びた。
「メシエ」
 吐息が耳をくすぐった。こそばゆい。けれど、とても幸せだ。
「私と貴方の時間は違うわよ」
「ああ。知っている」
 だけど、それでも。
「共に過ごせる時間は、確かにある」
 それを、大切にしたいと思うから。
「傍に居て欲しい」
「ありがとう」
 背に回された手に、ぎゅっと力がこもる。
 メシエも、強くリリアを抱き締めた。